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青葉裕紀のブログ一覧

2017年09月15日 イイね!

[JR東海]関ヶ原 イベント「関ケ原合戦記念日」

陣場野公園 徳川家康最後陣地東海道本線で関ヶ原に行きました。

9月15日は関ヶ原の合戦が勃発した日で、
今年で417年なのです。

(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)








目次

01. JR大垣駅
02. JR関ヶ原駅
03. 関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」(1)
04. 関ヶ原宿
05. 関ヶ原古戦橋
06. 松平忠吉・井伊直政陣跡
07. 関ケ原町歴史民俗資料館
08. 陣場野公園(徳川家康最後陣地)
09. 関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」(2)

99. パンフレット

運行表(平日ダイヤ)

ex. 映画「関ヶ原」





01. JR大垣駅

大垣駅。[1]
[1]大垣駅 構内 [2]大垣駅 構内(聲の形)
映画「聲の形」の舞台のひとつ、でもあります。[2]



東海道本線で大垣駅→関ヶ原駅。





02. JR関ヶ原駅

関ヶ原駅。
[1]関ヶ原駅
足軽の格好をしたスタッフの方々(?)がいます。[1]
旅行の団体さんがいらっしゃいました。しかしまあ、メジャーな観光地のように混んではいません。





03. 関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」(1)

関ヶ原の駅前にある観光案内所。[1]
[1]関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」
制服姿(仕事)では、たまに行き、コーンポタージュで休憩してます。本日は私服姿です。



本日9月15日は、この観光案内所でお土産を買うと粗品がもらえます。[2]
[2]関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」関ヶ原合戦記念日 バッジ
大一大万大吉のクリアファイルを買いましたが、関ヶ原合戦記念日のバッジを頂きました。



関ヶ原の観光客は、じいさんばあさんが多いんじゃないかと思っていましたが、
若い女性の観光客が結構多いですな。





04. 関ヶ原宿

中山道の関ヶ原宿。58番目の宿場町です。
特徴としては、北国街道と伊勢街道という、2つの街道の分岐点である事。

先日公開の映画「関ヶ原」でも「2つの街道が云々」という台詞がありました。



中山道は東海道のような川や海の難所が少ないですが……関ヶ原あたりは雪が厳しい。
東海道本線・東海道新幹線も、この積雪への対策が長年されてきています。



本陣跡(スダジイの樹)[1]と脇本陣跡(至道無難禅師生誕地)[2]
[1]関ヶ原本陣跡 スダジイ [2]
関ヶ原宿はどうやら、隣の今須宿とはライバルだったみたいです。





05. 関ヶ原古戦橋

関ヶ原駅近く、東海道本線の上にある橋。
「跨線橋」と「古戦橋」をかけているのかもしれません。



西に石田三成の版画[1]、東に徳川家康の版画[2]のパネルがあります。
[1]東海道本線 関ヶ原古戦橋 石田三成 [2]東海道本線 関ヶ原古戦橋 徳川家康
鉄道の列車と一緒に撮影できたら尚良しですが、タイミングは難しいですね。





06. 松平忠吉・井伊直政陣跡

関ヶ原古戦橋のすぐ北。[1]
[1]松平忠吉・井伊直政陣跡
松平忠吉・井伊直政といえば、徳川家康の四男と舅(しゅうと)ですが、
福島正則よりいち早く発砲して、”抜け駆け”した人たち。
特に井伊直政は「赤備え」で有名です。旗も赤()。シャアみたいな武将ですな……。



この場所は「東首塚」でもあります。[2]
[2]東首塚
場所としては、西軍三成の笹尾山と、東軍家康の桃配山の間くらいでしょうか。





07. 関ケ原町歴史民俗資料館

陣場野の近く。[1]
[1]関ケ原町歴史民俗資料館 [2]関ケ原町歴史民俗資料館 屏風
館内撮影禁止につき、何も撮影しておりませんが、屏風のみ撮影可でした。[2]



関ヶ原の合戦に関する資料・史料が多数あり、大変勉強になりました。
特に、合戦の東西両軍の陣形と戦の流れを電光で示した大型ジオラマが良かったです。



ミュージアムショップには「がらすあーと関ヶ原」の工芸品がありました。[3]
[3]関ケ原町歴史民俗資料館 手づくり工房 がらすあーと関ヶ原 [4]関ケ原町歴史民俗資料館 がらすあーと関ヶ原 竹キーホルダー「大一大万大吉」
大一大万大吉の「竹キーホルダー」を買いました。[4]
映画「関ヶ原」を観て以来、すっかり西軍の三成派ですなあ。





08. 陣場野公園(徳川家康最後陣地)

いわゆる「陣場野」の場所。

東軍の家康は桃配山からここまで進攻してきたんですな。
このあたりで小早川秀秋への威嚇射撃の命令を出したのでしょう。
そしてまもなく西軍劣勢、陣場野のすぐそばを敵中突破する島津義弘のルート……。

