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2018年12月16日

関西オフ会!男鬼入谷城学術調査編with中井先生 その1

関西オフ会!男鬼入谷城学術調査編with中井先生 その1 12月を迎えて、いよいよ本格的な冬になってきた感じですね~(^ω^)
今年の3月に引き続きまして、滋賀県立大の中井均教授をお迎えし、城めぐり関西オフ会としては2度目となる城郭学術調査を行いました♪ですので、今回のオフレポは普段のおちゃらけなしで、ちょっと真面目に進めたいと思いますね~☆彡




まずは前回に引き続いて中井教授のプロフィールから紹介したいと思います。

中井 均(なかい ひとし)

日本の考古学者。
専門は中・近世城館遺跡、近世大名墓。滋賀県立大学人間文化学部地域文化学科教授。 NPO法人城郭遺産による街づくり協議会理事長。織豊期城郭研究会代表。大名墓研究会代表。

城郭の発掘調査事例から石垣・瓦・礎石建物の三要素の出現と画期がすべて安土城以降の織田・豊臣政権下の「織豊系城郭」にあることを明らかにし、またこれら三要素が鉄砲の伝播の影響によるもので「互いに強い因果関係に支えられて存在すること」を指摘した。これ以降、考古学的資料である石垣・瓦・礎石建物が「織豊系城郭」の特質として研究されるようになる。

主な著書・共著
近江の城-城が語る湖国の戦国史-
カラー版徹底図解 日本の城
ハンドブック 日本の城
城館調査の手引き
山城ベスト50を歩くシリーズ
中世城館の考古学
【図説】近畿の城郭シリーズ
※著書も多くて書ききれません。

まさに日本の城郭研究の第一人者なんですね。



今回も、我々だけのためにお付き合いくださるとのことでした。感謝☆彡


さて、12/16当日の集合場所は、近江鉄道の「鳥居本駅」
クルマ組と中井先生は先着して待機してくれてました。






電車から降りて改札口へ向かうところをいきなり眠さん激写されます(笑)
アングルが悪いということで、やり直しさせられたんですけどねw







そして集合後、まずは記念撮影です(^ω^)
この鳥居本駅「近畿の駅100選」にも選ばれており、その昭和モダンな駅舎は登録有形文化財に指定されています。







そうそう、今回の目的地をまだ紹介していませんでしたね。まあ、タイトル見ればわかるとは思うんですが、彦根市にある「男鬼入谷城」です☆彡

写真でもおわかりの通り、かなりの山深い場所にあり、つい最近までその存在が知られていませんでした。古文書などにもほとんど記述がなく、「幻の城」だとされてきました。

ところが平成12年、泉良之氏(今年の彦根オフ会で鎌刃城のガイドをしてくれたおじいちゃん)が霊仙山系の山懐に眠るこの城を発見し、その後中井先生が現地確認をして頂いたおかげで認定された。というふうに聞いております。

さあ、まずは男鬼入谷城の登山口へ向かいます。







男鬼入谷城へ向かうには、険しい山道を分け入らなくてはなりません。
もちろん徒歩でも登城は可能なのですが、おそらく人の足で軽く片道2時間はかかるものと思われます。

ただクルマで行くにしても、比婆神社まで申し訳程度の舗装はされていますが、落葉度がかぶったままの悪路を進まねばなりません。おそらく4駆でないと厳しいでしょうね。斜度もかなりあるので、少しでもぬかるんでいればスリップする可能性もあります。しかも1台通れるか通れないくらいの広さしかなく、右側は崖です(;´∀`)
もし、行かれる方がいれば「完全に自己責任」ですからお気を付けください。


それと落石や倒木も頻繁に起こる道ですから、直撃しないまでも、通行止めになっていたらUターンする場所はほとんどありませんΣ(゚д゚lll)
ですのでその場合は長い長い悪路をひたすらバックで戻らねばなりません。



こちらが走行中の動画です♪







これが比婆神社の入り口です。しかし、まだここからクルマで2キロほど進まねばなりません(;´∀`)






そしてようやく比婆神社に到着しました♪
意外と駐車場は広めで、5台くらいなら楽に停められそうです。







男鬼入谷城へ向かうには、本殿の方向ではなく山の稜線をたどって歩くことになります。ここからは自分の脚だけが頼りですね~☆彡






このあたりの山の地質は「カルスト地形」が多いです。石灰岩が侵食されてできた地形なので、歩くにもなかなか踏ん張りが利かなかったりしますね(;´∀`)






頑張れ!頑張れ!もちろん整備された登山道なんてあるわけないので、歩きやすそうなところを選んで歩いていきます。






ようやく中間点である比婆山山頂に到着☆彡標高670メートルです。ここでいったん休憩します(^ω^)






山頂付近からはよく見えますねー!!
手前の山が男鬼入谷城。そして奥のさらに高い山が霊仙山です。







休憩中にも中井先生からいろんなお話をお伺いしました(^ω^)
男鬼入谷城を探索するために、場所がまったくわからずに逆方向を探し、それでも発見できなくて、「じゃあ、向こうの山を調べて最後にしよう」と行ってみたら、まさにそれが目指す男鬼入谷城だったそうです。
あとは加藤理文先生との面白いエピソードなどたくさん聞かせて頂きました(^ω^)







