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辛口レビンのブログ一覧

2016年02月27日 イイね!

自己責任だろう !

自己責任だろう !
  一週間のご無沙汰でした、辛口おやじです。

タイトル画像は山梨県の富士吉田市にあります新倉山浅間

公園から見た富士山だそうです。

桜の時期と相まって実に素晴らしい眺めです。

外国人が日本を想像した場合の典型的な風景という感じですね。


さて今回はこの富士山に関するちょっと興味深いニュースを紹介いたします。

先月のことですが、静岡新聞にこんな記事が載っていました。



  「富士山救助ミス ヘリから落下の男性遺族、静岡市を提訴」


    富士山で2013年12月、滑落事故の救助活動中の静岡市消防局のヘリコプターから京都

  市の男性(当時55)が落下して死亡した問題で、静岡市は男性の遺族が市を相手取り、約

  9000万円の損害賠償を求めて京都地裁に提訴したことを明らかにした。

  男性は13年12月1日、男女4人のグループで登山中に富士山の御殿場ルート頂上付近で

  滑落した。 市のヘリが男性を救助中、男性の両脇の下を通していたつり上げ用具がすり

  抜け、約3メートル下に落下した。 翌日、静岡県警へりが男性を救助したが死亡が確認さ

  れた。

  市救助事故調査委は14年3月にまとめた報告書で、つり上げ用具がすり抜けた要因として

  男性が負傷の痛みで姿勢を変えようとしたなど三つを挙げたが特定しなかった。

  遺族は示談で市に賠償を求めたが、市は過失を否定したという。

  田辺信宏市長は「提訴は遺憾。消防職員はできる限りのことをしたと認識している」とコメント

  した。

  

    以上転載終わり。



     。        。        。        。        。        。        。



  冬の登山は危険である。

これは登山者のみならず、登山に興味のない人でも認識している事ではないだろうか。

ましてやそこは日本の最高峰である。

冬の富士山は単独峰のため山頂付近は強風が半端なく、雪もアイスバーンで別名 「白い魔境」 と

恐れられ、難易度もヒマラヤ山脈並なのだそうです。

それがため一般に富士登山は7月から9月始め迄がシーズンで、それ以降は登山道が閉鎖され、

法的な拘束は無いとはいえ登るには警察署への登山計画書の提出が求められるのだそうです。


好きで登った危険な冬の富士山。

そこで遭難し救助を求めたが失敗した。

遺族の主張では 「死亡したのは救助ミスが原因」 だそうだ。

これっておかしくないだろうか?


後に出た別の記事によると遭難場所は9.5合目で標高にして約3500メートル付近だったそうです。

ヘリコプターで救助に当たった隊員の 「急に体が動かなくなった」 という証言から低酸素症直前

のギリギリの状態であったことが想像できます。

つまり二次災害の危険性が極めて高い状態であったという事です。


本人の趣味で冬の危険な富士山に登って遭難し死亡。

これぞ自己責任というものだろう。


あなたがもし遺族だったら危険を承知で救助に向かってくれた隊員達に何というだろうか?


 「ご迷惑をおかけしました。 救助の失敗は残念でしたが、隊員の皆様はよくやってくれました」


私はこう言うべきだと思うがいかがだろうか?


亡くなられたのは気の毒だが、登山はあくまでも個人の趣味であり自己責任で行うもの。

3500メートルという高い高度で、しかも冬の厳しい時期。 救助に行く方も命懸けなのである。

救助活動をしてくれた消防局には感謝こそあれ提訴するなど筋違いというものではないだろうか。




さて、散々偉そうなことを書いた私ですが、

実はしぞーか県人でありながら未だに富士山に登ったことがない。

特に理由は無いのですが、何となく機会を逃すうちにこの歳になってしまったという感じですかな。

あれまぁ地元なのになんでぇとおっしゃる方も居るでしょう。


いえいえ。


そんな方のために反論をひとつ。



  霊峰富士は霊験あらたかにて、その雄大なお姿を仰ぎ見て拝むもの。


  一個人ごときが頂上を制覇しようなどおこがましい。



と、なまけものすっトボケおやじが誤魔化してみる。




  ・・・・・・・・・




     (爆)





   また来週~













Posted at 2016/02/27 17:22:42 | トラックバック(0) | 辛口シリーズ | 日記
2016年02月20日 イイね!

