彼女から受け取ったプレゼント
846 :セクース・ドラーグ・SDR :02/12/24 02:30 ID:tn+4yflD
忘れもしない昭和六十一年の八月、俺はCBX-400Fを手に入れた。
実は、俺が一番嫌いな単車だったんだけど、その話はここではしない。
買って三日目のことだったと思う。俺は慣らし運転を兼ねて、
中野の住み処から田舎の勝浦を目的地とするツーリングに出かけることにした。
現地には従兄弟とその友人達がいることはわかっていたし、
とりあえず着けばなんとかなるだろう、ぐらいの無計画さを胸にして。
前夜、ご先祖様の墓前に供える酒を買い、翌朝中野区を出発。
地図を見ながらちんたらやってたら新宿のあたりでえらく時間をとられた。
縮尺が低い地図を持っていったおかげで、途中でどこが16号かわからなくなり、
いかにも海に行きそうな格好をしたライダーの後ろを付いていった。
これは正解だった。
16号が市ヶ谷過ぎて右に折れるなんてこと、俺、知らなかったからね。
そのまま東金だか京葉道路に入る前、ガス欠間近であることに気づいた。
目の前の海行きライダー(謎)から離れるのは不安だったが、
さっさと給油しないと立ち往生しそうだったので、
道路の入り口のGSで泣く泣く給油した。そこからは一人の旅となるはずだった。
一人で走り出すと、自分がどこを走っているのかすぐにわからなくなったものの、
そんなのはいつものことだった。
なにしろ俺は、甲州街道を使って幡ヶ谷で待ち合わせの時、気づいたら調布に
いたりした男だから。それにどこまで走っても日本だしね。
田舎は128号の通り沿いなので、とにかく128号を探した。
そこに至るまではいくつかのルートがあり、16号を使って内房海岸沿いを通り
127号につないで128号へ、というルートってのと、山ぶち抜きで297号から
直接田舎近辺の128号に出るルートの二つが候補に上がった。
127ルートはとにかく海沿いを走ればいつかは着く、という安直で迷いそうも
無いルートなのだが、いかんせん、房総半島の外側をなぞるようなルートなため、
走る距離が半端じゃない。
しかも、一度も通ったことがない。297ルートは、地図上の距離自体は短く、
また帰省の際にいつも親父が使っていたので、ある程度は知っていたが、
接続の仕方がまるでわからず、とにかくカーブが多く危険。
当初、安全には代えられないと思って127ルートを考えたのだが、しばらく走って挫折。
いつまでたっても16号が127号にならん。短気な俺はすぐにルート変更。
“安全を第一に考えた俺が馬鹿だった。ここはあえて火中の栗を拾おう”と決意。
どこからどう入ったものか覚えてないが、とにかく297号に到達することができた。
しばらく走ると見覚えのある風景がヘルメットの外を流れ出した。
ただし、297に入ったのは12時頃だったと思う。とにかく時間がかかりすぎ。
いったい6時間以上もどこを走っていたのか。
それでも、勝手知ったるなんとやらで、ここから先は知っている道、俺の心の中に
安堵と自信が広がった。
道端に止まっている単車を見つけたのはそんな時だった。
ライダーは単車を降り、タンクの上で地図を広げていた。
“あれ、女じゃん。こんな何も無いところで、何やっとんのやろ?”
そう思った俺は、そいつの傍に単車を止めた。
実は二、三回、そいつの前を行ったり来たりしたのかもしれないが、あまり記憶が無い。
「どうかしましたか?」
同じ単車乗りということで気軽に声をかけた。
「え? あ、ちょっと道に迷ったうえにガス欠になっちゃって・・・」
本当に女性だった。しかも可愛かった、というより綺麗だった。
「あのぉ、このへんにGSってありますか?」
と聞かれた。しかし、無い。少なくとも私の記憶には無かったのでそう答えた。
「・・・そうですかぁ・・・」
うなだれる女性を見て、こんなとき、あなたならどうする?
