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小林あにのブログ一覧

2020年02月28日 イイね!

TGRラリーチャレンジin高知大豊戦が中止になりました

3月29日日曜日に開催予定だったTGRラリーチャレンジの2020年度の開幕戦、TGRラリーチャレンジin高知大豊戦が、新型コロナウィルスの流行による各種行事・イベントの自粛要請の影響を受けて中止となりました。

私たちも今年度の初戦として出場を予定していましたが、キャンセルとなってしまいました…。予定どおりに開催されるなら4月19日の八ヶ岳茅野戦が開幕戦ということになりそうです。

ただ、開催が遠方かつ年度末の日曜日だったので、仕事のことを考えると不謹慎ですが正直ホッとしているところもあります…。

何にしても仕切り直しですね。
Posted at 2020/02/28 21:05:25 | コメント(0) | トラックバック(0) | TGRラリーチャレンジ | 日記
2020年02月26日 イイね!

與良木隧道へ行ってきました

本日は、新城市と北設楽郡設楽町の境、旧伊那街道与良木峠にある與良木隧道へと行ってきました。

新城市側から峠道を登ってきて、いったんトンネルを通過。Uターンして設楽町側の路肩に車を停めます。このトンネルがある峠道は現在は新城市道・設楽町道ですが、かつては県道389号鳳来設楽線に指定されていました。



與良木隧道の設楽町側の坑門です。與良木隧道の開通は明治27年(1894年)で愛知県内で最も古い近代的道路用トンネルです。トンネル延長は35mになります。





坑門は土砂崩れによる崩壊のため造り直されていますが、昔の意匠は復元されず、何かアンバランスな造作になっています。

扁額です。上段は「北設樂」(「小」の横に点がもう一付いているのは、「北」の草書体のようです。)、下段は「よらき隧道」とあります。



坑口付近は石積みで巻き立てられていますが、内部はコンクリートでの巻き立てです。





内部は元々は素掘りのままだったと思われます。コンクリートに付いている型枠の跡の間隔が、付近に残る旧豊橋鉄道田口線のトンネルのものとよく似ているので、コンクリート覆工されたのは同じ時期かもしれません(だとすれば昭和初期。)。



新城市側の坑口です。



こちらも坑口付近のみ石積みの巻き立てになっています。側壁部分とアーチ部分とで石材の仕上げ方が違っています。





新城市側の坑門です。こちらは開通当時の姿を保っています。



新城市側の扁額です。こちらは「南設樂 與良木隧道」とあります。



笠石(一番上の石列)・帯石(二番目の石列)・壁柱(坑口の左右にある柱状の意匠)と昔のトンネル坑門の基本デザインは揃っていますが、控えめな感じです。



坑門右側上部にある石をくり抜いて作られた排水樋。



新城市側から見たトンネル内部。石積み部分は設楽町側よりも長めです。



どんどん引きながら坑口を撮ります。このトンネルもやはり見通しが悪いです。





続いて、トンネルの真上にある与良木峠の切通しに来ました。



見下ろすとこんな感じ。



ここが街道であったことを物語る唯一の遺物、馬頭観音碑です。岩のつっかえ棒みたいになっています。





願主は「久屋利右衛門」さん。



「東田内村」とあります。与良木峠の設楽町側の麓の村の一つでした。



製作年はおそらく裏面に彫られていると思いますが、土が被っているのでわかりませんでした。

さて、与良木峠の古い峠がここから東側にあるらしいので、今度はトンネルから東側に向かって伸びている鮮明な道跡を登っていってみます。





尾根が細くなる所に出てきましたが、尾根の反対側には峠道と思われるものが見当たりません。



そのまま進むと草原の斜面に出ました。真上を電力線が通っています。



せっかくなので、見晴らしの良さそうな近くの鉄塔まで登りました。



鉄塔に何か掲示されていないか見ていたらプレートが付いていました。驚いたことに「大正九年(1920年)四月建設」とあります。



と言っても、この鉄塔自体が大正9年当時のものとは思えません。鋼材がリベット留めされているのならともかく、ボルト締めになっていましたからね(本当のところはわかりませんが。)。

