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小林あにのブログ一覧

2021年08月12日 イイね!

長野県木曽郡南木曽町 柿其渓谷へ行ってきました

2021年8月1日日曜日、母・姉と長野県木曽郡南木曽町にある柿其(かきぞれ)渓谷へ行ってきました。

中央道を中津川ICで下りて国道19号を走行。「柿其入口」交差点で左折して、最初のうちは対向2車線ですが、やがて1車線余の細さになる山道を案内板に従って登っていくと柿其渓谷の駐車場に着きます。



駐車場から渓谷入口までは徒歩5分ほどです。







渓谷の入口に架かるつり橋「恋路のつり橋」。そこそこ揺れるのは仕方ありませんが、手すりが無いので、母は渡る時に腰が引けていましたね。



対岸へと渡り、川沿いの遊歩道を進んでいきます。



つり橋から10分も歩かないうちに渓谷は険しさを増してきますが、しっかりとした遊歩道が造り付けられているので、気楽に渓谷美を楽しむことができます。





つり橋からほぼ平坦な道を歩いていきますが、途中からは一気に急な階段で崖上へと登っていきます。



階段を登り切ると休憩所があり、この遊歩道の終点にある牛ヶ滝が見えます。



休憩所からは再び下りとなり、遊歩道の終点へと向かいます。



階段の踊り場から滝の上にある削れた岩を眺めます。



遊歩道の終点である牛ヶ滝の展望台に着きました。牛ヶ滝の眺めです。





終点の展望台は数人が立てる程度の場所なので、長居はせずに引き上げました。





遊歩道の脇に転がっていた森林鉄道のレール。路線は野尻森林鉄道柿其線と呼ばれていたようです。





つり橋のたもとに掲示されていた注意書き。



つり橋から上流側の眺め。多くの人たちが水遊びに興じています。



一方、下流側には人影は見られませんでした。



これで、この日のドライブ目的は果たされたので、あとは適当に走りつつ帰宅します。

柿其渓谷から恋路峠を越え、木曽川を渡りやって来たのは、JR中央本線野尻駅。単なる寄り道です。





ホームへ出たら、ちょうど名古屋行きの特急しなのが通過していきました。駅の向こう側には貯木場が見えています。昔は森林鉄道から木材が搬入され、ここ野尻駅で積み替えて、中央本線で送り出されていたのでしょう。



野尻駅の駅名板。



次に訪れたのは、読書水力発電所の取水路の橋である柿其水路橋。柿其渓谷へ行く道路が橋の下を通り抜けています。



外観はまるで鉄道などの高架橋を思い起こさせますが、中を覗き込むと発電所へと送られる大量の水が流れています。



この後は寄り道せず帰路につきましたが、中央道の渋滞があったので、東海環状道豊田藤岡ICまで下道で迂回する羽目になりました。

Posted at 2021/08/12 21:39:52 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2021年08月01日 イイね!

平安神宮・京都市京セラ美術館へ行ってきました

2021年7月23日金曜日、姉から「京都市京セラ美術館で開催されている上村松園展へ行くけど一緒に行く?」と誘われ、母と一緒に3人で出かけてきました。

自宅から京都へ行くには、伊勢湾岸道から新名神高速へのルート。新名神ができてから京都まで本当に近くなりました。





京都市京セラ美術館に着いたのは9時過ぎころ。開館時間は10時なので、どこかで暇をつぶさないといけないということで、隣接する平安神宮へ行ってみました。





広い参道ですね。平安神宮を訪れるのは初めてです。



途中に立っていた謎のモニュメント。煉瓦積みに石頭ということで興味が湧きましたが、一体何なのでしょうかね?



平安神宮の應天門です。



境内に入ります。ただっ広いですね。



大極殿です。平安神宮の社殿は、平安京が開かれた当時の大内裏の正庁である朝堂院を8分の5の規模で再現されたものだそうです。8分の5スケールでも大きいですよね。



ここからは、平安神宮を取り巻くように造られている平安神宮神苑を見物して回ります。

















池を泳いでいたスッポン。餌やりができるので母と姉がしたところ、鯉と亀がわんさかとやって来ましたが、その中に1匹だけいたスッポンです。



10時を過ぎたので、平安神宮の見物はここまで。



京都市京セラ美術館へと来ました。



行ってみたところ企画展は2つ開催されていて、上村松園展に加えてドラえもん展も開催されていました。ちなみに入場料はドラえもん展の方がちょっと高め。





高名な日本画家の作品展ということもあり、会場内はなかなかの人出。のほほんとしている私でも、さすがに「密」にならないように気を付けていました。

私でも知っている画家の本物の作品を間近で見られるという良い機会でしたが、私の趣味的には美術館の建物が1933年(昭和8年)の完成ということで、そういう面でも興味を持って眺めていました。







