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小林あにのブログ一覧

2018年02月25日 イイね!

今日も旧中央本線鳥居隧道へ行ってきました

昨日、旧中央本線鳥居隧道へと行ってきたわけですが、母から「木曽福島へ行くなら私もついていきたかった…。」と言われ(書き置きに「木曽福島付近へ行ってきます。」としたので。)、トンネルにあった氷筍などは珍しかろうと思い、今日も中央道を飛ばして行ってきました。

トンネルへ行くのに少々手こずりましたが(トンネル真上の道路からトンネル前へと続く斜面へ降りるのに石垣の段差があり、母も歳なので上り下りに難儀しました。)、何とかトンネル坑口付近の氷筍群を見せることができました。

思ったとおり、「これは珍しいね!」とけっこう喜んでもらえ、「一緒に写真撮って。」と言われ、記念に1枚撮りました。



母は物珍しさに氷筍をなで回してましたが、細い氷筍をうっかり折ってしまい、何か申し訳なさそうにしてました(笑)。



ひとまず用事は終了。ついでにトンネル前に昔から残っている機器用ボックスを撮影しておきます。





次に贄川宿あたりまで行くつもりでしたが、母がトイレに行きたいとのことですぐ近くの奈良井宿駐車場へ立ち寄ります。

待っている間にC12を撮影。



戻ってきたら「街並みを見たい。」ということで、少々宿場町を散策。







結局、ここで昼御飯を食べたのですが、何か気分が落ち着いてしまって、贄川宿方面に進むのは中止。

一旦、駐車場へと戻ります。



結局、再び鳥居隧道へ。

「もう一度トンネルの一番奥まで行ってくる。1時間で戻るから。」と言い残して、一人でトンネル内へと向かいました(母は車でお昼寝。)。

とにかく早歩きして20分ほどで閉塞地点に到着。



昨日よりも冷え込んでいたので、多少でも靄が薄くなっていればと思いましたが、あまり変わりありませんでした…。

まあ、せっかくなので…。









動画も撮ってみました。2分間ぐらい見てもらえば十分です(笑)。



鼻息荒いし、ライト暗いし、フレーム内にライトが合ってないから真っ暗だしで、鑑賞には堪えませんが、雰囲気だけでも味わっていただければと。

ほぼ約束通りに1時間ほどで車には戻りました。

最後に立ち寄ったのは柿其水路橋。



氷筍があれだけ大きいのならば、ここの氷も大きいはずと踏んでの訪問です。

期待どおり、しっかりと凍り付いておりました。









おまけ。付近の中央本線にあった石渠。





何かくたびれてしまって、帰りは恵那峡SAでくたばってました…。
Posted at 2018/02/25 21:30:02 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旧中央本線鳥居隧道 | 日記
2018年02月24日 イイね!

やっと旧中央本線鳥居隧道を完歩しました

本日はちょっと遠出して、恒例訪問先の廃トンネルの一つ、旧中央本線鳥居隧道へと行ってきました。

まずは近くにある奈良井ダムへ寄り道。ダム湖は真っ白に結氷しておりました。





さて、いつもの場所に車を停めます。



ここはつい昨年11月に来たばかりですが、今回は奈良井駅側坑口から入り、約1.5km先にある薮原駅側坑口付近の閉塞地点へ到達することが目的です。

旧中央本線鳥居隧道 奈良井駅側坑門です。



周りの木を伐採したようで、木が思いっきり坑門に垂れ下がっています。ちょっと揺さぶってみましたが、全然外れる様子もなくあきらめました。その内、撤去してくれることを期待します。

