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ピズモのブログ一覧

2016年09月24日 イイね!

宇治

萬福寺は、山号は黄檗山、黄檗宗の大本山です。承応3(1654)年、中国福建省から渡来された隠元隆琦禅師が後水尾法皇や徳川四代将軍家綱公の尊崇を得て、寛文元(1661)年に開創された代表的禅宗伽藍の寺院です。
隠元隆琦禅師は、中国明代末期の臨済宗を代表する費隠通容(ひいんつうよう)禅師の法を受け継ぎ、臨済正伝32世となられた高僧で、中国福建省福州府福清県の黄檗山萬福寺(古黄檗)の住持でした。日本からの度重なる招請に応じて、承応3年(1654)、63歳の時に弟子20人他を伴って来朝され、のちに禅師の弟子となる妙心寺住持の龍渓禅師や後水尾法皇そして徳川幕府の崇敬を得て、宇治大和田に約9万坪の寺地を賜り、萬福寺を創建しました。
その後、幕府の政策等により、宗派を黄檗宗と改宗し現在に至ります。日本でいう「禅宗」は、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗の三宗に分類されています。
境内全体に中国・明時代末期の雰囲気で造られ、他の日本の寺院とは雰囲気が異なります。
中国風の精進料理である普茶料理もいただくことができるそうです。
萬福寺
萬福寺 posted by (C)pismo

萬福寺 (1)
萬福寺 (1) posted by (C)pismo

萬福寺 (2)
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萬福寺 (3)
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萬福寺 (4)
萬福寺 (4) posted by (C)pismo

萬福寺 (5)
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萬福寺 (6)
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萬福寺 (7)
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萬福寺 (8)
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萬福寺 (9)
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萬福寺 (10)
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萬福寺 (11)
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萬福寺 (12)
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萬福寺 (13)
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萬福寺 (14)
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萬福寺 (15)
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萬福寺 (16)
萬福寺 (16) posted by (C)pismo

萬福寺 (17)
萬福寺 (17) posted by (C)pismo


三室戸寺
。花の寺として有名ですが、この時期はあまり咲いている花はないようです。
三室戸寺 (1)
三室戸寺 (1) posted by (C)pismo

三室戸寺
三室戸寺 posted by (C)pismo

三室戸寺 (2)
三室戸寺 (2) posted by (C)pismo

三室戸寺 (3)
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三室戸寺 (4)
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三室戸寺 (5)
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三室戸寺 (6)
三室戸寺 (6) posted by (C)pismo

宇治神社は莵道稚郎子命を祀る神社で、近くの宇治上神社と一対の神社で、明治維新前は両方を合わせて宇治離宮明神、八幡社と呼ばれ、宇治上神社は上社・本宮とするのに対し、宇治神社を下社・若宮と呼ばれています。本殿は三間社流造り桧皮葺きの社殿で、鎌倉時代初期の建築です。
宇治神社 (1)
宇治神社 (1) posted by (C)pismo

宇治神社
宇治神社 posted by (C)pismo

宇治上神社(うじがみじんじゃ)は菟道稚郎子命(うじのわきのいらつこのみこと)・応神天皇・仁徳天皇を祀る神社です。近くに宇治神社があり、明治維新前は両方を合わせて宇治離宮明神、八幡社と呼ばれ、宇治神社を下社・若宮とするのに対して、宇治上神社は上社・本宮と呼ばれています。
宇治上神社の本殿は現存するわが国最古の神社建築。拝殿は鎌倉初頭のもので、寝殿造りの建築物です。いずれも国宝に指定されています。
「古都京都の文化財」として、平成6(1994)年に世界遺産に登録されました。
宇治上神社 (1)
宇治上神社 (1) posted by (C)pismo

宇治上神社
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宇治上神社 (2)
宇治上神社 (2) posted by (C)pismo

宇治上神社 (3)
宇治上神社 (3) posted by (C)pismo

仏徳山は標高131mの山で、宇治市街を一望できる展望台です。
大吉山展望台(仏徳山)
大吉山展望台(仏徳山) posted by (C)pismo

平等院
平等院 (1)
平等院 (1) posted by (C)pismo

平等院 (2)
平等院 (2) posted by (C)pismo

平等院 (3)
平等院 (3) posted by (C)pismo

平等院
平等院 posted by (C)pismo
Posted at 2016/11/20 23:28:12 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2016年09月11日 イイね!

