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ピズモのブログ一覧

2008年11月27日 イイね!

ETCの車載器、エラー頻発→ETC接点クリーナーを施工してみる

ETCの車載器、エラー頻発→ETC接点クリーナーを施工してみる先日の近江紅葉撮影紀行の際、高速のインターを降りた際、ETCのゲートが開かないという羽目に遭いました。
出口で係員の人に「入口の履歴が読み取れていません。どこから乗られましたか?」と聞かれました。
高速の入口で、そういえばエラーメッセージが聞こえたような・・・気がしました。音楽をかけていたのではっきりと聞き取れなかったのですが。
早朝夜間割引が適用される時間帯に高速道路に入ったつもりだったのですが、入口の時間の記録が残っていないため、適用されないそうです。少し悔しかったです。

最近、ETCカードを挿入しても、読み取りに時間がかかったり、認証に失敗することもあったため、「そろそろ車載器も寿命かな?」と考えたりもしました。何せ前のアコードワゴン時代から使用している初期のETC車載器ですから。

しかし、買い換えるのもなんか馬鹿らしい気がして、ネットで調べてみると、車載器エラーは結構有るようです。
ネットを色々見ていると、「マクセル精器 接点クリーナー「CLC-01」」という製品があることを知りました。値段も安いので試してみようと思い購入しました。
詳しくは パーツレビュー と 整備手帳 をご覧下さい。

施工後はエラーもなくなり、今のところ快調に使用できています。
Posted at 2009/01/20 22:13:14 | コメント(5) | トラックバック(0) | | 日記
2008年11月23日 イイね!

近江木之本・高月町の紅葉(その3・高月町雨森、井口と木之本町の宿場町)

この次は高月町へ向かいます。
目的は最近朝鮮通信使400年の特集のテレビなどで通信使にかかわった雨森芳洲の資料館があるということで訪れてみました。
しかし、まず目に入ったのが天川命神社(あまのかわみことじんじゃ)の大銀杏です。「宮さんの大イチョウ」として昔から地域住民に親しまれている大銀杏です。銀杏としては県内有数の巨木です。かなり遠い場所からも見えて立派なものです。訪れる人も少ないようですが、その場に居合わせお話しをした人は「知らなかったけどこんな立派な銀杏があるものなんですね」と感心しておられました。
この神社の由来は、太古に天川命がこの地に天降り、その神孫が開拓した場所にあり、かつては、天降りの里と称し、後世雨森の文字を用いるようになりました。
平安時代に天川命ノ御祖先神及び御子孫等五十八座を併祀し、中臣、藤原両氏の御祖神総社として崇敬を集めました。
正慶2(1333)年、六波羅滅亡の時、光嚴天皇他二皇子等、坂田郡番場より逃れ、本社の神殿に難をさけられたとの由緒から、光厳天皇と二皇子を相殿に祀りました。













東アジア交流ハウス雨森芳洲庵は、昭和59(1984)年に、滋賀県の「小さな世界都市づくりモデル事業」の指定を受け、雨森芳洲の出身地に建設したものです。
雨森芳洲は江戸時代の儒学者で、対馬藩に仕え、生涯藩の文教と対朝鮮外交に尽くしました。
雨森芳洲庵は、芳洲の著書や遺品、芳洲が深く関わった朝鮮通信使の資料などを展示しています。
欅(けやき)の老木に囲まれた静かな敷地内には、遠州流庭園や芳洲神社があります。







雨森の集落は水車のある風情のある町です。


雨森から少し北上すると井口という集落があります。
ここの、円満寺・日吉神社は紅葉の名所です。
円満寺は中世、比叡山延暦寺の荘園、富永庄の預所で、神社も延暦寺の麓坂本の日吉神社を勧請したといわれています。
神池は古代からのものだそうです。神池や境内の紅葉の美しさは魅力的です。


この後は再び木之本町に戻り、宿場町の風景を見ることにします。
木之本地蔵院は正式には長祈山浄信寺という時宗の寺院です。
天武天皇の時代に難波浦に金光を放つ地蔵菩薩像が漂着し、これを祀った金光寺を難波の地に建てたのが始まりと言われています。
奈良薬師寺の開山祚蓮上人(それんしょうにん)が勅命をうけ北国街道を通っていたところ、休憩のため地蔵像を柳の下に降ろしたところ、そこから動かなくなったため、この地を安置場所と定め、柳本山金光善寺と号して一寺を建立しました。後にこの地は、「柳の本(やなぎのもと)」と言われ、さらに「木之本(きのもと)」と言われるようになったといわれています。
その後、弘仁3(812)年には空海が修復し、昌泰元(898)年には醍醐天皇の勅旨により菅原道真が参拝して現在の長祈山浄信寺となったと言われています。
賤ヶ岳の戦いで焼失し、慶長6(1601)年に豊臣秀頼の命で片桐且元が再建しました。元文4(1739)年に再び焼失し、現在の本堂は宝暦年間に再建したものです。庭園は、池泉観賞式庭園で国指定の名勝となっています。