企画展の観覧は一回りして1時間ほど。美術に疎い私でもなかなか満足できました。姉は観覧後に売店で分厚い作品目録か何かを買っておりました。



さて、この後は姉が予定していたもう1か所の訪問先、同じ京都市内の左京区にある貴船神社へと向かいました。

しかし、ここでひどい目に遭ってしまいました。神社への参拝客に加えて、「川床」(川沿いや川の上に席を設けて、涼を取りながら食事などをする場所。)を訪れる観光客も多く、神社へと向かうすれ違いもままならない狭い山道は大渋滞。

やっとの思いで神社前までたどり着きましたが、当然駐車できる場所もなく、相当な時間が掛かった挙句にただ素通りする羽目となりました…。本当なら引き返したいところでしたが、そうするとまた大渋滞に巻き込まれてしまうので、大回りを承知でそのまま山道を直進。さらに狭くなった道(軽四でもやっと。)を登り、芹生峠という峠を越えて国道477号へ。そこからさらに進み、京都市右京区京北周山町の国道162号まで出てきました。

この地点で京都市街地へ戻るか、このまま北上して福井県小浜市へと出るか話し合って、結局、小浜市へと出て帰ることにしました。

小浜市へ出てきたのならと、姉の要望で急きょ1か所寄り道。

若狭彦神社へとやって来ました。もう何度も来ている神社ですが、姉曰く「雰囲気が好きだから寄ってもらった。」とのこと。まあ私もこの神社の雰囲気は好きですけどね。









参拝後は、小浜ICから舞鶴若狭道へ。

三方五湖PAで小休止。





この後は、北陸道の木之本ICから米原IC間が事故渋滞だったので、国道365号へと迂回して関ヶ原へ。名神高速も渋滞気味だったので、さらに伊勢湾岸道の湾岸桑名ICまで迂回する羽目になり、後半はなかなか疲れるドライブとなってしまいました。
Posted at 2021/08/01 07:34:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2021年07月14日 イイね!

名古屋市市政資料館・永平寺・依佐美送信所記念館・半田赤レンガ建物

2021年6月から7月にかけて訪れた場所をまとめました。建物関係ばかりなので、私の知識や文章力ではあまり書けることがないのと、廃道歩きみたいに行動して展開していくパターンでもないので、まとめてしまいました。


2021年6月12日土曜日。この日は人間ドックの受検のために名古屋市東区の病院へ行き、その足で名古屋市市政資料館を訪れました。

名古屋市市政資料館は、旧名古屋控訴院・地方裁判所・区裁判所として大正11年(1922年)に建てられ、昭和54年(1979年)に後身である名古屋高等・地方裁判所が名古屋市内他所へ移転するまで使われました。現在は、国の重要文化財に指定されています。

建物は、ネオ・バロック様式と呼ばれる建築だそうで、名古屋市内でこの規模の煉瓦造建築物はなかなか無いのではないかと思います(私が知らないだけかもしれませんが。)。




















2021年6月27日日曜日。福井県吉田郡永平寺町にある曹洞宗の大本山である永平寺を訪れました。元々は、姉が同県鯖江市にある道の駅「西山公園」へ行きたいとのことで、そこへ立ち寄った後に訪れました。

自分の記憶に残っているのは、25年前に職場の研修旅行での訪問先の一つとして立ち寄ったことですかね。訪れたのが2月で、たまたま雪は少なかったですが、とても冷え込んでいたことが印象として残っています。

今回はあいにくの雨天でしたが、濡れた緑が映えて良い趣きがありました。




































2021年7月3日土曜日。愛知県刈谷市にある依佐美送信所記念館を訪れました。

依佐美送信所は、昭和4年(1929年)に対ヨーロッパとの長距離無線送信施設として完成しました(対となる受信施設は三重県四日市市に建設された。)。

戦後はアメリカ軍に接収され、アメリカ海軍の基地として利用されました(私にとっては、一番身近にあった米軍基地ですね。)。平成6年(1994年)に日本側へ返還され、その後、敷地内の建物と8基あった鉄塔群は撤去されました。送信用に設置されていた鉄塔の高さは250mあり、地域からは「依佐美の鉄塔」と呼ばれていました。