まだ道が続いていたので、下に見えている隣の鉄塔まで進んでみます。



隣の鉄塔の先にもさらに鮮明な道が続いていました。





こういう感じの道があるとドンドンと跡を追っていきたくなるのですが、泥沼にはまってしまうことになるので引き返すことにしました。

最後はいったんトンネルまで戻り、新城市側の坑口から200~300m先にある場所に来ました。沢をクランクで渡っている場所です。



橋ではなくて築堤になっていること、道幅が狭いままであることから、開通当時の石造暗渠が残っているかもしれません。

道路から沢へと下りてみると、予想していた通りのものが残っていました。



築堤が崩れてしまい若干破損していますが、ほぼ原形と言っていいでしょう。





道路が沢に対して斜めに渡っているので、暗渠の天井の石板も道路の向きに合わせて敷かれています。



内部はきれいに残っています。側壁部分が2種類の積み方になっているところにこだわりを感じます。





反対側は土砂と倒木に埋もれてしまっていたので、覗くのは止めておきました。

帰りもトンネルを通り抜け、車へと戻ってきました。





現在、与良木峠がある山は、旧豊橋鉄道田口線の稲目隧道を改築して昭和54年(1979年)に開通した県道389号稲目トンネル(延長1510m)で一気に越えてしまっていますが、昔は麓からの高低差100~150mを長く緩やかな坂で登れるだけ登り詰めて、35mのトンネルで峠越えしていたわけです。

長いトンネルを掘る技術が重要な交通手段である鉄道でようやく普及し始めた頃、自動車が活躍するなどまだ夢のまた夢な時代に改修された峠道の名残りなのです。
Posted at 2020/02/26 21:39:09 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・道路・廃道 | 日記
2020年02月24日 イイね!

プロトタイプ新年会?へ行ってきました

2月22日土曜日、弟と二人で埼玉県春日部市にあるプロトタイプさんへ出かけてきました。もう2月下旬になりますが、名目は慰労会?新年会?(笑)。あとはYZW店長さんが手に入れた日本酒をみんなで飲もうという話。

13時開始ということで、余裕をもって自宅を6時過ぎに出発。たいてい、行きは弟が運転していくケースが多いですが、今回は私が担当。東名高速横浜町田ICの先の区間での渋滞情報が頻繁に出てくる状況でしたが、目立った渋滞に出くわすこともなく12時半ころにプロトタイプさんに到着しました。

さて、今回は珍しくお店で会合を持ちました。「飲食店でやると周りのほかのお客さんの声がうるさくて、落ち着いてみんなと全然話ができないからね。それに安く済むじゃない。」ということで、大皿の寿司、オードブル、ピザに缶ビールなどが机に並べられました。

参加者は、YZW店長さん、あっちゃんさん、ヤギさん、アオヤマさん、YUTAさん、ためぞう君、オオヤ君、ヤナギサワ夫妻にアキホちゃん、弟と私の12名。オンダ君、杉浦くん、タケちゃんはお仕事ということで欠席でした(残念)。

さて、中身としてはみんなでいろいろとお話はしていたわけですが、内容は逐一憶えていません(笑)。そしてひたすら飲んで食ってしてました(笑)。

それから、ある意味今回の本題である日本酒の試飲。銘柄は「十四代」という山形県のお酒。ちょっとググってみたらけっこう入手困難なお酒らしいですね。



(写真はYZW店長さんのブログからお借りしちゃいました。)

コップ半分ほどいただいて飲みましたが、甘みが強いですね。今までに飲んだ日本酒の中で一番甘い(そんなに何種類も飲んだ経験があるわけではないですが。)。これ、ちびちびじゃなくてグイグイ飲めるヤバイお酒です。杉浦くんがいなくてよかった(笑)。