坑口付近の地面には氷筍がニョキニョキと育っていました。



いつもなら、氷筍をじっくり観察したりするところですが、今回は閉塞地点までたどり着くことが目的なので、見るのはそこそこにして奥へと向かいます。

トンネル内をドンドンと歩き進んで約25分。閉塞地点に到着しました。

写真を撮ってみたところ、濃い靄にフラッシュが反射してひどい有り様に(泣)。



天井から剥落した煉瓦で地面が埋め尽くされていることはわかってもらえるかと思います。

トンネルの閉塞地点です。天井を突き破って大量の土砂が流れ込んでいます。



ここからは、写真を撮りながら引き返していきます。

閉塞地点付近の天井は、吹き付けられていたコンクリートが煉瓦ごと剥がれ落ち、至る所に煉瓦の瓦礫が山となっています。













退避坑です。すべて石積みで構成されています。



コンクリートでの補修箇所に施工年月の刻印があります。



1962年12月(昭和37年)の改修ということですね。

コンクリート補修の部分が残っていますが、これもその内剥落するのでしょうね。





まだまだ煉瓦の剥落箇所が続いています。





















退避坑用の白熱灯。



アーチ部分の石材はきちんと縁取り加工されてます。



また煉瓦の瓦礫の山。



ここから側壁部分が石積みから煉瓦積みに変わります。





写真左側に見える白い点が奈良井駅側の坑口。まだ遥か先です。



薮原駅側を石積みにしたのは地質の悪さが関係しているのでしょうか?剥落箇所は薮原駅側寄りが多いですからね。

漏水がない所は、壁面にSLからの煤が残っているため真っ黒です。



現役当時から煉瓦の剥落に悩まされていたのでしょう。



3か所ある大型退避坑のうち、薮原駅側のものです。



また瓦礫を越えていきます。





天井の煉瓦が薄く剥がれて、模様ができています。



また真っ黒な壁面に。



と思うとまた瓦礫。



2つ目の大型退避坑。ここには機器ボックスが設置されてます。コウモリがいっぱいぶら下がってました(笑)。









この辺りは天井部分のコンクリート補修箇所がきれいに残っています。





枕木とバラスト。



奈良井駅側の大型退避坑まで来ました。



ここもコウモリさん達が越冬中。



坑口からの光も少し大きくなってきました。



モルタルかコンクリートの成分が浸み出してきたのか白くなっています。



奈良井駅側坑口から最初にある退避坑。



やっと奈良井駅側の坑口まで戻ってきました。時間をチェックしたら閉塞地点から約1時間もかけてました(笑)。



せっかくなので大きく育った氷筍を見て回ります。









これでようやく旧中央本線鳥居隧道を完歩しました。



現在は閉塞しているので通り抜けしたわけではありませんが、薮原駅側からは閉塞前にその奥までは入り込んでいるので、これで完歩ということで(笑)。

しかし、あらためて内部を見ると薮原駅側はその内にもっと崩壊が進みそうな感じです。多分、側壁が石積みになっている部分までは埋まってしまうかもしれません。
Posted at 2018/02/25 00:29:19 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旧中央本線鳥居隧道 | 日記
2018年02月18日 イイね!

初代の長野隧道と明治車道跡へ行ってきました

本日は三重県津市と伊賀市の境にある初代の長野隧道へと行ってきました。

まずは、津市側へとやって来ました。



「長野峠ウォーキングコース」なる看板が立っています。



看板の周辺には色々なものが置かれています。

初代の長野隧道の津市側の坑門に掲げられていた扁額「補造化」。





伊賀市側の坑門に掲げられていた扁額「其功以裕」。





昭和14年に2代目の長野隧道が竣工した時の「隧道改修記念碑」。



昭和14年竣工の2代目長野隧道です。





現在供用中の国道163号新長野トンネルの開通により廃止されました。

それでは、2代目長野隧道の真上に残る初代の長野隧道へと向かいます。



初代長野隧道。明治18年の竣工です。



大きな石で組み上げられた重厚な坑門が特徴です。











トンネル内へと入ってみます。

坑門周辺はその重量ゆえか、全周にわたり大きな亀裂が走っています。





内部もすべて石積みで巻き立てられています。





入口付近は丁寧に造られていた側壁も、ちょっと中へと進むと造りが粗雑になっています。



岩盤が剥き出しの所もあります。



隙間は煉瓦で埋め合わせ。



天井一面に白華現象が見られます。



道路トンネルですが、なぜか退避坑もあります。



この当時だとお手本にするのは鉄道用トンネルだと思うので、同じように造り付けたのでしょうか?

