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2015年04月18日 イイね!

京都・朽木・若狭ドライブ(その4・瓜割の滝)

瓜割の滝は、あまりの水の冷たさに瓜が割れてしまったという伝説に由来します。
天徳寺の開基泰澄大師の昔(約1300年前:養老年間)から神泉と尊ばれ、五穀成熟病退散の霊験ありと信じられてきました。
この水質水温でのみ生育する、めずらしい紅藻類(ヒルデンブリンチアリブラリス)が繁殖しています。
周辺は若狭瓜割名水公園として整備されています。
瓜割の滝は昭和60(1985)年、環境省の名水百選に、平成8(1996)年に国土交通省「水の郷」に認定され、平成18(2006)年、福井県「ふくいのおいしい水」に認定されています。
瓜割の滝 - 01
瓜割の滝 - 01 posted by (C)pismo

瓜割の滝 - 02
瓜割の滝 - 02 posted by (C)pismo

瓜割の滝 - 03
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瓜割の滝 - 04
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瓜割の滝 - 05
瓜割の滝 - 05 posted by (C)pismo

瓜割の滝 - 06
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瓜割の滝 - 07
瓜割の滝 - 07 posted by (C)pismo
Posted at 2015/04/29 19:04:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2015年04月18日 イイね!

京都・朽木・若狭ドライブ(その3・朽木)

そしていよいよ朽木へ。
朽木陣屋は平成23年にも訪れましたが、時間切れで資料館と西山城を訪れることができなかったのが心残りでした。
(平成23年の訪問→藤樹の里安曇川と朽木陣屋
朽木陣屋 - 01
朽木陣屋 - 01 posted by (C)pismo

朽木資料館は、朽木氏の陣屋跡にある資料館です。
朽木氏の資料など朽木の歴史の紹介や、朽木に残る文化財や膳・椀・盆などの木製品を製作する木地師の資料、山仕事の道具、生活道具等を展示しています。
朽木資料館 - 01
朽木資料館 - 01 posted by (C)pismo

朽木資料館の職員の方はかなり親切。西山城のことを尋ねると丁寧に教えてくれ、資料も頂きました。また、登山口まで案内して頂き、おまけに熊よけのためと言うことでラジオまで貸して頂きました。山城めぐりをするようになって久しいですが、ここまで親切な方にはお会いしたことはありません。ありがとうございました。

西山城は近江佐々木源氏佐々木氏の分家である朽木氏によって戦国時代に築かれた山城で、ここから南南西1.3kmには朽木氏の本城であった朽木城(朽木陣屋)がありました。
築城年は室町時代の中頃朽木氏の拠点が岩神館から朽木城に移った時期と考えられ、朽木城と同じ14世紀頃と考えられますが、現存する遺構から戦国時代末期(16世紀後半)に改修されています。
西山城は朽木城の背後を守るための支城であると共に、西方の若狭街道(鯖の道)や東方の朽木街道(琵琶湖方面)を監視する役目を持っていました。
標高356mの西山山頂部を中心に東西約43m、南北450mの広範囲に、10ヶ所以上の曲輪が造られています。
堀切や竪堀といった空堀、曲輪の周囲には土塁を設け、南側の虎口の内部には長方形の空間である桝形を、北側虎口の上方にはのろし台を設けるなどの工夫が見られます。
(現地説明板などより)
西山城 - 01
西山城 - 01 posted by (C)pismo

西山城 - 02
西山城 - 02 posted by (C)pismo

西山城 - 03
西山城 - 03 posted by (C)pismo

西山城 - 04
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西山城 - 05
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西山城 - 06
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西山城 - 07
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西山城 - 08
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西山城 - 09
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西山城 - 10
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西山城 - 11
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西山城 - 12
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西山城 - 13
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西山城 - 14
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西山城 - 15
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西山城 - 16
西山城 - 16 posted by (C)pismo

