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辛口レビンのブログ一覧

2015年07月26日 イイね!

世界一遅い記録

世界一遅い記録
  一週間のご無沙汰でした、辛口おやじです。

へんてこりんなデザインと2520億円というアホみたいな建設

費が物議を醸した新国立競技場。

建設計画見直しは「めでたし,めでたし」といったところですが、

あの関係者による責任の擦り合いは何とも品性に欠け見苦

しいものでした。

スタートからケチの付いた感のある 東京五輪ですが、今回はそのお口直しの意味も込めまして、

久々に「良い話」シリーズとして、その五輪にまつわる良い話を紹介いたしましょう。




  1912年、今からおよそ100年前にスウェーデンで行われたストックホルムオリンピックは日本が

初めて参加した記念すべき大会でした。

その前年に行われたマラソンの予選会で、当時の世界記録を27分も縮めるという、とんでもない

記録を出した日本人がいました。

熊本県出身の金栗四三(かなぐり しそう)選手です。

もちろん彼は日本人初のオリンピック選手の一人となり、国民の大きな期待を背負ってストックホ

ルムに乗り込みます。

しかし、その年のストックホルムは異常気象。 

40度近い猛暑に襲われ、参加68人中34人が途中棄権するというサバイバルレースとなります。

金栗選手も日本から約20日という長旅と、白夜による睡眠不足のためか、レース中に日射病で

意識を失って倒れ、近くの農家で介抱されることになってしまいます。

彼が目を覚ましたのは、既にレースが終わった翌日の朝でした。

金栗選手のオリンピックは失意のうちに幕を下ろしました。





時は流れて1967年。

あのストックホルムオリンピックから55年経ったある日のこと。

金栗さんはストックホルムにあるスウェーデンのオリンピック委員会から連絡を受けます。

それはストックホルムオリンピック開催55周年を記念する式典への招待状でした。

実は、金栗さんはあのマラソンレースで意識を失って倒れてしまったために、彼の棄権の意思は

オリンピック委員会に伝えられていませんでした。

そのため彼は、「競技中に失踪、行方不明」 という扱いを受けていたのだそうです。

レースの終わりが 「ゴール」 もしくは 「棄権」 しかないために、彼はまだレース中ということになっ

ていたということです。

記念式典の開催に当たって、当時の記録を調べていたオリンピック委員会がこれに気づき、まだ

現在も競技中?である彼をこの式典でゴールさせることにしたのです。

金栗さんは快く招待を受け、ストックホルムの競技場内に準備されたゴールテープを切りました。

タイムは 54年8ヶ月6日5時間32分20秒3。

これは現在でもオリンピックはもとより、公式のマラソン大会での世界一遅い記録なのだそうです。


そして金栗さんがゴールした瞬間の場内アナウンスのコメントです。


 「 日本の金栗選手が今ゴールしました !  タイムは54年と . . .

       これをもって第5回ストックホルム大会の全日程を終了します ! 」


ゴール後のインタビューで金栗さんは、


 「 長い道のりでした。 この間に孫が5人できました 」 と笑顔で答えたそうです。





 いや~ 良い話ですね~

 
制限時間がない時代だったということもありますが、これが粋ってもんですよね!



Posted at 2015/07/26 12:48:46 | トラックバック(0) | 良い話シリーズ | 日記
2015年07月18日 イイね!

