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おちゃわん星人のブログ一覧

2013年12月25日 イイね!

クリスマスの思い出(後編)



子供というのは、良くも悪くも外の世界で色々な情報を得、知識を身につけてきます。それは普通に生活をしていれば避けられないことであり、また子供が成長していく為に不可欠な要素でもあるのでしょう。

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その日、兄は学校から帰って来るなり家捜しを始めました。
クリスマス直前の12月23日。兄・小6、姉・小4、私が小2の年のことです。

「お前らも手伝え!どっかにクリスマスプレゼントがあるから!」
兄は二人の妹に言い放ちました。
「あるわけないじゃん。まだ23日だもん。」
そう言う私の言葉など耳に入らない様子で、兄は家中の扉という扉、引き出しという引き出しを開けて回りました。やがて押入れの襖を大きく開け、布団の隙間をごそごそと探し始めました。
「やめようよぅ、やめようよぅ。」
と、兄の服を引っ張っていた姉が泣き出しました。

何かものすごく重大な事が起きようとしている、という不安と姉の泣き声につられて私も泣き出しました。勝気な私は泣きながら叫びました。
「お兄ちゃんのバカぁ!」
すると兄はキッと振り返り怒鳴りました。
「バカはお前らだわ!いつまでもサンタさんなんて言って。お前らも学校で笑われるぞ!」

兄は確かにこの時「お前らも」と言ったのです。
今は分かります。兄はこの日学校で友達に笑われバカにされたのでしょう。
「まだサンタクロースなんて信じてるのか?バカじゃねぇの?」
なんて。無理もないですよね、6年生と言えばもう大人への階段を登り始める頃ですもの。


「あった!ほらやっぱりあった!!」

大きな声でそう言って、兄は二つの紙袋を引っ張り出しました。
「こっちがお前らの。」
私と姉の間に放り投げられた紙袋の中から、大きなおサルのぬいぐるみが二つ転げ出ました。

私は姉と同じ物をよく欲しがりました。そして同じ物を欲しがるくせに、どっちがどっちのだと言ってはケンカをしたものです。だからお母ちゃんはクリスマスの朝に同じ物を見せに来た姉妹のオモチャのそれぞれに、マジックで名前を書くのが恒例でした。

畳に転がったまだ名前の書かれていないぬいぐるみを見たら、なぜだかとてもとても悲しくなって私と姉はワンワン泣きました。
兄はと言うと、せっかく目当ての物を見つけたくせにちっとも嬉しそうではなく、仏頂面で自分の紙袋を覗き込んでいましたね。

お母ちゃんが帰って来たのはそんな時です。


部屋の中の様子を見てお母ちゃんは一瞬で何が起きたかを覚ったことでしょう。「怒られる!」と思いましたね。
が、お母ちゃんはいたずらっ子のような声で
「あーあ、みつかっちゃった。」
と言って笑いました。そのお母ちゃんの笑顔の中に寂しそうな色が滲んでいたことをハッキリと覚えています。

「これ、サンタさんから?」
ベソをかいたまま恐る恐る尋ねた私に、今度はお母ちゃんはいつも通りにニッコリ笑って見せました。
3人の頭を順番に撫でながら「んーん。」と静かに言いました。何かを確かめるようにそれぞれの顔を覗き込んで…。
あれは、我が子の成長していく姿を確かめていたのでしょうか?

「お父さんからだよ。」

優しく、でもハッキリとした口調でお母ちゃんはそう言ったのでした。


「どうする?これ、今もらっちゃう?」
そう言ったお母ちゃんに答えたのは兄でした。
「25日でいいわっ!」
怒ったようにそう言うと、兄はテレビの前に座りスイッチを入れました。なぜ怒っているのかと私が顔を覗きに行くと、兄はゲンコツを振り上げてきました。でも、そんな兄の目にも涙がいっぱい溜まっていたのを私は見たのでした。


クリスマスの朝、お父ちゃんの前に順番に並んで受け取ったおサルのぬいぐるみのスカーフには、私の名前が刺繍してありました。
ウチにサンタさんが来なくなった日でした。


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今思えば、あの年まだ本当にサンタさんを信じていたのは私だけだったのではないかと思います。兄はもうその前の年あるいは前の前の年から、そして姉もやはりその年には真実を知っていたことでしょう。

…いや、本当は私の中にも作り話なんじゃないかという気持ちが芽生えていたような気がします。でも、サンタクロースを否定することはお母ちゃんを悲しませることだと、漠然とながら解っていたんでしょうね。そしてそれはきっと私だけではなく、上の二人の兄妹も。

