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ピズモのブログ一覧

2013年06月29日 イイね!

伊吹山登山

この日は伊吹山にチャレンジしました。

登山口は米原市の旧伊吹町、上野登山口からスタートです。
登山口には三之宮神社があります。
伊吹山登山口に鎮座する三之宮神社は、天応元(781)年の創建といわれ、祭神は大国主命、大山昨命、玉依姫命で、江戸時代までは、「三之宮如一権現」と称しました。
伊吹山は古事記や日本書紀に記された荒ぶる神の住む山で、この神の力を得るために、奈良時代以降、修行の行者が山中の岩場や滝・洞窟を巡り、山頂に登拝しました。三之宮神社は、その登拝道の一の宿と呼ばれた最初の聖地で、多くの行者が集まった場所であす。
また、5年に1度行われる伊吹山奉納大太鼓(滋賀県選択無形民族文化財)は、水を運んでくれる伊吹山に対する豊作のお礼の踊りであす。かつて、大干ばつの時には、柴一束をもって境内に集まり、山頂へ登って弥勒堂前で雨乞いの千束焚きが行われました。
三之宮神社の菊桐の紋章は、天正10(1582)年の本能寺の変のとき、長浜城にあった羽柴秀吉の正室・北政所がここに難を避けたことから、秀吉から寄進されたものです。
三之宮神社 - 1
三之宮神社 - 1 posted by (C)pismo

伊吹山は標高1,377m、滋賀県の最高峰で日本百名山のひとつです。
岐阜県との境にあり、古くは古事記や日本書記にその名が記され、日本武尊(やまとたけるのみこと)の伝説にも登場します。
薬草や亜高山植物、野鳥、昆虫の宝庫としても知られ、山頂のお花畑は、国の天然記念物に指定されています。
伊吹山 - 01
伊吹山 - 01 posted by (C)pismo

伊吹山 - 02
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伊吹山 - 03
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伊吹山 - 04
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伊吹山 - 05
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伊吹山 - 06
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伊吹山 - 07
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伊吹山 - 08
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伊吹山 - 09
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伊吹山 - 10
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伊吹山 - 11
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伊吹山 - 12
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伊吹山 - 13
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伊吹山 - 14
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伊吹山 - 15
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伊吹山 - 16
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伊吹山 - 17
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伊吹山 - 18
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伊吹山 - 19
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伊吹山 - 20
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伊吹山 - 21
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伊吹山 - 22
伊吹山 - 22 posted by (C)pismo

六合目からだんだんきつくなり、暑さのなかかなりバテました。高山植物も魅力で、秋など違う季節にもまた登りたくなる山です。
Posted at 2013/07/09 00:22:46 | コメント(2) | トラックバック(0) | トレッキング | 日記
2013年06月15日 イイね!

下山城・甲府城

静岡市から、今度は帰りは中央道を経由し帰路につくため、すこしだけ山梨県にも立ち寄りました。

下山城は、下山氏の館で後室町時代には穴山氏の居城となりました。
甲斐源氏・加賀美遠光の孫光重は建仁年間(1201~4)下山に入部し下山小太郎光重と称しました。
室町時代に入り応永25(1418)年の頃武田氏の一族穴山氏が河内に入部し、河内領に移った穴山氏は南部地方に在地した後、下山氏の館跡に本拠を移しました。
穴山氏は、武田氏の御親類衆として重きをなし、穴山信君(梅雪)は特に高名です。武田氏滅亡の際には、信長、家康に従いましたが、本領安堵の御礼に安土城に赴き、京や堺を回っていましたが、本能寺の変が勃発し、本領に引き上げる途中飯岡で土民の襲撃により殺されました。その後は嫡男の勝千代(信治)が嗣ぎましたが、夭折し穴山氏は断絶してしまいます。
本国寺は山号は長栄山、日蓮宗旧久遠寺派の寺院です。
下山光重の子・兵庫介光基は文応元(1260)年、下山城の館の傍に一寺を創し、平泉寺と称し弥陀を安置しました。
光基の子・次郎は入道し後に因幡房日永と称し比叡山修学のみぎり最連房日浄上人と相知り、文永12(1275)年最連房上人が身延山へ参る途次、この館に一泊し、因幡房もともに身延山へ登りました。
ここにおいて弥陀を離れ、法華に帰しました。しかし、父光基はこれに従いませんでしたが建治3(1277)年6月日蓮聖人は「下山消息」を著して光基に寄せられました。これにより日蓮聖人の門下となって法重房日芳の名を賜わり、山号寺号の両号を現称に改めました。
当寺と穴山氏との関係は深く境内にある穴山八幡神社は穴山信君(梅雪)を祀っています。
境内はお葉付きイチョウがありました。
弘安5(1282)年秋深い日、日蓮聖人持病いよいよ重くなり、常陸へ湯治にと向う途中本国寺一泊したとき一本の銀杏を植えられたのが現在の国指定天然記念物本国寺のお葉付きイチョウです。
(現地説明板などより)
下山城 - 01
下山城 - 01 posted by (C)pismo