何か継ぎ接ぎな造りです。



と思うと妙に整っていたりします。



これだけの量の石材を短冊状に成形するのはものすごく手間がかかったと思います。



強度上の問題があったのかもしれませんが、手間だけ考えるなら煉瓦を用意するほうが手っ取り早かったはずです。

2か所目の退避坑。



この辺りから湿気がひどくなり、カメラのレンズがすぐに曇ってしまいます。

天井の白華現象は治まってきました。



なぜか出っ張ったままの岩。



トンネルの閉塞場所に着きました。



周囲の石材が押し出されてきているのがわかります。







天井には越冬中のコウモリさん達。



天井と土砂の隙間に体をねじ込んで、先を見渡してみます。



写真だとわかりませんが、土砂の山の向こうにもまだ無傷の空間があります。行ってみようか迷いましたが自重して引き返しました。

岩盤の中に白い線。そこだけ違う岩石なんですかね。



ライトを落とすとこんな感じです。



外へと戻ってきました。



今度は伊賀市側へと回ります。

こちらは明治18年の峠道開削を記念した「道路開鑿記念碑」。新しい峠道を約4年半かけて開削したことがわかります。



2代目長野隧道の伊賀市側。すっかり廃道っぽくなりました。







隙間から手を入れて、トンネル内を撮ってみました。



両側ともしっかり封鎖されたためか、きれいな状態が保たれています。

次に向かったのは初代長野隧道の伊賀市側坑門。



砂防ダムにより溜まった土砂で、上部だけを残して埋もれています。





内部までしっかり流れ込んでいます。



トンネル横の排水路。



ここからは、明治18年に開通した車道の跡を辿って下っていきます。









かつての国道163号に合流しました。



旧国道を横切り、今度は川沿いに下っていきます。





高い築堤が現れました。





服部川を渡る橋の跡です。











ここを渡ると再び旧国道に合流。この先は旧国道と同じルートを通っていた感じなので、ここで引き返しました。

久しぶりに訪れた初代長野隧道。トンネル内に入ったのは今回が初めてでしたが、古い建設時期ゆえのいびつさがなかなか興味深かったです。
Posted at 2018/02/19 00:51:12 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・道路・廃道 | 日記
2018年02月16日 イイね!

北恵那鉄道跡を歩く(木曽川橋梁~第四山之田川橋梁)

今日は午後から中津川市内に残る北恵那鉄道の廃線跡を歩いてきました。

まずは木曽川橋梁を見るため、木曽川沿いの道路に車を停めて、河原へと下ります。

河原への途中に北恵那鉄道の用地杭がありました。



木曽川橋梁。大正13年供用開始だそうです。
 




トラス橋は明治19年イギリス製で他の鉄道から転用されたものらしいです。雰囲気は明治19年竣工の東海道本線旧揖斐川橋梁に似ています。

次は、車で上地橋梁へと移動します。



深い谷に架かっているので、高度感がけっこうあります。









側面に銘板が付いていたので望遠で撮ってみました。



ピンボケでしたが、「汽車製造株式会社」、「大正十二年」という内容が読み取れます。

さて、ここからが廃線跡の本番です。





架線柱か電信柱の跡ですね。



築堤部分にコンクリート製のアーチ型暗渠がありました。



付近に碍子や枕木が残っていました。まあ、枕木はたくさん残したままになってますけど。





辿るのにうんざりするような状況が続いてます(笑)。





第一山之田川橋梁に着きました。



まあまあ高さがありますね。



犬釘。



橋梁全景。





枕木もボロボロに朽ちています。





次の橋梁へと向かいます。この廃線跡はけっこうぬかるみが多いです。





第二山之田川橋梁です。









本当にうんざりしてきます(笑)。真冬でこれなので、夏は歩き通すのは無理かもしれません。





第三山之田川橋梁です。





側面に再塗装時に記された名称などが残っています。



施工年月が昭和41年10月。私が生まれる3年前です。

橋梁全景。









茨の刺に捕まりながら次の橋梁へと向かいます。



ようやく今回の終点、第四山之田川橋梁です。





犬釘と長靴。



橋梁の全景です。ここまで来ると橋梁と川面がずいぶん近くなっています。





橋梁の真下に立つと余裕で手が届きます。





再塗装施工時の記録。





この時点で16時15分頃。日が暮れてしまうので引き返すことにします。



薮の中を歩くのが嫌になったので、しばらく山の田川の河原を歩いて戻っていたところ、川の真ん中に橋脚の土台を見つけました。



すぐ横の川岸には高く積まれた石垣。多分、橋台と橋につながる道路の擁壁でしょう。



しかし、高石垣の反対岸にある線路跡付近には道路らしきものはないんですよね。何のための橋だったのか見当つきません。

途中、行きに立ち寄った暗渠を覗いてみました。





細かい間隔で付いている型枠の跡が時代を感じさせます。

すぐ近くにあった石橋。



何とか日が暮れる前に車まで戻ってこれました。


Posted at 2018/02/17 00:51:55 | コメント(2) | トラックバック(0) | ドライブ・鉄道・廃線跡 | 日記
2018年02月11日 イイね!

道の駅「信州新野千石平」までドライブしてきました

今日は我が家の定番ドライブ先、道の駅「信州新野千石平」までドライブしてきました。





ここで昼御飯を食べて、弟は焼き山栗を買って、母は野菜を買ってといつも通りのパターン。

みんなの用件が済んだところで、さらに新野の盆地の北端にある溜め池「大村湖」へ。



予想どおり湖面は凍り付いておりました。ちなみにこの湖で標高800m超らしいです。





岸の氷を何回か踏み込んでみたら水が浸み出してきたので、さすがに乗るのは無理そうです(笑)。



今回はここでUターン。



帰りに平谷峠で停まって1枚。



日陰の路面がシャーベット状になっていたり凍結っぽいところもあって注意もしましたが、雪景色のドライブを楽しむことができました。

プロフィール

「煉瓦造りの水路トンネルと関西本線 蛇谷川橋梁 http://cvw.jp/b/1796277/45551516/
何シテル?   10/18 22:07
小林あにと申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、たまに廃線・廃道を歩いてみたり、ごくたまにミニサイズのラリーに出場してみたり、やる気がな...
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