旧・東海道,重要伝統的建造物群保存地区「関宿」
「重要伝統的建造物群保存地区」
2005年11月10日
関町は古代からの交通の要衝であり、古代三関の一つ「伊勢鈴鹿の関」が置かれていたところです。
関の名もこの鈴鹿の関に由来しています。
江戸時代は、東海道五十三次の江戸から数えて47番目の宿場町として、参勤交代や伊勢参りの人々などで賑わいました。
現在、旧東海道の宿場町の殆んどが旧態を留めない中にあって、唯一歴史的な町並みが残ることから、昭和59年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
町並みの中にある諸施設には、「関まちなみ資料館」「関宿旅籠玉屋歴史資料館(建造物は町指定文化財)」「百六里庭・眺関亭」「地蔵院本堂(国重要文化財)」があります。
「関まちなみ資料館」は江戸時代の町屋を公開した資料館です。大人は¥300です。
「旅籠 玉屋」は『関で泊まるなら鶴屋か玉屋、まだも泊まるなら会津屋か」と謳われた関宿を代表する旅籠の一つでした。江戸時代の旅籠建築を修復し、当時使われていた食器やお膳類、庶民の旅に関する歴史資料などを展示した、日本最初の旅籠資料館です。
「百六里庭・眺関亭」は関宿の町並みの中に生まれた小公園です。関宿が江戸から106里余りあることから名付けられました。通りに面した、ここ眺関亭からは関宿の家並みが一望できます。
「地蔵院本堂」は『関の地蔵に振袖着せて、奈良の大佛婿に取ろ』の俗謡で名高い名刹。天平13年(741)行基菩薩の開創と伝えられています。
町の西端は「西の追分」(県指定史跡)地。
関宿の西の入口にあたる西追分は、東海道と大和・伊賀街道の分岐点です。石柱には「ひだりハいかやまとみち」とあります。
注)画像上の場所と画像下の『東海道五十三次・関宿』画は同じ構図ではありません。
タグ
関連コンテンツ( 歴史 の関連コンテンツ )
地図
関連情報