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小林あにのブログ一覧

2018年03月24日 イイね!

東海道本線旧石部隧道へ行ってきました

今日は静岡市内に残る東海道本線旧石部隧道へ行ってきました。

道路沿いにある小さな「駐車場」に車を停めて、この水路を下っていきます。



東海道本線旧石部隧道。焼津駅側坑門です。





何と旧下り線トンネル前にあった土砂が流出してしまって、トンネル内へ入れなくなってしまっています。





しかしながら、よく見ると誰かがロープをくくり付けてくれたようです。



後でトライしてみましょうかね。

旧上り線トンネルへ。









トンネル前の海岸へ。





パソコンの壁紙にしている煉瓦暗渠のアーチ部分がゴッソリと削れて無くなってました。

壁紙写真。



今日現在。



さらに海岸を歩き回ります。













定番の構図で。



旧下り線の開通当時の坑門。簡素なデザインです。



ということで、ロープを使い、旧下り線トンネル内へと登りました。



フランス積みを用いた壁面。



ゴミの入ったケースが並ぶ光景は、特に変化はないようです。



トンネル外へと続く横坑。



この地点で、側壁はフランス積みからイギリス積みへと変わります。



この退避坑付近は、ゴミが散乱したままです。



トンネルの奥は半分埋め立てられています。現在の石部トンネルを掘削した時のズリでしょうか?







こってりと白華現象が現れています。



終点です。



引き返してきて、埋め立て開始地点。割れた瓶の破片がたくさん転がっているので、ご注意を。



横坑から外を眺めます。



トンネル坑内へと振り返って。





坑口へと戻ってきました。



こちらはトンネル前へと流れ落ちる石畳の沢。



その石畳の沢へと流れ落ちる水路の煉瓦暗渠。





ようやく見つけた反対側の坑口。アーチ部分の煉瓦がチラッと見えてます。



旧石部隧道。トンネル本体は何とか今後も保ち続けそうですが、付近の海岸に大量に転がるトンネルや路盤の遺物群は、波に洗われて摩滅・崩壊していくんでしょうね。
2018年03月14日 イイね!

旧篠ノ井線第二白坂隧道を歩く(2)

今日は、長野県筑北村に残る旧篠ノ井線第二白坂隧道まで行ってきました。

篠ノ井線は、西条駅から明科駅の区間が線路改良に伴うルート変更により、このトンネルを含む旧線区間が昭和63年に廃止となりました。

今回は、廃線跡を辿る遊歩道の終点となっている明科駅側坑口とは反対側の、西条駅側坑口からトンネル内を探索してみました。



内容は(1)からの続きとなります。

奥へと流れるように煉瓦の天井が続いております。



5か所目の大型退避坑です。



奥の壁面にある1960年(昭和35年)7月の表示。この年に大掛かりな改修工事を実施したようですね。



ここの退避坑の照明は白熱灯。



退避坑横にも設置されています。



コンクリートブロック区間の退避坑。もちろんコンクリートブロック積み。



煉瓦を剥がしてコンクリートブロックで巻き立て直さないといけないほど、トンネル内に変状が起きたのでしょうか。壁面に描かれた矢印の上に「42」の数字。巻厚42cmですか。



「T100」のプレート。何を表示してるのかはわかりませんが、数字は減っていっています。



側壁部分が石積みに変わりました。あと、なぜかブルーシートが。



架線を吊り下げるためのパーツでしょうか?



ここだけ、なぜか枕木が元のまま残されています。



パイプをトンネルアーチに接着して、ブルーシートをカーテンにしていたようです。



ここに6か所目の大型退避坑があります。



色々な機材が置かれています。一体何をしていたんでしょうね。





天井の煉瓦の並びが歪んでいるような…。



側壁の面にも段差が見られます。



少し進んだ所にもブルーシートが掛けてあります。



ブルーシートの先は枕木が撤去されています。何とも不可解な区画です。



側壁が石積みなので退避坑も石積みになりました。



鳥居隧道や金山隧道の煤は真っ黒でしたが、このトンネルの煤は茶色ですね。使用していた石炭の違いなのでしょうか。



路盤の真ん中に穴が開いています。



排水溝の穴でした。



7か所目の大型退避坑です。



犬釘が落ちてました。



側壁が朱色に変色してます。何か燃やしたりしたのかな?