こうしてお母ちゃんが精一杯かけてくれた我が家のクリスマスの魔法は解けました。


来るべき時が来た。ただそれだけのことです。

でもクリスマスになるとこの日のことを切なく思い出します。でも『切ない』と『悲しい』は違います。決して悲しい思い出ではありません。
家族全員がそれぞれ少しずつ寂しさを感じたけれど、それ以上の暖かい優しい気持ちも感じた、家族にとって大事な日だったのですから。


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ウチのお母ちゃんは「いい子にしてるとプレゼントを貰える」とか「悪い子は貰えないよ」とか、そういう類のことを一度も口にしたことがありませんでした。魔法の解ける前も後も。
「どうしてサンタさんはプレゼントをくれるの?」
と尋ねる私に、
「さぁー。子供が大好きなんじゃない?」
といつも答えたものです。

その言葉は、お母ちゃんの心そのままだったのでしょう。
「クリスマスプレゼントは何かのご褒美ではないんだよ、お父さんとお母さんがあんた達を大好きな証拠だよ。」と。


クリスマスの過ごし方に、正解も不正解もありませんよね。サンタクロースが来るもよし、家族みんなでプレゼントを買いに行くもよし。ケーキを食べて終わるもよし。

そもそも本来の意味なんて知らないし、それを言い出したらキリスト教徒でない私たちには関係ない日ですもんね。
由来など脇へ置いてといて、ただいつの時代にも、子供たちがワクワク楽しみにする日、愛されていると感じられる日、子供でよかったと思える日であって欲しいなと思います。
Posted at 2013/12/25 20:25:05 | コメント(10) | トラックバック(0) | 日記
2013年12月18日 イイね!

クリスマスの思い出(前編)



小さい頃、ウチはサンタさんの来る家でした。

毎年クリスマスイブまで兄妹3人でキャッキャ言いながら欲しい物を考えました。そしてそれを手紙に書いて枕元に置いておくのです。

すると翌日、クリスマスの朝には手紙はなくなっていて、(およそ)手紙に書いた通りのプレゼントが置いてあるのでした。

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本当に小さい頃は何の疑いもなくサンタさんの存在を信じていましたね。よその家の子供よりも比較的大きくなるまで信じていたと思います。
大人になった今、子供たちがなるべく長く信じていられるようにとお母ちゃんは色々考えていたんだろうなと思います。


プレゼントはいつだってちゃんと(およそ)手紙の内容通りでした。

当たり前と言えば当たり前なのですが、イブに置いた手紙の物が翌朝にもう届いているわけですから、これはもう「サンタさんにしか出来ないこと」と思っていましたね。

子供たちはあれこれ相談しながら手紙を書くので、内容を知るのは容易だったと思います。ただ、やたら「ほら、早く書いた方がいいんじゃない?」とは言われましたよね。私たちに見つからずにそれを買いに行く時間が必要だったのですから。

余談ですが。
さっきから「およそ」と付け加えているのは、完全に手紙通りではないこともあったからです。
なぜなら、私はサンタさんを魔法使いと混同していてプレゼントに「本当に喋る○○」とか「空を飛べる××」とかいう無理難題を書いていましたから…


そして、その(およそ)手紙通りのプレゼントはいつも裸のまま枕元に置かれていました。

包装されていないんです。リボンも何も無しの現品剥き出し。
サンタさんの持って来てくれるプレゼントが「オモチャの〜屋」とか「merry Xmas☆」とか書かれた包装紙に包まれていてはいけなかったのでしょう。

それにお母ちゃんの設定では、「サンタさんの袋には山のようなオモチャが入っていて(ドラえもんのポッケと一緒で何でも出てくる)、そこからお手紙に書いてあるものを置いていってくれる」という風だったので、裸のままであるべきだったんですね。


その他にも、イブの夜だけは廊下のガラス戸の鍵を一つだけ開けて、カーテンも50cmほど開けておいたり。しかもそれを子供にやらせるんですね。

「あ、大変だ!お母さん全部戸締りしちゃったわ。誰かちょっと開けて来て。」なんて。サンタさんが夜中に家に入れるようにとかけてあった鍵を外すと、たまらない『いよいよ来るぞ感』にワクワクしたものです。


ある年には、「試しにお母さんも書いておいといてみよーっと。」と言って何やらコソコソ書いていたっけ。

翌朝子供たちが嬉しそうにプレゼントを見せに行くと、「やっぱり子供にだけくれるんだね、ほら。」と言ってサンタさんに受け取ってもらえなかった手紙を前掛けのポケットから出して見せてくれました。

手紙には『大きなダイヤのついたゆびわを下さい』と書かれていました。兄妹はゲラゲラ笑い転げました。
「これじゃもらえんよ、“サンタさんへ”って書いてへんもん。」
「お母ちゃん、それオモチャじゃないもんでイカンだらー!」
「だってお母さんオモチャなんかいらんもーん。」