木ノ本の牛馬市は室町時代から昭和の初期まで毎年二回この地区二十軒ほどの民家を宿として開かれていました。藩の保護監督の下近江、但馬、丹波、伊勢、美濃、越前、若狭などから数百頭の牛馬が集まり盛況を極めていました。
山内一豊の妻が夫のためにと備えていた金子で買い求めた摺墨の名馬はこの木之本の「馬宿平四郎がらでたと伝えられています。
現在は建物の中は資料館として公開されているようですが、訪れた時は閉まっていました。

平成18(2006)年の大河ドラマ功名が辻の第21回「開運の馬」の「功名が辻紀行」でも紹介されました。


これで今回のドライブは終了です。
Posted at 2008/12/21 11:48:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2008年11月23日 イイね!

近江木之本・高月町の紅葉(その2・鶏足寺〔旧飯福寺〕、石道寺・己髙閣・世代閣)

次は古橋の集落に戻ってきました。
鶏足寺〔旧飯福寺〕は紅葉の名所ですが、個人的には「隠れた」名所だと思っていました。
しかし、「大蛇の洞窟」に思いの外時間をかけてしまったので、訪れたのがもう昼前。結構な人で賑わっていました。テレビやインターネットなどが普及してしまうと隠れた名所などと言うのはもはやありえないのかもしれません。

鶏足寺は、山岳伽藍の修験道場として平安時代に栄えた己高山7ヶ寺の総本坊でしたが、昭和8(1933)年に冬期の不審火により焼失し、今は山中に多くの建物跡や墓地庭園等の跡を残すのみです。
旧飯福寺は、鶏足寺の別院として名を連ねた寺院です。かつては隆盛を誇り実盛上人は、中興の名僧と呼ばれました。さらに戦国時代には、浅井氏,京極氏から庇護を受け特に浅井氏三代の祈願所として興隆を極めてきました。
江戸時代においても幕府から寺領を与えられ大寺として格式を誇ってきましたが、明治時代に入り廃仏毀釈などによって寺院の規模は縮小されてしまいました。
現在は殆ど建物は残っていませんが、城郭のような石垣や参道などがかつての規模を偲ばせます。紅葉の名所で、苔の上や参道の落葉の美しさはみごとです。
































石道寺は、神亀3(726)年、伝法上人が草創し、その後延暦23(804)年に伝教大師が十一面観音をまつり再興されたと伝えられています。後年天台宗から真言宗の寺院となりました。
己高山五箇寺の一寺で、明治年間に約1km離れた山間から移築されました。


己髙閣・世代閣です。
己高山は、平安から鎌倉時代にかけて、山岳信仰の霊場として隆盛を極め、山中には数多くの寺社が存在しましたが、時代の推移とともに次々と無住あるいは廃寺となりました。
己髙閣(ここうかく)は昭和38(1963)年輿志漏神社境内に建設された文化財収蔵庫で、鶏足寺など己髙山諸寺に祀られていた諸仏を安置収納しています。
世代閣(よしろかく)は輿志漏神社と密接な関係にあった世代山戸岩寺の寺宝保存のために平成元(1989)年開館された収蔵庫です。

Posted at 2008/12/08 22:05:41 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2008年11月23日 イイね!

近江木之本・高月町の紅葉(その1・古橋に残る石田三成ゆかりの史跡をめぐる。)

この日は近江、湖北地方の紅葉を見に訪れました。
しかし、早朝はあいにく小雨がぱらついていたので、天気が回復するまで紅葉撮影より、史跡めぐりを優先しました。
旧戸岩寺・与志漏神社です。戸岩寺は霊亀2(716)年の創建と伝えられています。
本尊の薬師如来は、僧行基により伊香山(異光山)五ツ岩の麓からこの地に移され岩にちなんで戸岩寺と名付けられたものです。
八世紀末頃から伝教、空海、慈覚等の高僧が相次いで来錫し、七間四面の薬師堂を始め大日堂、観音堂、鐘堂、経堂、念仏堂等を建立し、全盛期には岩本坊、阿弥陀坊、開寿坊、真乗坊、道禅坊、長円坊の六坊を構えて栄えました。現在は薬師堂及び大日堂を残すのみです。
境内の与志漏神社は世代大明神として古代から余領郷の氏神として崇敬された神社です。祭神の波多八代宿禰は古事記、日本書紀では武内宿禰の子で淡海臣の祖とされています。
境内は秋になると紅葉で彩られます。







