・モアイ
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1991年某TV局がイースター島の文化遺産であるモアイ像を取材し、昔の部族抗争と1960年のチリ大地震よって倒壊したままのモアイ像を放映しました。
が、荒廃している世界の文化財の修復こそ平和に貢献する日本の役割ではないかと訴えた。
そこで、大型クレーンを製造している高松市の(株)タダノがそれに応え、修復の奉仕をしようと立ち上がったのです。
しかし、対チリ政府、対イースター島長老会との交渉、500~800年も潮風にさらされた凝灰岩という柔らかい、それも30t以上もある石を吊り上げて、原形に戻すのには、日本とイースター島の考古学者、古石を扱う専門業者も必要であり、奈良国立文化財研究所、飛鳥建設(株)も加わって、モアイ修復日本委員会が結成され、92年8月、チリ政府との間でアフ・トンガリキ15体の修復調印式が行われた。
イースター島を司っている長老会は、日本の修復チームの功績に感謝する証として、モアイを日本で復元することを許可した。
その直後、サンメッセ日南の母体である(財)光泉林が、モアイ復元の可能性を(株)タダノに問い合わせたところ、これは全くの偶然であったのですが、(株)タダノの創業者、多田野弘氏が光泉林の創始者、西田天香の弟子という関係から、日南海岸の風景がモアイの復元場所に最適と理解され、修復チームの了解を得た。
そして、95年1月、長老会は光泉林に対してモアイ・アフアキビ7体の復元を正式に許可したのである。
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