恭仁京跡・海住山寺・笠置寺

恭仁京は、奈良時代の天平12(740)年、疫病や戦乱に見舞われ世上不安の中聖武天皇によって新都として定められたものです。
しかし、天平16(744)年、わずか4年余りで廃都されてしまいました。宮域は大極殿を中心に山城国分寺として再利用されることになりました。恭仁宮の大極殿をそのまま用いた金堂跡を中心に南北三町(約330m)、東西二町半(約275m)の広大な寺域をもつ寺でした。山城国分寺跡(恭仁宮跡)には、現在も金堂跡(大極殿跡)基壇と塔跡基壇が地表に残されています。
恭仁小学校の北側が大極殿跡、東側が史跡公園として整備されています。
恭仁京跡(山城国分寺跡) (1)
恭仁京跡(山城国分寺跡) (1) posted by (C)pismo

恭仁京跡(山城国分寺跡)
恭仁京跡(山城国分寺跡) posted by (C)pismo

海住山寺は、恭仁京のあった瓶原(みかのはら)地区を見下ろす三上山(海住山)の中腹にある真言宗智山派の寺院です。
天平7(735)年、聖武天皇の勅願により東大寺の良弁僧正が開創したと伝えられています。当初は藤尾山観音寺という名でしたが、承元2(1208)年、解脱房貞慶が、この寺を中興した際に補陀洛山海住山寺と改めました。
五重塔は、鎌倉時代の建保2(1214)年のもので国宝に指定されています。
海住山寺 (1)
海住山寺 (1) posted by (C)pismo

海住山寺
海住山寺 posted by (C)pismo

海住山寺 (2)
海住山寺 (2) posted by (C)pismo

笠置寺は、真言宗智山派の仏教寺院で山号は鹿鷺山と号します。
創建は大海人皇子(天武天皇)とも、大友皇子(弘文天皇)とも伝えられていますが、諸説あって定かではないようです。
東大寺の開山で初代別当(寺務を統括する僧)であった良弁や、その弟子で「お水取り」の創始者とされる実忠により笠置山の大岩石に仏像が彫刻され、笠置山一帯が一代修験行場として栄えました。
永承7(1052)年以降、末法思想の流行とともに笠置寺の大磨崖仏は天人彫刻の仏として非常な信仰を受けました。
建久2(1191)年、藤原貞慶(後の解脱上人)が日本の宗教改革者としてその運動を笠置寺から展開するとき、笠置山は宗教の山、信仰の山として全盛を極めたときでした。
元弘元(1331)年8月、鎌倉幕府打倒を企てていた後醍醐天皇は御所を脱出して笠置山に篭り、挙兵しましたが、9月に落城し、後醍醐天皇は隠岐島に流されました。この戦乱で寺は炎上し、再建されましたが、その後も焼失と復興を繰り返しました。
近世末には衰退して明治時代初期には無住となってしまい、現在の寺は明治9(1876)年に再興されたものです。
写真上は弥勒大磨崖仏で、高さ15.6m・幅15mの花崗岩に刻まれた弥勒菩薩ですが、数度の火災により、現在では後背を残すのみとなってしまいました。写真下は、高さ12m・幅7mの花崗岩に、虚空蔵菩薩が彫られています。
笠置寺
笠置寺 posted by (C)pismo

