
おはようございます どんがらでえす
今日は節分 鬼が来る。 まめのじゅんびはいかがですかいな?
いろんな物事を行うとき それが複数あるとき やる順番によって 効果が変わることがある。それぞれのイベントを行ってからの経過時間によって起こる結果の連続体が 2番目以降のことどもに影響を与えるからだけど それ自体にも時間発展があり よい効果の初期値だったり 悪い効果のほうがだったりするのが一時結果としてせいりつするからである。
化学の世界でこれが顕著に表れるのは エンジンなんかの熱がどういう仮定を経て 機械エネルギーに 力に変換されるのかということで 実際に高い効率を達成できれば 燃費や出力に興亜があるというわけだ。カルノーサイクルをメインとする 高い熱ダメから低い熱ダメへの変換とその際とりだされる 仕事。しかし アトキンソンのサイクルを使えば 同じ熱ダメ間の変換にたいして おおくの仕事が取り出されるらしい
じゃあ なぜ アトキンソンサイクルにみんなしないのか?じつは 結果的にできる両サイクルの効率は必ずしも理論道理にはいかない。複雑な過程を高効率で達成できるかどうかは機械工学屋さんのたえざる追求だけど その結果として 両サイクルの差は 競争するから 同じようなレベルの目標となり 結果的にはにたような効率のエンジンしかできないのだ。
初めに高い熱ダメにある熱エネルギーを機械的な膨張(ピストン動き 膨張過程)に変換する。化石燃料によって爆発したエネルギーはほとんどねつのままほうしゅつされながらも 急激な圧力上昇が ピストンを動かせるのだが 。膨張した燃焼室で押し出した力はクランクで回転方向の力に変換され爆発からのエネルギーの取り出しはおわり。排気バルブを開けて燃えカスをたたき出し 圧縮上死点で バルブを入れ替える。吸気バルブから新鮮な燃料空気混合隊がピストンの惰性で広がる燃焼室に持ち込まれる。今は直噴もあるので燃料を細かい霧にして高速でぶち込みながら空気を吸わせるということをするものもある。バルブのない2ストやロータリーは 勝手に開いた穴から これをやる。そして 下死点で吸入を終え バルブを閉じて 圧縮へ。あとは同じ。爆発して廃棄して吸入して圧縮するという4つのサイクルは高効率に燃料を出したり入れたりするのに便利だが バルブ機構がいるし 構造も複雑になる。しかし 変遷によって効率化してきた現代のガソリンエンジンでは とくに車やバイク用のものは 高い製造コストを十分押さえながら 高効率で化石燃料を機械エネルギーに変えることができるので やはり 4ストがよい。完全燃焼に近いし それゆけ 排ガスも比較的クリーンだから。
そこにエコ。
日本はtoyotaの括約によって ハイブリッドが一般化し ガソリンエンジンから徐々に電気自動車へと変遷していく様。ヨーロッパでは歴史的にクリーンなディーゼルエンジンが開発されてきたので クリーンディーゼルこそエコカーだ。アメリカは好きにする。つねにお客さんだから 自由の国だから 買いたい人の選択肢は常に全部揃えられていて 一番気に入ったのを買う。
ハーレーじゃなきゃやだ って人もいるし テスラモータースが大好きというひともいて 本田がお金かからないという意見と ベンツこそ高級車って
ひともいる。
アメリカには車検制度はないし 免許の更新だってない。みんな自己責任。だから事故を起こして過失によってひとを傷つけたら いきなり 殺人罪 。自己責任とはそういう意味らしい。
サイクルは同じことの繰り返し。4つの過程を過ぎたら同じことがもう一回行われる。結構人生ではもっと複雑なサイクルをひとびとは定常的にこなしている。若いころはいろいろなサイクルを試してみるが そのうち 自分のやりやすいサイクルを好むようになり それは習慣とか ルーチンとか パターンとよばれる 一種の作業になっている。そういう意味で 年寄りであるおいらは 仕事とかこの文章とか考えたりすることも多くは ワンパターンになってしまった。別に深く考えないとラクダけど 成長は止まったな。というよりも 最新の理論とか 科学啓蒙書を見ても しんせんみをかんじなくなってしまったのだ。勉強しすぎだ。というよりもすでに勉強ということすら日常だから 入ってきた情報をただ脳内の自分の分類にわけているだけで 面白くもなんともないのだ。
そんなおいらの楽しみは すでに脳だけでなく脳を含めた肉体全体でお粉会われる。運動するのはいい。激しく2時間くらい運動した後 痛い体を引きずって大きな風呂につかる。体あらって ふたたび鵜舟。噴き出す汗が心地よい。そして最後に水風呂に。首までつかると 内臓をあっためるために はーはーはー。暖かくなった血液が 冷水(19度)によって 冷やされる。はっきりした形で 頭に上がってくる血液が冷えていると 脳がすっきりし 目が爽やかになり いきなり視界が明るくなる。
風呂がって 身体拭いて 着替えて ちょっと休憩。ぽこパンの時間。みんからもちょっと見てみる。朝書いたブログにイイねとコメント。コメントに返答し よく更新している人のブログを見て てきとうなことをコメントする。朝書いておいて捨て置いておくということが重要で 気づいたときに見ると みんなそれぞれ都合の良い時に 適当にこめんとしている。コンピュータネットワークをつかった いわゆるsnsとやばれる方法による あたらしい友達ネットワーク。自分のこみゅのティーがいろいろよういされているのはよいことだ。すたばのおねえちゃんやおにいちゃん ホリディ―のお兄ちゃん のいやのお姉ちゃんとお客 そして 会社の人。いっぱいあるとひとつところでの悩みが分散されて こころが晴れやかになりやすい。ひとつところに突っ込んでやるときもあるけど 修行僧のようにやるのは 若い時だけでよい。ゴータマシッタルダ先生だって はじめは周りの人がしてるからということで苦行もやってみたけど 全然悟りに近づかないから やめた。病気になってしまったし。病気になったら 苦行はできないので 菩提樹のもとで 迷走してたら こころがおちついてはれやかになってきて 静かに瞑想していてふと気づくと もりの動物たち囲んでいた。基本臆病な動物たちが心を開いて ブッダの下で 同じように瞑想するように 佇んでいたという。ほんとかどうかは知らんけど、、、。
瞑想によって得られる領域はおそらく おちついた静かな状態だけど そのじょうたいにいちどなっておいて その反発のように 一瞬のスプリントにかけて 動くと 究極のパフォーマンスが得られるのかもしれない。おちついてふけこんでいえにこもってるんじゃない。表に出て 体操して そして 駆け抜けるのだ。
とりあえず 朝起きたら 最初になんか 放っておけば バンには 南下がえってくる
同じ努力で 同じ作業で より多くの効果があるほうが 人生も 効率的じゃない
Posted at 2014/02/03 09:18:39 | |
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