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伝説の凄腕のゆみん現品限りのブログ一覧

2014年09月13日 イイね!

9.11

9.11オフ会の記事を書きたいんですが....

あまりにも多い写真の量と、それに目隠しとナンバー隠ししなきゃいけない....

って考えると「うっ」てなってしまって(笑)

仕事で疲れててパワーがない、時間が取れない....のもあるんですが、めげてまだ手付かずです(^_^;)

頑張ります♪そのうちきっと....なるべく早く(^_^;)

その前に....当日書きたかったんですが、書けなかったので....

13年前の9.11、私はNYのマンハッタンにいました。

まさかの前日NY入り。

留学する予定やったテキサスの大学の下見に行くのに、1番安い飛行機がNY経由だった....ただそれだけで、居合わせてしまいました。

2日間NY泊の後、テキサスのダラスへ移動のはずが、飛行機は飛ばないし、マンハッタンは封鎖されて出られなくなるし。

毎日、いつ飛ぶかわからない飛行機のチケットを取り直し続けて、結局、10日間NYにいました。

物凄いパトカーや消防車の数と音。

煙をかぶって真っ白になりながら逃げてくる人、そんな人たちを助けようとする見ず知らずの人たち。

道端で空港のカウンターが開くのを待ってたら、誰からかわからないご飯が配られたり。

地下鉄では爆弾がしかけられたから、逃げてくれってアナウンスで、全速力で地上に駆け上がって逃げたり。

空港に3人の不審人物が火をつけたから、逃げろって空港職員さんが叫んで、人生最速で走ったり。

一緒に逃げてるおばあちゃん達の荷物を走りながら誰かが持ってあげていたり。

あっちこっちの交差点でマシンガン抱えた兵士がウロウロ。

空母艦がNY沿岸に停泊。

物凄い匂いと煙。

次の瞬間、死ぬかもしれない....

じっと待ってるだけでは殺される....

人ってここまで知らない人に優しくなれるんや....

それまで思ったことなかったことを、いっぱい思いました。

人生、無駄なこと、余計なことしてる暇ないな〜とも思いました。

9.11は、私には、遠い異国で起こった他人事ではないし。過去の出来事でもありません。リアルに経験した恐怖。

あの現場の匂い、光景、底知れない深い悲しみ、そんな中での人の優しさと温かさと助け合い、忘れません。

今でも苦しんでる人たちがいます。

何も終わってないし、過去にもなってない。

9.11に立ち向かったヒーロー達の厳しい現実がわかる16のデータ

http://m.huffpost.com/jp/entry/5809540

わんこも大迷惑....。

人間忘れっぽいし。自分には関係ないことって思っておいた方が考えるより楽やけど。

それじゃ何も変わらないから。

無関心、無知は、罪。

そこから自分さえ良ければいい....っていろんなことが曲がってくるので。

13年前のあの時、思ったこと、感じたこと、忘れないように、これからも生きたいと思います。
Posted at 2014/09/13 08:44:19 | コメント(3) | トラックバック(0) | 環境問題・人として | 日記
2014年06月17日 イイね!

ぜひご意見お願いしますm(_ _)m

ぜひご意見お願いしますm(_ _)mまたまた車まーったく関係ない話なのですが、物凄く困っているので、ちょっと皆さまにご意見聞かせて貰っちゃおうかな?と思うことがあるので書きます。

私には死ぬまでにしたいことがいくつかあります。いくつかどころか、いっぱいあるかも?

その一つが、核について、どんなに核が恐ろしくて作っちゃいけない、使っちゃいけないものなのか、世界の人たちに知って欲しいというのがあります。

私一人がもがいたって、何も変わらないかもしれないけれど、ゼロより、何もしないよりは、0.00000001でも進めるような気がして、それがたとえただの自己満足でも構わないんです。

日本人やったら、原爆についてなんて、当たり前のように知ってますよね?基本事項くらいは。

今はそうでもないのかもしれませんが。

私が小さかった頃は、原爆についてきっちり小学校で習いました。

小学校5年生の頃に、担任の先生が、「自分で原爆について調べなさい」と仰って、調べていくうちに、怖い悲惨な、痛そうな、苦しそうな写真がたんまり出てきて、かなりびびった記憶があります。

日本は唯一の戦争での被爆国です。

核だめだめーってのは、基本中の基本というか、それをおっけーにできる理由があるとは思わなかったというか。あんなに痛そうな、苦しそうなことを、誰かが誰かにしちゃいけない。