歴史の話 5

歴史の話 5  一週間のご無沙汰でした、辛口おやじです。

さて、今回は久々に全国少数派 ? の歴史ファンの皆様にお届けする

歴史の話です。


日本三大美人といえば、衣通姫(そとおりひめ)、小野小町、藤原道綱

の母、といわれております。

この中でも飛び抜けて有名なのが小野小町ですね。

絶世の美女として現在でもナントカ小町といって美人の代名詞として使われたり、百人一首にも

名を連ねていますので皆様もよくご存知でしょう。

しかし知らぬ人は無いというくらい美人で有名でありながら、肖像画が残っているわけでもないし、

実際どんな顔だちだったのかという記録なども全く無いのだそうです。

彼女のことでわかっているのは、平安時代の前期(9世紀の中頃)の人で、小野氏の出であること

と、女流歌人で六歌仙の一人であること以外はほとんど謎の女性なのだそうです。


今回は小野小町が何故美人と言われ続けるのか、その理由について書いてみたいと思います。




小野小町は謎の女性でありながら伝説や逸話と言われるものがたくさんあります。

有名なのは「深草少将の百夜通い」でしょう。 (ふかくさのしょうしょうのももよがよい

彼女は絶世の美女だけに、多くの男性たちから求婚されました。

なかでも熱心だったのが深草の少将で、彼は小町に執拗に愛を強要します。

途方に暮れた小町は仕方なく、「百夜、私のもとへ通えば、あなたの意に従います」と約束します。

有頂天になった少将は小町の心を得たい一心で、くる日もくる日も、雨の日も嵐の日も、恋文を持っ

て黙々と通い続けましたが、ついに九十九日目の大雪の晩、疲労のあまり力尽き、途中で倒れ凍死

してしまったということです。





     通う深草 百夜の情け

        小町恋しい 涙の水が

           今も湧きます 欣浄寺


伏見の欣浄寺は深草の少将の住いがあったとされる所です。

なんとなくロマンチックな気がする反面、男から見れば,あともう少しで念願が達成できたはずなの

に、なんとも哀れで気の毒な話であるような気がしますね。

ただこの話が真実だったのかについては . . .

まあ、そこは歴史のロマンということで (笑)


そして山科の随心院。

ここには小町の文塚があります。




深草の少将をはじめ、当時の貴公子たちから寄せられた千通もの恋文を小町が埋めたところと

伝えられているそうです。

頂いた恋文を捨てるのではなく、破くのでも燃やすのでもなく、こうして埋めて供養する。

なんともやさしさに溢れていますね。



さて、何故小野小町は美人なのか ?


それはズバリ言えば和歌が上手だったからなのだそうです。

平安時代の美人の基準は顔ではなく、歌の才能があるかどうかで決まったのです。

小野小町は更衣という皇族の側近であったようです。

皇族の側近や貴族の教養とは何かといえば、あの時代それは和歌でした。

これがうまいかどうかで評価が決まったのです。

小町が絶世の美女と言われたのは、優れた歌をたくさん残したからで、実際の容姿とは全く関係

ないのだそうです。

平安時代は顔ではなく才能が有るかどうかが美人の基準でした。

そういう世の中、なんか凄く良い感じがしますよね。







  しかーし!



ここで終わらないのが、疑り深い辛口セクハラおやじのイヤラシ~いところ。 フッ、フッ、フッ、



よ~く考えてみましょう。


なにしろ1200年近くの間美人と言われ続けてきているのです。


1200年ですよ、1200年! (正確には1150年くらい)


それだけが理由じゃーないでしょ~ 


なにかあるでしょ~ Ψ(`▽´)Ψ




ここもズバリ言います。



それは彼女が政治的敗者であったからではないかと。

少数意見ながら私はこの説に賛同します。


さて、いったいどういう事なのか ?


