先日、自分の中の封印を解いて、福島県沿岸部の相馬市と新地町に行ってきましたが、本日は南相馬市へ行って来ました。
東日本大震災、そして福島原発事故で、当時は毎日のように同市の名前が報道されていました。特に、福島原発から至近距離の同市はその後どうなったのか・・・静岡県に住む自分には全く情報がありません。福島県の沿岸を南下可能なところまで行こうという気持ちで出発しました。
まずは、福島市から相馬市へ向かいます。

伊達市霊山町の霊山パーキングで放射線量を測ってみました。結構高いなぁ・・・
そして、南相馬市へ入ります。原町区は普通の暮らしが広がっていました。良かった~

常磐線の原ノ町駅前で放射線量を測定。おお・・・低いじゃないですか!
次に向かったのが、同線の小高駅です。国道6号線を南下して異変に気づく・・・小高区に入ったら交通量が激減です。そして、民家や商店には人の気配が全くありません。ああ・・・これがゴーストタウンというのかな。

小高駅前・・・放射線量は低いなぁ。人の気配が全く無く不気味です・・・
小高駅のホームに入ってみました。ああ・・・涙が出そう。

駅標には草がまとわりついて・・・

レールは錆びて・・・草は伸びて、ここをもう一度電車が走るときは来るのだろうか。

そして、誰もいない小高駅前を歩いてみました。人がいない街とはこういうものなのか・・・本当に不気味です。人工的な音が全く聞こえません。聞こえるのは鳥の鳴き声だけです。

誰もいない街・・・・とあるお菓子屋さんの前に・・・「必ず小高で復活します」
ああ・・・胸が熱くなりました。そして、涙が溢れてきました。涙腺が弱くなったのかなぁ。
この街に戻ってこれるのだろうか?福島原発から目と鼻の先のこの町・・・放射能は大丈夫なのだろうか?
その後、小高駅の裏へ行ってみました。駅の裏は海側になります。
ここからは、ショッキングな写真が続きます。これが現実だと捉えてください。

小高駅のすぐ裏手の道です。船や車が散乱・・・・はっきり言って全く手付かずです。あれから2年以上経つというのに・・・
その後、小高駅から海沿いをさらに南下します。

このような手付かずの風景が続きます。恥ずかしいですが・・・涙が溢れてきました。

ついに・・・これ以上南へ向かうことが出来なくなりました。
ここから南は・・・悲しいかな人が住めない環境になっているのでしょう。福島原発のために・・・

さきほどのバリケードは南相馬市と浪江町の境界線です。
放射線量は・・・・あれ?低いじゃないか!でも、浪江町へは立ち入ることが出来ません。
今後、立ち入れる状態になるのは、あと何十年先なのだろう・・・悲しいです。
長々と綴ってしまいましたが、これが南相馬市の現実です。特に小高区は2年前の3.11から時が止まったままです。
復興復興とは言っていますが、まだこのように取り残された町があるのです。絶対に忘れてはいけないと思います!
Posted at 2013/05/03 18:38:20 | |
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