単純に私が伝えたいのはそこです。

人を殺しちゃいけない。それと似たようなものというか。人として基本。

ところが、アメリカに行ってびっくりしたのが、皆、まったく何も知らない。

ただの爆弾の一種だという理解があったらまだいい方で。

歴史の教科書には、原爆を落としたおかげで、戦争を終わらせることができたなんて、とても肯定的に書いてあります。

ま、そりゃそうですよね。歴史的には、肯定しておかないと、政府としては、やれ賠償問題だの、ややこしいことがたんまりと増えるだけですし。

あれで良かったんだという話にしておく必要や都合がいろいろどうしてもあるんでしょうね。

歴史的に誰が悪いとか、何が悪いとか、戦争が悪いとか、誰かを、どこかの国を、戦争に進んだ経緯を責めるつもりは、かけらもないんです。

私はその頃、生きていなかった。

過去は過去として、弄れるものではありませんし。責任をはっきりさせたり、善悪を決めることには何の意味もないと思っているので。

ただ、単純に、マイクロウェーブで人間を焼いちゃいけないよね。核爆弾はそういうものなのよ。ってことを、知って欲しいだけ。

同じような結果が起こり得る原子力発電についても、同じ考えですが、そちらを入れてしまうと、電気いるだろうーとか、国力が~とか話が大きくぶれるので、なるべく触れないようにしてきました。

先ず、兵器の威力と結果の悲惨さを知って欲しい。

それで、英語のブログを作ってます。もうちょっと時間作って、日本語も書いたり、いろいろ広げたりして行きたいんですが、まだ、そこまでできてません。

http://worldwithoutnuclear.blogspot.jp/

そのうち、展示品やビデオを持って、世界を回りたいなとも思ってます。

今年初め、広島の原爆資料館でお話を伺ったら、無料で貸し出して下さるものが、かなりありまして、移動費と会場を確保できれば、思っていたよりも何とかなりそう。

問題なのは、私の性格。ストレートにポーンとメインをガツンと示したい為に、どうやって、伝えたいことを広めればいいのかがわからない。

自分やったら、オブラートに包んで言われるとまどろっこしいので、ガツンとストレートな方がスッキリしていい。というわけで、自分の好みにしかできないわけです。

ところが、私みたいな人ばかりじゃない。

自分が悲惨な写真を目で見て、こりゃ絶対だめだめと感じた為に、他の人も見たら感じてくれるんじゃないかと思っちゃってる私では、他の方法が見当たらない。

戦争がだめだとか、嫌だとか、誰が悪いとか、そういうのは、置いておきたいのに、そっちに話の要点がずれてしまう。

なので、この話は私は今まで、私が信頼できると思っている4名の人にしかしたことがありません。 元だんなのけんちゃんとも話したことないです。

一人はアメリカに住んでる友人でアメリカ国籍。

一人はアメリカに住んでる友人で台湾国籍。

一人はアメリカに住んでる友人で日本国籍。

一人は日本に住んでる友人で日本国籍。

アメリカの友人には、政治的過ぎて危険だと言われました。

歴史で肯定的に習うから、ビデオまで見せられるから、原爆を落として戦争を終わらせることができたという以外の見方をしたことがないとも言われました。

最近意見をくれた方には、ごもっともと思う指摘をいくつも頂きました。

まず、私らしいけど、私の性格を知らない人から見たら、ストレート過ぎる。怖い部分から入ったら誰も聞く耳持たない。

どう感じて欲しいか、明確に示すべき。

言いたいことを先ず先頭に持ってきてはどうか。

戦争にどうしても焦点が行ってしまうから、それ以外でポイント表示すべき。

絵本的に伝えようとしてみてはどうか?

などなど他にもいっぱい。

なるほどーって思うことが多々あったので、こりゃ一人で悩んでるより、いろいろな意見を聞いてみるのもいいかも?

と思いつきまして。

突然ですが、ご意見下さい!

自分やったら、どういう風に言われたら、見せられたら、聞く耳持ちますか?

悲惨なんだよー。だから作ったり、使っちゃだめなんだよー。って伝えたいだけなんです。

日本以外では、世界では、これは↑当たり前じゃないので、せめて知って欲しい。

核実験などが行われると、抗議文を広島や長崎から送るんですが、そんな抗議文が600通以上になってきています。そして、今でも増えています。

書きにくい話かもしれませんが、どうかお力お貸し下さいませ。

* I'm asking my friends, how I should convey the inhumane nature of the atomic bomb. ....Here, and in my blog, I specifically wrote, who is responsible for the war, who is responsible for dropping the bombs, or how many people died, those argunents are not my point. So, I will not respond who makes different point from what I'm talking about here. I just don't want to waste my precious time.
Posted at 2014/06/17 13:05:02 | コメント(12) | トラックバック(0) | 環境問題・人として | 趣味
2013年12月26日 イイね!

クリスマス2013

クリスマス2013会社のクリスマスツリーはこんな感じです。すっきりしてて私は好きかも♪

クリスマスが近づくと、みんな有休をたんまり取ったり、早退しまくったりし出します。うちの会社は皆、働いてる方ですね。同じビルの他の会社はほぼ開店休業状態の所が多いです。

おかげで夕方早い時間でも、既に、車ぽつーん(笑)



私は相変わらず仕事忙しくてばたばたしてる上に、寒いの超苦手なので、寒さに苦しんでる日々です・・・・連日の寒波で寒い!こんなん!



