それは、「幻のなつやすみ」。 ~ねことおばあさんと、陽盛りの縁側で~
それは、大型二輪の免許を取って数年後だったから・・・27才の頃ではなかっただろうか。
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あの日、山の峠道を越えて、盛岡よりは涼しい海辺の町へ行こうかと
自慢のカワサキを駆って、きつねは東へと向かった。
しかし・・・8月の陽射しは、多少の標高など、お構いなし。
爽やかなはずの高原の風も凪ぎ、周囲の草一本も、揺らしてはくれない。
アスファルトの照り返しと空冷エンジンが発する、熱。
いくら飛ばしても、さながらドライヤーに向かって行くような
猛烈な暑さに、集中力が途切れていくのが分かる。
・・・やめ、やめ、海に行くのはもう、止めた!
大きな橋とトンネルの手前に、降りて行く枝道を見つけた。
川に沿って走る旧道なら、いまの国道よりも、いくらかは
沢の風が通り、涼しさも期待出来るだろう。
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やがて、山間に開かれた小さな土地に田んぼが広がり始め、
ぽつりぽつりと農家の赤や青のトタン屋根が見え隠れ。
「お腹空いたなぁ。小さな商店でおにぎりでも買おう。」
集落の中ほどで、「塩」「たばこ」と書かれたブリキの看板が下がる
古い作りの堂々たるよろず屋さんが、目に入った。
カワサキを庇の下の日陰へ寄せてエンジンを切り、開かれたままの
ガラスがはまった木の引き戸の中へ。
薄暗くヒンヤリしていて、心地良い、コンクリートの土間。
「ごめんくださーい!」
「・・・はいはい~、お待たせ!今日は暑いわねぇ。」
「すみません、おにぎりかパン、置いていませんか?」
「あらぁ・・・この辺のヒトたちは、自分の家でご飯食べるからねぇ。
この時期はどっちも日持ちしないから、置いてないんだわ。」
前掛けで汗を拭き拭き申し訳無さそうに答える、いかにも農家の おっかさん的な
オバサンは、歳の頃、還暦ぐらいか。
「じゃあ、カップラーメンはどう?ウチでお湯入れてあげるから
ここで食べて行けばいいわ。」
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緑のたぬきを選んでお代を支払った後、オカミサンに言われた通りに
いったん店を出て、古いけれど立派な塀の木戸をくぐる。
刹那、きつねは「あっ!」と小さく叫び、立ちすくんでしまった。
てっきり裏の勝手口でお湯を貰い、どこか日陰で食べるものだと
思っていたのだが・・・
その店の後ろ側は屋敷と呼ぶにふさわしい家屋で、大きな庭が広がっていたのだ。
どこへ向かって行けばいいのか、しばし躊躇していると
縁側の奥の座敷から、ゆりかごに座った老婆が手招きしている。
足が悪いことはすぐに察しがついたけれど、その声は意外に大きくしっかりしたもの。
「どうぞ、こちらへ来て、おやすみなさいな。」
お邪魔します・・・と告げて、きちっと和服を着た、品の良いおばあさんのもとへ。
ゆっくりと首を振る大型の扇風機がなくても、風がよく通り、涼しい。
傍らに寝そべる白黒の、穏やかな顔をしたねこと、ちりちりと鳴り続ける風鈴の音が、
それを教えてくれた。
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訊かれるがままに、盛岡からバイクで来たこと、ねこが好きなことを、話してみる。
にこにこと、うんうんと、うなづいてくれるおばあさん。
やがてオカミサンが、小さなポットを載せたお盆を運んで来てくれた。
「いま時期は、普段お湯を使わないから・・・沸かすのに時間掛かっちゃって。
ウチの水は井戸から汲んでいるから、美味しいはずよ。」
降ろされたお盆にはポットの他に、汗をかいたコップいっぱいにに注がれた麦茶、
そして氷の乗ったきゅうりの酢のものと、たくあん。
参ったなぁ・・・完全にお客さんじゃないか、俺・・・あ、いや、確かにお客さんなんだけれども。
「ウチの本家も旧家なので、縁側があるんですけど、庭は小さいんです。すごいなぁ。」
突然やって来た赤い髪の青年の言葉に、ふたりの老婦人は、ころころと笑う。
「あらぁ、昔からの農家なんて、みんなこんなモンよ?雨漏りはするし、冬は寒いしね。」
薄目を開けてこちらを伺い、耳を向けるねこに話しかけてみた。
「キミは幸せ者だね。このお屋敷もお庭も、自由に歩き回れるんだもの。」
「アハハ・・・この辺りのねこは、共有財産みたいなものなの。
山が深くて集落から外には行けないから、放し飼いにしてるのよ。」
「えっ・・・じゃあ、このコはここん家のねこじゃない・・・と?」
「そうね、今日はたまたま、このねこが遊びに来ているだけなのよ。
それぞれ縄張りはあるみたいだけど・・・でも、みんな親子や兄弟だから。」
誰かが他所から連れて来ない限り、出ても行かないし、入っても来ない。
川と山に周囲を阻まれている、ということは、つまり、そういうこと・・・なんだ。
「だからね、ここのヒトたちは、どのコがどのねこのいつの子供なのか、
みんな知っていたりするのよねえ。」
陽盛り、という言葉が良く似合う、ヒグラシの鳴く縁側で。
ゆっくりゆっくりと、気付かぬほどの緩やかさで、午後の時間が、過ぎて行く。
いつ、どこで味わったことがあるのかは、分からない、覚えていない。
でも、その景色と感覚は・・・ずっとずっと昔、見て知っていた、確かに。
そう、「初めて味わった」のではない、「帰って来た」のだ、俺は、ここに。
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あの日から15年が過ぎた今も、あの店の佇まいも、周囲の景色も、匂いも、
記憶の中では鮮明で、色褪せていないのだけれど。
ただ・・・R106に今も多く残る旧道のうち、その集落へ続く入り口がどこだったのかは
惜しいことに、全く覚えていないのだ。
ひたすら大型車に慣れ、振り回せるウデを身につけよう・・・と
向上心に満ちていた季節は、四十の声を聞く頃にひと段落して。
憧れてやっと手に入れたスポーツスターは、ガレージで眠る期間が長くなった。
いま、古いセローを駆って野山を走り回り、まだ見ぬ景色を追い求めている原点は
・・・もしかしたら、あの「幻の夏休み」に、あるのかもしれない。
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紺之介さんのブログ「あおぞら一番地♪」より転載させていただきました。
https://minkara.carview.co.jp/userid/141868/blog/30798388/
紺之介さん、ありがとうございます♪
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今日の一台
1973年 アルピーヌ A110
小排気量ながらラリーフィールドを席巻したエンスー垂涎モノの名車(*'-'*)
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海