当初は松尾山の小早川秀秋と、南宮山の毛利とで、陣場野とかを挟み撃ちする予定でした。
確かに、地図で見ると、西軍が有利な布陣を敷いているように見えます。
それが、かたや裏切り、かたや傍観と、西軍は連携プレーがうまくいきませんでした。



陣場野は、今は「陣場野公園」になっており、地元の子供たちが野球とかで遊んでいます。[1]
[1]陣場野公園 徳川家康最後陣地
417年前に合戦があった場所とは思えないほど平和な場所ですな。





09. 関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」(2)

散策が終わり、関ヶ原駅前の観光交流館に戻ってきました。



「合戦水」というのが売ってまして、飲んでおりました。[1][2]
[1]関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」合戦水(1) [2]関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」合戦水(2)
石田三成はじめ、どの武将も男前に描かれてますな。



関ヶ原が境界線なんでしょうか。「西軍・東軍」として、
関西のどん兵衛と関東のどん兵衛の食べ比べが出来るセットが売ってました。[3]
[3]関ケ原駅前観光交流館「いざ!関ケ原」どん兵衛(西軍・東軍)
家に帰ってさっそく食べ比べをしました。
ぶっちゃけていえば、関西は昆布だしで薄い味、関東は鰹だしで濃い味です。

具体的には、関西には「昆布パウダー」が入っています。関東には入っていません。
対して関東は魚介系の材料が濃い(多い)のだと思われます。





99. パンフレット

東海道本線で関ヶ原駅→大垣駅。



無事帰宅。
いいおでかけでした。[1]
[1]関ヶ原 パンフレット・お土産



関ヶ原の皆さん、「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、
どうもありがとうございました。








運行表(平日ダイヤ)

1509 JR(在来線)大垣  発
1522 JR(在来線)関ヶ原 着

(関ヶ原)

1721 JR(在来線)関ヶ原 発
1732 JR(在来線)大垣  着





ex. 映画「関ヶ原」

先日、映画「関ヶ原」を観てきました。[1]
[1]映画「関ヶ原」
岡田准一さんの石田三成は若くてイケメン、
対して役所広司さんの徳川家康は老獪でどっしり構えています。

関ヶ原の三成も、大坂の陣の秀頼も若くて、
どっしり構える家康には勝てなかったのかもしれません。
Posted at 2017/09/15 22:04:41 | コメント(1) | トラックバック(0) | 武将観光(一眼カメラ) | 日記
2017年06月06日 イイね!

[神姫バス]姫路 秀吉探訪 姫路城ループバス

姫路城 本丸(備前丸)秀吉探訪、今週は姫路です。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

神姫バスの「姫路城ループバス」
の1日乗車券を買い、
姫路城とその周辺の博物館などを廻ってます。






目次

01. 姫路駅
02. 姫路城
03. 姫路市立美術館
04. 兵庫県立歴史博物館
05. 好古園(姫路城西御屋敷跡庭園)
06. はりまっ子
07. 姫路駅~名古屋駅(山陽・東海道新幹線)

99. パンフレット

運行表(土曜ダイヤ)







01. 姫路駅

東海道本線で岐阜→大垣、大垣→米原、山陽本線で米原→姫路。



姫路駅。

神戸線・山陽本線の駅。山陽新幹線の駅。
兵庫県最大の駅です。駅ビルも立派!
特急「はまかぜ」が播但線へとスイッチバックしていく駅でもあります。

米原から姫路までは直通です。
相生や岡山方面……ここから西(山陽本線)は乗り換えです。綱千まで行く列車もある。



姫路駅から姫路城へとまっすぐ、「大手前通り」が伸びています。
姫路の大動脈ですな。御堂筋や烏丸通りみたいな大通りでしょう。

その大手前通り、姫路駅のキャッスルビュー(眺望デッキ)から姫路城が見えます。[1]
[1]姫路駅 キャッスルビュー(眺望デッキ)
額縁に入ったように姫路城が見えます。



姫路の街を走っている路線バスは神姫バスです。
[2]姫路駅 神姫バスターミナル
姫路駅前には神姫バスの大きなバスターミナルがあります。[2]



QWELL(キュエル)姫路に神姫バスの駅前案内所があり、
「姫路城ループバス」[3]の1日乗車券[4]を買いました。
[3]神姫バス 姫路城ループバス [4]神姫バス 姫路城ループバス 1日乗車券
1日乗車券は300円。
姫路城、姫路市立美術館、兵庫県立歴史博物館、そして好古園で入館・入園料が2割引です。







02. 姫路城

姫路城ループバスで「姫路駅前」バス停→「姫路城大手門前」バス停。



大手門。大型の高麗門です。さっそく大天守が見えます。[1]
[1]姫路城 大手門 桜門橋
大手門前の内堀には「桜門橋」というかつての木造橋……をイメージして復元された橋が架かってます。



