「泉頭城址(現・柿田川湧水公園一帯)」-駿東郡清水町
三島の地は私が幼少のころに住んでいた所です。そして「柿田川湧水」は地域の名勝でした。富士山の雪解け水が湧き出しているという名水です。ただその湧水量が年々減少傾向にあるというのは心配です。
この地に数十年ぶりに訪れ偶然看板を見なければ、ここが城址と知ることはなかったかもしれません。
城はその有名な柿田川湧水群を臨む地に築かれていたようです。
現在は城跡は殆んど不詳ですが、本丸跡は公園駐車場ということでした。城址を示す立看板は国道1号線沿いの柿田川公園内にありました。周辺の郭部には土塁など遺構が多少残されています。堀切跡は遊歩道になっているようです。
公園東側は東曲輪だったそうで、本丸周囲(公園)は谷と柿田川で囲まれ国道からしか入ることができない作りになっています。
築城は戦国時代に後北条氏によって築かれたといわれています。この周辺は武田氏と後北条氏の勢力範囲の境界であり、常に軍事的緊張があったようで泉頭城の南にある戸倉城が武田氏に奪われた際、両城の間ではしばしば戦闘が行なわれたといいます。戸倉城は対岸のここから歩いて30分ほどで、当時の城兵は緊張した日々を送ったのではないかと思われます。
天正18年(1590)に小田原城の落城とともに廃城。
大坂の陣で豊臣家を滅ぼした徳川家康は、隠居城として泉頭城を候補地に挙げたが、家康の死去によりその計画は実行されませんでした。
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