記念館自体は、元の施設とは道路を挟んだ反対側にある公園内に建てられ、施設があった場所には現在は太陽光パネルが並んでいます。




























2021年7月4日日曜日。愛知県半田市にある半田赤レンガ建物を訪れました。

半田赤レンガ建物は、旧カブトビール(現存せず。)の製造工場として明治31年(1898年)に完成しました。古い時代のビール工場の数少ない遺構として貴重だそうで、国の登録有形文化財に登録されています。

現在、内部は展示室やカフェ、イベントスペースとして利活用されています。



















Posted at 2021/07/14 18:31:22 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2021年05月23日 イイね!

立馬埼灯台・気象塔兼展望塔・右禅坊観測所・伊良湖岬灯台・日出の石門

2021年5月22日土曜日、渥美半島先端部にある立馬埼灯台、旧陸軍第一技術研究所伊良湖試験場跡地に残る気象塔兼展望塔、同試験場の関連施設である右禅坊観測所、伊良湖岬灯台、日出(ひい)の石門と巡ってきました。

上記の訪問場所のうち、ドライブの出発時に目的地としていたのは立馬埼灯台と気象塔兼展望塔の2つのみで、あとはその場での追加です(笑)。

最初にやって来たのはJERA渥美火力発電所敷地の北端部。



場所は赤星印の地点になります。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

正面の海の向こうには、篠島、日間賀島、知多半島が見えています。



ここからは徒歩で最初の目的地である立馬埼灯台へ向かうことにします。太平洋側にある伊良湖岬は観光地として有名ですが、三河湾側にある立馬崎はこれといって知られていないマイナーな場所。ちょっと興味があったので来た次第です。



代り映えのしない単調な景色が続きます。



立馬埼灯台に到着しました。世間一般で言うところの「灯台」というと円筒形のイメージですが、この灯台は長方形ですね。



場所は青枠になります。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

海上保安庁の航路標識紹介によると、初点灯は昭和34年(1959年)2月16日、高さは10.46m、灯器はLED灯器とあります。

せっかく来たので近寄ってみたいのですが、周囲は低木や雑草に覆われています。伐採しないのでしょうか。



まあ、この程度の薮は大した障害ではないので、足元に注意しながら分け入ります。

灯台に取り付きました。単に小さなビルにしか見えません。



反対側へと回るとドアが付いていて、ひさしには「立馬埼灯台」と記されていますが、ボロボロのままで直す予定はなさそうです。



外観を一周して見終えたので、立馬埼灯台はこれくらいにします。



灯台からさらに先の海岸を眺めると何かの施設が見えますが、特に興味はないので(あそこまで歩きたくない。)引き返すことにします。



沖合を貨物船が通過していきます。このコースだと三河港へと向かう船でしょう。



車まで、また単調な道を歩いていきます。この景色は愛知県ではあまり見ることのない「最果て」の感じが少しはあるので、これはこれでいい景色です。



次のやって来たのは、旧陸軍第一技術研究所伊良湖試験場跡地に残る気象塔兼展望塔と無線電信所です。



伊良湖試験場は、口径の大きい火器類(大砲など)の性能調査や使用する際の射撃データを収集するための施設で、1901年(明治34年)に設置されました。この地に設置された理由は、火器類の性能が向上し、新たに射程10kmの射線を有する試験場が必要となったからだそうです。

戦前の地形図には「伊良湖射場」と記載があり、おそらく赤枠で囲った広大な範囲が試験場に相当すると思います。




※5万分の1地形図「伊良湖岬」:明治23年(1890年)測図・大正7年(1918年)修正測図・大正9年(1920年)発行

場所はオレンジ色の星印になります。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

路地を歩いていきます。ビニールハウスや畑地の真ん中に忽然と立っている古いコンクリートビル。違和感しかありません。



気象塔兼展望塔です。説明板によると昭和5年(1930年)の建設で、大砲の弾道や風速・風向きを観測していたそうです。







威容(異様とも言える。)を誇っていますね。説明板によると現在は個人の所有となっているそうですが、どういう目的で払い下げを受けたんでしょうかね。







こちらは無線電信所。緑の蔦に覆われつつあります。内部は物置として使われています(使われていたという方が正しそうですが。)。



反対側からの全体の眺め。



気象塔兼展望塔の中を出入口から覗いてみました。階段には手すりが無かったようです。



観測器具の上げ下げと要員配置ができれば良かっただけでしょうから、最低限の設備しかなかったのかもしれません。

気象塔兼展望塔と無線電信所は以上です。



さて、休憩がてら車の中で旧陸軍第一技術研究所伊良湖試験場のことを検索してみたら、煉瓦造の観測所が現存しているとのブログ記事があり、さっそく行ってみることにします。