かちんこちん(笑)



私のPrius Cも雪の結晶のようなものが!(笑)



お天気は良くて、空は青くて、気持ち良いんですが・・・・とにかく寒い!

こんなテキサス・ダラスは12年テキサスにいて、初めてです。



そんな寒い中、実は・・・・凄いことが・・・・。

12月25日のクリスマス当日は、年間で一番店が開いてない日なので、何もお家になかったら、困る~と仕事帰りに、スーパーに寄ったその帰り道のことでした。

車が・・・・突然、アクセルを押しても、ちっとも進まない!のろのろのろ・・・・よろよろよろ~。

こんなんで、走り続けるのは怖いので、慌てて、道端に寄せて停車。

そこから、何度、エンジンをかけても、ブレーキから足を放すと、エンジンが停止しちゃう。

もう、私、ここで真っ青・・・・。

寒いのに~。こんな知らない道端で、レッカー待ち~?!

このシートベルトの左のだけがついて、エンジンまったくかからず。



あまりの恐怖に、車が動かない・・・・とつぶやいてたら・・・・

動いた?大丈夫?

と地獄に仏登場~

藁にもすがりたい、プチパニック状態の私。

プチパニゆ:JAF呼ぶ。

藁仏:アメリカにJAFないやろ。←めっちゃ直球な突っ込みが(爆)

ま、ま、ま、似たような、AAA(トリプルエー)ってのがあるので、それのつもりやったんですが、プチパニクッテるもんで、なんか、ツボに入ってしまって、暗くて寒い中、大爆笑~(爆)

おかげで、ちょっと冷静に。

プチパニゆ:あれ?

点滅してる・・・・。ガソリン・・・・。

も、も、も、もしや?ガス欠?

いろいろ状況を話した所、ガス欠かもしれないという診断結果に(笑)

ガソリンを持って来て貰おうにも、場所がわからなかったので、ビール抱えて家から出て来て、隣の家に入ろうとしてたお兄さんに、ここの住所教えて~!と(-(-д(-д(`д´)д-)д-)-)突撃ぃ~~!

酔っ払いお兄さん:どうした?大丈夫か?住所は、6040の・・・・

と教えてくれて、自分は持ってないからな~と、お友達に予備のガソリンないか聞きに行ってくれました。

結局、予備のガソリンはなかったんですが、その後も、何かできることあるか?ってなかなか帰らず・・・・ええ人でした~♪

でも、見るからに酔ってたので(笑)ガソリンスタンドに連れてって貰うわけにも行かず・・・・。お願いしたら、酔っ払ってても、行ってくれそうやったので、口チャック。

だいじょうぶだいじょうぶ、いいから、宴会に戻って頂戴、何かあったらお願いするわ、と、説き伏せて、酔っ払いは、酔っ払いの続きをしに戻って貰いました。

ガス欠じゃなかった時の為にAAAに電話する時に、レッカー車で、ガソリンを持って来てくださいとお願いして、待つこと30分。

零下やったのでね・・・・本当に本当に凍死するかと思いました~(←けっこうまじ)

ダウン着てなかったら救急くらい行ってたかも(汗)

来てくれたお兄さん、ブライアンさん。詳しい住所を言ってくれて良かったよ~一発でわかった~と猛スピードで到着。

ブライアンさんもええ人で、エンジンかかった時は、ガス欠で良かった~と一緒に大喜びしてくれました♪

同じようなオレンジ色のChevyの車を持ってるんだそうです♪

私の電話番号から、ヒューストン出身か?と聞かれ、そんな時に、おまけに寒いのに、何故か道端で、世間話(笑)

教訓。

ハイブリッド車は、ぎりぎりまで、ガソリンを入れないでおくのは止めましょう~。

PriusC(アクア)は最低5リットルは入れないと動かないんだそうです!3リットルくらいじゃ無理って・・・・。

し、知らなかった・・・・。

いやはや真っ青になった出来事でしたが、車詳しい方に、ガス欠やと言って貰えたので、大パニックにならずに済みました。

ありがとう~♪

前から、ガソリンないマークは点滅してたはずやと言われ・・・・、いや、してなかったと言い張り続けながら(笑)一件落着~♪

帰り道、すぐにたっぷりガソリンを足しました(笑)

ま、告白すると・・・・寒くて、忙しくて、ガソリンのメーターなんて、見てませんでした~(爆)

あほあほ~~(大きく反省中)



私は物凄い怖がりなので、普段は、半分なくなる前にガソリン入れるんですけどね~。

寒いし、仕事忙しいので、会社と家の往復だけって日々が続き、いくら冬でも、燃費が良過ぎて、ガソリンを入れるって行動自体が必要なことさえ忘れてました。

翌日、高速で移動する予定やったので、高速でこんなことにならなくて、本当に良かったです。

こんな所で、ガス欠になったら、怖過ぎ~。



ダウンタウンにガソリンスタンドほとんどないし(恐)