笠置寺 (1)
笠置寺 (1) posted by (C)pismo

笠置寺 (2)
笠置寺 (2) posted by (C)pismo

笠置寺 (3)
笠置寺 (3) posted by (C)pismo

笠置寺 (4)
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笠置寺 (5)
笠置寺 (5) posted by (C)pismo

笠置寺 (6)
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笠置寺 (7)
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笠置寺 (8)
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笠置寺 (9)
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笠置寺 (10)
笠置寺 (10) posted by (C)pismo

笠置寺 (11)
笠置寺 (11) posted by (C)pismo

笠置寺 (12)
笠置寺 (12) posted by (C)pismo
Posted at 2016/11/14 23:50:19 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2016年09月11日 イイね!

般若寺と当尾の里ウォーク

般若寺は、山号は法性山、真言律宗の寺院です。
飛鳥時代に高句麗の慧灌法師により開かれました。
天平7(735)年、聖武天皇が平城京の鬼門を守るため「大般若経」を基壇に納め卒塔婆を建てられたのが寺名の起こりとされます。そして平安の頃には学問寺として千人の学僧を集めて栄えましたが、治承4(1180)年、平家の南都焼き討ちにより伽藍は灰燼に帰しました。
鎌倉時代に入って廃墟のなかから、十三重石宝塔をはじめ七堂伽藍の再建が行われ寺観は旧に復しました。
なかでも金堂本尊には西大寺叡尊上人により丈六の文殊菩薩がまつられ信仰の中心となりました。
その後、室町戦国の兵火、江戸の復興、明治の廃仏毀釈と栄枯盛衰を経ながらも、真言律宗の法灯をかかげ今にいたっています。
また、「平家物語」や「太平記」「宮本武蔵」など文学の舞台としても知られ、古都の風情を今に残しています。
9月から10月にかけて30年ほど前から一隅に植えられていたコスモスが、現在では境内を埋め尽くすほどになり、本堂や石塔を始め、元禄時代作の西国三十三観音の石仏などを取り囲むように咲き乱れます。その他、梅、アセビ、ツバキ、レンギョウ、ヤマブキと春の花々、アジサイ、サザンカ、スイセンなど四季折々の花が古寺の庭に彩りと風情を添えています。
般若寺 (2)
般若寺 (2) posted by (C)pismo

般若寺 (3)
般若寺 (3) posted by (C)pismo

般若寺 (4)
般若寺 (4) posted by (C)pismo

般若寺 (5)
般若寺 (5) posted by (C)pismo

般若寺 (6)
般若寺 (6) posted by (C)pismo

般若寺 (7)
般若寺 (7) posted by (C)pismo

般若寺 (8)
般若寺 (8) posted by (C)pismo

岩船寺から浄瑠璃寺にかけての当尾(とうのお)の里は、石仏が点在するスポットとして有名です。
のどかな田舎の里に、石仏が点在する風景は、ゆったりとした時の流れを感じさせます。
岩船不動明王磨崖仏は、一つだけ一生懸命お願いをすれば、かなえて下さるというので「一願不動」とも呼ばれています。
「於岩船寺僧口口之会造立、弘安10年(1287)」の銘があります。
岩船不動明王磨崖仏(一願不動) (2)
岩船不動明王磨崖仏(一願不動) (2) posted by (C)pismo

内ノ倉不動明王磨崖仏は、唐臼の壷から奥まったところにあります。
建武元(1334)年1月4日の銘があります。風化が進んでいて、磨崖仏の判別が難しい状態にあります。
内ノ倉不動明王磨崖仏 (2)
内ノ倉不動明王磨崖仏 (2) posted by (C)pismo

内ノ倉不動明王磨崖仏 (3)
内ノ倉不動明王磨崖仏 (3) posted by (C)pismo

からすの壺二尊は、一つの岩に舟形向背を持つ定印の阿弥陀仏、向かって左側に地蔵菩薩立像がおられます。
阿弥陀仏の横に線彫の灯籠、火袋をに灯明を供えることができます。
からすの壺二尊 (1)
からすの壺二尊 (1) posted by (C)pismo