側壁を補修した跡のようです。少々乱雑な組み方ですね。



8か所目の大型退避坑です。



ここにも穴が。排水溝の穴は2か所だけでした。



石積みの側壁はここで終わり、また煉瓦積みの側壁に戻りました。





9か所目の大型退避坑です。



距離標ですが文字は全く読めません。



電話機がボックスごと転がっていました。





側壁部分の煉瓦が煤でモヤっとぼけた感じに見えます。



10か所目の大型退避坑です。さすがトンネル延長2km、たくさん設置されています。



壁面に「きのこ屑入れ」なる瓶がぶら下がっていました。調べてみたら、明科駅側坑口付近はキノコ栽培に使われていたそうです。



煉瓦側壁中で唯一コンクリートで補修された退避坑。



また「きノこ屑入れ」がありました。きのこの屑とは一体何?



いよいよ明科駅側坑口がはっきりしてきました。



最後はコンクリート覆工に。



最後の退避坑。



ようやく2kmを歩き通しました。写真を撮りながらなので、1時間25分かかりました。



何となくウォーズマンに見えるなぁ(笑)。



換気窓から外を見上げてみます。



「T1」のプレート。



坑口付近も1960年(昭和35年)の施工。ここは3月の竣工。



歩いてきた方向を振り返ります。



天井、けっこう傷んでいます。



坑口側は3月でトンネル内は7月の竣工。なんで時期に違いが?坑口側の改修後に内部側も損傷が目立ってきたのでしょうか。



さて、ここからはまた真っ暗なトンネル内を2km歩いて車へと戻ります。



ここから出られたとしても、国道の峠を登って帰るよりはトンネル内を引き返して帰ったほうが一直線ですし、登り坂でも緩やかだから楽なので(笑)。SLには厳しかった25‰勾配ですけどね。

帰りは40分ほどで西条駅側坑口まで戻ってきました。



最後に坑口の遠景。右手の斜面は崖崩れがあったのか、上部までしっかりとコンクリートで固められています。



記録によると、西条駅ー明科駅間は開通後からほぼ毎年、長雨や豪雨があるたびに沿線の地滑りに悩まされていたそうです。常に付きまとう危険と増大する保守費用を解消するために、この区間を3か所・計9kmに及ぶトンネルでバイパスするルート変更が行われた訳です。

さて今回で、ついに2kmの廃トンネルをクリアしました(往復したので4km(笑)。)。ここ最近で1.6kmの廃トンネルを2か所歩いた余勢を駆ったところもありますが、トンネル内の暗闇に対する恐怖感が段々と薄れてきたのかもしれません。

それでも、歩き始めの5~10分はドキドキしてますけどね(笑)。これからも何も出ないこと、出会わないことを祈るのみです。

このトンネル、検索時には内部を探索したという記事はほとんどヒットしませんでした(1件くらい。)。廃線後、キノコ栽培に利用され、現在も坑口に扉が設置されたままなので、探索できない物件と見なされていたのかもしれません(自分がそうでした。)。

おかげで予備知識なしでの探索でしたが、やたら補修されているとか不可解なものがあるとか、何気に特異なトンネルだったので、一人歩きでもなかなか楽しむことができました。


Posted at 2018/03/15 01:31:37 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・鉄道・廃線跡 | 日記
2018年03月14日 イイね!