大きくなってから、あれは実はお父ちゃんへのおねだりだったのか?などと思ったりもしました。
が、やっぱりそうではなかったのでしょう。お父ちゃんへのおねだりなら「ゆびわ」とひらがなで書く必要などないのですから。

お母ちゃんはただ子供たちがサンタさんを信じて、そして楽しそうに笑ってくれればそれでよかったんでしょうね。


でも、私たち兄妹がサンタさんを信じていた最も大きな理由…
それは、プレゼントを貰えることそのものでした。

以前にも触れたことがありましたが、ウチはとても貧乏でした。衣食住に困ったことはありませんが、贅沢品とは無縁でした。子供のオモチャもその一つ。「オモチャは年に一度、親戚から貰ったお年玉でなら買ってもよい」という決まりでした。

なので手紙に書いたオモチャを両親が買ってくれるなんて夢にも思っていなかったんですね。そしてサンタさんがくれるのだと思っているからこそ、遠慮なく好きな物を欲しがることが出来たのです。

何にしよう?どれにしよう?と毎日兄妹でクスクス笑い合っている時間は本当に楽しかったものです。そのそばで一緒に笑っていたお母ちゃんの笑顔も同時に思い出します。

3人の子供の欲しい物を買う費用の捻出は決して簡単なものではなかったはずです。でも、クリスマスの思い出の中のお母ちゃんは、必ず笑っているのです。

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中学生になっても高校生になっても、いつの時代も、子供の頃のクリスマスはあったかくて楽しい記憶として思い出すことが出来ました。

今はそこに、お母ちゃんのしていた工夫や苦労を、微笑ましく、そしてありがたく思う気持ちも加わって、さらに懐かしく優しい気持ちで思い出します。

お母ちゃんは、…いやいやもちろんそのお母ちゃんを選んだお父ちゃんも、私の自慢です。子供たちの笑顔のために全力でサンタストーリーを演じてくれた、本当に素敵な人なのです。


※後編では、「ウチにサンタが来なくなった日」の思い出をお話しようと思います。
Posted at 2013/12/18 18:54:54 | コメント(10) | トラックバック(0) | 日記
2013年12月14日 イイね!

謝罪


大切な人とケンカをした。


後に判明した私の早合点と、曲がったおへそから出た言葉によって心はすれ違った。そこから口論が生まれ、やがて相手は口を閉ざし、心を閉ざし、私と話すことを拒絶した。

一時的だとしても遠くなってしまった心の距離が悲しかった。私は涙ながらに謝罪した。でも、すれ違った心は修復は出来なかった。



「私だって傷ついたんだよ」と思った。

「どうして許してくれないの?」と思った。

「こんなに謝ってるのに」と思った。

「あなたは一言も謝ってはくれないの?」と思った。



「私だって傷ついたんだよ」と思うのは…

相手を傷つけたことも解っているということ。そして自分がつけた相手の傷の深さを、自分も「傷ついたのだから」と少しでも埋めようと、相殺しようとするズルい気持ち。


「どうして許してくれないの?」と思うのは…

自分を許さない相手を、自分もまた許せずにいるということ。相手に対する思いやりと寛大さ、柔軟さのない歪んだ狭い心は自分にこそある。


「こんなに謝ってるのに」と思うのは…

そこに本当の謝罪の気持ちがないということ。謝罪の言葉を述べただけだということ。心から申し訳ないと感じているのなら、いくら謝っても足りないと思うはずだから。


「あなたは一言も謝ってはくれないの?」と思うのは…

自分の謝罪は、相手からの謝罪を聞きたいがゆえだったということ。心のない謝罪を述べただけでなく、自分の言動を省みることもしないまま、“痛み分け”という自分勝手で安易な形で事態を終結させようとしたことの表れ。


…相手に対する不満の原因は、すべて自分の心の内に在った。



それに気付いた時、波立っていた心は静まり、すべてのわだかりが氷のように溶けてなくなった。
そして、相手を大切に思う気持ち…「この人は私にとってかけがえのない大切な人だ」という最も重要で単純で根本的なことに立ち返った。

あらためて…いや、
やっと、心からの謝罪の気持ちが生まれた。



本物の「ごめんね」が言えるまで、こんなに時間がかかるなんて。私はなんと捻くれた心の持ち主になってしまっていたことか。
情けなくて悲しくて涙が出た。数時間前とはまったく違う涙。

今は、捻くれた心に、知らないうちに身につけてしまっていたズルさや自分可愛さに、気づかせてくれた相手に感謝している。自分を見つめ直す機会をくれたその人に。

ありがとう。
本当に、ごめんなさい。

Posted at 2013/12/14 19:52:23 | コメント(11) | トラックバック(0) | 日記
2013年12月08日 イイね!