14回目の車検が終了しました。

14回目の車検が終了しました。  皆様こんばんは。

昭和の旧車に乗っている割には車ネタがからっきしな辛口

おやじです。(^^ゞ

調べてみましたら、昨年は年末の挨拶も含めて我がレビン

のブログを書いたのはたったの3回のみでした(笑)

これではいかん ! と思っていた所へタイミング良く2年に一度のお受験が。

ということで先週のことですが無事に14回目の車検を終えました。

今回は特に不具合や指摘はなかったのですが、一応予防保全という事でタイミングベルトとウォ

ーターポンプの交換をしました。

あとヘタリが大きかったショックアブソーバーも交換。

あ、今だに車高調入ってませんが何か ? (笑)



昭和の旧車に乗っている割には整備力がからっきしな私は、義理の兄が勤務するモータースに

レビンの健康診断はほとんどお任せです。

主治医がいるというのは非常に有り難いことで、更に身内ということで時間的にも金銭的にも多少

の無理がきくわけで、これには本当に助かっています。

ぐずぐず言いながらも一定の理解を示す妻を含め、周りの人たちの協力があってこその旧車維持。

感謝感謝でございます。




  ハチロクに乗っているんですよね !

  レビンの調子はどうですか !?


こうした古い車を所有することの良さとして、このみんカラでの全国の方々との交流もそうですが、

普段の町内会や職場等においても上に書いたような言葉が結構あいさつ代わりになっています。

世代が違う人や初めて話す人でも非常にスムーズに会話に入っていけるんですね。

そうした不思議な力があるのも旧車の魅力だと思います。



思えば昭和62年に購入以来、長い年月と厳しい風雨に耐え、

さらに聞くも涙・語るも涙 ? の幾多の苦難をも乗り越え人生を共にすること早29年。

いよいよ30年の大台が見えて来ました (o^-')v




  また来週~

Posted at 2016/02/20 21:31:34 | トラックバック(0) | レビン | 日記
2016年02月17日 イイね!

人間教育

人間教育一週間ちょいのご無沙汰でした、辛口おやじです。

衝撃の清原逮捕から約2週間が経ちますが、その後の報道

でも出るわ出るわの新事実・・・

明確な時期は分かりませんが、どうやら薬物使用は選手時

代からだったようで、これには逮捕当時の「残念・がっかり」

から、さすがに今は完全に「怒り」へと気持ちが変わりましたな。 (-_-;)

今回のブログは実はこの間の日曜日に書いたのですが、書いているうちに無性に腹が立ち途中

で止めてしまったものです。 しかし原文のようなメモ書きは残してありましたので、今回敢えて復

活させてみました。 

今更ながらですが、今回の逮捕に対して私自身が考えた事などを少し書いてみたいと思います。



清原は高校卒業のルーキーイヤーにいきなり3割30本を超える成績をあげ、その後も怪物の名を

欲しいままにする活躍を続け年棒も右肩上がりで、僅か21歳でフェラーリ・テスタロッサを所有。

その額が1億を超えたのも若干24歳の時でした。(噂では手取りとも)