やって来たのは田原市小塩津町にある「渥美の森」。ここにある丘にその施設が残っているとのこと。さっそく歩いて向かいます。







小ピークにある神社を迂回し、裏側へと回ってみたところ、ブログ記事のとおり煉瓦造の建物遺構がありました。



場所は赤星印になります。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

名称は、「右禅坊観測所」というそうで、設置されたのは大正8年(1919年)だそうです。



遺構としては、壁面が残るのみで、屋根はご覧のとおり残っていません。射撃観測用の器具を設置していたとのことですが、地面にも煉瓦が散らばっていて、何かを設置していたような痕跡は全然わかりませんでした。













建物からやや離れた地面に設置されていた旧陸軍の境界杭。コンクリート製で、かろうじて「陸」の字が読み取れます。



窓枠上部の異形煉瓦。



出入口上部のアーチ。丁寧に施工されています。



自分の好物である煉瓦造建造物となると、小さな廃墟といえどもぐるぐる何周も回って写真を撮ってしまいます(笑)。キリがないので、これくらいにして引き上げることにします。



せっかくここまで来たので、渥美半島の定番スポット、伊良湖岬灯台へとやって来ました。この灯台は1929年(昭和4年)に設置されました。





普通、灯台は少しでも高台に設置して、遠方まで光が届くようにするものですが、伊良湖岬灯台がなぜ海岸に設置されているのかという理由も、伊良湖試験場のことを検索している中で載っていました。

当初は灯台を岬の山の上に設置しようとしたそうですが、陸軍側から射線上にあたり危険とのクレームがあり、現在の位置に設置されたそうです。

現在、山の上には伊勢湾海上交通センターが設置され、伊良湖水道を通過する船舶に対しての情報提供と航行管制を行っているそうです。



岬から三重県側の眺め。神島が良く見えます。



最後に訪れたのは日出の石門。地図はこちら。


※地理院地図(電子国土Web)に加筆。

渥美半島の表浜の眺め。



伊良湖岬側の眺め。



海食洞が見えます。さすがにあそこへは近づけないでしょう。



海岸まで降りてきました。これが「日出の石門」です。こちらは「岸の石門」と呼ばれています。



きれいに海側と貫通しています。





沖合にも海食洞が貫通している岩が見えています。あれが「日出の石門」のもう一つ「沖の石門」でしょう。



海岸から階段を登り、岬の上の駐車場へと戻ってきました。最近は廃道歩きをサボっているので、けっこうきつかったです(笑)。



渥美半島は県内とは言え自宅からは遠方で、かつ、蒲郡市内・豊橋市内とけっこう道中で混雑することもあって、あんまり訪れることがなく、そういう中でも伊良湖岬ぐらいしか行くことがなかったので、今回は今さらながらに新しい場所を知ることができてなかなか良かったです。

※5月23日日曜日も伊良湖岬近くの日出の石門へ母と姉を連れてドライブしてきました。





Posted at 2021/05/23 23:10:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記
2021年05月15日 イイね!

福井県勝山市「平泉寺白山神社」へ行ってきました

2021年5月4日火曜日、福井県勝山市にある平泉寺白山神社へ行ってきました。

その前日の5月3日月曜日。自宅から東海環状道-東海北陸道白鳥IC-福井県大野市-北陸道福井IC-北陸道今庄IC-旧北陸本線跡(福井県道207号)-北陸道敦賀IC-名神高速-名古屋高速-知立バイパス-自宅というコースでドライブしております。

九頭竜ダム。平野部は愛知県も福井県も晴天でしたが、白鳥ICから大野市までの山深い区間は雨と強風という悪コンデションでした…。





旧北陸本線大桐駅跡。



旧北陸本線山中隧道。



470kmほど走行して帰宅したわけですが、「そういえば、勝山市の平泉寺白山神社へ寄れば良かったな。明日行くか。」ということで、翌日に再び福井県内へと出かけたわけです。まあ連休中だからできることですけどね(笑)。