先程、小野小町は更衣という皇族の側近であったと書きました。

実はこの時代、天皇家にてちょっとした権力闘争があったのです。

時は文徳天皇の時代。 

紀氏を母にもつ惟喬(これたか)親王と、藤原氏を母にもつ惟仁(これひと)親王との間で、皇位を

めぐっての激しい後継者争いがあったのでした。 

折しも時は藤原氏が権力を謳歌する時代。 文徳天皇は第一子である惟喬親王の立太子を望ん

だのですが、藤原氏の強い妨害にあって叶いませんでした。

最初の方に小町は六歌仙の一人と書きましたが、そこに選ばれている六名がまさに権力闘争に

敗れた惟喬親王派の関係者、即ち側近の人たちなのです。

現代流に言えば、藤原氏が中心の主流派に対する反主流派といったところか。





その後、権力闘争に敗れた貴族たちは失脚して次々に都を追われ、地方へ飛ばされたわけです。

小野小町自身もその犠牲になり、失意のうちに一人寂しく惨めに一生を終えたのではないか。

女性に対して、美人ですというのは今も昔も最高の褒め言葉であります。

権力闘争で追放するなどひどい仕打ちをし、この世に恨みを残すような死に方をした小町の霊を

供養するために 「あなたは美人でした」 という言葉を贈ったということです。

つまりは霊の鎮魂のためということですね。

六歌仙自体も失脚したまま亡くなった六名を供養するため特別に選んで作ったものなのです。

つまり、あなたたちは特別に和歌が上手でしたと言って褒め讃え、霊を慰めたわけですね。


やはり単に歌(和歌)が最高にうまかったというだけでは1200年近くにわたって美人だったと言われ

続けるには、理由として私はどうしても足りない気がするのです。

霊の鎮魂・供養のために時代を超えてずっと美人と言われ続けてきたことが、小野小町は美人で

あるというイメージの定着に繋がったのではないでしょうか。




以上、簡単ですが今回の歴史の話は小野小町でした。

どこで読んだかは忘れましたが、ある歴史家が言うには、現代で平安美人をイメージすると、歌手

の由紀さおりさんがピッタリなのだそうです。

言われてみれば、そんな気がしないでもないですね。

由紀さおりさんといえば、ドリフ大爆笑時代のバカ殿様では永遠の15歳でしたね(笑)

歌はデビュー曲の 「夜明けのスキャット」 が一番人気のようですが、私はその何年か後に歌った

「恋文」 という曲の方が好きですね~

確か小学校6年の時だったと思いますが、この歌の歌詞の中の女性に今だに恋してます (゚∀゚*)

という訳で最後に一曲、その 「恋文」 を。

これは女性から男性への恋心を歌っているのですが、私は特に日本的情緒あふれるその歌詞が

とっても素晴しいと思います。


「好きです」 でも 「愛しています」 でもありません。


「お慕い申し候 ...」  これですよ! これ!


  これが日本人の言葉ぜよ!




また来週~


 ☆出血サービス、小町ちゃん♡うっふんピンナップ !
           こーゆーところが余分だよな~(笑)
Posted at 2015/07/18 22:13:30 | トラックバック(0) | 歴史の話 | 日記
2015年07月12日 イイね!