下山城 - 02
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下山城 - 03
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下山城 - 04
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下山城 - 05
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下山城 - 06
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下山城 - 07
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下山城 - 08
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そして、雨の降る中甲府城にも訪れました。

ここには、何度か訪れています。
平成21年
 甲州武田氏史跡、富士五湖、松本(1日目その6・甲府でほうとうを食した後に甲府城ライトアップ見学)
平成23年
 静岡・箱根・小田原・山梨・伊那ドライブ(3日目その1・産屋ヶ崎〜小山城〜甲府市)

甲府城 - 01
甲府城 - 01 posted by (C)pismo

甲府城 - 02
甲府城 - 02 posted by (C)pismo

甲府城 - 03
甲府城 - 03 posted by (C)pismo

甲府城 - 04
甲府城 - 04 posted by (C)pismo

甲府城 - 05
甲府城 - 05 posted by (C)pismo

甲府城 - 06
甲府城 - 06 posted by (C)pismo

甲府城 - 07
甲府城 - 07 posted by (C)pismo

日本100名城スタンプラリー 取得実績
004 弘前城     H24/7/12
005 根城      H24/7/13
006 盛岡城     H24/7/13
007 多賀城     H24/7/15
008 仙台城     H23/10/25
009 久保田城    H24/7/14
010 山形城     H24/7/15
012 会津若松城   H24/12/29
023 小田原城    H23/12/29
024 武田氏館    H23/12/30
025 甲府城     H25/6/15
026 松代城     H24/12/31
030 高遠城     H23/12/30
031 新発田城    H24/12/28
032 春日山城    H24/12/28
033 高岡城     H24/4/28
034 七尾城     H23/7/23
035 金沢城     H24/4/28
036 丸岡城     H23/6/18
037 一乗谷城    H24/4/28
038 岩村城     H24/6/23
039 岐阜城     H23/4/16
040 山中城     H23/12/29
041 駿府城     H23/12/28
042 掛川城     H23/12/28
043 犬山城     H24/6/23  
044 名古屋城    H24/3/24
045 岡崎城     H24/10/8  
046 長篠城     H24/10/8  
047 伊賀上野城   H24/4/1
048 松坂城     H24/3/8
049 小谷城     H23/12/23
050 彦根城     H24/1/14
051 安土城     H23/4/9
052 観音寺城    H24/1/14
053 二条城     H23/11/3
054 大阪城     H23/11/19
055 千早城     H23/12/10
056 竹田城     H23/11/16
057 篠山城     H23/11/26
058 明石城     H23/12/24
059 姫路城     H24/1/28
060 赤穂城     H24/1/28
061 高取城     H24/1/22
062 和歌山城    H24/2/18
063 鳥取城     H24/7/27
064 松江城     H23/6/27
065 月山富田城   H24/9/21
067 津山城     H24/4/14
068 備中松山城   H24/10/20
069 鬼ノ城     H24/10/20
070 岡山城     H24/1/7
071 福山城     H24/2/4
072 郡山城     H23/3/18
073 広島城     H23/3/17
076 徳島城     H24/5/21
077 高松城     H24/5/12
078 丸亀城     H24/5/12
079 今治城     H25/5/4
080 湯築城     H25/5/4
081 松山城     H25/5/4
082 大洲城     H25/5/4
083 宇和島城    H25/5/4
086 大野城     H24/9/3
088 吉野ヶ里遺跡  H24/9/1
089 佐賀城     H24/9/2
090 平戸城     H24/9/1
091 島原城     H23/9/17
092 熊本城     H23/9/18
093 人吉城     H23/9/15
098 今帰仁城    H25/3/21
099 中城城     H25/3/20
100 首里城     H25/3/22
H25/6/15現在 73/100城
Posted at 2013/07/06 23:38:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2013年06月15日 イイね!