翌日はクリスマス・イプ。

会社のネットワークがウイルスにやられ、全員パソコンを落としなさい命令が。

復旧しそうにないので、早めやけど、そのまま帰ることに♪

そして、高速を、南下して・・・・。





私のアメリカでの実家、Corsicanaという街に到着。



クリスマス・ツリー♪



いつもドア開けた途端、飛びかかってくるレディー(大)とオーノー(小)♪



既に、プレゼントの一部が配られ、始まっちゃってました(笑)



このきらきら、あっちこっちに付くから嫌いなんです~なのに、ゆみはこれ手伝ってって、何故かきらきら担当に~嫌やぁ~~(汗)



私はレゴお手伝い係の方が良かったんですけどね~。

レゴは、ジョシュ(ドナの次女さんの長男。おじいちゃん、おばあちゃん(ボブとドナ)の家に居候中)が手伝うって、自己申告したので、仕方あるまい。



お夕食は、鮭~♪

ドナが作るご飯はすべておいしい♪アメリカで美味しくない目にあって、アメリカのご飯が美味しくないって言うてる人を見かけると気の毒になります・・・・。私は12年前からずっととても美味しい目に合わせて頂いてるので。



この二人は仲良しなので、一緒に眠ってたので、安心してたんですが・・・・。



夜中・・・・やはり襲われました・・・・。

オーノーオーノォォ━(゚∀゚)━( ゚∀)━( ゚)━(   )━(゚ )━(д゚ ;)━(゚д゚;)━━ッ!!!!

↑親父ギャグではなく・・・・ほんまにOh!No!ってことするので・・・・Oh!No!って名前なんです。これ、ほんと。

全体重かけて眠ってた私に着地・・・・。



そして、そのまま、私に全体重乗せて、眠られました~小さいのに結構重い~~(笑)



そして、クリマス当日の朝。

まだ、5時台・・・・。



サンタが来たーーーーーーーって、大騒ぎが始まりました~~~~



包み紙がこんな山になって、床の見える所がなくなり、戦場化するのに、数分かかりませんでした(笑)



やっとおさまり、朝食。

朝から焼きたてパン♪

12年前の12月24日にボブとドナが経営してたBed and Breakfast(=朝食付きホテル)に初めて泊まった時の朝食にこのパンが出てきたんです。

その話をしてたら、ドナお母さんも、それを思い出して、作ってくれたんだそうです。

さすがマム♪



食後は、ボブと教会へ。

ボブとドナは、退職する前からなんですが、教会のキッチンを任されてます。

巨大なお金持ち教会なんですが、月曜は、食べられない人に食事を作って提供したり、なかなか良いことをいろいろしてます。

クリスマスに、食べられない人に、クリスマスご飯を提供するのも、そんな一貫です。

教会のキッチン、こんなん。





私はシェフになるコースを学校で取ってたことがあるので、業務用キッチンなつかしい~。こんな大きなお鍋や。



こんな大きな缶切り。



ボランティアの人が集まって、ミーティング。

ボブお父さんしきってます。



このデザートも、いろんな人がボランティアで持ってきてくれます。



そして、これが、提供されたもの。美味しくて、お代わりする人続出でした。



11時にならないうちから列が出来始め。



結局、来場150名。お届け150名くらいだったでしょうか?合計300名超。
感謝祭には900食だったそうです・・・・すごっ



1人で食べに来てるおじいちゃんとかね・・・・。明らかに、あなた、薬やってますよね?あなたアル中さんですね?って人たちも列にいて・・・・。

申し訳なさそうに、でも、嬉しそうに、食事を受け取るんです。

中には、3回並んで食べた上に、3食分持って帰ってる男性もいました。

本当に食べる物がないんでしょうね。

なんか、そういうの見てたら、泣けてきました。

ずっと、私は何がしたいんやろ?って仕事でも悩んでたのもあって。

いろいろあるんですけど、結局、本当に最後にアメリカに勉強しに行こうって決心できたのは、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦争の頃、戦場で泥の中に首まで浸かって、物凄い悲しい目で、テレビカメラの方を一直線に見てた、小さい男の子を見てだったんです。

世の中には、屋根がない食べる物がない毎日を送ってる人がいる。屋根を作ろうって。

4ドル、5ドルもする珈琲を買える人たちの為に、お店作ってる毎日が、それはそれで、憩いを提供できるんやったらええんやけど、なんだか違う~ってのを思い出しました。

アメリカでは、クリスマスは、家族の為の日、感謝の日です。

そんな日に何人もの人たちが、デザート作って、キッチンを手伝いに来ます。見ず知らずの食べられない人たちの為に、せめてご飯をって。

いろいろアメリカやアメリカ人のことを批判する人たちはいるけど、私はアメリカのアメリカ人のこういう所が大好きです。

ガス欠の時、自分は宴会中で、酔っ払って楽しんでるのに、何かできないか?って一生懸命助けようとしてくれたお兄さんとか。

寒いやろうから頑張った!って急いで来て、自分のことのように車が動いた時喜んでくれたお兄さんとかも。

皆、本当に、温かいです。私なんか、ぜんぜん知らない、どうでもいいはずの人やのに。

自分以外の人の為に、知らない人の為に、自分が最近何をしたか?何を祈ったか?批判する人たちがいたら、ぜひ考えてみて欲しいです。

毎年、ボブとドナに巻き込まれなかったら、私も、仕事で疲れた~って寝てるんでしょうけどね。

忘れないようにしたいと思います。

さて、疲れてお家に戻ると、ドナがチリを作ってくれてました~♪

それも二種類も!