昔のアイドル 伝説編

昔のアイドル 伝説編
  一週間のご無沙汰でした、辛口おやじです。

昔のアイドルシリーズも大詰め、今回はあの山口百恵を語り

ましょう。

なにしろ35年前に引退し、その後は公の場に一切姿を見せ

ない人ですので、リアルにご存知なのは40歳代以上の方た

ちということになるわけで、半ば伝説化している人といっても

良いでしょう。

山口百恵はアイドルというよりも 「国民的歌手」 だったといったほうが良いかもしれません。

そして我々一般庶民の中から選ばれた初めての大スターだったと思います。

14歳でデビューして21歳で引退するまでの僅か7年半ほどの活動でしたが、私は日本の歌謡史に

おいて女性歌手の中では、あの美空ひばりさんに次ぐ存在であったと思っています。

なにしろ年末のNHK紅白歌合戦において、わずか十代でトリを務めたのは長い歴史の中で男女合

わせても、後にも先にもこの山口百恵ただ一人なのです。

今の紅白ではありません。

視聴率が70パーセントを遥かに超えた時代で、テレビも一家に1台が主流、歌番組が隆盛を極め、

およそ8000万人が観たという時代のこと。紅白歌合戦のトリを務めるということは、間違いなくその

年の日本を代表する歌手であることの証明でもありました。

並み居る演歌の大御所たちを抑え、当時まだ弱冠19歳の少女が大抜擢されたのです。


山口百恵は当時の人気オーディション番組「スター誕生」を経て1973(昭和48)年にデビュー。

森昌子、桜田淳子と共に「花の中3トリオ」と呼ばれました。




実は彼女はこのオーディションの段階では非常に評価が分かれる存在でした。

例えばあの偉大な作詞家の阿久悠などは「妹的なものならよいが、歌は諦めたほうがいいかも」と

彼女のことを全く評価していませんでした。

逆に彼女を高く評価したのは作曲家の都倉俊一ではなかったか。

山口百恵が最初にブレイクしたのが2作目の「青い果実」でした。

作曲した都倉俊一が自らタクトを握る動画です。





    詞、

       あなたが望むなら 私何をされてもいいわ

       いけない娘だと 噂されてもいい

       恋した時に体の隅で 別の私が眼を覚ますの

       大きな胸に抱きとめられて きれいな泪こぼすのよ

       側に居れば側に居れば 誰も恐くない

       あなたが望むなら 私何をされてもいいわ

       いけない娘だと 噂されてもいい



これを当時14歳の少女が歌ったのです。

ティーンエイジの性という、それまで誰もテーマにすることがなかったことを、見た目ごく普通の少女

がサラリと歌ってみせたのです。

なんともいえない不思議な感覚、ある種の背徳感のようなものをも感じますね。

そして彼女の人気を決定づけたのが次の曲でした。

それまでの歌謡界の常識を打ち破るような衝撃的な内容の歌だったように思います。



これも彼女が15歳の時に歌ったのです。

もちろんこの曲を作り、彼女に歌わせたスタッフが居るわけです。

先程の「青い果実」、そしてこの「ひと夏の経験」 ともに作詞が千家和也で当時27歳。

作曲も先程紹介した都倉俊一で当時25歳でした。

山口百恵本人もそうですが、それぞれの年齢の若さに驚きます。

作り手にとって、ひとつの挑戦とも思えるようなこの曲 ...

私は常々思うのですが、世の中の何かを変えるのは常に若い世代のパワーではないかと。

恐いもの知らずで常識に囚われない柔軟な発想や、ある種のタブーをも恐れないチャレンジ精神、

既存の壁を打ち破る力等々。 色々なアーティストと呼ばれる方たちの作品を調べても、皆驚くほど

若い時に作り発表しています。 我々のように歳を喰ってとうが立つといいますか、現状に固まって

しまった年寄りたちからは中々新しいものは生まれにくいような気がしますね。

今の世の中の何か進歩が止まってしまったような閉塞感は、今の若い世代の方たちに元気が無い

のも一つの大きな要因である気がします。 (私らしくチクンッと刺します・笑)