静岡浅間神社と賤機山周辺

久能山東照宮の次は、賤機山周辺を巡ってみます。
賤機山は「静岡」の地名の由来になった山で、麓には静岡浅間神社や臨済寺などがあります。

静岡浅間神社は、神部神社・浅間神社(二社同殿)及び大歳御祖神社の三社を総称した神社です。
神部神社は約2100年前に鎮座され駿河の国魂の大神として、浅間神社は約1100年前に富士新宮として、大歳御祖神社は1700年前に安倍の市の守護神として創祀されました。
鎌倉時代以降、歴代幕府、今川氏、徳川氏などの厚い信仰を受けました。
徳川家康との縁は深く、弘治元(1555)年、徳川家康は14歳の時、当社で元服式を行い、天正10(1582)年、三河・遠江の戦国大名となっていた家康は、賤機山に築かれていた武田氏の城塞を攻略するにあたり、無事攻略できたならば必ず壮麗な社殿を再建するとの誓いを立てた上で当社の社殿を焼き払い、駿河領有後に現在の規模と同程度の社殿を建造しました。
安永と天明の両度、町方の出火により焼失しましたが、文化元(1804)年から60年余の歳月をかけて再建されたのが現在の社殿です。
昭和46(1971)年6月社殿24棟が、平成11(1999)年2月、宝蔵・神廐舎が国の重要文化財に指定されました。
豪華絢爛な社殿です。
東海の日光とも呼ばれているそうです。
静岡浅間神社・大歳御祖神社 - 01
静岡浅間神社・大歳御祖神社 - 01 posted by (C)pismo

静岡浅間神社・大歳御祖神社 - 02
静岡浅間神社・大歳御祖神社 - 02 posted by (C)pismo

静岡浅間神社 - 3
静岡浅間神社 - 3 posted by (C)pismo

賤機山古墳は、静岡平野の中心部に突き出た賤機山の南端に造られています。葬られた人物は特定できませんが、6世紀後半にこの地方を治めた有力な豪族の墓と考えられます。
古墳の形は、直径32メートル・高さ約7メートルの円墳で、内部には巨大な横穴式石室が造られ、石室内には遺体を納めた家形石棺が置かれています。
昭和23(1953)年、国の史跡に指定されています。
賤機山古墳 - 01
賤機山古墳 - 01 posted by (C)pismo

賤機山古墳 - 02
賤機山古墳 - 02 posted by (C)pismo

賤機山古墳 - 03
賤機山古墳 - 03 posted by (C)pismo

賤機山古墳 - 04
賤機山古墳 - 04 posted by (C)pismo

賤機山古墳 - 05
賤機山古墳 - 05 posted by (C)pismo

静岡浅間神社・麓山神社 - 03
静岡浅間神社・麓山神社 - 03 posted by (C)pismo

静岡浅間神社・麓山神社 - 04
静岡浅間神社・麓山神社 - 04 posted by (C)pismo

賎機山城は南北朝の動乱期(14世紀)に北朝方の今川氏が安倍川西岸の安倍城に本拠を構える南朝方の狩野氏に備えて築き、南北朝期以後は今川館の詰城としての役割を果たしたと考えられています。
永禄11(1568)年には武田信玄の駿府進攻によってその支配に降り、さらに天正10(1582)年の徳川家康の駿府入りにより廃城となりました。
城は南北に続く賎機山の主尾根上及びそこから派生する支尾根に築かれており、その範囲は東西約400m、南北約600m以上にわたる。要所には尾根を横切るかたちで大小の堀切が設けられ、敵の容易な侵入を防いでいます。
城の中心部分は今川氏歴代の菩提寺である臨済寺をほぼ真下に見下ろす尾根上にあり、三つの主要曲輪から構成されています。この曲輪部分は城の中でも最も標高が高い尾根上にあり(標高172m)、静岡平野を一望に見渡せる好所にあります。
(現地説明板より)
賤機山城 - 01
賤機山城 - 01 posted by (C)pismo