姫路城の入口は「菱の門」。姫路城内で最大規模の門です。[2]
[2]姫路城 菱の門
冠木に木製の花菱が飾られている事が由来で、「菱の門」という名前。



三国堀。なかなかの撮影スポットです。たまに白い鷲がいる……らしい。[3]
[3]姫路城 三国堀
「姫山」と「鷲山」の2つの山の谷を利用して作られた堀だとか。



「中書丸」とも言われていた曲輪、「西の丸」。ここも撮影にイイ角度です。[4]
[4]姫路城 西の丸
フジテレビのドラマ「大奥」など、数多くの作品に登場する構図がここ、西の丸から撮影できます。



西の丸を囲むように築かれた長屋、通称「百間廊下」。約300mも続いている廊下です。[5]
[5]姫路城 百間廊下 [6]姫路城 百間廊下
外敵からの防御として作られた格子窓からも大天守が見えます。当時はここから鉄砲で射撃。[6]



西の丸 北門跡。
[7]姫路城 西の丸 北門跡
北入口の門跡で、脇戸付きの高麗門だった所。ここからの大天守もイイですね。



将軍坂。時代劇「暴れん坊将軍」の撮影で使われてから「将軍坂」と呼ばれているそうです。[8]
[8]姫路城 将軍坂
石段の横に連なる隙間も見どころ。三国堀や菱の門の方面が見えます。



十字紋の鬼瓦[9]。黒田官兵衛はキリスト教に入信しました。
[9]姫路城 十字紋の鬼瓦
洗礼名を「シメオン」と言う。



油壁。小天守のそばですね。[10]
[10]姫路城 油壁
粘土と砂を混ぜ合わせ、「餅米の煮汁を混入した」とか、「油を混入した」とか言われています。



いよいよ大天守。


歴史年表

1346年 赤松貞範により姫路城築城。
  ただし姫路城の看板には「やはり黒田重隆・職隆父子による築城とみるべき」と書いてある
1575年 秀吉、今浜に新城を築城。地名を長浜とする(信長の「長」)。
1576年 信長、安土城に移城。
1577年 秀吉、黒田官兵衛を配下とする。官兵衛の居城・姫路城に入城。
1580年 秀吉、黒田官兵衛から姫路城を譲り受け居城に。
1581年 秀吉、吉川経家の因幡国鳥取城の兵糧攻めを行う。
1582年 秀吉、清水宗治の備中高松城の水攻めを行う……
1582年 ……↑の最中に、本能寺の変。信長、行方不明になる。
1582年 山崎の戦い。秀吉、明智光秀を敗走させる。
1582年 信長後継者、清洲会議。秀吉が勝つ。
1582年 秀吉、山崎城(現在の京都府)を居城にする。
1583年 賤ヶ岳合戦。秀吉と柴田勝家の信長後継者争い。秀吉勝利。
1584年 小牧・長久手の戦。秀吉対家康。決着は着かぬまま和睦。
1585年 秀吉、大坂城を築城。居城とする。
1600年 池田輝政による姫路城の大改修。
1618年 本田忠政により姫路城が完成。
1913年 日本で初の世界文化遺産に登録。
昭和時代 昭和の大修理。
平成時代 平成の大修理。



秀吉が姫路城に居たのは、
鳥取城の兵糧攻め、高松城の水攻め……いわゆる「中国大返し」があった頃ですな。
いつか鳥取城や高松城にも行ってみたいものです。



大天守三階。内部の様子です。[11]
[11]姫路城 大天守 三階
エレベーターはありません。階段はまるで犬山城のように急です。



大天守四階。最上階の六階は網が張ってあって撮影しづらいので……。
[12]姫路城 大天守 四階 大手前通り・姫路駅方面
南は大手前通り・姫路駅方面の眺望です。駅に向かって通りがまっすぐ伸びてます。[12]



大天守の外に出ます。「備前丸」と呼ばれる本丸から大天守。[13]
[13]姫路城 本丸(備前丸)
石垣も見事ですね。



扇の勾配。[14]
[14]姫路城 扇の勾配
上に行く程、扇を開いたような曲線になっていく石垣。敵の侵入を防ぐためです。



……ここで姫路城の散策終了。徒歩で美術館・博物館に行きます。







03. 姫路市立美術館

赤レンガ造りの美術館。[1]
[1]姫路市立美術館
陸軍の施設や姫路市役所として使われていたそうです。



「姫路城ループバス」1日乗車券で2割引です。ただし、常設展のみ。
特別展は別料金なので、遠慮しました……。

常設展には印象派のモネやピサロなど、フランスの絵画がありました。[2]
[2]クロード・モネ『ル・プティ=ジュヌヴィリエ』



徒歩で美術館→博物館。








04. 兵庫県立歴史博物館

1階は無料ゾーン。2階は特別展がやっており……別料金なので遠慮。
1階に「バーチャル歴史工房」という大型スクリーンがあり、姫路城の歴史の映像が流れています。



「姫路城ループバス」のバス停。15分間隔で運行されています。[1]
[1]兵庫県立歴史博物館 姫路城ループバス「博物館前」バス停
「博物館前」バス停→「好古園前」バス停。