あとは「マルティニ」(マルティーニが正しいのかな。)。



マルティニと言えばランチア。ランチアのモータースポーツ活動のメインスポンサーとして知らぬ者はいない関係ですね。

名前はラリー好きとして当然知っていますが、飲むのは初めて。甘口のスパークリングワインで、飲み味としてはもう「お酒」ではないかな(笑)。それくらい甘かったです。

そんなこんなで時間も忘れて、気が付いたら夜の20時。「飲食店だとラストオーダーとか言ってくるけど、自分のところでやっているとそんなこと言われないからね(笑)。」。ということでお開きとなりました。

今回ホテル泊となったのは私と弟、オオヤ君の3名。酒を飲まない弟に乗せられてホテルまで移動。

ホテルの部屋で二次会が始まりましたが、私は眠くて仕方が無かったので「2時間くらい寝る。」と言って着替えて寝てしまいました。



23時くらいに一旦目が覚めましたが頭が痛い…。「二日酔いだ…。」(ロングランで飲んでいたせいでしょう。まだ日は変わってませんが(笑)。)。ということでトイレへ行っただけで二次会に混ざることなくまた寝てしまいました。

日が変わって23日日曜日。4時頃にまた目が覚めて、そこからはうつらうつらするのみ。7時に朝風呂にのんびり浸かって、8時15分から朝食。



朝食の頃にはすっかり二日酔いも抜けて、ご飯おかわりしました(笑)。

ホテルをチェックアウトしたら、オオヤ君を送り届けるのと弟の用事のため、ふたたびプロトタイプさんへ移動。お店に到着したらちょうどYZW店長さんも着いたところでした。



店内にはインプレッサのクーペが入庫中。懐かしいですね。昔は、この車の先代のクーペに乗ってました。



弟がエンジンオイルや添加剤などをいくつか購入して、その後は12時過ぎまで雑談。それからようやく家路につきました。

帰り道は、東名高速が東京IC-海老名JCTで渋滞20kmとあり、首都高湾岸線も渋滞表示が出ていたので、普段なら全然通らない羽田・横羽線経由で横浜方面へ。







「モノレール来た!」ということで1枚。



モノレール、こんな運河の中を通っているんですね。



横浜市街まで来たら横浜新道へとルートを取り、国道1号と合流する戸塚ICへ。ここまで比較的スムーズでしたが、合流手前1Kmくらいから渋滞。



国道1号に入ってもノロノロ状態で進んでいかないので、県道22号へ迂回して新東名厚木南ICを目指すことに。

相模川の橋を渡った先の歩道橋にあった白看(旧式の案内標識のことですね。今は青地が基調ですけど、昔のものは白地が基調だったので「白看」と呼ばれるみたいです。)。予想外の拾い物です(笑)。



厚木南ICから新東名に乗ります。この区間は初走行。



伊勢原JCTでようやく本来の帰宅ルートである東名高速へと合流できました。



これでまた一つ、プロトタイプさんへ出かける時の迂回ルートができました(笑)。
Posted at 2020/02/24 08:23:22 | コメント(0) | トラックバック(0) | プロトタイプ | 日記
2020年02月16日 イイね!

