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ピズモのブログ一覧

2013年01月29日 イイね!

冬の室生寺

三峰山の帰りに室生寺を訪れました。
あわよくば、積雪も・・・と少しばかり期待していましたが、一昨日降った雪は解けてしまっておりました。
写真家、土門拳が昭和14(1939)年から39年間、何度も通い、昭和53(1978)年3月12日にようやく撮影できた雪の室生寺、私もいつか見てみたいです。

室生寺は、真言宗室生寺派の大本山の寺院で、山号は宀一山です。
宝亀年間(770年-781年)、時の東宮・山部親王(のちの桓武天皇)の病気平癒のため、室生の地において延寿の法を修したところ、竜神の力で見事に回復したので、興福寺の僧・賢璟(けんきょう)が朝廷の命でここに寺院を造ることになったといわれています。
元禄11(1698)年、興福寺の法相宗から独立して、真言宗寺院となり、昭和39(1964)年には真言宗豊山派から独立して真言宗室生寺派の大本山となりました。
室生寺は山林修行の道場として、また法相、真言、天台など、各宗兼学の寺院として独特の仏教文化を形成するとともに、平安前期を中心とした数多くの仏教美術を継承しました。
そのほか厳しく女人を禁制した高野山に対し、女人の済度をもはかる真言道場として女性の参詣を許したことから「女人高野」と親しまれています。
金堂は、平安時代の建物で国宝に指定されています。
内陣には本尊釈迦如来立像(国宝)を中心に、向かって右側に薬師如来立像(重文)、地蔵菩薩立像(重文)、左側に文殊菩薩立像(重文)、十一面観音立像(国宝)が並んでおり、その前に運慶の作と伝えられている十二神将立像(重文)があります。
弥勒堂は鎌倉時代の建築で重文、堂内中央の厨子に本尊弥勒菩薩立像(重文)を安置し、向かって右に釈迦如来坐像(国宝)を安置しています。
灌頂堂(かんじょうどう)は、鎌倉時代の延慶元(1308)年の建築で国宝です。
この堂は灌頂という密教儀式を行うための堂で真言寺院の中心であることから本堂とも呼ばれ、内陣中央の厨子には室生寺の本尊如意輪観音坐像(重文)が安置されています。
五重塔は総高16.1mと屋外に建つ五重塔としては最小のもので、平安時代初頭の建立です。
平成10(1998)年9月22日、台風7号の強風でそばの杉(高さ約50メートル)が倒れた際に屋根を直撃、西北側の各重部の屋根・軒が折れて垂れ下がる大被害を受けましたが、心柱を含め、塔の根幹部は損傷せずに済み、復旧工事を平成11(1999)年から平成12(2000)年にかけ行われ、平成12(2000)年、落慶されました。
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室生寺 - 01 posted by (C)pismo

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室生寺 - 16
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Posted at 2013/02/19 20:53:23 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2013年01月29日 イイね!

霧氷の山・三峰山

三峰山は、高見山地に属する山で奈良県宇陀郡御杖村と三重県津市(旧一志郡美杉村)、松阪市(旧飯南郡飯高町)の境にある標高1235.2mの山です。
山頂の南には八丁平という草原があり、春はシロヤシオ(ヤシオツツジ)の花が、冬は八丁平と山頂の西側にある三畝峠(1,190m)は霧氷を見ることができます。室生赤目青山国定公園に指定され、日本三百名山の一つにもあげられています。冬季には三峰山霧氷まつりが開催され、近鉄榛原駅から青少年旅行村までの臨時直通バス「霧氷号」が運行されます。

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Posted at 2013/02/18 23:00:50 | コメント(1) | トラックバック(0) | トレッキング | 日記
2013年01月19日 イイね!

大和葛城山

この日は、大和葛城山へハイキング。
冬場の山は、寒いですが、あわよくば樹氷が見れるかな、と毎週のようにチャンスを狙っております。
この日は積雪も有り、樹氷を見ることができて良かったです。

大和葛城山は、奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村との境にある標高959.2mの山です。
北の二上山、南の金剛山とともに連峰をなしている金剛山地の山の一つで、大和三山や大阪平野の眺望が良い山です。
ツツジや、紅葉で知られていますが、冬は樹氷を見ることができます。
大和葛城山 - 01
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Posted at 2013/02/17 23:16:56 | コメント(0) | トラックバック(0) | トレッキング | 日記
2013年01月12日 イイね!