今日の料理(狂の良吏)



…ではここで“アベノミクス”を投入します。これはうま味成分ですね。

そして、“消費税増税”や“憲法改正案”、“TPP”など、あらかじめ用意しておいた材料をどんどん入れていきましょう。

そうそう。“自衛隊”や“オスプレイ”も忘れちゃいけませんね。“自衛隊”の方には隠し味として復興特別会計を入れてありますよ。“オスプレイ”は特別にアメリカから取り寄せたものです。

よーく混ぜて。何がなんだか分からなくなるくらいよーく混ぜて下さいね。


はい、ではここで味の決め手になる“特定秘密保護法”を入れますよ。
え?嫌いですか? そういう方多いですけど、まぁいいから入れちゃいましょう。
大丈夫、味はちゃんと第三者にチェックさせてますから。
え?第三者? ウチの息子ですけど何か?

“特定秘密保護法”がよく馴染んできたら、原発にもう一度火を入れます。
はい?原発のカスの捨て方?そんなの後で考えればよろしい。


あぁ、いい匂いがしてきましたねぇ。さらに一煮立ちさせたら…

はい出来上がりです。


今日の料理。
『カンタン軍事国家 北朝鮮風』

日本のご家庭では馴染みの薄い『軍事国家』ですが、実はこんなに簡単に作れるんですねぇ。


それではまた来週お会いしましょう。
さよならー。


※どんな理由があろうとも、この国が再び戦争に参加することがありませんように。
私は愛する人達を一人も戦争になど行かせたくはありません。
Posted at 2013/12/08 17:41:43 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記
2013年12月05日 イイね!

最後の勇姿



その日私の目の前を走っていた真っ黒な車両は、製材所のトラックだった。もうすぐトラックじゃなくなる物体…でもその瞬間はまだトラックだった。確かに。

*********************

仕事で通る道沿いに、製材所の資材倉庫があった。普通の住宅を二棟くっつけたくらいの、まぁまぁ大きな倉庫。たくさんの真新しい角材が行儀よく並んでいるのがいつも入り口から見えた。


ある朝通ると、倉庫が全焼していた。

何もかもが真っ黒に焼け焦げていた。屋根と壁の大部分が焼け落ちて、骨組みがむき出しになっている。そのむき出しの鉄骨はあちこちでぐにゃり大きくと曲がっており、炎の勢いを物語っていた。
中の角材は残らず炭に変わっていた。

消火の時の水で周囲はぬかるんでいて、その中にあるつや消し黒一色の世界を一層悲惨な光景に見せていた。


毎日見る度に、少しづつ片付けが進んでいった。元が何だったのか分からないような黒い塊が次々と外に積み上げられた。
そして何日目かに外に出されたものを見て驚いた。

トラックだ。

3トンくらいの真っ黒に煤けたトラックが外に出されていた。その日までたくさんの材木を元気に運んでいたであろうトラックが、見るも無残にまる焦げになっていた。

私が驚いたのは、フロントも窓ももちろんガラスなど残っておらず、タイヤも爆ぜてペシャンコだったが、ボディはどこも変形することなく原形を留めていたことだ。
太い鉄骨が曲がるほどの猛火だったはずなのに…!

車って(「トラックって」が正しいのかも知れないが)すごいなと感心した。車というものが急にとても頼もしく思えた。


そしてその日の午後、さらにすごい光景を見た。


大きな幹線道路を走る私のハイゼットの前を、その黒焦げのトラックが走っていたのだ。目を疑った。

無論自走など出来るはずはない。近づいてよく見れば、径の合わない小さなタイヤを応急的に履かされて、トラックはレッカー移動されていた。だから走っていたという表現は正確ではないかも知れない。

でも、あの惨状の中から出て来たトラックがレッカーとは言え動いていることがすごいと思った。タイヤが回転していること、ボディが振動に耐えられていること、ちゃんとまっすぐに道路を走れていること、どれをとっても信じられないような状態なのに。

当然積載車かさらに大きなトラックで運ばれるのだろうと思っていた私は、なんだかひどく感動し胸を打たれたのだった。

*********************

飴細工のように溶けたテールランプをぶら下げて、それでも最後まで車として自分の足(車輪)で地面を踏んで走っていくトラック。その姿は私の目には、命の尽きる瞬間まで誇りを失わない傷だらけの勇者のように映った。

力強くてカッコよくて、そして哀しい、勇者の最期だった。
Posted at 2013/12/05 23:00:06 | コメント(3) | トラックバック(0) | 日記

プロフィール

「@テクニカサニー さん ぐっなーい♪( ´θ`)ノ」
何シテル?   08/30 01:43
おちゃわん星人です。 おちゃわんなので車のことはよくわかりません。見た目の話くらいしか出来ません。「…に似てる」とか、「◯◯っぽい」とか。 でもなん...
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