改めて山口百恵を振り返りますと、前期と後期にはっきりと分かれるようなイメージがあります。

アイドル時代の前期と国民的歌手へと成長した後期ですね。

前期の集大成として挙げたいのが次の 「白い約束」

単に私の好きな曲ということもありますが、この頃の彼女らしい感じが一番出ている曲でもあると

思います。 またこの辺りから他の女性アイドルの追従を許さない、孤高かつ崇高なイメージや雰囲

気が感じられるようになります。

ここでは男女が愛し合い結ばれることを”汚れる”と表現しています。



そしてアイドルから国民的歌手へと成長する彼女の後期。

ここからが彼女の歌手としての全盛期といっていいと思います。

若い世代の方々もご存知の方が多いでしょう。

それを支えたのがロック歌手兼作曲家の宇崎竜童とその妻で作詞家の阿木耀子でした。

こちらも若く、当時30歳と31歳でした。

この二人を指名し、作品を依頼したのはスタッフではなく山口百恵本人だったのだそうです。





山口百恵この時17歳。

最初の曲は 「横須賀ストーリー」

横須賀は彼女の育った街であり、彼女の原点でした。



山口百恵の大きな特徴は、当時の女性たちからの圧倒的な支持を得たことではなかったか。

彼女が何故これだけの人気を得たのか、実に不思議な気がします。

特別美人というわけでもなく、また特別可愛いというわけでもなかったと思います。

可愛いといえば同期の桜田淳子の方が遥かに可愛かったし、確かデビュー当時は淳子の影武者

なんて言われ方もしたくらいでした。


ここで出てくるのが 「陰」 というキーワード。

スター誕生の司会を長年に渡って務められた欽ちゃんこと萩本欽一さんが番組を振り返って言う

には、多くの予選会の中で一番に輝いて見えたのはあの桜田淳子だったのだそうです。

二番目が石野真子。

逆に一番悲壮感を感じたのがこの山口百恵だったのだそうです。





彼女は今でいう 「非嫡出子」 だったのだそうです。

はっきり言ってしまえば妾の子ということ。

プライベートのことですので、ここでは多くを語りませんが、子供の時から重いものを背負った彼女

に見え隠れするその「陰」の部分に世の女性たちがある種の共感を持ったのではないか。

上手く言えませんが、自分の運命を嘆き悲しむのではなく、それを受け止めて強く生きようとする

彼女の姿に強く惹かれていったということか。

その特異な生い立ちは映画やドラマなどの主演女優としても大きな力を発揮しました。

特にTBSドラマの赤いシリーズでの不幸かつ悲劇のヒロインはハマり役で、彼女のいわゆる 「陰」

の部分が遺憾なく発揮されたものでした。





上の画像は 「赤い疑惑」

私はこのドラマで初めて白血病とRHマイナスという血液型を知りました(笑)


男に捨てられた母親、そしてその貧しい母子家庭の少女がやがて煌びやかな芸能界のスターに

成長していく . . .

山口百恵自身がひとつの完全なサクセスストーリーでもあったわけですね。


そして時代の変化。

女はか弱く男に捨てられたら生きていけない、お願いだから私を捨てないでという時代から、女性

たちが自立する時代への移り変わり。

70年代の終わり頃は女性たちがパワーをつけ、わがままで自分勝手な男達に一斉に反撃に出た

時代だったように思います。

その代弁者が山口百恵であったということではないか。


次の曲は 「プレイバックPart2」

当時の女性たちからの圧倒的な支持を得た曲でした。



「馬鹿にしないでよ!」 というフレーズが見事にハマった曲であったと思います。

そして極めつけは、「 坊や、いったい何を教わって来たの 」 というフレーズ。

世の中の男たちにガツン ! と食らわせた一言でした。

それにしても男を坊や呼ばわりする阿木耀子さんの詞が凄いですね。

以前夫でもある宇崎竜童さんのブログを書いたことがありますが、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」

などもこの阿木耀子さんの作詞なんですね。

この方はもう天才と言って良いですね。 凄いと思います ヽ〔゚Д゚〕丿


中森明菜がこの山口百恵の熱烈なファンだったのだそうですね。

今挙げたプレイバックPart2もそうですが、次の「愛の嵐」などを観ても明菜がいかにこの山口百恵

に憧れを抱き、彼女を意識していたかが分かるような気がします。

男の私から見てもカッコいいと思いますし、先駆者はやはりこの山口百恵であったのだということが

はっきりと見て取れる動画だとも思います。



山口百恵は映画やドラマで共演した三浦友和との結婚を機に引退をするわけですが、その三浦

友和が彼女の母親のところへ挨拶に行ったときに彼女の生い立ちのことを母親が洗いざらい話

したのだそうです。


自分が過去に妾であったこと。

娘(百恵)はその子供であること。

普通の家庭ではないこと。



そして最後にこう言ったのだそうです。



 「 こんな娘でも良いのですか ? 」 と . . .



今をときめく大スターなわけです。

ちょっと野暮なことを言えば、収入だって桁違いだったと思います。

しかも全盛期でしたから、相手の足元を見て四の五の難グセを付けてもおかしくないわけです。

いや、多分今の時代だったらほとんどそうするでしょう。

なんという慎ましさ!

そして母親が果たせなかった幸せな家庭を築くために全てのものを捨てて三浦友和の胸に飛び

込んで行き、その後は一切公の場に姿を現さない山口百恵のなんと潔いことか!


まさに「この親にしてこの子あり」ですね (´;ω;`)





さて長くなりましたのでこの辺りで最後にします。

イメージでいくと「いい日旅立ち」で〆たいところだと思いますが、彼女の歌はそのキャラクターも

ありますが、全般的に笑顔で歌う曲が少ないんですね。

ですのでここは出来るだけ笑顔で明るく爽やかに終わりたいなと思います。


曲は最後に紅白歌合戦に出場した時の歌で 「しなやかに歌って」 です。

昔のアイドル伝説編 「山口百恵」 これにて終了です。




最後まで読んでくれた方ありがとうね~♡

また来週~



Posted at 2015/07/12 14:51:57 | トラックバック(0) | アイドル | 日記
2015年07月04日 イイね!

だめだこりゃ・・。


  一週間のご無沙汰でした。

今日も辛口おやじが自身の腹回りのように甘くたるんだ世の中を鋭く斬る!