旧篠ノ井線第二白坂隧道を歩く(1)

今日は、計画消化の有給休暇でお休みだったので、長野県筑北村に残る旧篠ノ井線第二白坂隧道まで行ってきました。

篠ノ井線は、西条駅から明科駅の区間が線路改良に伴うルート変更により、このトンネルを含む旧線区間が昭和63年に廃止となりました。

廃線区間のうち、明科駅から第二白坂隧道までは再整備されて、廃線跡を辿る遊歩道として開放されています。

ちなみに、遊歩道の終点となる第二白坂隧道の明科駅側坑口には扉が付けられ、中は伺い知れない状態になっていました。

てっきり反対側の西条駅側坑口も同様かと思っていましたが、たまたま廃トンネルの検索をしていたところ、その反対側である西条駅側坑口から中に入って探索した人がいることを知りました。それならばと思い立ち、急遽行ってみた次第です。

最寄りとなる廃線跡にやって来ました。



さっそく、廃線跡へと足を踏み入れます。





トンネルが見えてきました。



最初に現れたのは、第一白坂隧道の西条駅側坑門です。煉瓦積みの坑門がきれいに残されていますね。





短いトンネルです。中はほとんどコンクリートで覆工されています。



明科駅側の坑門です。こちらもきれいに残されています。



第二白坂隧道はこの先になります。



勾配標と思われますが、塗料が剥げてしまって表示内容はわかりません。



おそらくは、「L」(レベル=水平)と「18.2」(1,000m進むと18.2mの高低差がつく勾配。)と表示されていたと思われます。

第二白坂隧道手前の橋梁です。橋台は煉瓦積みになっています。





帰りはここで長靴を洗えそうです(笑)。

さて、こちらが第二白坂隧道。西条駅側坑門になります。





トンネル延長は2,084m(または2,094.1m)。日本鉄道請負業史明治編によると1900年(明治33年)に導坑貫通とありますが、竣工時期の記載はありません。本トンネルを含む西条駅ー松本駅の区間は1902年(明治35年)6月に開通しました。

その後、西条駅ー明科駅間の線路改良により昭和63年に廃止となりました。

坑門はコンクリートで延伸工事されています。1960年(昭和35年)施工のようです。



トンネルに入る前に旧坑門を見ておきましょう。







坑門の裏側には排水路が造られています。敷き詰めてあった煉瓦がバラバラです。



それでは、トンネル内へと入っていきましょうか。



最初から路盤には水たまりが伸びています。



機器用のボックスでしょうか。



早くも天井がコンクリート覆工になっています。



常磐線旧金山隧道ほどではありませんが、黄土色の泥沼が続いています。所々深いです。





距離標がありました。塩尻駅から36.5kmということでしょう。



泥の量が減ってきました。



退避坑上の照明。



見事な白華現象です(笑)。何か所も現れてきます。それだけ劣化が進んでいるということですね。



壁面補修の跡。





白い世界が続きます。ライトの光が白華現象でてきた結晶に反射するとキラキラして綺麗ですよ。



水の色が淡い青色。きれいですが、変な成分を含んでいそうで何か怖いです(笑)。



1か所目の大型退避坑です。このトンネルの大型退避坑は煉瓦造りのものがまったく無く、全てコンクリート製に改築されてしまったようです。



照明のスイッチ?



たくさんの煉瓦の筋に吸い込まれていきそうです。



これは何なんでしょう?丙号距離標というものでしょうか?





お休み中のコウモリさん達を起こしてしまいました(笑)。



コンクリートブロックになっている区間も白華現象が出ています。



2か所目の大型退避坑です。



間仕切りの奥に機器用ボックスが鎮座していました。



コウモリさん達、乱舞しています。



36km地点まで来ました。



まだ明科駅側坑口の光は見えません。



退避時の方向を表示しているのでしょうか?



車の轍が付いています。軽トラサイズに見えます。



片栗粉を塗り付けたかのように白いです。





ようやく反対側の光が見えてきました。これでちょっと安心できます。



坑口から2‰の下り坂(1,000m進むと2m下る勾配。)であったのが、この辺りから25‰の下り坂に変わります。このトンネルの内部は一直線ですが、勾配が変わる場所まで来たことで反対側が見通せるようになったわけです。

バラストが厚く敷かれています。いつの施工なのでしょうか?



