【朝日 2012年09月28日】
■わいせつ事件 被害者、精神面悪化
パニック障害は刑法上の「傷害」か。強制わいせつ致傷罪などに問われた男の
裁判員裁判で、被害者の事件後の精神面の悪化を傷害とみなすかが争われている。
判決は28日、岡山地裁で言い渡される。
■検察側「日常生活に支障」/弁護側「診断があいまい」
名古屋市の塗装工丸山義幸被告(42)。
2003年10月~2011年9月、岡山県内や名古屋市で女性5人に
「殺すぞ」などと脅し、性的暴行を加えたとされる。
主張に食い違いがあるのは、2003年10月、当時30歳の女性にカッターナイフを
突きつけて脅した上でわいせつな行為に及び、全治不明のパニック障害を
負わせたとされる事件だ。
強制わいせつ致傷罪で起訴した検察側は、「傷害は健康状態の不良変更を
意味し、健康には精神的健康も含まれる」と主張した。
女性は事件翌日から3カ月半の間に、精神科を8回受診。隣家に空き巣が
入った際には「丸山被告が復讐に来た」と発作を起こしたという。
1人で外出や入浴ができなくなるなど、日常生活に支障が
あったとして「傷害にあたることは明白」と述べた。
一方、被告側の田中将之弁護士は「恐怖を伴う犯罪の多くは心理的ストレスを生ずる。
パニック障害だったとしても、強制わいせつ罪にとどまる」と主張。
「パニック障害は心的外傷後ストレス障害(PTSD)に比べて、診断が
あいまい。抑制的に考えられるべきだ」とする。
PTSDについては、今年7月、監禁致傷事件で初めて、最高裁が傷害にあたるとの判断を示した。
強制わいせつ致傷罪の時効は15年。
7年の強制わいせつ罪なら、2003年に起きた事件については免訴となる。
田中弁護士は「時効の壁を越える手段としての致傷罪ならば、恣意的な法の適用だ」と話す。
■「線引き極めて難しい」/井田良・慶応大教授(刑法)
傷害の概念に詳しい慶応大の井田良教授(刑法)は「傷害は基本的に身体面のけがを
意味するが、精神面の被害も含まないわけではない。線引きは極めて難しい」と話す。
今回検察側は、女性には身震いや息苦しさなどの症状があり、国際的な診断基準におけるパニック障害だと主張。
井田教授は「不明確さを嫌ったのだろうが、刑法上の傷害にあたる被害が生じているかが本質的な問題。
診断基準は絶対的ではない」と指摘する。
無言電話による不眠症や騒音による頭痛など、精神的な変化がはっきりと
身体的な症状として現れれば、傷害罪が適用される場合が多い。
最高裁は判例で、傷害を「生活機能に障害を与えることで、あまねく健康状態の不良変更を含む」と解釈している。
井田教授は「精神的被害を広く傷害に含めると、きりがない。どんな犯罪にも
『致傷』がつく可能性が出てくる」と話した。(藤原学思、長谷川健)
※パニック障害
突発性の発作や動悸、めまいなどが繰り返し起きる精神疾患。
脳内の自律神経などの働きが不安定になって発症し、発作を恐れる「予期不安」も特徴とされる。
一方、PTSDは、戦争や大災害などを体験した場合、その苦痛な記憶がフラッシュバックで繰り返し
よみがえるなどの症状が特徴とされる。
どちらも、米国精神医学会と世界保健機関による2種類の国際的な診断基準がある。