プロ野球のセ・リーグが昨日の試合を終えた段階で全てのチームが負け越しという結果になった

そうですね。

パ・リーグとの交流戦で大きく負け越したのが最大の要因であり、史上初の珍事だそうです。

かつて人気のセ、実力のパと言われたのも今は昔。 

いつの間にやら人気、実力共にパ・リーグが上回りつつあるようです。

不人気だったパ・リーグが生き残りを賭けて企業努力を続ける横で、某G球団を筆頭に人気にあ

ぐらをかいていた結果であるという気がしてなりません。

セ・リーグ各球団の今後の奮起を求めたいですね。 ( ̄^ ̄)凸




さて先月の28日ですがネットにこんな記事がありました。



   2万円返せず 「殺すしかない」 包丁で頭部刺す 容疑で男逮捕



   加古川署などは28日、殺人未遂の疑いで、兵庫県小野市天神町、無職武田優希容疑者

   (41)を緊急逮捕した。

   逮捕容疑は、28日午前0時ころ、加古川市平荘町小畑、大工小西誉さん(36)方で、小西

   さんの後頭部を文化包丁で突き刺し、殺害しようとした疑い。

   小西さんは頭を8ミリ切る軽傷。

   同署によると武田容疑者と小西さんは知り合いで、小西さんに2万円の借金があったという。

   同容疑者は 「借金を帳消しにするには殺すしかないと思った」 と容疑を認めているという。 


    以上、神戸新聞NEXT
  


非常に短い記事ですので、中々全容が掴めないところですが、

わずか2万円の借金のために殺すしかないって ・ ・ ・ 



なんだそれ ??







アホか!





一体何を考えているんでしょう この男は?

未遂で終わったからいいようなものの、あまりにも短絡的というか、馬鹿というか。

貸したほうもたった2万円のために殺されたんじゃ堪ったもんじゃないですね。

しかし人の命の値段もずいぶんと安くなったもんですね~

それに41歳といえば普通であればもう20年ぐらいは働いて来ているはず。

たった2万円のお金が無いとはどういう事なんでしょう。

確か2008年のリーマンショックの後だったか、東京で解雇された派遣社員や仕事が無くなった日

雇い労働者のために年越し派遣村なるものが開設され、全員に2万2千円が支給されたことが有

りましたが、ほとんどの連中がその日のうちに酒・タバコやらパチンコやらで使ってしまったのだそ

うですね。 こやつもそういった類の輩なんだろうか ・ ・ ・


わずかなお金のために人の命を平気で奪うというと、ときおりタクシーの強盗事件などがあります

が、あれもわけのわからないものの一つです。

タクシーの売上金は殺人を犯してまでも奪うような金額ではないと誰もが分かっているはず。

それでも、そのわずかなお金を目的に平気で人の命を奪う。

切羽詰まってのことかと思えば 「遊ぶ金欲しさに」 とか ・ ・ ・


こういう人たちの頭の中を一度カチ割って覗いてみたいですね~


人を殺してわずかなお金を奪ったその先の人生が、一体どうなるのか考えないのだろうか?

連中の頭の中はスッカラカンの空っポなのか?

同じ人間としてどうしてもその心理が理解できませんね~




う~ん




なんというか、わけがわからん!




というか、こやつはもう人としてダメだろうな . . .













Posted at 2015/07/04 20:10:58 | トラックバック(0) | 辛口シリーズ | 日記

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「驚いたね~ まさか当選するとは思わなかったなぁ。それに「私自身、必要な説明をし、公私のラインを引かせていただいた。一定の信託はいただいたと思う。」って・・・
なに勝手に禊すませてんだ ?
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何シテル?   10/23 21:10
上品とは無縁の田舎のべらんめぇ親父です。 身の程知らずの言いたい放題。 時として極論で語ることもありますが、昭和 の頑固親父の戯れ言だと...
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大変申し訳ありませんが、みんカラに使える時間が

限られている為、現在募集はしておりません。

尚、長期に渡り疎遠な方は縁無きものと判断し、

予告なしに削除して参りますが悪しからず。

m(_ _)m




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