ふつうのチリ。



そして、ホワイトチリ。



ちょっと最近いろいろあって、ドナマムが私に対して涙もろいので、なでなで。なだめて帰宅。

Corsicanaのささやかなダウンタウンのささやかなイルミ。



クリスマスのイルミネーションは、普通はこんなんです。これ、うちの近所。

ある程度、生活に余裕がないとできないですよね。かなりの電気代とこれを普段片付けておける場所も必要ですし。





でも・・・・中にはすっごいのがあって・・・・。

これ。近所でも有名で、わざわざ車停めて人が見に来ます。



もう、何これ?の世界です(笑)



なんか変な世界に迷い込んだような?(笑)







12月はこのお家・・・・物凄い電気代じゃないかと・・・・(汗)

物には・・・・限度というものが・・・・(爆)

物凄く時代(=省エネ)に反してますけど、これだけ、人が来てて、楽しんでたら、いいのかなぁ~?ってちょっと思わされる勢いのイルミです(笑)

一方、それに比べて、えらーくささやかな私のツリー(笑)



これを片付けるのも面倒やな~って思ってる私なので、あの凄さや勢いは、ある意味、尊敬します。物凄いパワーがないと、取りつける準備すらできないと思います。

メリークリスマス♪

皆さまにも、素敵なクリスマスと、ストレスが少ない、心穏やかな年末、年始が訪れますようにお祈りしてますね。


おしまい
Posted at 2013/12/26 15:41:17 | コメント(10) | トラックバック(0) | 環境問題・人として | 暮らし/家族
2013年09月12日 イイね!

9.11 テロあれから12年

今日は?今日も?車にはまったく関係ないお話なので、興味ない方はがんがんスルーして下さいね。

9.11テロの時にNYのマンハッタンにいちゃったんですよ・・・って話です。おまけに長いです(笑)

12年前、2001年の9月10日に成田空港を出発して、ニューヨークに着きました。

その年の年末に行く予定にしていたテキサスの州立短期大学を見学する為に、取った飛行機の格安チケットがユナイテッド航空の何周年記念かの特別価格で、すべてNY経由だったんです。NYに寄ることになった理由はただそれだけです。

ニューヨークに行ったことなかったし、当時の市長ジュリアーニ氏がとても力を入れてマンハッタンを整備したので、前より危険じゃなくなっていると聞いてたのも、行ってみたい気になった理由の1つです。

9月10日にニューヨークに到着して、映画とかで見る黄色いタクシーに乗ってマンハッタン入り。夜は呑気に予約しておいたミュージカルなどを見てから就寝しました。

翌日、9月11日。

泊まっていたホテルはLower Manhattanまたはダウンタウンと呼ばれる南の地区。その日行く所を、メトロポリタン美術館とツインタワーで悩んだ挙句、美術館の方に決めてました。私が油絵で模写したことある、シスレーの絵が、メトロポリタン美術館にあって、とても行ってみたい所の1つだったんです。

もし、あの時、メトロポリタン美術館ではなく、ツインタワーを選んでいたら、ホテルの場所もツインタワーから凄く近くて、朝一で到着できていたので、完全に既に屋上に登っていて、ビルは壊れて、私は空に舞ってましたね。

そんな二択で、メトロポリタンに決め、地下鉄に乗り、アッパーマンハッタンに向かいました。ちょっと早く着きすぎたので、ホットドックスタンドで、朝からホットドック?なんて思いながら、ホットドックと飲み物を買い、メトロポリタン美術館の階段の所に座りながら、映画とかでもよく出てくるマンハッタンのホットドックや~ときゃきゃっ言いながらかじってました。

開館時間になっても、なかなか開かないので、あれ?待ってた他の人たちもなんで開かないのか?と騒ぎ出しました。しばらくして、美術館の人が出てきて、「今日は閉館します」とだけ言いました。朝の9時過ぎやったと思います。

みんな、なんで?なんで?って聞いてるんですが、美術館の守衛さんは、理由を答えてくれません。仕方がないので、じゃ、違う所に行く?とその場を離れ、とりあえず、5th アベニューでも行こうかな?と、セントラルパークを歩き始めました。

今思えばなんですが、救急車や、パトカーや、消防車の音がもう凄くうるさくあっちこっちでしてて・・・・。でも、まだ呑気やったので、やっぱりNYは都会やなぁ?うるさいね~などと話してました。呑気過ぎます。