05. 好古園(姫路城西御屋敷跡庭園)

平成4年に開園された池泉回遊式の日本庭園。風光明媚で見事です。[1][2][3][4][5]
[1]好古園(1) [2]好古園(2) [3]好古園(3) [4]好古園(4) [5]好古園(5)
「好古堂」という文武両道の振興を図った藩校の名前に因んでいるそうな。



徒歩で好古園→はりまっ子。







06. はりまっ子

姫路城の前にある定食屋さん。



姫路おでんなどもやっているみたいですが、明石焼きを食べてみました。[1]
[1]はりまっ子 明石焼き
子供の頃に食べて以来で、味を忘れていました。久々ですが、ダシが旨かったです。



徒歩ではりまっ子→姫路駅。







07. 姫路駅~名古屋駅(山陽・東海道新幹線)

新幹線の駅売店で、まねき食品の「但馬牛 牛めし弁当」を買い、ひかり車内で食べてました。[1]
[1]まねき食品「但馬牛 牛めし弁当」
但馬牛は松坂牛・神戸牛・近江牛の素牛だそう。
生体を「たじまうし」、牛肉を「たじまぎゅう」と読むらしい。



行きは在来線でしたが帰りは新幹線ひかり号。名古屋まであっという間です。
新幹線はやはり、指定席・窓側が快適ですな。窓側ならバッテリーが充電できますしね。



名古屋駅ホームに降り立つと、さっそくきしめんのダシの匂いがします。
[2]名古屋駅 住よし きしめん
いつものように5-6番線ホームの「住よし」で350円のきしめん(使い回しの画像)。[2]
当時、みん友さんが時同じく、名駅できしめんを食べていたのですが……冷やしきしめんも旨そう。







99. パンフレット

東海道本線で名古屋駅→岐阜駅。
無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]姫路 パンフレット



姫路の皆さん、「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、
どうもありがとうございました。








運行表(土曜ダイヤ)

0605 JR(在来線)       岐阜      発
0617 JR(在来線)       大垣      着
0620 JR(在来線)       大垣      発
0656 JR(在来線)       米原      着
0703 JR(在来線)       米原      発
0933 JR(在来線)       姫路      着
1000 神姫バス(姫路城ループバス)姫路駅前    発
** 神姫バス(姫路城ループバス)姫路城大手門前 着

(姫路城・姫路市立美術館・兵庫県立歴史博物館)

1251 神姫バス(姫路城ループバス)博物館前    発
** 神姫バス(姫路城ループバス)好古園前    着

(好古園)

1402 JR(新幹線)       姫路      発
1534 JR(新幹線)       名古屋     着

(名古屋)

1545 JR(在来線)       名古屋     発
1605 JR(在来線)       岐阜      着
1605 岐阜バス          JR岐阜    発

Posted at 2017/06/06 23:08:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | 武将観光(一眼カメラ) | 日記
2017年06月03日 イイね!

[北陸本線]長浜 秀吉探訪

長浜城歴史博物館長浜、秀吉の探訪です。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

「浪漫パスポート」を買いました。
[1]安藤家住宅
[2]曳山博物館
[3]慶雲館
[4]長浜鉄道スクエア
[5]長浜城歴史博物館
の5箇所の博物館を見学しています。




長浜は以前も行きました。今回は再訪です。(↓ブログの記事です。別のタブが開きます)

[東海道本線 & 北陸本線 / 近江鉄道]長浜 & 近江八幡 & 彦根
慶雲館







目次

01. 米原駅
02. 長浜駅
03. ながはま御坊表参道
04. 浪漫パスポート[1] - 安藤家住宅
05. 浪漫パスポート[2] - 曳山博物館
06. 黒壁ガラス館
07. 浪漫パスポート[3] - 慶雲館
08. 浪漫パスポート[4] - 長浜鉄道スクエア
09. 浪漫パスポート[5] - 長浜城歴史博物館
10. そば処 善光
99. パンフレット

運行表(日祝ダイヤ)







01. 米原駅

東海道本線で岐阜→米原。



JR東海のエリアの人間が「JR西日本のエリアに来た」
と雰囲気の違いが実感できるのは、ホームの発車メロディです。それと、JR職員や乗客が関西弁。



コンコースに倉敷の「ひるね姫」のポスターが貼ってありました。[1]
[1]米原駅 コンコース ひるね姫ポスター
倉敷も長浜も共にガラス文化の町です。倉敷美観地区と黒壁スクエア、雰囲気が似ています。