滋賀県長浜市 档鳥坂隧道と杉本隧道

本日は、滋賀県長浜市の北東部にある2つのトンネル、档鳥坂(「档」は本来は木へんに當(当の旧字)。読み方は「あっとりざか」)隧道と杉本隧道へ行ってきました。

朝のうちはのんびりゴロゴロしていたので、自宅を出たのが11時頃。途中のPAで昼御飯を食べ、北陸道木之本ICで高速道路を下りて現地に着いたのは13時半頃でした。



档鳥坂隧道へと続く道路には冬期通行止の立て看板。雪が無いのは間違いないですが、Uターンできない状況があると嫌だったので、徒歩でトンネルへと向かうことにしました。



5分ほど歩いていくと档鳥坂隧道が見えてきました。ここまでの道路幅はそこそこ余裕があったので、車で乗り付ければよかった…。



あらためて档鳥坂隧道です。延長は64m。竣工は扁額によると1932年(昭和7年)11月ですが、まあ諸説あるみたいです。



木之本側の扁額。文字は「道通天地」。当時の滋賀県知事の揮毫だそうです。



内部の照明がオレンジ色。今ではすっかり少なくなったナトリウム灯ですかね。



アーチ部分はコンクリートブロック積みです。コンクリートブロックにしては細身であるのとオレンジ色の照明で、一見、煉瓦積みに見えてしまいます。



側壁部分が場所打ちコンクリートでアーチ部分がコンクリートブロックという戦前トンネルにはよく見かける構成です。



この部分は、塗り込めたコンクリートに線刻したもののように見えますね。



短いトンネルなので、もう反対側へと着きました。古いトンネルらしく坑口付近が屈曲していて見通しが悪いです。



木之本町川合側の坑門です。



こちらの扁額には隧道名と竣工年月が記載されています。



コンクリート造トンネルですが、アーチ環は石材を使用しているようです。



このトンネルは立派な扁額があって県知事が揮毫して、本来不要な石材も装飾のために使用しています。これを見ると同時代に完成した岐阜県恵那市岩村の木之実隧道があまりに簡素すぎる造りなのが違和感あるんですよね…。

坑門から引いた場所での撮影。高さ制限3.3m。旧道となった今ではトラックが通ることもないですから何の問題もないでしょう。しかし、道形が悪いですね。全然トンネル内部が見えない…。



档鳥坂隧道はこれくらいにして、次のトンネルへと移動します。

一旦、国道303号へ出て、新档鳥坂トンネル(新トンネルも「木へんに當」の文字を使っています。)を通過して岐阜県境方面へと進んでいきます。木之本町杉本という集落まで進んだところで滋賀県道284号へ入ります(狭い道への鋭角の左折だったので、1回で曲がれず切り返しました(笑)。)。

実は、この県道284号が曲者。谷川に沿って車1台分の道幅の道を峠に向かって登っていきます。道中で行き違いができる場所もわずかなので、対向車が来たら激しく動揺するでしょう…。

やはりこの県道にも冬期通行止の立て看板が家並みを抜けた所に立っていましたが、通行できるだけの隙間はあったので、今回はそのまま進入。

幸いというか当然というか道中で対向車は無く、トンネル間近の路肩に車を停めます。



このトンネルも直角に曲がって進入する形状。しかも、高さ制限2.5mで幅員制限2.0mです。



さて、今回2つ目のトンネル、杉本隧道です。延長は310mと長め。竣工は1918年(大正7年)6月。ここも諸説あるみたいですが、記念碑にある竣工年月なので間違いはないでしょう。



坑門全体がコンクリートで塗りたくられてモコモコになっていますが、竣工時は煉瓦造坑門だったのです…。

扁額です。草書体とか篆書体でない読みやすい書体ですね。



坑門はコンクリートで固められてしまいましたが、坑口付近には煉瓦積みを見ることができます。



で、過去にここを訪れている方々が指摘しているのですが、このトンネル内部の煉瓦の積み方がセオリー通りではないのです。

普通は次の写真のように、側壁部分は煉瓦の長手面と小口面を交互に表面に見えるように積み上げていく「イギリス積み」、アーチ部分は長手面を見せる「長手積み」という方法が一般的。



しかし、坑口に向かって左側の壁面の坑口寄りは小口面ばかり見せる「小口積み」にしています。



こちらは坑口に向かって右側壁面で、壁面下段「小口積み」、壁面上段「イギリス積み」、アーチ部分「長手積み」の構成。



もっとよく見ると不規則な積み方になっている箇所がまだまだあるそうです。なんかもう「積めばいいや。」という感じだったのでしょうか?

10mほど進むと煉瓦積み区間はあっけなく終わります。



ただし、内部も一部は煉瓦で巻き立てられています。ちなみに煉瓦積みの端が歯型になっているのは、手前側の天井を修復する際に煉瓦を剥がしたためらしいです。



奥へ進んでいくと何か所も鉄骨の支保工で補強されています。



トンネル内の路面は平らではなくて途中に峠があります(ラリーで言うなら「クレスト」ですね。)。水はけを考えてこのように造られますが、測量の精度の問題か、丁寧に整地しなかっただけなのか、いくつか段差が付いています。



