ついに「禁断の領域」に足を踏み入れてしまいました。
それは一度はまると抜け出せない、底無し沼とも噂される世界。
少し前の話になりますが、とても気に入っていたヴァンテージを手放し、その代わりに手に入れた車、それは…
1988年式911カレラ(930)、ワンオーナー・全ディーラー整備、走行距離10.3万km。
思えば7年前にGT3、その翌年からボクスターにも乗り始め、以降水冷ポルシェの世界を満喫してきました。
この二台に不満があった事はこれまで一度もありません。
ただ、その一方で空冷も早くから気になっていました。
車好きの方なら、誰しも一度は空冷ポルシェの名声を耳にした事があるでしょう。
私自身、一度どころか嫌というほどその噂は聞いていたので、気にならないはずがありません。
しかし、最初は半信半疑でした。
見た目は確かに良いけれど、あれだけ古く、現代の車と比べて明らかに性能は劣るのにメンテナンスも大変(というイメージ)、そんな車に随分と高いお金をかける価値があるはずがない…
そう思っていました。
いや、正確には、そう思おうとしていました。
熱狂的なポルシェファンがこぞって「先祖返り」をする、その先にある世界とはどんなものなのか?と、本当は気になって仕方がありませんでした。
一たびその世界を覗けば、どこまでものめり込んでしまうー
何となくそんな予感がしていたからこそ、なるべく意識しないようにもしていました。
それでも空冷ポルシェに対する興味は抑えきれず、ある時、いつもGT3、ボクスターを診ていただいているショップさんに意を決して空冷(特に930)に興味がある旨をお話しました。
すると、ほどなくして主治医の御厚意で、930を運転させていただく機会を得たのです。
その時の20分ほどのドライブに、私は衝撃を受けました。
端的に表すなら、「むき出しのクルマと対峙する自分、それ以外に余計な物は一切無し」。
パワステは無いしブレーキも重い、ABSも無いし足回りも原始的。
これらの情報は文字としては知っていましたし、実際その通りでした。
ただ、このクルマを運転する事がこれほど本能に突き刺さり、これまで乗ってきた車とは全く異質の興奮を与えてくれるという事は、実際に運転してみるまでは知る由もありませんでした。
930は決して速い車ではありませんが、まるで車の全ての挙動が自分の手足と直結しているかの様なダイレクト感があります。
運転という動作の悦びを味わう上で、無駄なものが一切ないのです。
それはまた同時に、車を御し己を守るものは己の腕のみという、どこか生存本能にも似た感覚をも呼び覚まします。それほどスピードを上げずとも、ヒリヒリするような心地良い緊張感を味わうことができるのです。
郷愁的でありながらダイナミックで心躍るエンジン音は、その気持ちをさらに昂らせます。
いかにも機械的な音を発する現代の車とは違い、まるでエンジンが生きているかのような、何とも味のある音色。
また空冷ならではの「匂い」も中毒性があります。
ここまで人間の感覚に多方向から直球で訴えかけてくるクルマは、私は他に知りません。
このドライブで私はすっかり930の魅力に取り憑かれ、車探しの日々が始まりました。
私は中古車を購入する上で、特に重視する点があります。
それは、
・素性がある程度はっきりしていること
・実際に車を見た時に、前オーナーさんがその車を大切にしてこられた様子が目に浮かぶこと
の二点です。
さらに今回は「黒の930」という条件で探していたので、良い車が見つかるまで年単位で気長に待つつもりでした。
しかし、幸運にもすぐに良さげなクルマが現れます。
実際に対面するとその車は息を飲むほどに美しく、内外装ともに「これが本当に32年前の車か?」というのが率直な印象でした。
しかも車庫に放置されていたわけではなく、一定のペースで乗り続けられ、きっちりとディーラーで整備を受けた記録も全て揃っている個体。
どれだけ大事に扱えばこの状態を30年以上維持できるのだろう?と思わず見入ってしまいました。
もちろんすぐに契約し、いつになく長い1か月を経てついに納車。
実際に車を走らせると、非常に良いコンディションを維持されていることは明らかでした。
ペダルタッチ、シフトフィール、ドアを閉める音までもがカチッとした剛性感を伴っています。
脚も硬めではあるものの独特のしなやかさもあり、思いのほか快適で私好みです。
パワステレスなのでもちろんステアリングは重いのですが、そんなことを忘れるくらいそのリニアでクイックなレスポンスはハンドルを切る度に楽しく、病みつきになります。
またアクセルを踏み込んでいくと気付くのは、エンジンサウンドの盛り上がり方やどっしりした「魔法の絨毯」感が、996GT3によく似ているということ。
全く別の車になっているはずなのに、GT3によくこの面影を残せたものだなぁ・・・と驚きました。
その後主治医にも確認してもらいましたが、「アタリだね、良い買い物をしたね!」とお墨付きをいただきました。
前オーナーさんが手塩にかけて乗ってこられたこのクルマ、これから長く大切にお付き合いしていきたいと思います。