法華寺は神亀元(724)年、行基が薬師如来を本尊として創建し、その後伝教大師が寺坊を修復して日光、月光菩薩をはじめ十二神将を刻して祀ったと伝えられています。
己高山(こだかみやま)七ヶ寺の最有力寺院として小谷城主三代の帰依が深く、また豊臣秀吉や徳川家の庇護を受け格式を誇っていたと伝えられています。
また石田三成の「三献の茶」の話でも知られています。羽柴秀吉が寮内視察の時に法華寺の三珠院を訪れ、佐吉と幼少時呼ばれた三成が一杯目の茶は大きめの茶碗にぬるめの茶をなみなみと差し出し、その後も秀吉の期待する湯加減と量の茶を差し出し秀吉を喜ばせた話です。(米原市の観音寺であったという説もあります。)また、三成が佐和山城主となった時、法華寺は祝儀として出丸の法華丸一棟を寄進しました。法華寺は母の墓や、過去帳に三成、父の正継、兄正澄、その子の右近の戒名が残っていたそうです。
境内には伊波太岐神社が建っているのみです。ただし、石垣や石段などが残り、かつて大きな寺院があったことを偲ばせます。


法華寺の近くです。雪と落葉。



そして、石田三成が関ヶ原の戦いの後に隠れた洞窟が残っていると言うことで己高山のハイキングルートを目指します。きれいな清流です。


途中で左手の谷筋にそれ、かなりの距離を歩くと、大蛇の岩窟と石灰工場についての説明看板があります。ここから左手の山側を登っていきます。



登り道の途中には江戸末期から明治にかけて石灰工場があったらしいです。石垣が残ります。ここからはかなり急なルートで、獣道のような道です。案内のロープなど、何もないので結構不安になります。


しかし、大蛇の岩窟近くは紅葉がきれいです。


大蛇の岩窟(おろち、おとちのがんくつ)は石田三成の隠岩窟ともいわれています。関ヶ原の戦いに敗れた石田三成は母の出身地である古橋村の法華寺の塔頭三珠院に身を寄せました。しかし、村人達の噂になってしまったため、村の百姓与次郎大夫がこの岩窟に匿ったと伝えられています。
しかし、三成を探索していた近江出身の東軍の武将、田中吉政の追っ手がこの地に迫ったため、村の者に迷惑をかけることを恐れた三成が与次郎大夫にこれまでのことを感謝すると共に、訴人するように説得し、捕縛されたと伝えられています。(諸説有り)

「洞窟」を想像していましたが、どちらかというと、石穴のように地面の下側に石穴がある感じです。少し崩落しているようで、かなり狭くなっているそうです。写真下は岩窟の中から見た写真です。空と紅葉がきれいでしたが、三成はどんな思いで外の風景を見ていたのでしょうか?


しかし、ここにたどり着くのに約1時間30分程度かかってしまいました。紅葉シーズンですが、早朝と言うこともあり大蛇の洞窟へ向かうのに人とすれ違ったのは1人だけでした・・・
しかし、この続きは紅葉で人が沢山いるところです。
Posted at 2008/12/02 22:05:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2008年11月22日 イイね!

SIGMA 50mm F1.4 EX DG HSM購入

SIGMA 50mm F1.4 EX DG HSM購入明るい単焦点 SIGMA 20mm F1.8 DG RFを購入し、その描写力に満足していましたが、そろそろ標準画角といわれる50mm単焦点の明るいレンズが欲しくなりました。
といってもAPS-CサイズのCanon EOS 30Dだと画角は80mm相当、中望遠レンズになってしまいます。しかし、そんな中CanonからフルサイズのEOS 5D markⅡが発表になり、そろそろフルサイズが視界に入ってきました。しかし、値段はまだ少し高いので、将来のフルサイズ一眼の購入を視野に入れながら、50mmレンズの購入に踏み切りました。
Canon純正のEF50mm F1.4 USMは2002年発売で基本設計が古くて、2008年発売のSIGMA 50mm F1.4 EX DG HSMを選びました。純正よりも高いお値段ですが・・・
撮影していくのが楽しみです。写真はSIGMA 50mm F1.4 EX DG HSMで撮影試写しました。
Posted at 2008/11/30 23:05:26 | コメント(5) | トラックバック(0) | デジカメ | 日記

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何シテル?   07/13 21:09
ドライブで史跡巡りをやっています。 戦国時代の城・幕末がメインですが、史跡は全般的に好きです。 あとMacやデジタル製品など「新しいもの」も大好きです。
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