そんな中、前から乳母車を押したお母さんが、乳母車に乗ってる3歳くらいの娘さんに、「テロって言うのはね・・・・」なんて説明をしてるんです。

ええええ?アメリカって3歳児にテロとは何かなんて定義を教えるの?衝撃的~?!なーんて思ってました。はい・・・・まだ、知らないので・・・。ひたすらまだ呑気です・・・・。

地下鉄に乗ろうにも、地下鉄が全部止まっていて、駅にも入れない状態だったので、仕方なく徒歩で、てくてく5th Avenueのティファニーや、Nike、Swatchなどの本店がずらりと並ぶ所まで。

でも、着いても、あっちこちお店が閉まってるんです。え?どうして?中にはクレジットカード使えませんって貼紙を出してるスタバもありました。意味不明です。まだ、知らないのでね・・・・。

そして、ずんずん歩いて行って、到着したのが、タイムズスクエア。11時くらいになってました。



いきなり、タイムズスクエアのあの有名な大きな画面に映し出されたのは、飛行機がビルに突っ込む画面。真面目に、新しい映画の宣伝だと思いました。

だって、人がこんな風にポロポロ落ちて行くのも、はっきり見えるものだから・・・・なんてディテールにこだわった映画なん?ってね・・・・。



残酷過ぎるというので、すぐに人がポロポロ落ちていく画面はカットされましたけど。初めはがんがん写してましたよね。本当に、何人もがポロポロ宙に舞ってました。飛行機が当たったインパクトで飛ばされた人。火事で熱過ぎて飛び降りるしかなかった人。いろいろだったようですが。

テロ行為で、ハイジャックされた飛行機がツインタワーに突っ込んだんやということを理解するのに、だいぶかかりました。それまでは、あり得ないこと、でしたからね。

把握した後は、これから世界はどうなっちゃうんやろ?恐ろしくて体中、鳥肌立ちまくりました。

佇んでて、そこにいる人たちとなんてこったい?!って騒いでいても、何も変わらないので、ひとまずホテルに戻ってテレビを見たりして情報を仕入れようと、帰ることにしました。

しかーし、メトロポリタン美術館って85th streetくらいにあるんですよね。タイムズスクエアが46th streetくらいかな?泊まってたホテルは2nd, 3rd street辺り。歩く距離じゃないです・・・・。でも、地下鉄は止まっている・・・・。ので、仕方なく歩きました。

向かいからは、こんな感じの灰をかぶった人が、何人も歩いてきて、皆、水いるか?ちょっとここで休め?と見ず知らずの人たちがお互いを労りあってました。



結局、タイムズスクエアからホテルまで2時間だか3時間歩いて戻りました。

マンハッタンの街の空気は、なんてこったい?!なんですけど、皆、その割に明るかったです。

ビジネスもほとんどストップしたし。銀行やクレジットカードなどもすべて止まったし。お店も開いてないし。

することないし、とりあえず食おうぜ~ってな感じで、みんな道端で何か食べてました。

アメリカ人って元気だな、タフだなぁ~って思いました。私はあまりのことに食欲なくしてたので。

それからアメリカ中の飛行機が全部キャンセルされて、マンハッタンにいる人は、マンハッタンから出てはいけないって、マンハッタンに閉じ込められてしまいまいた。9月12日、翌日には、テキサスに向かうはずだったんですが、もちろんそんなこと無理。

マンハッタンから出られないし、飛行機も飛んでないから、日本にも帰れない。

困った・・・・。

ま、困ってても仕方ないので、観光でも行くかー。アメリカンを見習って、なるようにしかならない!って思うことにしました。落ち込んでも仕方ないのでね。

アメリカ強いな~って思ったのは、もう翌日から、こんなことに負けてはいけないって、あっちこっちのお店も、ミュージカルも、開いたことです。

人通りはほとんどなかったですけど。おかげで、めっちゃ空いてる中で、普段は取れない、ラ・ミゼラブルのミュージカルをめっちゃ前の方の席なのに半額以下で見られたり、NikeやTiffanyでお買い物したり。すぐに離れるはずだったニューヨーク・マンハッタンを10日間程、堪能しました。

ニューヨークの宿泊費は尋常じゃなく高いし、ここにいなきゃいけないのいつまで続くんやろ?とドキドキではありましたが。

いつ帰れるかわからないので、毎日、チケットを予約し直さなきゃいけないのに、電話はなかなかつながらないし。毎日、チケットセンターや空港へ出向き、並んでチケットの振り替えをするのが主流の日々でした。

街は大変モノモノしかったです。戦艦が湾には停泊してるし。あっちこちの交差店に、マシンガン持った軍の人が配備されて、警戒してるし。もう見かけは、第三次世界大戦とか世紀末状態でした。

見かけだけじゃなくて、実際に、怖いこともいっぱい。パニックにならないように、報道は一切伏せられてたんですが、マンハッタンのあっちこちに、爆弾がしかけられて、それが発見されたり、爆発したり。

チケットセンターに行くのに、地下鉄に乗ってたら・・・・。

「爆弾をしかけたという予告電話があったので、直ちに地上に向かって走って逃げて下さい!」

ってアナウンスがあって、死にもの狂いで地上まで走って逃げました。でも、ここどこですか?って出た地上はまったく知らないとこやし・・・・とほほっ

飛行機の振り替えをする電話がなかなかつながらないので、飛行場のチケットセンターに向かっていた時も、向かいから、飛行場の職員の人たちが集団で大失踪で逃げて来ました。

「アラブ風の男が3人事務所に火をつけてからこっちに向かって来てるから、逃げろーーーー」って叫びながら何人もが走ってくるんですよ。

ええええええ?!