アーチ部だけ煉瓦積みが残っています。側壁のコンクリートと面一なので、側壁も昔は煉瓦積みだったと思われます。



ここのコンクリート巻き立ては、他の部分に比べるときれいな仕上げです。



ペイントを見ると昭和47年度から48年度の施工のようです。



他の部分はこのような砂利が目立つコンクリートの巻き立てやコンクリート吹付け(塗り付け)です。





排水管もコンクリートで塗り固め。すごいやり方だ(笑)。ちなみに数字の「305」は杉本側坑口から305mということです。



ようやく余呉町丹生側の坑口に着きました。



丹生側坑門です。こちらは戦後に造り直されたようです。



坑門に取り付けられている工事の銘板です。昭和23年(1948年)から昭和26年(1951年)という終戦間もない頃に滋賀県が改修工事を実施しています。当時はそれだけ重要なトンネルであったという証でしょう。



トンネル下にある「長浜市余呉」の標識。合併前は旧余呉町でした。



トンネルを振り返って。こちら側もトンネルに対して道路に角度が付いてしまっています。



トンネル横の杉林の中にある「隧道記念碑」。



この記念碑に「大正七年六月竣工」と刻まれています。



記念碑の後面にはトンネル建設の関係者が彫られています。地元である杉野村長、丹生村長、余呉村長に加えて、「土倉鉱山長」という者の名前もあります。



なぜかというと、このトンネルの建設に岐阜県境近くにあった土倉鉱山という銅山が大きく関わっていたからだそうです。トンネルを開通させることで北陸本線までの鉱石運搬のルートが従前よりもショートカットできるメリットがあったからです。

丹生側坑門の扁額。杉本隧道ではなく「丹生隧道」とあるそうですが、苔でほとんど見えません。



ふたたびトンネル内を戻っていきます。冬期通行止のためか、トンネルにいる間、1台も車は通りませんでした。



車まで戻ってきました。



このトンネルは10年以上前に一度訪れていて、その時に撮った携帯の写真と見比べてみましたが、そんなに状態は変わってはなさそうです。トンネル建設当時は、鉱山や周辺の村と北陸本線中之郷駅を結ぶ重要な道だったわけですが、その後、北陸本線のルート変更や鉱山の廃止、現在の国道303号となる道路の改良などで主要ルートから外れ、道路改良されることもなく寂れることとなりました。
Posted at 2020/02/16 22:25:49 | コメント(0) | トラックバック(0) | ドライブ・道路・廃道 | 日記
2020年02月09日 イイね!

飲み会へ行ってきました

2月8日土曜日の夜、ドライバーやすい氏と元同僚のフジタ氏(こちらも車好き)に私の3人で飲み会をいたしました。

週中にドライバーやすい氏から「フジタ氏が久しぶりに3人で飲みたいらしいんだけど、土曜日は都合よい?」とメールが来たので、「土曜日は仕事だから岡崎市内でOKだよ。」(両氏は岡崎市在住。)ということで急きょ決定。

18時からの予約と聞いてましたが、JR岡崎駅近くの居酒屋には私が一番乗り。直後にフジタ氏、ドライバーやすい氏と現れました。

まずは飲み物ということで生ビールを注文。店員さんが「3つですね。」と言うと、
ドライバーやすい氏「どうせすぐおかわりするんで、6つ持ってきてください。」
店員「えっ、6つですか?よろしいんですか?」
私とフジタ氏「どうせ飲むからいいか。」
ということで、初っ端からひとりに2つづつのジョッキでスタート(笑)。



このメンバーだと飲む方がメインになるので、食べ物はつまみになるようなものをいくつか頼んだだけ。この居酒屋の名物は鶏皮の串ですね。





さて、まずフジタ氏がトヨタ・ヤリスGR4のパンフレットを持ってきていて、「小林さん、この車買うんですか?」という感じでスタート。

「どうしようかな位には考えてるかな。」というと、「実は僕、86買っちゃったんですよね。けっこう待つみたいですけど。」と発言。ドライバーやすい氏が「EG(シビックの形式)どうすんの?よく嫁さんが許してくれたね?」と言ったら「嫁さんには怒られちゃいました。ストレスでの衝動買いで(笑)。」。