回りを見れば田んぼと山しかないようなところだ。
車の通りもほとんどなく、日差しが強いからやけに明るく熱いけど、
本人にしてみれば冷たい場所だよな。なんか、見ていてかわいそうになっちゃったよ。
手ぇ、貸すよな、普通。
「なんならガス、分けてあげようか?」
思わずそんな言葉が口から出た。というか、ここで見捨てたら、千葉県人の名が廃るし、
死んだお調子者の爺ちゃんに顔向けできない。
彼女の単車を縁石から道路に降ろし、俺の単車を歩道に乗せた。
何を始めるのかと彼女は心配そうな表情をしていたが、俺がバックからウレタンホース
(バッグの中には、エアーガンと、それに使うフロンガスとかブースターとか
が入っていた。ウレタンホースはたまたま1.5mのものが予備で入っていた)
を取り出すのを見ると、彼女は目を丸くしていた。
“なんでそんなものを持っているの?”と、その目は語っていた。
彼女の行き先がどこだかわからんので、長い時間をかけて俺は彼女の単車に
多めにガソリンをぶち込んでおいた。
こっちはあと少しで目的地だったからね。
「はい、OK」
「わー、すごい!」
彼女の笑顔はとてつもなく素晴らしいものだった。
その後、彼女から「何かお礼をさせてください」みたいなことを言われたんだと思う。
俺は昼飯を提案、そこからちょっと先のお洒落なイタリア料理店に連れ立って行った。
なぜかそんな場所に石屋兼イタ飯屋があった。
確か「伊太利亜」だったか「伊太利屋」というベタな名前がついていた。
この店はその後潰れて、本業の石屋になり、また潰れてパチンコ屋になり、去年、そこを
通ったときにはそのパチンコ屋も潰れていた。
このイタ飯屋、どのへんがお洒落かというと、元々が欧直輸入の石像を扱う石屋なので、
いかにもなレイアウトがなされていたのである。
店の中と言わず外と言わず、これでもかと石でできたオブジェが置いてあった。
ミロのヴィーナスとか、考える人とか・・・。
今考えてみると、これはこれで節操が無く、下品だったのかもしれないが、
バブルの時代はこれでよかったのである。
千葉の、しかも田んぼしかないような辺ぴな場所に位置しているにしては垢抜けていた。
そこで飯を食い、お茶をすすりながら何やら話をした。
思い出してみても不思議なんだが、他人と飯を食うのが苦手な俺が、
なんでそんな真似ができたのかわからない。
もう一つ、仲むつまじく話をしているくせに、俺も彼女も、プライベートなことは
一切、お互いに名前すらも聞かなかった。
それでも彼女が鴨川から北に抜けるような話をしていたのを覚えている。
ちなみに、そのときの飯代は、彼女が払うと言ったにもかかわらず、
「女性に飯代払わせたら、爺ちゃんにあの世でぶっ飛ばされるから」
とか言って、俺が払った。
飯を食い終わって、128号までは俺が前を走り、後ろを彼女がついてきた。
山を突っ切ると、塩の香りが鼻をついた。
ここまで来れば実家はあとわずかな距離となる。
実家を過ぎてちょっと先にある橋を越えた時、俺は右手を上げながら左に折れた。
さぁ、ここでお別れだ、と思うと、彼女も一緒に曲がってきた。
目の前はただ広がる海。俺は単車を降りて、脱いだメットを防波堤の上に置いた。
「俺の家、この近所なんだ。で、あれ(目の前の海)が俺の海」
なんて話をしたような気がする。
「ここでお別れだね。いい旅を。気を付けてね」
タイミングを見計らって、彼女にそう告げると、
彼女はちょっと寂しそうな笑顔を浮かべながらこう言った。
「お礼、してなかったね」
こっちは別にそんなもんを期待してここまで一緒に走ったわけではなかった。
同じ単車乗りじゃん。でも、まぁ、いいや。
「ちょっと目をつぶっていてね」
? なんだろう、と思って目をつぶると、彼女は俺の唇に自分の唇を押しつけてきた。
唇が離れてから俺は目を開けた。何をどうしたらいいのかわからず、
ボーッと突っ立ったままでいた。
彼女ははにかんだ笑顔を見せながら、メットをかぶり、単車にまたがった。
エンジンをかける前に、俺はなんとかこう言うことができた。
「またどこかで会えたらいいね」
彼女は振り向き、メットの中で小さく微笑んだ。
俺は手を振って見送った。
メットからはみ出し、風になびく彼女の髪が遠ざかっていった。
それからしばらくは頭の中がこんがらがっていた。
後になってから、“名前くらい聞いとけばよかったかな”
“電話番号と住所も”なんて思った。
でも、これでよかったのだろう、って自分を納得させた。
船の上のロマンスは船の上で終わりなんだ。終わりにすべきなんだ、と。
こうして俺の二時間ほどの恋は終わりを告げた。
彼女から受け取ったプレゼント、それは想い出だったのかもしれない。
またどこかで会えたら・・・。その「また」は、今に至るまで来ていない。
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今日の一台
バック トゥザ フューチャーでお馴染み!デロリアンDMC-12
今でも1台丸ごと新車で組めるほどパーツが手に入るらしいですね(*'-'*)
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海