「坂本龍馬寓居之址地(材木商酢屋)」-京都市
「海援隊京都詰所」今も残る歴史上の建物
2006年06月15日
『酢屋』は、約280年続く材木商です。幕末には大阪から伏見、京都へと通ずる高瀬川の木材の輸送権を独占しており、非常に繁盛していたそうです。慶応3年6月、坂本龍馬は長崎から上京する土佐藩汽船夕顔丸の中で「船中八策」を起草し、京都に入って酢屋嘉兵衛方に投宿しました。高瀬川ぞいには各藩の藩邸が建ち並び、伏見、大阪との連絡にも格好の地であったため、龍馬はこの酢屋2階を海援隊京都本部にしました。当時6代目酢屋嘉兵衛は龍馬の活動に大変理解を示し、その援助に力を注いでいたそうです。
龍馬は2階の表西側の部屋に住んでいました。通りの向かい、今の「京劇会館」あたりは舟入だったそうです。彼はそこに向かってピストルを撃ち、射撃の練習をしていたという逸話がありますが、だとしたら発砲音で目立ったでしょうね。
現在この酢屋前の通りは「龍馬通り」と呼ばれているようです。
住所: 京都市中京区河原町三条下ル大黒町
タグ
関連コンテンツ( 幕末 の関連コンテンツ )
地図
関連情報