
8度と寒いんですけど、今日のダラスは写真のような綺麗な雲と空でした。ここんとこ考えてたことを書きたいと思います。
ブログでは自動巡回。みんカラでも、友達の数を増やそうと躍起になる方々。どんな世界にも質より量にこだわって、命燃やして、全力尽くす方々がいますけど、皆、共通してるのは、それの何が反発をかうのか、理解してないこと。
せっかくわかるかもしれないヒントがいっぱいそこにはあるのに、考え方が違うだけと受け取り、もらってる意見を削除したり、無視するので、数を増やすことに躍起になることが何故好意的に受け取られないのかを、理解できないままになります。
先ず、怒る人というのは、何かが悲しかったり、寂しかったり、不愉快に感じてる人。
数を増やすことに命かけてる方の、友達になってる方は、自分も数を増やすという目的の為のただの道具や駒扱いされてるのかと悲しく、情けなくなるわけです。その人を大切な友達だと思っていれば、思っている程、感じる不愉快の度合いや、悲しさ、寂しさは大きいでしょう。
リアルな世界で、友達を自分の目的を達成する為の道具扱いになんか絶対にしませんよね。それと同じで、みんカラでも、ブログでも「そんなんぜんぜん友達ちゃうやん」ってことになるわけです。
最近見かけた友達の数を増やすことに命かけてる方を例に取ると、いくつもまったく同じ内容のブログ記事を掲載してる(間違えて同じ記事を掲載したのなら、いつでも編集して削除できるのにそのままいくつも同じ内容の記事を掲載)。
1つの車の愛車紹介をいくつも書いてる。ま、その同じ内容の記事や、愛車紹介の数が8個とか10個とか尋常じゃないので、じっくり見たら、何かが違うというのは、すぐわかるんですけどね。
あとは、どう見ても1つにできそうな記事を3個に分けて掲載するとかも多いやり方です。
友達申請して貰える数を増やす為に、目に止まる確率を増やしてるつもりなのかもしれませんけど、友達になる側から見たら、バカにしてるの?って感じるのは、最もだと思います。
数を増やす為の駒扱いされるって嬉しいものでは決してないです。悲しいし不愉快です。
いろんな人がいる。いろんな意見がある。いろんな考えがある。いろんな感じ方がある。それは当たり前。でも、その違いを、否定して諦めるんじゃなくて、立ち止まって、なんで?って考えて、例え考え抜いてわからなかったとしても、わかろうとすることが、大切だと思うんです。
何かあった時に、自分ができるのは、自分に関する反省だけなので。自分の気持に光をあてて、人の気持ちを考えたら、素敵な方向へ向かえるんじゃないかと思います。
また、向かうことをお祈りしてますし、私もそうでありたいと思います。
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環境問題・人として | 日記
Posted at
2012/12/22 21:05:46