フジタ氏は私がいた職場に転入してきた時に新任の労務担当として着任。その後は転勤した先でも労務担当を務めております(しかも段々規模の大きい職場へと異動してよりハードに。)。私自身も50名くらいの職場で2年半ほどやりましたが、職場内の厄介ごとや労働組合対応、いろんな施策や行事の調整役など本当にストレス溜まる仕事です。

ドライバーやすい氏「どうせ待つならなんでヤリスGR4頼まなかったの?」
フジタ氏「ああっ、言われてみればそうですね。」
ドライバーやすい氏と私「86の契約解除してヤリスGR4を注文だ!」
フジタ氏「あははは。」
ドライバーやすい氏「それじゃEGはどうするの。欲しがっているレース仲間がいるはずだから話してくるよ。」
フジタ氏「それじゃ、お願いします。」

ドライバーやすい氏「で、小林くんはGR4は買うの?」
私「う~ん、マイナス評価の記事を読んで、それもそうだなぁって思っちゃったから、考え中かな。最近のトヨタはインプレッサやランエボみたいな四駆を造っていないから駆動系が不安だとかなんとか。」
ドライバーやすい氏「まあ、初期ロットは色々トラブル出るしなぁ。2年くらい経ってからの方が故障も減るだろうし、(GR4という)車のこともわかってくるから、もっと攻めたバージョンが出るだろうしね。」
私「いっそ手頃に、スイフトスポーツでもいいかなとか。」
ドライバーやすい氏「それもいいんじゃない。新しいスイフトスポーツは壊れる(モータースポーツユースとしてね。)とはあまり聞かないし。」

こんな感じでいい歳になった大人3人でビールをぐびぐび飲みながらずっと車談義しておりました(笑)。

20時が回ったところで店員さんから「だいぶお待ちの方も出てきたので、ラストオーダーにさせていただいてもよろしいですか?」と声をかけられ、残っていたビールとつまみを平らげて飲み会は終了。

ドライバーやすい氏「〆のラーメンでも行きますか。」と移動を開始。

歩いている最中もいろいろとお話。

私「ヤリスのWRCバージョンは1.6Lターボで公称380馬力なんですよ。」
フジタ氏「ええっ、そんなに出てるんですか!」
私「足回りも大ジャンプした後でも着地でピタっと収まるんですよ。」
フジタ氏「それはすごいなぁ。」
ドライバーやすい氏「WRカーすごいよね。多分、足回りだけで車1台買えるよね(笑)。それよりもビックリしたのが、モンテカルロでタナク(ヒュンダイのドライバーですね。)がすごいクラッシュしたのにボックス(キャビン部分のことですな。)がそのまま残ってるなんてねぇ。本当造りが違うよ。」

ドライバーやすい氏「ああ、WRC、出てみたいなぁ。順位なんかよりもまずWRCのコースを自分の車で走ってみたい。」

などと話をしているうちにやって来たのは、居酒屋から近いパチスロ店に併設されているラーメン店「寿賀喜屋」。

普通は「寿がきや」ですね。「寿がきや」は客層が若年層向けの感じがしますが、ここは普通のラーメン屋チェーンみたいなお店の造り。

麺を見て食べて「これは寿がきやだわ(笑)。」でしたが。



今回の飲み会は21時にはお開き。ラーメン屋から駅まで歩きていくうちに何軒か飲み屋を見かけて、ドライバーやすい氏「次はこの辺のお店でもいいな。」と早くも次回の予定を考えておりました(笑)。
Posted at 2020/02/09 20:41:41 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記 | 日記

プロフィール

「旧熊野街道 船木橋・神瀬橋・ねじりまんぽの道路橋 http://cvw.jp/b/1796277/45557442/
何シテル?   10/21 19:30
小林あにと申します。よろしくお願いします。 休日はドライブしたり、たまに廃線・廃道を歩いてみたり、ごくたまにミニサイズのラリーに出場してみたり、やる気がな...
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