からすの壺二尊 (2)
からすの壺二尊 (2) posted by (C)pismo

唐臼の壺
唐臼の壺 posted by (C)pismo

あたご燈籠は、三叉路に建つ形式にとらわれない変わり燈籠で、愛宕神は火の神様(火伏せ)を司っていま す。
当尾ではお正月にここからおけら火を採り雑煮を炊く風習があったそうです。
あたご灯籠 (1)
あたご灯籠 (1) posted by (C)pismo

藪の中三尊磨崖仏は、藪の中の岩に舟形の光背を彫りくぼめ、正面に地蔵菩薩と向かって右に十一面観音、左の岩には阿弥陀如来坐像を配する非常に珍しい配置の石仏です。作者は橘派の橘安縄、当尾の石仏中最古弘長2(1262)年の作です。
やぶの中三尊 (1)
やぶの中三尊 (1) posted by (C)pismo

やぶの中三尊 (2)
やぶの中三尊 (2) posted by (C)pismo

首切地蔵は当尾の在銘石仏中最古の弘長2(1262)年の作で、首のくびれが深くきれて見えるためともまた、処刑場にあったからともいわれています。
首切地蔵 (1)
首切地蔵 (1) posted by (C)pismo

首切地蔵 (2)
首切地蔵 (2) posted by (C)pismo

大門石仏群は、竹藪の中や細い山道にあった石仏、石塔などを集めて安置しなおしたもので、双体仏や石龕仏、六字名号板碑や五輪板碑などがあり、変化に富んでいます。
大門石仏群 (2)
大門石仏群 (2) posted by (C)pismo

大門石仏群 (3)
大門石仏群 (3) posted by (C)pismo

大門石仏群 (4)
大門石仏群 (4) posted by (C)pismo

大門の仏谷(如来形磨崖仏)は、当尾の石仏群中、最大の磨崖仏です。像名に関して、阿弥陀如来、弥勒如来、釈迦如来などの諸説があり、まだ確定しきれていません。また製作時期に関しても奈良時代から鎌倉中期までの諸説があり、今後の研究課題を与えてくれる大きな仏さまです。かつては真下まで行ける道があったのですが、現在は草に埋もれてしまい、谷を隔てた道が拝所となります。
大門の仏谷(如来形磨崖仏) (1)
大門の仏谷(如来形磨崖仏) (1) posted by (C)pismo

やけ仏(阿弥陀三尊石仏)のあった場所は古くは辻堂という屋形がありましたが度々の火事で消失し、阿弥陀石仏も火災で痛々しいお姿になっています。
銘文から元亨3(1323)年6月8日に造立されたことが判明しました。
やけ仏 (1)
やけ仏 (1) posted by (C)pismo

たかの坊地蔵は、西小区公民館の敷地にあります。小さな石仏群の中でひときわ立派な船形光背の矢田型の地蔵尊で、鎌倉中期に彫られたもので、他の小石仏群は、室町時代に彫られてます。
たかの坊地蔵 (1)
たかの坊地蔵 (1) posted by (C)pismo

たかの坊地蔵 (2)
たかの坊地蔵 (2) posted by (C)pismo

西小墓地石仏群には、埋没や盗難などを防ぐため、かつては周辺に散在していた無縁墓や石仏が集められています。当尾では数多く見られる石仏群ですが、それぞれ小石仏ながらこれ程まとまった石仏群には圧倒されます。西小墓地入口には二基の西小五輪塔があり、当初はこの墓地の総供養塔として建てられました。向かって左側の反花座は、側面を三区に分けた格狭間と呼ばれる装飾が入り、右側は反花座のみとなっています。
どちらも重要文化財に指定されています。
西小墓地石仏群 (1)
西小墓地石仏群 (1) posted by (C)pismo