3か所目の大型退避坑です。



何か所目かのコンクリート覆工。本当に補修箇所が多いです。



4か所目の大型退避坑です。ここは唯一、明科駅方面へ向かって右側に設置されていました。



奥にボックスが取り付けてあります。



「信号高圧ケーブル接続函」とあります。蓋は開きませんでした。錆のためか施錠されているのか…。



これまた唯一の蛍光灯。



「トンネル照明器具」とありますから、専用品ということでしょうか。



この退避坑の真反対には煉瓦製の退避坑が。



長くなりますので、(2)へ続きます。
Posted at 2018/03/15 01:30:21 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・鉄道・廃線跡 | 日記
2018年03月04日 イイね!

常磐線旧金山隧道へ行く

2018年3月3日土曜日、福島県双葉郡楢葉町に残る常磐線旧金山隧道へと行ってきました。

訪問するのはほぼ1年ぶり。その時は竜田駅側坑門の見物とトンネル内へちょっと踏み込んだだけで引き上げており、ようやく再訪した次第です。

トンネルの概要ですが、竣工は日本鉄道請負業史明治編によると明治31年6月。昭和38年に隣接する位置に現行の金山トンネルが開通したことで廃止となりました。

トンネル延長は、坑門に残るプレートによると1,654.76mです。

さて、今回も前回訪問時と同じく国道6号の駐車帯に車を停めて、直下にある小川を辿り、最短距離で竜田駅側の坑門前へとやって来ました。



昨年訪問時は常磐線再開工事に関連してか、きれいに伐採・除草されていましたが、さすがに1年経つと雑草が目立つようになりました。それでも、過去を思えば文句なしの状態を維持しています。