東吉野村の史跡

せっかく高見山を訪れたので、すこしばかり東吉野村の史跡を巡ってみました。

東吉野村は、明治維新の魁となった天誅組が最期を遂げた地です。
文久3(1863)年8月14日孝明天皇が攘夷祈願のために大和へ行幸するのをきっかけに決起した天誅組は、大和五条の代官所を襲撃しましたが、
8月18日の政変で情勢は一転し、天誅組の大義名分も失われました。
その後、高取城を攻撃したり、各藩の追討軍を相手に戦いましたが、戦いに利あらず、新宮から海路を長州に向かおうと南下しましたが紀州藩に阻まれ、
下北山村を越えて北上し、上北山村より伯母峰峠、川上村武木を経て、東熊野街道支線(川上街道)の足の郷峠越えで東吉野村に入ったのは9月24日のことでした。
しかし、鷲家口には彦根藩、鷲家には紀州藩が入り、戦いが繰り広げられました。松本奎堂と従者の村上万吉は、紀州勢と彦根勢により最後を遂げ、藤本鉄石と福浦元吉は伊勢街道の岩本谷に下り、野見谷口で紀州藩士的場喜一郎を討ち取り鷲家にむかい、紀州藩脇本陣の日裏屋で大激戦の末、見事な最期を遂げました。森下幾馬は鷲家赤谷で藤堂藩の手にかかり、森下儀之助はこの囲みを破り脱出しますが、藤堂藩に捕らえられ、元治元(1864)年に同士と共に斬られました。
吉村寅太郎は、木津川堂本宅前の薬師堂に潜伏していましたが、そこを出て翌朝石の本の薪小屋に隠れていたところを見つかり、藤堂勢の手にかかり無念の最期を遂げ、天誅組は事実上の終焉を迎えました。
湯ノ谷墓所には、藤本津之助(鉄石)、福浦元吉、松本謙三郎(奎堂)、村上万吉、森下猪久馬(幾馬)、森下儀之助の六名の墓があります。
天誅義士湯ノ谷墓所 - 1
天誅義士湯ノ谷墓所 - 1 posted by (C)pismo

天誅義士湯ノ谷墓所 - 2
天誅義士湯ノ谷墓所 - 2 posted by (C)pismo

天誅義士湯ノ谷墓所 - 3
天誅義士湯ノ谷墓所 - 3 posted by (C)pismo

吉村寅太郎の墓〔吉村寅太郎原えいの碑〕です。
村人の手によってこの岩の根元に埋葬され、土方直行の筆による原えいの碑が建てられました。明治29(1896)年に遺体が明治谷墓地に改葬された後は、この碑はここに倒れた吉村寅太郎を偲ぶ祈念碑となっています。
吉村寅太郎の墓 - 01
吉村寅太郎の墓 - 01 posted by (C)pismo

吉村寅太郎の墓 - 02
吉村寅太郎の墓 - 02 posted by (C)pismo

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吉村寅太郎の墓 - 03 posted by (C)pismo

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吉村寅太郎の墓 - 08 posted by (C)pismo