賤機山城 - 02
賤機山城 - 02 posted by (C)pismo

賤機山城 - 03
賤機山城 - 03 posted by (C)pismo

賤機山城 - 04
賤機山城 - 04 posted by (C)pismo

賤機山城 - 05
賤機山城 - 05 posted by (C)pismo

賤機山城 - 06
賤機山城 - 06 posted by (C)pismo

賤機山城 - 07
賤機山城 - 07 posted by (C)pismo

賤機山城 - 08
賤機山城 - 08 posted by (C)pismo

瑞龍寺は、山号は泰雲山、曹洞宗の寺院です。
永禄3(1560)年、現在の静岡市内の沓谷にあった寺院「長源院」の四世・梵梅和尚の法嗣能屋梵藝和尚によって開創されました。
当時は浅間山の西麓に位置し、駿河七ヶ寺の一つでした。
徳川家康が駿府城を居城とした折、駿河七ヶ寺の住持を度々お城に集め、曹洞の法門を聴聞され、当寺も七ヶ寺の一つとして家康と深い縁に結ばれていました。
天正18(1590)年、徳川家康の正室で豊臣秀吉の妹の旭姫が没し、当寺に墓を建て、その時の法名「瑞龍院殿光室総旭大禅定尼」から当寺の名前が瑞龍寺となりました。
このため、豊臣家、徳川家両家より寺領を寄進されました。戦災等で寺を焼失し、昭和26(1951)年再建されました。
(説明看板などより)
瑞龍寺 - 1
瑞龍寺 - 1 posted by (C)pismo

瑞龍寺 - 2
瑞龍寺 - 2 posted by (C)pismo

再び静岡浅間神社に戻ってきました。
静岡浅間神社 - 05
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静岡浅間神社 - 06
静岡浅間神社 - 06 posted by (C)pismo

静岡浅間神社 - 07
静岡浅間神社 - 07 posted by (C)pismo

静岡浅間神社 - 08
静岡浅間神社 - 08 posted by (C)pismo

静岡浅間神社 - 09
静岡浅間神社 - 09 posted by (C)pismo

静岡浅間神社・少彦名神社  - 10
静岡浅間神社・少彦名神社 - 10 posted by (C)pismo

静岡浅間神社・玉鉾神社 - 11
静岡浅間神社・玉鉾神社 - 11 posted by (C)pismo

静岡浅間神社 - 12
静岡浅間神社 - 12 posted by (C)pismo

静岡浅間神社 - 13
静岡浅間神社 - 13 posted by (C)pismo

静岡市文化財資料館は、静岡浅間神社境内にある資料館です。
賤機山古墳、徳川家、今川氏、武田氏、静岡浅間神社に関係のある資料や、静岡市の漆器、竹細工、染色、陶芸、金工、書画、民芸品等の資料を展示しています。
静岡市文化財資料館 - 1
静岡市文化財資料館 - 1 posted by (C)pismo

静岡市文化財資料館 - 2
静岡市文化財資料館 - 2 posted by (C)pismo
Posted at 2013/07/06 21:23:36 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2013年06月15日 イイね!

久能山東照宮

この日は、新東名を走って、久能山東照宮へ参拝しに行きました。
久能山東照宮は、徳川家康を祭神とする神社です。
久能山には、推古天皇のころ、久能忠仁が建立したと伝えられた久能寺があり、奈良時代の僧行基を始め、静岡茶の始祖といわれる聖一国師など、多くの名僧が往来し隆盛をきわめていました。
下って永禄11(1568)年、駿河へ進出した武田信玄は、久能寺を静岡市清水区(今の鉄舟寺)に移し、この要害の地に久能山城を築きましたが、武田氏の滅亡とともに徳川氏の領有するところとなりました。徳川家康は、大御所として駿河に在城当時「久能城は駿河城の本丸と思う」と、久能山の重要性を説いたと言われています。薨去後、その遺言により葬られ二代将軍徳川秀忠の命により徳川頼将(よりまさ)(後の紀州家の祖徳川頼宣)が総奉行となり中井大和守清次を大工棟梁として元和2(1616)年5月に着工し、 翌元和3(1617)年12月に至る僅か1年7ヶ月と云う短期間に造営され、神号「東照大権現」が宣下されました。
当初は東照社と呼ばれていましたが、正保2(1645)年、朝廷から東照社に宮号「東照宮」が宣下され、東照宮と呼ばれるようになりました。
神廟、神庫、神楽殿、鼓楼、神厩、楼門等の諸建造物は昭和30(1955)年重要文化財に指定されています。
昭和34(1959)年6月に「久能山」が国の史跡に指定されています。
平成22(2010)年、本殿・石の間・拝殿が国宝に指定されました。
ほぼ9年ぶりの参拝です。以前は修復工事であまり外観をしっかり見ることができませんでした。
その後、修復工事が終わり、国宝にも指定されるなどの出来事がありました。
ただし、この日は、博物館は閉館しておりました。少し残念です。