周辺が整備されたことに伴い、もしかして門扉等で閉鎖されたりしていないかと心配でしたが、そのような措置は何もされておらず安心しました。

あらためて旧金山隧道竜田駅側坑門。





坑門に掲げられる日本鉄道社紋も健在です。



坑口横に貼られているプレート。トンネル延長が1,654.76mであることがかろうじて読み取れます。



それではトンネル内へと入っていきます。今回は、急遽土曜日休みとなった弟も同行してくれました。



坑口付近の天井はコンクリートが吹き付けられているようですが、じきに煉瓦に戻ります。





前回はここで引き返しています。坑口からすぐの辺りです。



ここから奥は私たちにとって未踏の区間となります。

右に緩くカーブしているのがわかります。



電線用か通信線用か、碍子が連なって残っています。



天井部の煉瓦も今のところはきれいに見ることができます。



そうしている内に、段々とこびりついている煤が濃くなってきました。路盤も煤で灰色に染まっています。このトンネルの特徴の一つである短い枕木が列をなしています。



壁面にも見たことが無いほどに分厚く煤がこびりついています。





作業用コンセントと退避坑用の電球。





旧金山隧道の名物(笑)、黄土色の泥が現れました。



側壁寄りから湧き出している湧水を頂点にして泥が積もっています。



1か所目の大型退避坑です。



トンネル内をヘッドライトの灯だけで見るとこんな感じ。



同じ場所でフラッシュを焚くとこんな感じです。



また黄土色の泥です。目立つ色なのですぐ目を引きます(笑)。



灰色の世界が続きます。





2か所目の大型退避坑です。



過去に自転車で進入した方たちが付けた轍のようです。



行けども行けども煤だらけの景色。







また黄土色の泥が現れました。ドロドロぬたぬたになってます。





3か所目の大型退避坑です。



排水溝に何か見えるのでしょうか?はるか前方に富岡駅側坑口の光が見えています。



ここの退避坑は隙間が空いて地山が覗けます。





SLが走行する時、トンネル内はものすごい煙で充満していたんでしょうね。天井が尋常ではない黒さになってます。



レールとレールの間にも溝があったことがうかがえます。



煤が剥がれて煉瓦の地色が鮮やかに見えています。剥がれた所の断面が白いので、コンクリート吹き付けされているのかもしれません。



景色を見ているだけでどんよりした気分になってきます(笑)。





4か所目の大型退避坑です。



側壁に造り付けられた何か。これもコンセントなどの設備だと思います。



もう煉瓦トンネルではなく、煤で出来上ったトンネルになってます。



天井から薄く剥がれ落ちた煉瓦。



東日本大震災にも遭っている本トンネルですが、ここまで天井や側壁が大きく崩落している箇所は見当たりません。地盤が強固な場所なのでしょうか。

5か所目の大型退避坑です。



漏水で路盤が洗われて、枕木が露出しています。



煉瓦の側壁が割れて地山が覗いています。煉瓦の巻厚はせいぜい二重といった感じ。





富岡駅側坑口からの光も随分と大きくなってきたところで水没区間が現れました。



排水溝に黄土色の泥がモヤモヤと固まって漂っています。この泥、一体何者なんでしょうか?(笑)。



路盤を埋め尽くすように黄土色の泥の山が溢れ出ています。これが原因で水が溜まっているようです。







長靴が埋まりそうになるくらいの泥の深さです。



私は何とか突破。普段履きの靴で来ている弟は、泥の深さにこれ以上は進むことを断念しました。



ここの真横に6か所目の大型退避坑があります。



突破してヤレヤレと思っていたら、弟から「ライトの電池が切れそう!」と大きな声で言われ、もう一度引き返して、自分が持っている予備用のLED懐中電灯を渡しました。

さっきよりも明るい光。これで少しは安心でしょう。



ここから先は一人で進むことになります。

泥の山は突破しましたが、まだまだ泥田状態が続きます。





7か所目の大型退避坑です。



急に路盤が乾いてきました。「ここから先は大丈夫なのかな?」とちょっと気分も上向いて、歩くスピードを速めます。



天井のまだら模様が何とも…。



さあ、坑口まで間もなくといったところでまた泥田状態になってきました…。かつての水没区間です。まあ、そんなに甘くはないですよね…。



いよいよニッチもサッチもいかなくなってきました。長靴が泥にずっぽりと嵌まり、一歩進もうとするだけでも相当に時間がかかります…。



立ち往生の危険を感じつつも何とか最後の関門をクリアしました。





旧金山隧道の富岡駅側坑門です。







扁額です。



間が悪いことに逆光で、引きの写真はうまく撮れず諦めました。

坑口付近の状況です。盛り土を使えば簡単に奥へと行けそうな気にさせますが、すべて泥のトラップと思ったほうが間違いないです…。







さて、坑門からこの写真の右側にある退避坑前まで戻ってきた時のこと。



ここで弟から連絡が入り、「先に引き上げる。兄はそちらの坑門から国道へ上がったほうが速いのでは?」とあり、「そうするわ。」と返事をしていたところ、乗っていた土の山がいきなり泥化して長靴が沈み込み始め、ちょっとしたパニックに。

「ここで転んで手をついたらもっとヤバい!」と必死にバランスを取っていたら、何とか硬い部分に片足が着き、危険を回避することができました。

「もう、坑口へ踵を返して戻るよりも、足跡が残っているトンネル内へ進んだ方がマシだ。」と思い、再びトンネル奥の泥田へ。

辛くも脱出成功。ひどい目に遭いました…。



長靴を洗う気分で水没区間を通過。









戻ってきたら弟はすでに立ち去ったあと。携帯も圏外に。仕方がないのであとを追います。

帰りはひたすらテクテクと歩き詰め。

無事に竜田駅側坑口に帰ってこれました。





最後に記念撮影気分で。







車に戻ったらトンネルからの帰還の安堵感でどっと疲れが…。この後は、運転しては1、2時間寝るを繰り返しての帰宅となりました。

このトンネルが家から旧鳥居隧道へ行くのと同じくらいの距離だったら、何度も通って、もっとこまめに観察したりできるんですが、さすがに福島県ですからねぇ。これで一応往復で通り抜けできましたし、ひとまずは満足いたしました。次に訪れるのは何年後かな。

※フォトアルバム「常磐線旧金山隧道(1)~(3)」もご覧ください。
Posted at 2018/03/04 15:15:18 | コメント(0) | トラックバック(0) | 常磐線 鉄道・廃線跡 | 日記

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