
以前から探していた記事がふとした拍子に見つかりました^_^
レーシングヒーローズの88年7月号に掲載されたForever and everという記事です。
木引さんの美しい写真は84年WGP250のファイナルラウンド イタリアGPムジェロの1コーナーに進入していく3台を捉えたものです。
ゼッケンNo.1は前年度チャンピオン カルロス ラバード、ゼッケンNo.7はこの年クリスチャン サロンとタイトル争いを繰り広げランキング2位となったマンフレッド ヘルヴェ、そしてゼッケンNo.28は福田 照男選手です。
福田さんは82年の全日本チャンピオンになると83年からプライベーターとしてGPに挑戦されました。海外に行くだけでも大変な時代にメーカーの後ろだてなくグランプリに挑戦するのは大変な苦労があったと想像できます。
それでも83年のシルバーストンでトップ争いをし84年も中盤からメキメキと速さを見せはじめそしてこの最終戦でついにこの2人の猛者と優勝をかけた争いを繰り広げることになりました。
しかし優勝か最悪でも表彰台、誰もがそう考えたファイナルラップ、追い上げてきたハラルド エッケルに接触され両者転倒、エッケルは無傷だったのに対し福田さんは両足骨折の重傷を負われたそうです。
しかしこの時の活躍が認められホンダファクトリーと契約し翌年、アントン マンクやファウスト リッチに与えられたRS250RWで大活躍が期待されました。がムジェロでの怪我が完治しないままむかえたテストで再び転倒し86年片山 敬済さんのRTKと契約しながらも怪我の後遺症が残り復帰出来ないまま引退されました。
この写真を見ているともしエッケルが追いついてこないで福田さんがもし最悪3位でもゴールされてたらその後どんな活躍を見せられたのかと想像してしまいます。
86年WGP250に挑戦されたマルボロヤマハYZR250に乗る平さんとロスマンズRTKのNSR250に乗る福田さんのバトルが見たかったなぁ、なんて考えてしまいます^_^
Posted at 2015/12/07 20:08:37 | |
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