
悪夢の311・・・都内でもかなりの揺れ
東北地方を襲った大地震
実家は、宮城県北部です
震災日は、実家との電話が通じず、安否確認することも出来ず、帰宅難民
日頃のトレーニングと根性で、自宅まで約20キロを、徒歩で3時間半で帰宅しました
ニュースでは、宮城県の海沿いは津波で壊滅状態
被害が多過ぎて、断片的な情報・・・千葉の自宅は、断水しているだけで、
電気通信インフラは大丈夫でしたので、ネットで被災状況を収集
殆ど、知っている地名や土地勘のある被災情報で、頭が真っ白になりました
実家とは、約3日間ほど、連絡が取れませんでしたが、ライフラインは使えないが家族は無事とのこと。
被災にあった友人から連絡があったりと、徐々に安否がわかってきました。
ただ、いまだに安否がわかっていない気仙沼や名取の親類や友人がいます
避難所にいることを願ってます
安否確認や業務復旧、震災に対する業務などの仕事をこなし、
余震と計画停電、自宅の断水と、いつにないくらいの辛い通勤
日々、田舎と連絡を取り合い、ニュースでは報じられない、現実を受け止めながら、
311から1週間経ちました
震災とは言え、失ったものが、あまりにも多過ぎました
そして、自分自身、昨日まで、冷静さを失っていたことに気が付きました
昨晩は、月と地球が最大接近したスーパームーン
同じ月明かりが、被災地を照らしているでしょう
亡くなった方のご冥福と、早期の復旧復興を願ってなりません
Posted at 2011/03/20 06:45:05 | |
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