倉敷、ひるね姫舞台探訪。(↓ブログの記事です。別のタブが開きます)

[JR東海/JR西日本 青春18きっぷ]児島・倉敷・岡山「ひるね姫」舞台探訪
下津井 下電バス 「田ノ浦港前」バス停から瀬戸大橋










02. 長浜駅

北陸本線で米原→長浜。



長浜駅。[1]
ガラス文化の町ですので、曳山まつりのステンドグラス[2]やガラスの樹[3]があります。
[1]長浜駅 [2]長浜駅 曳山まつり 子ども歌舞伎の図 [3]長浜駅 アクアツリー [4]長浜駅 秀吉公と石田三成公 出逢いの像 
「秀吉公と石田三成公 出逢いの像」なんてのもあります。[4]
3回お茶を入れて、秀吉と三成が仲良くなった「三献の茶」の話が元らしいですな。



駅前通りに、明治4年に開校された滋賀県下初の小学校、「開知学校」の建物があります。[5]
[5]長浜 旧開知学校 滋賀県第一小学校跡
現在は会議室として活用されている模様。


駅の近くには、長浜城の「外堀跡」[6]や「大手門跡」[7]があります。
[6]長浜城外堀跡 [7]長浜城大手門跡
「米川」が長浜市から琵琶湖に流入している河川。米川の下流部が長浜城の外堀だったようです。







03. ながはま御坊表参道

博物館がOPENするのは9時ちょうど。まだ時間があります。
「お花キツネ」でお馴染みの「ながはま御坊表参道」の界隈を散策していました。



金屋公園あたりに「お花キツネ」のオブジェ。[1]
[1]ながはま御坊表参道 お花キツネのオブジェ
長浜御坊(大通寺)の大広間の天井に「お花キツネ」が住んでいるらしいです。



「ごぼうさん」こと、長浜御坊 大通寺。安土桃山時代の建築様式で、国指定重要文化財です。
[2]長浜別院 大通寺 山門 [3]長浜別院 大通寺 台所門(旧長浜城大手門)
「山門」[2]と「台所門」(旧長浜城大手門)[3]があります。総欅造りの山門、見事ですな。







04. 浪漫パスポート[1] - 安藤家住宅

9時。博物館がOPENする時間です。



北国街道[1]に安藤家住宅[2]があります。
[1]北国街道 [2]北国街道 安藤家住宅



秀吉は今浜を「長浜」の城下町として開きました。信長の「長」からとって「長浜」です。
安藤家は1583年の賤ヶ岳合戦(後述)で、秀吉に協力しました。
秀吉は町の人々の中から長浜の自治を委ねる「十人衆」を選び、安藤家はその「十人衆」でした。



安藤家住宅は明治時代に建てられた住宅です。布施宇吉の「古翠園」という日本庭園が見どころ。[3]
[3]北国街道 安藤家住宅 古翠園 [4]北国街道 安藤家住宅 篆刻看板「呉服」
大広間に北王子魯山人の最高傑作と言われる篆刻看板「呉服」[4]が展示されてます。安藤家は呉服商でした







05. 浪漫パスポート[2] - 曳山博物館

大手門通り[1]を抜け、博物館通りの「曳山博物館」[2]
[1]長浜 大手門通り [2]長浜 曳山博物館
「秀吉と長浜 -曳山祭成立のころ-」という企画展がやっています。




歴史年表

1566年 信長・藤吉郎、墨俣城を築城。美濃侵攻の前線基地である。
1567年 稲葉山城攻め。竹中半兵衛が軍師となる。信長・藤吉郎は岐阜城に移城。
1570年 姉川の戦い。信長・家康の連合軍と浅井・朝倉連合軍の戦い。信長軍が辛勝。
1567年 羽柴秀吉、横山城に移城。小谷城の浅井家の抑えである。
1573年 信長軍、小谷城の戦。秀吉は浅井長政攻めに貢献。秀吉は小谷城を与えられる。
1575年 長篠の戦い。信長・家康が武田の騎馬隊を破る。
1575年 秀吉、今浜に新城を築城。地名を長浜とする(信長の「長」)。
1576年 信長が安土城に移城。
1577年 黒田官兵衛を配下とする。官兵衛の居城・姫路城に移城。
1582年 本能寺の変。信長が行方不明になる。
1583年 賤ヶ岳合戦。秀吉と柴田勝家の信長後継者争い。秀吉勝利。





浅井長政攻めに貢献、小谷城に居た秀吉は小谷の南西の湖岸沿いの「今浜」に築城を開始。
秀吉が今浜を「長浜」と改め、長浜城に居たのは1575年~1577年の2年間ですな。