もう人生で一番速く走りましたね。ぐったりでした。

そんな自分の命も危ない時に、大失踪しながら、一緒に逃げてる、重たいスーツケースでよたよたしてるお年寄りのスーツケースを黙って男性が持って、走ってあげたりするんです。遅れそうになったら、手引っ張ってあげてるんです。まったく知らない人たちどうしです。

交差店の道端で、飛行機のチケットを振り替えする為に、飛行場が開くのを待ってたら、知らない人たちが、ご飯を配ってくれるんです。誰が買って配ってくれてるのか?まったくわかりませんでした。

テレビのテロップで、○○病院で、O型とAB型とB型とA型の血液がこれだけずつ足りませんって文字が流れると、5分後には、ご協力ありがとうございました!ってテロップが流れてました。

電話は直後からずっと無料で国外へでもかけ放題でした。

出来事は悲惨でしたけど、起こってることは、温かいことだらけでした。

よくあんなことあった後でアメリカに留学したねって言われたんですけど、むしろ、あれがあって、アメリカってアメリカ人って凄いなって思ったから、最後の本当に来ようって決心ができたのはあるかもしれません。

ちょっとでも遺骨を家族に戻してあげたい。まだ、埋もれてるのなら、助けてあげたい。消防士さんたちも、必死で頑張ってくれました。ヒーローがいっぱいでした。



こんなに人の為にしてくれた人たちが、10年後くらいから、どんどん亡くなりました。あの時、吸い込んだ有毒物質が体を破壊し、癌などで次々と亡くなったんです。今も続いてます。

ツインタワーの跡地の空気は有害ではない・・・・と嘘を行政が発表したんです、あの時。建物を建ててる物質には恐ろしい程の化学物質がたくさん入ってます。昔の建物だから余計に。それが、物凄い温度で燃え続けたわけですから、その煙が体に悪くないわけがない。

でも、2011年まで、あの時吸い込んだ煙のせいで、病気になったり死んでるってことを行政側は認めてませんでした。因果関係はないと言いはりました。今はオバマ大統領がサインして、彼らを助ける法律が整備されてます。



あの時、アルカイダに向かっていったブッシュ息子大統領をとやかく言う人たちはいっぱいいますけど、私はあの時に、「立ち上がろうアメリカ」ってあの方が言ってくれたので、凄く安心できました。

ちょっとやり過ぎ感はありましたけどね・・・・もし、向かって行かないで、アルカイダの財産すべて凍結しないでいたら、今頃、世界中であんなのと同じことが起こってたかもしれません。日本の東京タワーだって、霞ヶ関だって、都庁ビルだって、人がいっぱい詰まったまま、吹き飛んでたかもしれません。

実際に、そうならなかったので、彼がしたことは誰も評価してないですけどね。

それまで、私は究極の平和主義者だったんです。むしろガンジーが正しい。非暴力非武装でいるべきだと思ってました。でも、もしもし、目の前にいる愛する人が殺されそうになっていても、暴力はいけませんよーって見てるだけの人間でいたくないなと思うようになりました。

大切な人は守れる人でいたい。

誰も武装しない。誰も闘わない。もちろん、それが一番です。ガンジーは正しいです。そうあるべきです。暴力は何も変えないし。何も解決できないから。

でも、もし、向かってくる誰かがいたら・・・・。私は全力で闘います。見てるだけなんて絶対に嫌です。

平和ボケしてる日本にいた私が、この9.11に現地で遭遇して、他にも変わったことがいくつかありました。

その1つは、もしかしたら、5秒後に、この世にいないかもしれない。だから、ぼやぼやぼけぼけしてたら勿体ない。そのあとの5秒が今来てもいつも後悔しないようにしよ。そう思うようになったことです。

ついつい忘れるんですけどね。でも、思い出しては、忘れないようにしょうとは思ってます。

最近もまたまた忘れていて、教えて直してくれる人がいました。

だから、伝えたいことは伝えられるときにすぐ言う。

ごめんなさい、ありがとうは、明日に先延ばさない。

言いたい時に、自分も相手も、この世にいる確かな保証はないのでね。

そして、毎日を精一杯生きる。

後悔先に立たず・・・・は避けたいですね。

このアルカイダとアメリカみたいに、主義主張が違う人たちに、まったく接点がない場合。自分たちをそうさせるのはアメリカで、大量に人を殺すことを聖戦と信じてる人たちと、なんだそれ?って思ってる人たち。