まさに我が世の春を謳歌、天狗にならない方がおかしいと言えたかもしれません。


2月10日の記事に元ヤクルト・楽天監督の野村克也さんのコメントが載っていましたので、少し抜粋

して紹介いたします。



       「天才だが考えられないバカ」


   あれだけの選手だった人になぜ監督やコーチの声が掛からないのか不思議だった。

  球団の幹部も見ているんだな、指導者になるような、人の上に立つ人間ではないということを。

  プロ1年目から俺の記録はいつか清原に塗り替えられると思っていた。 こんな選手いない。

  ただ物足りなかった。 清原のプレーからは状況判断をしているとか、頭を使っているとかが

  全く伝わってこなかった。

  それで、清原が西武1年目か2年目の時に、俺は森(元西武監督)に言ったんだよ。

  清原は野球に対する思想・哲学が何もない奴だ。 天性だけでやっている。

  お前が悪い。 ちゃんと指導しろって。


  野球の指導はコーチがやる。

  監督の仕事で大事なのは人間教育・社会教育ですよ。


  清原は若い時に教育されていないから考えないし、感じない。

  人間の最大の悪は鈍感であるというが、まさにその通りだよ。

  覚醒剤は悪いと知りながら手を出すのは鈍感以前の問題。

  バカとしか言いようがない。 バカと同時にやはり若い時の教育だね。


  彼はやはり天才だからこうなったと思うんだよ。

  苦しまない、考えない、センスだけでやってきた。

  野球哲学をきちっと教えるということをして来なかったんじゃないかな。




野村さんの言葉は非常に共感できるし、的を得たものだと思います。

私自身は当時、清原のその活躍ぶりに野村さんの記録はおろか、ひょっとすると王さんの記録も

と思ったものでした。

動画は1986年、清原が高卒1年目にしてオールスターに選ばれ、試合前のホームラン競争に出た

時のものです。



現在の姿からはとても想像出来ないくらい凛々しい若武者です。

恐らく6~7割くらいのスイングで軽々とスタンドにまで運ぶ力と技術。

半年前まではまだ高校生だったとはとても思えません。

間違いなく何十年に一人の逸材でした。


野村さんのコメントで一番重要なのは、

「 監督の仕事で大事なのは人間教育・社会教育 」

という言葉ではないかと思います。


かつて昭和40年代。 巨人がV9という偉業を達成した時の監督は故・川上哲治氏でした。

当時の巨人は王・長嶋という二人の天才かつスーパースターを抱えたドリームチーム。

特にミスタープロ野球とまで言われた長嶋人気は凄まじく、野球を知らない者でも長嶋の名を知ら

ぬ者は居ないというくらいの人気ぶりでした。 

更にアンチ巨人であっても長嶋の打席だけは見たいという野球ファンも大勢居るというほどでした。

しかし当時の川上監督はこの長嶋さんや王さんを決して特別扱いしなかったそうです。

それどころかむしろチームリーダーたる長嶋さんを一番に叱ったのだそうです。

川上さんはその選手・監督時代の実績もあり、巨人さらには球界のドンと言われた方でした。

後の長嶋監督電撃解任劇の黒幕とか、両者の間の確執が盛んに噂されましたが、川上さんが亡

くなられた後に行われた秋の園遊会に招かれた長嶋さんは天皇陛下に対し、川上さんのことを「と

てつもなく大きな存在でした」と、とうとうと述べたそうです。

厳しく接してくれる恩師が亡くなって初めてその偉大さや有り難さが解るのはよくあることです。

スターだろうがなんだろうが特別扱いは絶対にしない。

それがチームの結束を生みV9に繋がったのではないか。

川上哲治氏は大正生まれ。

頑固親父が頑固親父たる最後の世代でした。




清原の歴代5位の525本という通算本塁打数は立派な数字です。

過去に500本以上打った選手は彼を入れて僅か7人しかいません。

しかし、この立派な数字にも、物足りない・この程度で終わってしまった、と思うのは恐らく私だけ

ではないと思います。

プロ入団当初はそれだけ凄い選手だったということです。

まさに何十年に一人の天才と呼べる逸材でした。

こうなってしまった要因を考えたとき、巨人に裏切られた?例のドラフトが運命の分かれ道だった

という意見もあるようですが、私はそれだけではないと思います。

本人の資質や姿勢・心がけ等は勿論のこと、その上で野村さんが言われたように、やはり指導者

の人間教育・社会教育の足りなさ、つまり「良き師」に恵まれなかった事にも大きな要因があるの

ではないでしょうか。

プロ野球選手は基本的に個人事業主と同じとはいえ、入団時は右も左も分からない18歳の少年。

当時の球団、そして親代わりであるはずの指導者たちの責任も重いのではないでしょうか。



   以上です。

Posted at 2016/02/17 22:54:43 | トラックバック(0) | 辛口シリーズ | 日記
2016年02月07日 イイね!

歴史の話 6

歴史の話 6一週間のご無沙汰でした、辛口おやじです。

全国少数派の歴史ファンの皆様へ無理矢理お届けする歴

史の話。 久々ですがお陰様で今回で6回目を数えるに至

りました。

今回のテーマは「武士道」についてです。

腹回りプニプニおやじの私なんぞが語るのは無謀かつおこがましいのは重々承知の上で、私なり

の考えや解釈で歴史の話を交えながら出来るだけ簡単に書いてみたいと思います。


まず「武士道」とはなんぞや ? ですが、実は明確な定義というのは無いのだそうです。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」で有名な「葉隠」は佐賀鍋島藩の武士道と言われていますし、

旧五千円札のおっさん新渡戸稲造が書いた武士道などは外国人に分かりやすく解説するために

キリスト教的な考え方がかなり入り込んでいるともいわれています。 

つまり時代や地域や人間でそれぞれの色々な形の武士道があるということですね。


武士道はもともと鎌倉武士の戦さにおける 「掟」 の事でした。

今でいえば試合におけるフェアプレイ精神をうたったものといっていいと思います。


  「やぁやぁ、遠からん者は音にも聞け ! 近くば寄って目にも見よ !