浄瑠璃寺道丁石笠塔婆
浄瑠璃寺道丁石笠塔婆 posted by (C)pismo

長尾阿弥陀磨崖仏は、美しい連弁の台座に座り、両手を腹部の前で上品上生の定印を結んだ阿弥陀坐像です。
徳治2(1307年)からここで人々の往来を見守ってきました。像の頭上に斜めに割れ目が走っていますが、後方の山から巨岩が続き、前面もコンクリートで固めているので、これ以上割れる心配はないそうです。
長尾阿弥陀如来像 (1)
長尾阿弥陀如来像 (1) posted by (C)pismo

浄瑠璃寺道三体磨崖仏は、元は磨崖仏だったものを、府道拡張工事に伴い移動されたもので、その際一部が破損してしまいました。右側には錫杖を持った地蔵菩薩坐像が彫られています。
浄瑠璃寺道三体磨崖仏 (1)
浄瑠璃寺道三体磨崖仏 (1) posted by (C)pismo

浄瑠璃寺
浄瑠璃寺
浄瑠璃寺 posted by (C)pismo

浄瑠璃寺 (1)
浄瑠璃寺 (1) posted by (C)pismo

浄瑠璃寺 (2)
浄瑠璃寺 (2) posted by (C)pismo

浄瑠璃寺 (3)
浄瑠璃寺 (3) posted by (C)pismo

浄瑠璃寺 (4)
浄瑠璃寺 (4) posted by (C)pismo

眠り仏(地蔵石仏)は、わらい仏の向かって左脇に、半身を土のお布団にくるまれて心地よくすやすやと眠るお地蔵さまです。
長い間土の中で休んでおられたため、いつの間にか「眠り仏」の名がつきました。
やすらかにお休みください。(現地説明板などより)
眠り仏・わらいぼとけ
眠り仏・わらいぼとけ posted by (C)pismo

眠り仏 (1)
眠り仏 (1) posted by (C)pismo

わらい仏(岩船阿弥陀三尊磨崖仏)は、当尾の代表的な石仏の一つです。蓮台を持つ観音菩薩と合掌する勢至菩薩を従えた阿弥陀仏です。永仁7(1299)年の銘文があり、上部の屋根石が廂となっているので、風蝕の影響も少なく保存状況は良好です。
特に夕陽の中にたたずむ、やさしい微笑みをたたえた姿は微笑ましいものがあります。
わらいぼとけ (1)
わらいぼとけ (1) posted by (C)pismo

わらいぼとけ (2)
わらいぼとけ (2) posted by (C)pismo

四面地蔵石仏
四面地蔵石仏 posted by (C)pismo

みろくの辻弥勒磨崖仏は、山際の巨岩に高さ2.5mほどの仏さまが線彫りされています。これは笠置寺本尊の弥勒磨崖仏(現在は焼失し、光背が残るのみ)をかなり忠実に模写したもので笠置に近い当尾で弥勒信仰を物語る貴重な作例と言えます。文永11(1274)年、伊末行の作です。
弥勒磨崖仏 (1)
弥勒磨崖仏 (1) posted by (C)pismo

弥勒磨崖仏 (2)
弥勒磨崖仏 (2) posted by (C)pismo

ミロクの辻から岩船寺への旧道の途中の岩肌に、長方形の龕を彫りくぼめ、三体の地蔵菩薩が厚肉彫りされています。三体とも左手に宝珠、右手に錫杖を持っています。過去、現在、未来をそれぞれ割り当てたもので、六地蔵信仰以前の地蔵信仰の一形態といわれています。
三体地蔵磨崖仏 (2)
三体地蔵磨崖仏 (2) posted by (C)pismo

三体地蔵磨崖仏 (3)
三体地蔵磨崖仏 (3) posted by (C)pismo

Posted at 2016/11/14 00:01:23 | コメント(1) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記

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