信長の隠れ岩は、織田信長が金ヶ崎の退却戦の際、隠れた岩窟と伝えられている岩です。
信長は元亀元(1570)年4月、越前の朝倉義景を討伐するため敦賀へ侵攻していましたが、妹婿であった浅井長政が裏切ったとの情報を得て急きょ撤退を決意、同月30日に京都へ引き返します。
その退路として通ったのが今津町保坂から大津市葛川へ抜ける裏ルート「朽木越え」でした。
信長が来ることを知った当地の領主、朽木元綱は、甲冑姿で出迎えようとしました。この武装姿に驚いた信長は、同行の松永久秀と森三左衛門(可成)に元綱の真意を確かめに行かせます。
そして元綱に敵意がないことを確認できるまで、ここ三ツ石の岩窟に身を潜めて待機したと伝えられています。
平服に着替えた元綱は、信長を岩窟から南へ約1kmの下市場の集落内にあった圓満堂でもてなした後、朽木城に宿泊させ、翌日京都までの警護役も務めました。
(現地説明板より)
信長の隠れ岩 - 01
信長の隠れ岩 - 01 posted by (C)pismo

信長の隠れ岩 - 02
信長の隠れ岩 - 02 posted by (C)pismo

信長の隠れ岩 - 03
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信長の隠れ岩 - 04
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信長の隠れ岩 - 05
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信長の隠れ岩 - 06
信長の隠れ岩 - 06 posted by (C)pismo
Posted at 2015/04/28 21:47:52 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2015年04月18日 イイね!

京都・朽木・若狭ドライブ(その2・大津市葛川)

明王院は、山号は北嶺山又は安曇山、天台宗の寺院です。
地名を冠して葛川明王院、又は息障明王院、、葛川息障明王院、葛川寺ともいわれます。
平安時代初期に、比叡山延暦寺で近江国浅井郡出身の僧相応が回峰行の道場として開きました。葛川の三の滝で祈念していたところ、飛瀑中に生身の不動明王を感得し、自ら刻んだ不動明王を安置したことに始まると伝えられています。
相応が始めた回峰行とは独特の行で、100日間、1日30km、夜中に比叡山中などを走るというものです。
中世の葛川は明王御領と呼ばれ、青蓮院及び無動寺の支配下に置かれていましたが、鎌倉時代以降、定住化した住人が政所の寄合を中心に惣寄合を強化し、行者講中の世話役の常喜、常満家が成立します。
葛川への参籠は鎌倉時代末期以降の様子が伝えられ、行者は6月の法華会と10月の法華会に7日間参籠し、その間に自ら参籠札に日付、名前、参籠回数を書くことになっていました。聖俗の隔たりなく多くの人々が参籠札を納めていて、足利義満、義尚、日野富子などの参籠札も伝えられています。
本堂、護摩堂、庵室、政所表門の他、石垣、石塀、石段を含む境内地9,500平米が重要文化財に指定されています。
明王院 - 01
明王院 - 01 posted by (C)pismo

明王院 - 02
明王院 - 02 posted by (C)pismo

明王院 - 03
明王院 - 03 posted by (C)pismo

地主神社は、明王院の鎮守で貞観元(859)年、相応和尚の創立と伝えられています。
祭神は国常立命で、この地の地主神である思古淵明神も祀られています。
思古淵大明神を祀っています。
現在の本殿は、文亀2(1502)年に建てられた滋賀県内で唯一の三間社春日造です。
幣殿も同じ文亀2(1502)年に建てられ、形式は桁行一間、梁間一間向唐破風造の檜皮葺で、中世の幣殿建築は類例も少なく、いずれも重要文化財に指定されています。
地主神社 - 01
地主神社 - 01 posted by (C)pismo

地主神社 - 02
地主神社 - 02 posted by (C)pismo

地主神社 - 03
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地主神社 - 04
地主神社 - 04 posted by (C)pismo

地主神社 - 05
地主神社 - 05 posted by (C)pismo
Posted at 2015/04/28 21:34:00 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2015年04月18日 イイね!

