さて、ジャズと眼鏡 PART2だ。
1950年代の眼鏡は圧倒的にセルフレームが人気だ。フレームの色も黒、鼈甲調の柄物、そして2トーン色ものなどに大別される。あわせて、その時代の写真などを返り見ると、一般大衆もスターもこれを身につけている。
例えば、ジェームス・ディーン。
彼が黒ぶち眼鏡をかけて寝ぼけたまま、テーブルで本を広げて読んでいる写真がある。
あれは良く見ると実に1950年代的な写真だ。
左手の人差し指と中指の間にウインストンのタバコを挟み、右手にはジェームズ・ウィットコム・ライリー(詩人)が書いた本「The complete poetical works of james whitcomb riley」を持ち、ジミーは軽く微笑んでいる。多分あの眼鏡はアメリカン・オプティカルかインペリアル・オプティカルだ。
そしてこの眼鏡にクリップ・オン・サングラスを取付けると、正にジミーのアイコンとなる。
※ジェームズ・ウィットコム・ライリーとヘンリー・W・ロングフェローはお薦めの詩人だ。
機会があれば読むと良い。
さて、詩とシガーと黒ぶち眼鏡。三つのキーワードが揃った。そこにサンフランシスコやゲイと言ったキーワードが加わると、アレン・ギンズバーグになる。ギンズバーグも若いころは男前で、眼鏡が良く似合っていた。彼の眼鏡はモスコットのレムトッシュだ。
アレン・ギンズバーグと言うとビートジェネレーションの話になりジャック・ケルアックが出てくる。
ジャック・ケルアックが出てくる事で詩とジャズがつながってくる。
彼らビート世代はジャズが大好きなのだ。ケルアックがアメリカの雑誌「エスカぺード(Escapade)1959年10月号」に「バップのはじまり(The Beginning of Bebop)というエッセイを寄稿した。
原稿を読んだ編集者はその内容が全く分かりませんでした。仲間に訪ねると。
「わかるよ」「いいんじゃないか」「さっぱり、何を言ってるのか分からない」「わけがわからんな」
と編集室の意見も二つに割れた。「それなら読者の意見を聞いてみよう」という事になり、「納得がいく説明をしてくれた方に100ドル」と言う企画になった。「エッセイの内容については賛否両論どちらでも構わない。我々は彼が言っている言葉を理解したいのだ」と言う事が主旨だった。
どうしてこのような事になったのか。それはジャズの言葉で書かれたケルアックのエッセイをジャズの言葉を知らない人達が読んだ為に、読解出来なかったからだ。
ケルアックはこんなエッセイを書いていた。
「スイングが英雄的な死に方をすると、パーカーやガレスピーやモンクはチープなレストランの前で行列を作るのをやめて、昔やった事を始めだした。ガレスピーが金切声を出すとパーカーは悲鳴を上げ、モンクが怒り出す、ドラムが蹴っ飛ばし、ベース弾きは当たり障りのない音を出す。その後で、皆で気がふれた猿のように飛び上がり、ソルト・ピーナッツをムシャムシャと食べながら『ヘーイ・ポークパイ』と何度も怒鳴った。これを聴いたレスターはポークパイ・ハットを脱ぎすて、ビリー・ホリデーは感動にむせた。マイルスは煙草を吸いながらピアノに寄りかかっていたが、トランペットを口に当てるや否やマルセイ・プルーストの文章の様なアドリブを始めた。こうしてジャズは息を吹き返した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・『バップのはじまり』より」
さて、そしていよいよビル・エバンスの「ポートレート イン ジャズ」の話だ。
このアルバムジャケットで彼がかけている眼鏡はきっとインペリアルオプティカル社のRED-BARKだと思う。本当にビルエバンスはこの手の眼鏡が似合う。
ではビル・エヴァンス アゲインでブルー イン グリーン
Bill Evans “Blue in Green”
VIDEO
ちなみにジャズプレーヤー達を和田誠のイラストと共に紹介する本「ポートレイト イン ジャズ」というのが書店に行くと置いてある。これは村上春樹が書いている本だ。
ジャズの本としては植草甚一ほどは面白くはない。元ジャズ喫茶のマスターであった村上春樹が選ぶジャズマンとその選曲。と言う点では彼の好みが良くも悪しくも伝わる。
どうして僕が村上春樹の選ぶジャズを絶賛しないのかと言うと「国境の南.....」やその他の彼の作品で選ばれるジャズのナンバー達は“古くて古くさい”のだ。その点、植草甚一や片岡義男が選ぶジャズは今聞いても“古くて新しい”のだ。つまり彼らが好きなジャズ、選ぶジャズ達は風化しないジャズなのだ。
僕もここでは出来るだけ風化しないジャズを紹介したいと心掛けている。
Posted at 2012/07/21 11:06:23 | |
トラックバック(0) |
jazz at jacob's hall | 日記