永代橋

「帝都東京の門」
2007年09月25日
隅田川で四番目に作られた橋。よくTVドラマや映画のワンシーンで使われる事の多い曲線が美しい橋です。
元禄11年(1698年)8月、江戸幕府5代将軍徳川綱吉の50歳を祝して深川の渡しのあった場所に架橋されました。
当時は「西に富士、北に筑波、東に上総、南に箱根」と歌われるくらい見晴らしが良かったそうです。
その後、文化4年(1807年)年8月19日、噺の「永代橋」のモチーフになった崩落事故で落橋しました。
深川富岡八幡宮の12年ぶりの祭礼日に詰め掛けた群衆の重みに耐え切れず、橋の中央部よりやや東側の部分で数間ほどが崩れ落ち、後ろから群衆が次々と押し寄せては転落し、途中、異変を察知した南町奉行組同心の渡辺小佐衛門が刀を振るって群集を制止させたものの、死者は実に1500人を超え、史上最悪の落橋事故となりました(江戸時代の俳人・大田南畝はこの事故について「永代と かけたる橋は 落ちにけり きょうは祭礼 あすは葬礼」という狂歌を書き残しています)。
その後、明治30年(1897年)、現在の場所に道路橋としては日本初の鉄橋として、鋼鉄製のトラス橋が架橋され、明治37年には東京市電による路面電車も敷設されました(昭和47年11月廃止)。しかし、関東大震災に被災し、木製の橋床を損傷し大正15年に震災復興事業の第一号として現在の橋が再架橋されたのです。
この橋は「震災復興事業の華」と謳われた清洲橋に対して、「帝都東京の門」と言われました。モデルとなったのは、ライン川に架かっていたルーデンドルフ鉄道橋(独)で、現存最古のタイドアーチ橋かつ日本で最初に径間長100mを超えた橋でもあり、2000年(平成12年)に清洲橋と共に土木学会の「第一回土木学会選奨土木遺産」に選定されたほか、2007年(平成19年)6月18日、都道府県の道路橋として初めて、勝鬨橋・清洲橋と共に国の重要文化財(建造物)に指定されました。
住所: 東京都中央区新川一丁目
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