京都・朽木・若狭ドライブ(その1・京都国立博物館「桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち」、養源院、宝泉院)

この日は、京都国立博物館で開催されている「桃山時代の狩野派 永徳の後継者たち」を訪れました。平成19(2007)年に同博物館で開催された特別展覧会「狩野永徳」 の続編ということで楽しみにしていました。永徳没後、関ヶ原の戦いから大坂の陣へ、豊臣から徳川へと激動の時代に永徳の後継者達も時代の流れに翻弄されました。そして、江戸時代も狩野派は御用絵師として活躍を続けることになりました。狩野派の絵画も魅力的ですが、そうした時代の流れとからめて絵画を見るのも勉強になります。
絵画も有名な宇和島の伊達博物館が所蔵している「豊臣秀吉像」や高台寺所蔵の「高台院像」「小早川秀秋像」など著名な作品がたくさんあり楽しめました。
京都国立博物館 -1
京都国立博物館 -1 posted by (C)pismo

京都国立博物館 -2
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京都国立博物館 -3
京都国立博物館 -3 posted by (C)pismo

京都国立博物館 -4
京都国立博物館 -4 posted by (C)pismo

京都国立博物館 -5
京都国立博物館 -5 posted by (C)pismo

京都国立博物館 -6
京都国立博物館 -6 posted by (C)pismo

京都国立博物館 -7
京都国立博物館 -7 posted by (C)pismo

京都国立博物館 -8
京都国立博物館 -8 posted by (C)pismo

養源院は、山号は南叡山、浄土真宗遣迎院派の寺院です。戦前までは天台宗の寺院でした。
文禄3(1594)年5月、豊臣秀吉の側室淀殿が、父である浅井長政の追善のため長政の二十一回忌に秀吉に願って建立しました。
長政の従弟で叡山の僧であつた成伯法印を開山とし、長政の院号を以って寺号としました。
その後程なく火災にあい焼失し、元和7(1621)年徳川秀忠が夫人崇源院殿(江)の願により伏見城の遺構を用いて再建したのが今の本堂です。
以来徳川家の菩提所となり、歴代将軍の位牌を祀っています。
伏見城落城の折の鳥居元忠以下の将士が城を死守し、最後に自刃し血で染められた廊下の板の間を天井としてその霊を弔った「血天井」や、俵屋宗達の襖絵や杉戸絵、太閤秀吉の学問所だった牡丹の間には狩野山楽が牡丹の折枝を散らした襖絵、左甚五郎の造った「鶯張廊下」などがあります。
養源院 - 01
養源院 - 01 posted by (C)pismo

養源院 - 02
養源院 - 02 posted by (C)pismo

養源院 - 03
養源院 - 03 posted by (C)pismo

養源院 - 04
養源院 - 04 posted by (C)pismo

宝泉院は天台宗の寺院で、長和2(1012)年大原寺(勝林院)の僧坊の一つとして建立されました。
柱と柱の空間を額に見たてて観賞する額縁庭園が美しい庭園です。
庭園を見ながら左京区一乗寺の若狭屋の和菓子とお抹茶をいただけます。
天井には鳥居元忠などが自刃した伏見城落城の時の廊下板を天井にした血天井があります。
宝泉院 -01
宝泉院 -01 posted by (C)pismo

宝泉院 -02
宝泉院 -02 posted by (C)pismo

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宝泉院 -15
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Posted at 2015/04/22 21:55:32 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2015年04月11日 イイね!

春の信州ドライブ(その4・上田城)

ドライブの最後に、桜の名所上田城のライトアップを見に行きました。
真田昌幸が築いた名城上田城。二度の徳川の大軍を退けました。現在の姿は仙石忠政が信州小諸から入城し、改修を加えたものですが、やはり真田の城という印象が強いです。現在は日本100名城の1つとなり、春は桜の名所。「上田城千本桜まつり」が開催され、多くの人びとが訪れていました。
写真を撮る立場からいえば、人が多いのは仕方がないと思いますが、出店がいっぱいで、おまけに煙がもうもうとしていたのが残念です。
上田城 - 01
上田城 - 01 posted by (C)pismo

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上田城 - 23
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上田城 - 24
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Posted at 2015/04/21 22:04:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記

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何シテル?   03/25 21:35
ドライブで史跡巡りをやっています。 戦国時代の城・幕末がメインですが、史跡は全般的に好きです。 あとMacやデジタル製品など「新しいもの」も大好きです。
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