久能山東照宮 - 001
久能山東照宮 - 001 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 002
久能山東照宮 - 002 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 003
久能山東照宮 - 003 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 004
久能山東照宮 - 004 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 005
久能山東照宮 - 005 posted by (C)pismo

勘介井戸です。
永禄11(1568)年12月、駿河を攻略した武田信玄は当山が要害の地であることを知って寺院を清水北矢部に移し城砦を築いて久能山城と称しました。
勘介井戸(※)は、戦国時代に山本勘介が掘ったといわれており、現在久能山東照宮の境内になっている久能山の中では久能山城の往事をしのぶ貴重な史跡です。※一般的には「山本勘助」ですが、看板が「勘介」と記載されていました。
久能山城・勘介井戸 - 1
久能山城・勘介井戸 - 1 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 006
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久能山東照宮 - 007
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久能山東照宮 - 008
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久能山東照宮 - 009 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 010
久能山東照宮 - 010 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 011
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久能山東照宮 - 012
久能山東照宮 - 012 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 013
久能山東照宮 - 013 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 014
久能山東照宮 - 014 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 015
久能山東照宮 - 015 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 016
久能山東照宮 - 016 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 017
久能山東照宮 - 017 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 018
久能山東照宮 - 018 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 019
久能山東照宮 - 019 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 020
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久能山東照宮 - 021
久能山東照宮 - 021 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 022
久能山東照宮 - 022 posted by (C)pismo

久能山東照宮・廟門 - 023
久能山東照宮・廟門 - 023 posted by (C)pismo

久能山東照宮・廟所参道 - 024
久能山東照宮・廟所参道 - 024 posted by (C)pismo

久能山東照宮・廟所参道 - 025
久能山東照宮・廟所参道 - 025 posted by (C)pismo

神廟は、久能山東照宮の境内にある徳川家康公の廟所です。
「西国を鎮護する為、久能山の我が墓所に、神像を西に向けて安置せよ」との遺言により葬られました。
当初、この地には小さな祠が建てられていましたが、三代将軍徳川家光公によって高さ5.5m、まわり8mの石塔が建てられ、現在に至っています。家康公の遺命に従い、西向きに建てられています。
久能山東照宮・神廟 - 026
久能山東照宮・神廟 - 026 posted by (C)pismo

久能山東照宮・神廟 - 027
久能山東照宮・神廟 - 027 posted by (C)pismo

久能山東照宮・神廟 - 028
久能山東照宮・神廟 - 028 posted by (C)pismo

久能山東照宮・神廟 - 029
久能山東照宮・神廟 - 029 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 030
久能山東照宮 - 030 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 031
久能山東照宮 - 031 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 032
久能山東照宮 - 032 posted by (C)pismo

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久能山東照宮 - 033 posted by (C)pismo

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久能山東照宮 - 034 posted by (C)pismo

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久能山東照宮 - 035 posted by (C)pismo

久能山東照宮 - 036
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Posted at 2013/07/02 00:09:20 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2013年06月11日 イイね!

氷ノ山登山

この日は、氷ノ山に登山。
氷ノ山は、兵庫県養父市(旧関宮町)と鳥取県八頭郡若桜町との県境にある山です。
標高は1509.6m、兵庫県の最高峰です。氷ノ山後山那岐山国定公園の一部です。
ブナの自然林が美しい山です。

氷ノ山 - 01
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氷ノ山 - 02
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氷ノ山 - 03
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氷ノ山 - 04
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氷ノ山 - 05
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氷ノ山 - 06
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氷ノ山 - 07
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氷ノ山 - 08
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氷ノ山 - 09
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氷ノ山 - 10
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氷ノ山 - 11
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氷ノ山 - 12
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氷ノ山 - 13
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氷ノ山 - 14
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氷ノ山 - 15
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氷ノ山 - 16
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氷ノ山 - 17
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氷ノ山 - 18
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氷ノ山 - 19
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6時間ほどの登山で、なかなかちょうど良い距離でした。山上はガスがすこしあって視界はあまり良くありませんでしたが、ブナの林はなかなか雰囲気が良かったです。
Posted at 2013/06/30 22:39:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | トレッキング | 日記

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