これはどうしたものなのか?未だによくわかりません。

テロやそれに対する報復が辿り着くべき答えではないのだけは確かですけれども。

また今もアメリカはシリアに行こうとしてます。誰かがダメだって態度を示さないと、細菌兵器を平気で作って市民に対して使ってもいいという前例を作ってしまう、それではダメなんだ、誰かが止めなければならないんだってオバマ大統領は言うんです。それもわかるんですけどね。

やられたらやり返すとか、武力で何かをコントロールしょうとすることは、止めなくてはなりません。じゃないと、いつまでも続いてしまいます。そして、犠牲になるのは、いつも一般市民。



2977名の犠牲者のご冥福をお祈り致します。



ツインタワーの跡地には二つのビルをかたどった滝がある噴水が立てられ、犠牲者の名前がすべて刻まれています。

世界中から、こんな悲しい思いをする人が少しでもいなくなりますように。
Posted at 2013/09/12 09:32:59 | コメント(10) | トラックバック(0) | 環境問題・人として | 日記
2013年03月11日 イイね!

3.11 あれから2年、あれから1年 

3.11 あれから2年、あれから1年 1年前の3月11日は休日出勤した帰り、白いSUVに左前から突っ込まれた日です。

事故で脊椎がずれて、1年も仕事を休む羽目に陥るとは思ってもいませんでした。

あの日は、翌週に2つのプロジェクトのCD(Construction Document)設計図面の100%提出が重なってあったので、ちょっと進めておいたら、翌週ちょっとは忙しさがましかなと、軽い気持ちで休日出勤しました。

納得できるところまでやったら、いつの間にか夜中近くなってたので、帰ることに。午後11時30分頃でした。

ちょっと肌寒い、小雨が降る夜。

会社から出て、すぐの大きな交差店を青信号で進むとき、左側の車線に大きな白いSUVがいるのは見えてました。でも、まさか、それが、わたしが近づいてから、アクセルを踏んで、左折しょうとわたしの車に向かって突っ込んでくるとは?

ぶつかってくる車や、はじけ散る車の部品、開くエアバック、締め付けるシートベルト、はねあがる身体や、撃たれたような身体への衝撃、すべてがスローモーションになり、走馬灯が本当にコマ送りで見えました。

エアバックから出る煙にげっほげっほ咳き込みながら、頭の中でこだましてたのは・・・・

Why?Why?Why?Why?Why?Why?Why?Why?Why?Why?(何故?)

図面に、物凄い量の英語の注意書きを書きまくった後だったので、まだ頭の中が英語でした。

明るい交差店。信号は直進優先の私が青。小雨は降ってたけど、視界が悪くなる程ではなく・・・・。ぶつかってきたのは、酔ってもいない、真面目そうなおじさんに見えた体格がいい21歳の青年。

ひたすらごめんなさい、ごめんなさいって謝ってくれてましたが、わたしは、痛い痛いとしか言えませんでした。

目撃者の女性が彼女の電話番号を渡してくれて、いつでも証言するからと言って、警察にも状況を話してくれてました。

迎えに来て貰える知り合いが近くにはいないと言うと、警察官も、レッカーのおじちゃんも、みんなが送ってあげると言うてくれました。

警察官、消防車、救急車、真夜中の事故に、集まってくれた人は30人超はいました。

1年経った今、私の何故?への答えは出てません。これからもたぶん出ないのだと思います。

痛い怖い面倒いことはたくさんありましたが、ありがとうもたくさんありました。



2年前の3月11日には、東日本大震災がありました。連絡が取れない家族や友人の安否を心配して、つながらない電話に、夜通し身体も心も震え続けました。

アメリカでみんなが私の家族や友人、日本の心配をして、祈ると言ってくれました。自家用ジェットでかけつけ、5億円日本に寄付してくれた知り合いもいます。ちゃんと正しく使われたのでしょうか?



何故?

この答えもたぶん出ないのでしょう。

そんな被災地で、家族を失いながら、自分は今も仮設住宅に住みながら、わたしの回復を祈願して、お札やお守り、なつかしい日本の品々などを送ってくれた大切な友人がいます。

人って本当に温かくて、優しいです。そして、そんな出会いに、その方に感謝です。







震災から2年。震災や原発事故に関するニュースが減りました。まだ2年。もう2年。なのに、まだ人材や資材が足りない。

命を失ったり、傷ついたり、家族や友人をなくしたり、危険にさらされた人たちの思いが忘れられていないか。それが心配です。

国全体や私達が今後、何事もなかったように進んで行くようであってはなりませんね。

心の傷もそうですが、そっとしておくと、触れないと、傷はいつまでも癒えません。

辛いことには触れない風潮が日本にはありますが、敢えて書いておくことにします。

震災も原発事故も終わっていないということを、忘れないように。

命を失ったり、傷ついたり、家族や友人をなくしたり、危険にさらされた人たちの思いを忘れないように。
Posted at 2013/03/11 07:31:10 | コメント(8) | トラックバック(0) | 環境問題・人として | 日記

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何シテル?   05/19 21:40
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