長浜曳山祭の起源は秀吉であり、
秀吉が八幡宮の祭礼「源義家の社参」行事を復興した「武者行列」にあるとされる。
最初は秀吉の家臣が「武者行列」を行っていたが、そのうち十人衆が受け継ぎ、
江戸時代には小舟町が引き継ぎ、現在に至る。



長浜曳山祭は飛騨古川の「古川祭」同様、子ども歌舞伎というのが活躍しています。
飛騨古川の町は、長浜は、歌舞伎を伝承する若い人たちが町にいつまで残ってくれるでしょうか。
アニメか何かのチュパカブラ王国じゃないですが、地方の観光地は人材確保が大変そうですな……。







06. 黒壁ガラス館

明治時代に「第百三十国立銀行 長浜支店」として建てられた黒漆喰の建物。[1]
[1]黒壁ガラス館 [2]黒壁ガラス館 トポスポット
「トポスポット」というガラスのピラミッドがあります。[2]



ここ、黒壁ガラス館で今回は、緑色のガラス&金色の箔が入ったカフリンクスを買いました。[3]
[3]黒壁ガラス館 カフリンクス
3000円だったかな。百貨店とかで買うよりお値打ちです。



以前、倉敷の美観地区に行った時に加計美術館では……
[4]倉敷美観地区 加計美術館 ネクタイピン
同じく緑色のガラス&金色の箔が入ったネクタイピンを買いました。[4]



このカフリンクスとネクタイピンはセットで使います。黒壁スクエアと倉敷美観地区のコラボ。
黒壁スクエアと倉敷美観地区は共にガラス工芸品で賑わう町ですし、雰囲気が似てると思います。







07. 浪漫パスポート[3] - 慶雲館

北国街道より、下舟町の町並み[1]、「長濱浪漫ビール」の「長浜城外堀跡」[2]
[1]長浜 下舟町 [2]長濱浪漫ビール 長浜城外堀跡
を通り、港町・国指定名勝の慶雲館へ。



明治天皇、昭憲皇太后の御休憩所として、長浜の豪商が建設した尾州産総檜の書院造りの迎賓館。
毎年1~3月は日本一の梅の盆栽展、「長浜盆梅展」が開催されています。



明治時代、本館の2階に両陛下を迎えるための「玉座の間」が設けられました。[3]
[3]慶雲館 玉座の間 [4]慶雲館 玉座の間、天行健
内閣総理大臣・犬養毅の残した「天行健」という書道の作品があります。[4]
「天地の運行というものは、休むことがなく健全である」。



明治45年に造営された庭園も見事。巨石などで起伏があり、なかなか立体的な構造ですな。[5][6]
[5]慶雲館 庭園 [6]慶雲館 庭園
琵琶湖の景観が借景に用いられている模様。



今、慶雲館では「長浜さつき盆栽展」が開催されています。[7][8][9]
[7]慶雲館 長浜さつき盆栽展(1) [8]慶雲館 長浜さつき盆栽展(2) [9]慶雲館 長浜さつき盆栽展 大盃(おおさかずき)
純和風の座敷に一同に並んでいて見事ですね。



慶雲館は東側に鉄道の軌道(北陸本線)があるのが重要。建物が無いおかげで伊吹山の眺望がきくんです。







08. 浪漫パスポート[4] - 長浜鉄道スクエア

慶雲館の隣が長浜鉄道スクエア。日本で一番古い駅舎「旧長浜駅」です。[1]
[1]長浜鉄道スクエア
北陸線の始発駅として最初に建てられた長浜駅。文明開化を伝える英国式の建物です。



旧長浜駅29号分岐器ポイント部……日本の鉄道創業期を語る貴重な文化遺産ですな。[2]
すぐ隣に北陸本線があり、サンダーバード等の列車がたまに通ります。
[2]長浜鉄道スクエア 29号分岐器 ポイント部 & サンダーバード [3]長浜鉄道スクエア 腕木式信号機(場内信号機+通過信号機)
SLが運転されていた頃に北陸本線で使われていた、場内&通過信号機の組み合わせが展示されてます。[3]



長浜鉄道文化館に「鉄道開通以前の交通」というパネルがあります。[4]
[4]長浜鉄道スクエア 長浜鉄道文化館「鉄道開通以前の交通」
どうやら、「太湖汽船」という日本初の鉄道連絡船が大津~長浜を結んでいたようですな。
陸路としては京都~敦賀を鉄道が走り、水運と陸運の”接続点”として長浜は交通の要だった模様。




秀吉の作った長浜という町

[1]産業        …… 自動車産業やバイオ産業
[2]文化        …… 曳山祭や長浜城、黒壁スクエア
[3]コミュニケーション …… かつての鉄道連絡船、現在の北陸本線