     我こそは○○の○代の孫の○○なり、見事この首取って手柄にせよ !

           ーー(中略)ーー いざ尋常に勝負~ !!」


時代劇などで何となく聞いたことがある台詞だと思いますが、これは「名乗り」というもので、鎌倉

武士たちは戦さの時に本当にこれをやったのだそうです。

平安時代末期の武士の興りから鎌倉時代末期の楠木正成や新田義貞が活躍する時代までは、

戦さの時はお互いの大将同士が名乗り合うのがルールだったわけです。

そしてその後の局地戦でも其々の武将同士が名乗り合い、基本1対1の勝負をしたわけです。


ただ蒙古が来襲した元寇の時は、このために多数の鎌倉武士が戦死したようです。

名乗っているうちに先に弓矢などが飛んできて殺られてしまったわけですね。

おのれ卑怯千万 ! と叫んでみても後の祭り。外国にはこういった流儀はありませんからどうしよう

もなかったという事ですね。

この名乗りの習慣ですが、鎌倉時代までは戦さといってもせいぜい数百人規模でしたから良かっ

たのですが、これが戦国時代になり何千何万という数の集団戦に移行すると完全に廃れていって

しまったようです。



この鎌倉時代から「封建制度」が始まったと教科書で習ったと思います。

いわゆる「御恩と奉公」の関係ですね。

簡単に言えば家臣が領主から土地などを貰う代わりに軍役などの義務を果たし忠義を尽くすとい

う主従関係の事です。

会社勤めで労働力を提供する代わりに給料を貰うという現代の我々の姿によく似ていますね。

実は世界史的に見ても、この封建制の社会というのは過去に日本とヨーロッパだけが通って来た

のだそうで、他の国々は軒並み中央集権制だったとのこと。

中央集権制とは、全ての権限が中央に集約されて、そこから地方へ役人が配置されるというシス

テムで、地方分権や地方独自にというものが全く無い社会の事ですね。

かつて封建制だったところは現代の先進国の勢力図とほぼ一致し、中央集権制だったところは途

上国にあまんじているのだそうで、この辺は中々興味深く面白いところだと思います。



御恩と奉公の封建制は鎌倉時代に始まり、江戸時代の終焉をもって幕を閉じました。

武士道はその間およそ700年という歳月を掛けて熟成されました。

明治の開国とともに入国して来た外国人は、金銭よりも道徳を上に見るという日本人の精神性

の高さに驚嘆したそうです。


この武士道ですが、ごく分かりやすく簡単に言えば、我々日本人の行動や判断、また情緒といっ

た精神の形というものの基準であり、その核を成すものではないかと。

道徳の元になるものといっても良いと思います。


そして、それはズバリ 「正々堂々の心」 そして 「卑怯を憎む心」 であると。

これこそが武士道の基本であり、根本を成すものであると思います。

かつては切腹など死を持って、という時代もありましたが、現代の解釈はそれで良いのではないか

と私は思います。


そして現在の荒れた社会や教育現場を知るたびに、この正々堂々を尊び卑怯を憎むという「武士

道精神」を早急に復活させ、取り戻し、伝えていかなければいけないのではないかとも思います。



  簡単ですが以上です。

























Posted at 2016/02/07 22:20:17 | トラックバック(0) | 歴史の話 | 日記

プロフィール

「驚いたね~ まさか当選するとは思わなかったなぁ。それに「私自身、必要な説明をし、公私のラインを引かせていただいた。一定の信託はいただいたと思う。」って・・・
なに勝手に禊すませてんだ ?
国民は信託なんかしてないぞ !

何シテル?   10/23 21:10
上品とは無縁の田舎のべらんめぇ親父です。 身の程知らずの言いたい放題。 時として極論で語ることもありますが、昭和 の頑固親父の戯れ言だと...
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