5月4日は九頭竜ダム周辺も晴天。





「神社はたいして混んでいないだろう。」と家を出たのが10時過ぎとのんびりしていたので、平泉寺白山神社へ到着したのは14時過ぎ。しかし、予想に反して駐車場がけっこう混雑していて順番待ちで待たされる羽目になりました。



あらためて、平泉寺白山神社です。ここは一の鳥居になります。



名称が「平泉寺白山神社」とあるように元々は神仏習合の寺社でしたが、明治初期の神仏分離令によりお寺は破却し、神社として残ったそうです。

鳥居をくぐると高い杉木立に挟まれた緩く長い坂道の参道が奥まで続いています。



二の鳥居です。この鳥居は権現造りといい、上に屋根が付いているのが特徴で神仏習合時代の独特のものだそうです。



この神社で最も有名なのは境内一面の苔だそうです。訪れたのがちょっと早かったようで、見頃は梅雨から夏だそうです。









拝殿。



本殿。越前藩主松平氏により1795年(寛政7年)に造営されたそうです。



彩色はされていませんが、立派な彫刻が施されています。



つづいて奥にある三宮へ向かうため、さらに参道を登っていきます。



三宮です。



積雪から社殿を守るためか、覆堂に囲われています。



三宮の裏手から白山山頂へと向かう参拝の道である「白山禅定道」が始まっています。



本殿境内まで戻ってきました。



次に白山平泉寺旧境内南谷坊院跡発掘調査地へ行ってみます。

平泉寺白山神社は現在も広い境内を持っていますが、最盛期の戦国時代の境内は現在よりも10倍の広さを誇っていたそうです。白山信仰を背景とした強大な宗教勢力だったわけですが、1574年に越前一向一揆に襲撃され全山が焼失。その後、復興され現代にいたるそうです。

その焼失した坊院(その数、三千六百坊といわれていたそうです。)の一部が発掘・復元されているわけです。

復元された坊院の門と塀。





発掘・整備された当時の石畳。



石畳の右側の窪地は堀の跡だそうです。



発掘・復元された場所以外は草むらに覆われた段々地が残っているだけですが、焼失前はこの谷を埋め尽くすように坊院が建っていたわけですね。



二の鳥居をくぐり車へと戻ります。



参道の途中にある旧玄成院庭園。現存する庭園では北陸地方で一番古いものだそうです。石を多用した枯山水の庭園ですが、苔に覆われてしまい、ちょっと見栄えがしないかなという感じです。



あとはおまけのドライブ。勝山市からそのまま自宅方向へ向かわず、国道157号を石川県方面へと少し走ってみました。ただ、このまま走っていっても金沢市方面へ行くだけなので、白山市白峰まで来たところでUターン。

ふたたび福井県へと戻る途中、国道脇に残雪を見つけました。夜になればまだまだ冷え込むんですかね。



後ろを振り返って遠方には、白山の頭がちょこっとだけ見えていました。



石川・福井県境にある国道157号谷トンネル(延長:1462m)。石川県側の坑口です。



福井県側へ出たところでちょっと停車。





峠へと徐々に登り詰める石川県側と違い、福井県側は大野盆地へ向けて一気に深い谷となっています。その分、眺めは良好です。



最後の寄り道は大野市のJR越美北線勝原駅。1960年(昭和35年)の開業で、1972年(昭和47年)に九頭竜湖駅まで延伸されるまではここが終端駅でした。





列車本数、すごく少ないです…。常に廃止の話が俎上に上がりますが、豪雪地帯で交通路が未整備であることを理由になんとか生きながらえています。



ただ、沿線には着々と中部横断自動車道が建設されているので、大野市と東海北陸道白鳥IC間の整備が完了すればいよいよ風前の灯火でしょうね…。

駅名板と名所案内。名所案内があるのが旧国鉄路線らしい。この駅から行く人がいるのかはわかりませんけど。





終端駅だった頃は転車台があったそうですが、今は跡形もありません。





ゴールデンウィーク最後のドライブはこんな感じでした。
Posted at 2021/05/15 21:36:41 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ | 日記

プロフィール

「煉瓦造りの水路トンネルと関西本線 蛇谷川橋梁 http://cvw.jp/b/1796277/45551516/
何シテル?   10/18 22:07
小林あにと申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、たまに廃線・廃道を歩いてみたり、ごくたまにミニサイズのラリーに出場してみたり、やる気がな...
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