「三条大橋」-京都市
三条通の鴨川にかかる橋で東海道と中山道の終点となっています。東海道五十三次の西の起点となる橋で十返舎一九の「東海道中膝栗毛」でおなじみの弥次さん喜多さんの像が西のたもとにありました。
橋が架けられた時期は明らかではありませんが、記録に橋として明確に登場するのは天正18年(1590)に豊臣秀吉の命により五奉行の一人増田長盛が大改修した記録があり、現在の三条大橋の欄干には昭和の12の擬宝珠(ぎぼし)がありますが、他に天正年間の擬宝珠もあります。
現在は歩道が付いたコンクリート製になっています。
歴史的に有名なのはこの河原で行われた関白・豊臣秀次一族の処刑です。その遺骸は暫く放置されて誰も弔う者がいなかったようですが、その後近くの瑞泉寺に葬られたとのことです。
天下の大盗賊・石川五右衛門が釜茹でにされたのもこの河原ということです。
その後も江戸時代を通じて多くの罪人らが処刑され晒されました。今でも川原は市民の憩いの場である一方、その一角には死者を弔う供養地蔵などがあり供え物がされ続けています。
あの新撰組局長・近藤勇も初めて入京したときは、この橋を通りました。そして最後に斬首されましたが、皮肉にもその三条河原に梟首されました。
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