
大震災から二年ですね。
震災後初めて東北に行ったのは3/30~
地震が起こって3週間目でした。
(ボランティアなんて偽善だよと思う方もいらっしゃるかもしれませんが…)
名古屋で集めた物資を、石巻市の避難所へ運んでいきました。
10人でワンボックス1台と、トラック2台に分かれて。
原発も爆発するのかもしれない
大きな余震もまだ起こっていたし、
また津波が来るかも分からない…
無事に帰ってこれるか…
正直とても怖かった。
でも怖がっててもね…
現地にいる人はもっと怖い思いをしているはず。
原発や、道路の状態を考慮して新潟回りでいきました。
ガソリンも必須です。
宮城県に入ってからは道路はガタガタ、陥没していたり
波を打っていて、まともに走れなかった。
石巻市は津波で酷い被害をうけていました。
見渡す限りがれき。 畑はごみだらけ。
家や車や船がありえない状況になっており、
被災者の方は3週間たっても1度もお風呂に入れてない方が多く、
着替えも1度もできてないとおっしゃっていました。
話をしたお母さんは
「ありがとね。ごめんね。ごめんね。私の体臭いでしょごめんね。」と言っていました。
「何言ってんですか。そんなことないですよ!」と泣き笑いで返すことしかできませんでした。
まだ水も電気も布団もありません。
手も足もみなさんガサガサです。
何が必要ですか?と伺うと
着替え、ジャージ、食料品はもちろん、歯ブラシ、
傘、爪楊枝、ラジオ、ハンドクリーム、爪切り、
耳掻き、キャリーバック、シュシュ・・・など意外な答えも返ってきました。
ある子供は無邪気に
「あのヘリコプターはね、死んだ人を運んでるんだよ。僕のおばあちゃんもそうだったもん。」
と教えてくれました。
また、犬を連れていた子と話したら
「この犬はね、私の犬じゃないの。
〇〇ちゃんとこの犬だけど、〇〇ちゃん居なくなっちゃったから…私が散歩してるの。」
6月に鉢植えや、花束を持っていった時には、
おばあちゃんが、
「あー。やっとこれでお墓に御花が供えれるよ。ありがとうね。」
話せば話すほど、悲しい思いをさせているんじゃないかと自己嫌悪でした。
当時、自衛隊、アメリカ軍、ボランティアの方も多くいらっしゃいましたが、
人手はいくらあっても足りないくらいやることが沢山あるように思いました。
あれから週末には何度も足を運びました。
石巻市、気仙沼、牡鹿半島・・・
行く度に状況は変わっていて、
少しずつ復旧はしてるけど、復興はまだまだこれからですね。
改めて、自分の肌で感じ、目で見て、被災者の方の表情、生の声を聞き、
行かなきゃ分からないことがたくさんありました。
悲しみや、苦しみ、痛みを、取り除くことや、減らすことは出来ないけれど、
現状を少しでも知れたこと、そしてこれからを考えることとなりました。
時間を見つけてまた行きたいと思います。
水が飲める
電気がつく
暖かい部屋がある
温かいお風呂に入れる
当たり前のことを当たり前とは思わず、生活しなくてはいけないなと思います。
まだまだこれからですよね。自分には何ができるかな??
頑張ろう日本!

Posted at 2013/03/11 18:50:41 | |
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