2007年12月30日
戦国時代に武田、徳川の間で数々の激戦が繰り広げられた城です。
武田信玄でも落とすことが出来なかった(息子の勝頼が攻め落としていますが)という難攻不落の城です。
遠くから見ると小高い山になっており、その山、尾根に曲輪を巡らせています。
城跡を望む
駐車場に車を止めて搦手門跡から急な山道を登っていきます(かなりの急登です)。
搦手門跡
急な上り坂
途中に三日月井戸がありますが、こんなので役に立つの?という感じです。
三日月井戸
息を切らせながら登り終えると鐘曲輪に辿り着きます。ちょっと開けた場所になっており、右と左の両側に更に高い頂があります。向かって左側が本丸、右側が西の丸になります。
縄張図
本丸方面
西の丸方面
何かで二つの城をくっつけたと書いてありましたが、現地に行くとその様子が分かります。
本丸のまわりを曲輪が囲んでおり、的場曲輪、そして大河内政局が閉じ込められた石窟があります。
的場曲輪
大河内政局の石窟
もう一段高い所が開けており、土塁で御前曲輪と本丸に隔てられています。本丸が城内でもっとも広い場所になっています。
土塁
本丸
一段低い所にある三の丸に立ち寄り、もと来た方角へ戻ります。
三の丸
井戸曲輪を通過して西の丸、二の丸方面へ向かいます。
こちら側は尾根を利用した縄張りになっており、所々にある堀切、切割が曲輪を隔てています。
井戸曲輪の井戸
切割
反対側からみた切割
堀切
尾根をそのまま辿って見張り台に利用したのかな?と思われる場所を発見出来たりなかなか面白いです。
見張り台のようなところへ続く尾根
堂尾曲輪からは登って来た搦手門方面が眼下に広がり、攻めてきた敵を攻撃するのに絶好な地形となっています。
搦手門跡を見下ろす
登城道から二の丸方面を見上げる
posted by
(C)Mとど
本丸側が山頂部の周辺に曲輪を配置、二の丸側は堀切を多用し曲輪を配置しており確かに趣が異なる印象を受けます。
縄張り図を見ながら、あちこち歩き回りたくなる城です。
Posted at 2010/11/14 22:43:11 | |
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