東吉野村に入り足の郷道を下ってきた天誅組は、主将を脱出させるため那須信吾を隊長とする前勢6名が彦根の脇本陣に突入し、植村定七は敵の歩兵頭伊藤弥左衛門を討ち取った後に銃弾に倒れ、つづく5人は、鍋島米之助が坂の途中で銃弾に傷つきながら怯むことなく突撃し、那須信吾は四条屋(現南呉服店)前で彦根の武将大館孫左衛門を槍で突き倒し、とって返した碇屋で十字砲火を浴びて戦死し、宍戸弥四郎は四条屋前から更に千代橋まで進んで敵と斬り合い、足を踏み外して鷲家川に転落したところに銃弾を浴びせられて最期を遂げました。林豹吉郎は、敵陣の裏を回って紙屋重兵衛宅前に配置されていた彦根藩勢に斬り込んだところを銃撃され壮絶な戦死を遂げました。
天保高殿、西田仁兵衛も敵弾のため倒れました。
鍋島米之助は、鷲家谷一の谷で辰巳友七宅の納屋で休んでいましたが、翌朝藤堂勢に発見されて最期を遂げました。
山下佐吉は、酒屋弥八郎方の明蔵に山崎吉之助とともに潜伏していましたが、山崎はその夜に召し捕られ、山下は四条屋儀平宅まで走ったところで彦根勢と戦い、討ち取られました。
吉村寅太郎は、木津川堂本宅前の薬師堂に潜伏していましたが、そこを出て翌朝9月27日石の本の薪小屋に隠れていたところを見つかり、藤堂勢金屋健吉の手の銃弾にて無念の最期を遂げ、天誅組は事実上の終焉を迎えました。
明治谷墓所は鷲家口の激戦で戦死した吉村寅太郎、植村定七(上村貞心)、那須信吾、宍戸弥四郎、山下佐吉(安田鉄蔵)、鍋島米之助、林豹吉郎、天保高殿、西田仁兵衛の九人が葬られています。
天誅義士明治谷墓所 - 1
天誅義士明治谷墓所 - 1 posted by (C)pismo

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天誅義士明治谷墓所 - 2 posted by (C)pismo


丹生川上神社(丹生川上神社中社)の御祭神「罔象女神(みづはのめのかみ)」は、水一切を司る神様です。
天武天皇の白鳳4(675)年に創祀され、延喜式には名神大社に列せられ、平安時代中期以降は、祈雨の神として「二十二社」の一つに数えられました。
祈雨には黒馬を、止雨には白馬又は赤馬を献じ朝廷の特に崇敬する重要な神社でありました。
応仁の乱以降は、ついにその所在すら不明となるに至りました。
明治維新となり、丹生川上神社はどこかという研究調査が行われ、明治4(1871)年丹生村(下市町)、続いて明治29(1896)年川上村の神社が、夫々有力視され、官幣大社丹生川上神社下社、上社とされました。
そして蟻通神社こそが丹生川上神社だと大正11(1915)年、東吉野村出身の森口奈良吉の研究調査により丹生川上神社中社として官幣大社に列格され、ここに従来の二社は三社になり、大正11(1922)年、官幣大社丹生川上神社として中社を称しました。そこでこの神社の社務所を当社に移して、下社、上社を統括して祭務を行ってきましたが、戦後神社制度の変遷により今日では三社別々の神社となりましたが、当社は「丹生川上神社」と登記されています。
本殿は江戸時代文政12(1829)年の建築で、東吉野村の文化財に、又瑞垣内にある灯篭は鎌倉時代の弘長4(1264)年銘で、国の重要文化財に指定されています。
丹生川上神社(中社) - 01
丹生川上神社(中社) - 01 posted by (C)pismo

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丹生川上神社(中社) - 02 posted by (C)pismo

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丹生川上神社(中社) - 05
丹生川上神社(中社) - 05 posted by (C)pismo
Posted at 2013/02/17 22:28:52 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2013年01月12日 イイね!

近畿のマッターホルン・高見山登山

この日は山登り。樹氷を見ることができると云うことで、アイゼンをザックに入れて奈良県吉野郡東吉野村と三重県松阪市(旧飯高町)の境にある高見山に登ってみました。標高1248.4mの山です。
台高山脈(だいこうさんみゃく)の北端にあり、遠方から見たとがった山容から「近畿のマッターホルン」とも呼ばれています。
神武天皇東征の際、櫛田川から大和へと入ったという説があり、高見山の山頂周辺にはここに上って四方を見たと謂われる「国見岩」や、道案内を勤めた八咫烏を祀る高角神社があります。
樹氷の山としても人気があります。
しかし、この日は積雪はあるものの、樹氷は残念ながら見ることができませんでした。
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高見山 - 01 posted by (C)pismo

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高見山 - 02 posted by (C)pismo

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高見山 - 09 posted by (C)pismo

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高見山 - 16 posted by (C)pismo

高見山 - 17
高見山 - 17 posted by (C)pismo

高見杉 - 1
高見杉 - 1 posted by (C)pismo

高見杉 - 2
高見杉 - 2 posted by (C)pismo
Posted at 2013/02/15 21:52:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | トレッキング | 日記

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