山頂から尾根道をしばらく進むと、行き止まりに大きな岩場があり、ここで道は二手に別れます。男鬼入谷城へ向かうには左方向へ進みます。






途中には、こんな変わった感じの道も♪
他のサイトやブログでは、この道は人為的な手を施した軍道だ。みたいなことが書かれてますが、これは自然地形です。
だいいち、こんな深い山中でわざわざ土塁を施す必要性がありませんので。







そしてついに到着しました☆彡ここが男鬼入谷城の入り口です。
手前に堀切が切ってあり、そこから見上げるような切岸がそびえ立っていますね。
なぜか登れるようにトラロープまで備えてます(笑)







こ~んな感じで歩いてきました(^ω^)ホントに山しかない場所なんですねー。






これが中井先生が監修された男鬼入谷城の縄張り図です。
天空の城で有名な竹田城と、その広さは匹敵します。山頂部に多くの曲輪を配し、尾根部分にも大掛かりな防御を施した巨大城郭ですね。土木量もかなりのものです。

しかし、戦国大名の居城クラスの城なのに、なぜ街道から5キロ以上も離れた人家もほとんどない山中に造る必要があったのでしょうか?
平野ではなくて、こんな山の中に城を造るだけの財力があった者はいったい誰だったのか?その謎は深まるばかり・・・

しかし、謎解きのキーワードは実はあるんです。
「山の中に隠れる必要があった」
「巨大城郭がどうしても必要だった」
「田畑ではなく山林が必要だった」


この3つのキーワードを組み合わせれば、なぜ山の中に巨大城郭が必要だったのか?答えは見えてきます。

現存する史料があまりに少ないために、これは状況証拠と推測で論拠を構築するしかないのですが、それは中井先生が発表された論文の中にあります。

それは、「ゲリラ戦のための城」だということです。


少し長くなりますがご容赦を(;´∀`)
北近江の守護だった京極氏は、家督争いのもつれから家臣であった浅井亮政(長政の祖父)に政治の実権を奪われました。
しかし、京極高広高吉の兄弟はそれでも家督を争い続けます。それほど傀儡に過ぎない京極の家督が欲しかったのでしょうか。

いったん敗走した弟の高吉は南近江の六角氏を頼り、兄の高広を武力で圧倒。既に北近江の実権すらなかった高広は、浅井も六角も手が及ばない多賀の山中に逃げ込みます。そこでゲリラ戦を展開しようとしたんですね。
だからこそ「山の中に隠れる必要があった」のです。

もちろん相手は、弟の高吉を加えた六角勢。生半可な兵力では戦いようがありません。ただし枯れたとはいえ京極の名があれば千や二千の軍勢なら集められるでしょう。そこで六角に挑むための大きな駐屯地が必要だということになりました。
2つ目のキーワード「巨大城郭がどうしても必要だった」ということになります。

しかし、そもそもこんな山の中では田畑もなく、平野部と比べれば住人さえいない訳です。ではどうやって城を造ったり兵を養ったりしたのか?
それは山林資源があったからです。多賀で産する杉は良質な木材でしたから、美濃国も近く木曽三川で運べば遠く尾張にまで輸送は可能です。そうやって財力を得ていたと推測されます。
ここでもキーワードが生きてきました。「田畑ではなく山林が必要だった」

そして男鬼入谷城に拠点を構えた京極高広は、山地の尾根道を伝って甲良あたりで平野部に進出し、そこで六角勢と戦ったのです。そして戦況が不利になればさっさと山中に引き上げる。そんな戦術を取っていたのでしょう。

ちなみに古文書には、「城主が川原豊後守」と書かれてありますが、中井先生曰くは、六角にも京極にも「川原」なんていう姓の家臣は見当たらない。おそらくは六角家臣の甲良豊後守の名がもじって伝えられたためだろうということです。
何らかの理由で京極高広が男鬼入谷城を去った後、そこを占拠したのが甲良豊後守だったということなのでしょう。


そんな存在理由があった男鬼入谷城。いよいよ城内へ入ってみます(^ω^)






城内は倒木なども多く散見されるものの、夏の豪雨の被害はそれほどでもなかったようです。中井先生は、男鬼入谷城を訪問するのは5回目とのことです(笑)






先ほどの高い切岸の上には更に土塁が備わっていました。経年風化で低くはなってますが、幅はたいした太さです。






城内の奥を見渡すと、ご覧のように曲輪が段々になっています。典型的な連廓式山城のパターンですね(^ω^)






この城には、曲輪と曲輪を仕切るように大きな横堀が備わっています。今でもかなり残っています。

ちょうどこのあたり↓↓↓








その横堀を真横から見た感じです(^ω^)






調査団一行は、滑りやすい切岸を奥へ奥へと進んでいきます。






こんな感じで写真に収まったり~☆彡






ふと中井先生がポールで地面をコンコン叩いてます。何かを掘り返してる??






すると土の中から階段が出てきました(笑)すげーw
よく見るとかなり幅もあるみたいで、これ発掘したら色々出てきそうですね。



その2へ続きます(^ω^)
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Posted at 2018/12/19 13:51:51

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