町が栄えるための三条件を満たしており、滋賀県最大の観光都市と言えます。





北陸線電化記念館には蒸気機関車「D51形」、電気機関車「ED70形」が展示されてます。[5][6]
[5]長浜鉄道スクエア 北陸線電化記念館 D51形 793号機 [6]長浜鉄道スクエア 北陸線電化記念館 ED70形 1号機
かつて北陸本線は急な坂やトンネルがあったようですな。「柳ヶ瀬越え」とか「山中越え」。
そのため、複線にする・電化する・長いトンネルで坂を緩やかにする、等の工夫がされました。



長浜鉄道スクエアはFacebookの公式ページがあり、フォローすると記念にボールペンがもらえます。[7]
[7]長浜鉄道スクエア Facebook ボールペン
……まあ、実は既に、だいぶ前にフォローしてたんですけどね。







09. 浪漫パスポート[5] - 長浜城歴史博物館

浪漫パスポート最後の1枚は、長浜城……を模した豊公園の「長浜城歴史博物館」。[1]
[1]長浜城歴史博物館 [2]豊公園 長浜城本丸跡……から長浜城歴史博物館 [3]豊公園 長浜城石垣出土地……から長浜城歴史博物館 [4]豊公園 噴水広場……から長浜城歴史博物館 [5]豊公園 琵琶湖……から長浜城歴史博物館
本丸跡[2]、石垣出土地[3]、噴水広場[4]、そして琵琶湖[5]……などから長浜城を撮影してます。

噴水広場から長浜城という角度からは、サイクリストのみん友さんも撮影されていました。
確かに、噴水広場のあたりはサイクリストの方々が多いですな。アングラーも多い。



5Fの望楼からは、東西南北の眺望がききます。
[6]長浜城歴史博物館 5F 望楼 東 [7]長浜城歴史博物館 5F 望楼 北 [8]長浜城歴史博物館 5F 望楼 西 [9]長浜城歴史博物館 5F 望楼 南
東は信長・秀吉らが浅井・朝倉連合軍と戦った姉川合戦場、秀吉の横山城、そして伊吹山。[6]
北は賤ヶ岳合戦場(後述)、竹生島。[7]
西は琵琶湖、信長の最後の居城・安土城。[8]
南は彦根城。[9]



長浜城歴史博物館では5月28日まで「賤ヶ岳合戦」という企画展がやっていました。


歴史年表

1582年 本能寺の変。
1583年 賤ヶ岳合戦。



本能寺の変で行方不明となった信長の後継者たらんと、
信長の筆頭家臣である柴田勝家と、明智光秀を討った秀吉との間に確執が起こったわけですな。
結果は秀吉の反撃による勝利で、秀吉が「信長の後継者」たる地位を不動としました。

……当時、秀吉は姫路城に居城。姫路城もぜひ訪問したいですね。







10. そば処 善光

長浜駅の西口に「そば処 善光(ぜんこう)」というそば屋さんがあります。
黒壁スクエアあたりだと行列に長時間並ぶ事になりそうですが、駅周辺は平和です。



長浜名物の「焼き鯖そうめん」、850円を食べました。旨い![1]
[1]そば処 善光 焼き鯖そうめん
長浜の雰囲気、長浜の味、そして店員のおばちゃん(関西弁)のあったかさに感動。
外食をあまりしない人間ですが、せっかくなら外食は、感動するような食事を楽しみたいのです。







99. パンフレット

長浜→米原、米原→大垣、大垣→岐阜。
無事帰宅。いい旅でした。[1]
[1]長浜 パンフレット



長浜の皆さん
「何シテル?」で「イイね」で応援してくれた皆さん、どうもありがとうございました。








運行表(日祝ダイヤ)

0605 JR(在来線)岐阜 発
0617 JR(在来線)大垣 着
0620 JR(在来線)大垣 発
0656 JR(在来線)米原 着
0723 JR(在来線)米原 発
0733 JR(在来線)長浜 着

(長浜)

1404 JR(在来線)長浜 発
1417 JR(在来線)米原 着
1430 JR(在来線)米原 発
1504 JR(在来線)大垣 着
1509 JR(在来線)大垣 発
1522 JR(在来線)岐阜 着

Posted at 2017/06/03 03:08:03 | コメント(0) | トラックバック(0) | 武将観光(一眼カメラ) | 日記
2017年05月27日 イイね!

垂井 竹中半兵衛 探訪

竹中半兵衛重門 陣屋跡 竹中半兵衛重治公之像秀吉の参謀・竹中半兵衛の探訪です。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

先日の墨俣一夜城に続き、
本日も秀吉探訪の一環です。






目次

01. 竹中半兵衛
99. パンフレット







01. 竹中半兵衛

黒田官兵衛と並び、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)の参謀「両兵衛」のひとり、竹中半兵衛。

後に信長が居城する事になる稲葉山城(岐阜城)に当時、斉藤龍興が住んでいましたが、
何をどうしたのか、1日で稲葉山城を奪取する事に成功します(稲葉山城奪取事件)。

その後、龍興に稲葉山城はお返しし、
信長に仕え、三顧の礼で秀吉の懐刀となり、形影相伴って各地を転戦します。
優秀な知識や洞察力で秀吉の天下統一への歩みを固めたのが半兵衛ですな。



半兵衛の息子、重門が建てた陣屋が白壁の「櫓門」として現在も残っています。[1][2]
[1]竹中半兵衛重門 陣屋跡 櫓門 [2]竹中半兵衛重門 陣屋跡 竹中半兵衛重治公之像
半兵衛は菩提山を居城としていましたが、岐阜城の天主などと同様、
住むには相当に不便だったため、麓に陣屋を築いていたようです。

現在は岩手小学校の正門になっています。公立小学校の正門としては豪華な正門です。
地元のおじいちゃん、おばあちゃんでしょうか。校庭でゲートボールか何かをやってますな……。



江戸時代に旗本の竹中氏が道場「菁莪堂」を作り、文武両道を指導、
明治時代には学校として使われていたそうです(菁莪=人材・英才の育成)。
「菁莪堂」を模して建てられたのが、「菁莪記念館」です。[3][4]
[3]菁莪記念館 外観 [4]菁莪記念館 館内 [5]菁莪記念館 秀吉と半兵衛の錦絵 [6]菁莪記念館 旗本竹中家陣屋跡付近模型
文献の各種、秀吉と半兵衛の錦絵[5]、陣屋跡付近の模型[6]など、たくさんの資料が展示されています。



学芸員か公務員か、地元のおっさんは暇そうに半兵衛の世間話をしてますな……。







99. パンフレット

無事帰宅。いいおでかけでした。[1]
[1]竹中半兵衛 パンフレット



垂井の皆さん、どうもありがとうございました。
Posted at 2017/05/27 17:12:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | 武将観光(一眼カメラ) | 日記
2017年05月25日 イイね!

墨俣 一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)

墨俣 一夜城 大垣市墨俣歴史資料館墨俣の一夜城に行きました。
(↑フォトアルバムです。別のタブが開きます)

先日の京都・本能寺跡(←ブログです。別のタブが開きます)
で、ひとまず信長の探訪が終わりました。

本日からは秀吉の探訪です。



目次

01. 墨俣 一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)
99. パンフレット





01. 墨俣 一夜城(大垣市墨俣歴史資料館)

揖斐川と長良川の間、輪中にある墨俣城[1]。入口には藤吉郎の像[2]があります。
[1]墨俣一夜城 [2]墨俣一夜城 木下藤吉郎像 [3]墨俣一夜城 展望台から岐阜城
今は天守閣のような建物、「大垣市墨俣歴史資料館」になってます。展望台からは岐阜城が見えます。[3]



墨俣は当時、「洲股」という地名で、
清洲(当時の信長の拠点)と同じく、東海道と中山道を結ぶ脇往還「美濃路」の宿場町でした。[4][5]
[4]美濃路 墨俣宿 [5]史跡 墨俣宿
「美濃路」は垂井と熱田の間。現在の東海道本線・東海道新幹線に沿っていると言えます。
東海道の宮宿(熱田)と七里の渡し(桑名)は海路であるため、陸路の美濃路も好まれて使われたそうな。

大垣宿ってのも当時あったんですよね。
由緒ある美濃路の宿場町ですし、やはり東海道新幹線の駅は大垣に作っていたほうが……。




膨大な覚え書き:武功夜話

織田信長は1566年の当時、清洲城に居城。
美濃(稲葉山)攻略の拠点として、墨俣に前線基地を作ろうとしました。
その時、一夜城の築城を命じられたのが、「サル」の愛称でお馴染み、木下藤吉郎。

藤吉郎は現在の名古屋市中村区で生まれ、駿河・遠江・三河を流浪。
やがて生駒八右衛門の屋敷に居つき、そこで、かの蜂須賀小六と出会いました。
小六はひょうきんな「サル」のつらがまえが気に入った模様。

信長の側室・吉乃の口添えがあり、藤吉郎は信長の使い走りをしていくうちに清洲での奉公は叶う。
そしてついに、墨俣に前線基地・一夜城を築き、城代となるその日がやってきたわけです。

当時、藤吉郎は30歳。
信長が美濃を攻略するのは翌年・1567年



……というような事が、「武功夜話」に書いてあるらしいです。



実際は、簡易の砦のようなものだったらしい。[6]
[6]墨俣 一夜城 模型
白壁のかわりに麻布を貼ってそれらしく見せたり、藤吉郎の機転が色々あった模様。



……次回は羽柴秀吉の居城・長浜城でしょうか。







99. パンフレット

無事帰宅。いいおでかけでした。[1]
[1]墨俣一夜城 パンフレット



一夜城の皆さん、どうもありがとうございました。
Posted at 2017/05/25 23:30:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | 武将観光(一眼カメラ) | 日記

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