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組長のブログ一覧

2025年01月06日 イイね!

2024→2025


新年あけましておめでとうございます

旧年中はひとかたならぬ

イイね!やコメントを頂き

ありがとうございました

さて今年も

飲んで食べて遊びまくった年末年始

例年通り画像多めの長大ブログです

おヒマな方だけお付き合いくださいね


↓まずは大掃除!例年第二週で済ませてます



↓夜は地元の後輩達と忘年会



↓牛もつ鍋が暖まります



↓値上げの波がここにも…年長者のツライところ



↓二次会はカラオケ…どっちでもいいわw



↓クリスマスは友人夫妻とパーティー



↓友人の奥様が料理上手でどれも美味しい



↓私は前日から仕込んだスペアリブを



↓ホールケーキは食べきれないのでね



↓二次会はいつものバーへ



↓人生初の「山崎」で狂喜乱舞w



↓そして27日の終業後に夫婦で納め会



↓新鮮な地モノをつまんで



↓真ガキの濃厚な旨味は感動モノ



↓握りは小田原の地アジからスタート



↓カニカマじゃない本物のズワイガニ



↓牡丹海老の強烈な甘みに歓喜です



↓ねっとりした旨味のアオリイカは塩で



↓〆はマグロ三色!ごちそうさまでした



↓食後はいつものバーへ



↓寿司の後なので白を開けてもらいました



↓翌28日は森の大掃除



↓ビフォー



↓アフター



↓さあもう料理なんてしません



↓29日は時間をかけて洗車



↓洗車完了で駅前の焼肉屋へ



↓戦争経験者の爺ちゃんに



↓「白飯は汚さないで食え」ってよく怒られたな



↓そして小晦日は一年の垢を落としに



↓貸切露天風呂で夫婦水入らず



↓今年も足の長さは負けw



↓帰りすがら予約した人気カレー店で



↓チーズバーガーを食すという暴挙



↓案の定…肉汁の少ないパティは苦行そのもの



↓そして翌日の大晦日の昼に冒険に出ました



↓2024最後の夕宴は近江牛の「すき焼き」



↓大好き!すき焼き!って韻を踏む



↓「ヤバイ」しか出てこないの♡



↓年越しそばで〆たら除夜の鐘を突きに



↓なんと今年は1番鐘でした!



↓22時半に来た甲斐がありました



↓除夜の鐘で煩悩を払ったら



↓そのまま氏神様で初詣して就寝



↓元旦は6時起床で近くの海へ



↓早朝なのに人がたくさん



↓雲もなく7時少し前に見事な初日の出



↓帰宅後「明けましておめでとうございます」



↓今年はハード系の「土岩」さんの御蒲鉾



↓小田原の蒲鉾は必ず頭に「御」が付きます



↓お節は昨年と同じく京都の「たむら」さん



↓飲んで食べたら実家に新年の挨拶へ



↓明けて2日…9連休折り返しの朝食は御雑煮



↓ヘリコプターの音が聞こえたら1号線へ



↓「トイレはどうしてるんだろ」って毎年思う



↓青学が強過ぎて面白くない



↓「打倒青学!」頼みの綱なんです



↓選手の通過を待って義実家へ



↓義実家のタワマンからの眺めが最高



↓あけおめ



↓ほれ!お年玉w



↓もうね正月2日ともなると太ったのがわかる



↓でも食べちゃう〆のスイーツ



↓帰りにいつものバーに新年の挨拶へ



↓挨拶程度がすっかり長居して帰宅



↓翌3日はウンコ爆弾を投下されたので水洗い



↓お節ばかりだと味の濃いモノを欲するので



↓また天国の爺ちゃんに怒られそうだな



↓帰宅して今年初の料理は「豚しゃぶ」でした



↓4日はMFGザ・ペニンシュラ真鶴で熱海へ



↓ニノ詣りは今年も来宮神社



↓金運・商売の神様は外せません



↓今年は4日に来たので空いてました



↓まあこんなもんでしょう



↓御神木の大楠を撫でるようになって10年



↓お金が目立って増えた実感はないけど



↓極端に減ることは無かったような気がする



↓熱海から帰宅して駅前のビストロで新年会



↓バーニャカウダから始まり



↓アンチョビポテト



↓ソーセージとベーコンのグリル



↓黒毛和牛のランプステーキで〆



↓そしてついつい足が向いちゃう



↓アメリカンレモネードでご帰還



↓さあ泣いても笑っても9連休最終日



↓怠惰な正月休みを正常に



↓新日本フィルハーモニー交響楽団の



↓ニューイヤー・コンサートを鑑賞しました



↓いや~心揺さぶられるほど感動しました



↓そして最後は知人のお通夜に参列という…



お正月だからこそ

お正月らしいことをしたいと

毎年そんな感じで楽しんできましたが

「たまには年越しの泊りで旅行でも」とか

ふと思ったりもするんですけどね

でも「混んでいて高い」ってイメージが離れず

やっぱり地元で

変わり映えのない「お正月」が最高でした!

さてさて

今年も相変わらず車ネタがほとんどない

自己満足の備忘録的ブログになりますが

広懐でお付き合いいただければ幸いです

本年もどうぞ宜しくお願いいたします!
Posted at 2025/01/06 23:08:24 | コメント(8) | トラックバック(0) | 日々燦々 | 日記
2024年09月29日 イイね!

御巣鷹の尾根へ


※このブログは

1985年8月12日の夕刻におきた

羽田発の大阪は伊丹行き

日本航空123便墜落事故について書いています

一部の内容については

気分を害されることが予想されます

閲覧については自己責任でお願いいたします

またかなりの長文ですのでご注意ください


はじめに

以前からリアルでも仲良くしていただいている

みん友の大スカ氏との他愛もない会話から

123便墜落事故のことが話題に上がりまして

あまりにも2人の思いや共通点が一致したので

この週末に

「御巣鷹の尾根」へ行ってきたという次第です


では

そもそもなぜ

私達2人が123便の事故と関係があるのか

まずはそこから書かこうと思います


【大スカ氏と123便】

事故当日

彼は御父上を除いた家族で三重県に帰省中

ニュースで流れる123便の搭乗者名簿に

自分の父親の名前があることに気づきます

搭乗者名簿がカタカナ表記だったため

当初は「同姓同名なんて珍しいね」ぐらいで

まさか自分の父親とは思いもしなかったと

しかし彼の御父上は都内での仕事を終え

秘書が手配した123便の搭乗券を持ち

出発ロビーで搭乗を待っていたとのことでした

そして大スカ氏曰く

御父上はかなりの「せっかち」な性格ゆえ

123便の1便前の121便にキャンセルが出たため

123便をキャンセルして121便で伊丹へ

翌日

何事もなく帰省先で家族と合流したとのこと

そして123便の事故を知った御父上は

「私のキャンセルで事故に遭われた方がいる」と

ニュースで知って驚愕したとのことです

8/12といえば「お盆休み」の前日

キャンセル枠は搭乗券を持たないものにとって

藁をも掴む思いだったはずと容易に推測できる

まさかその掴んだ藁が「死」への片道切符とは

運命の悪戯とはいえあまりにも非情過ぎると

そして当時はスマホもない時代

123便のチケットを手配した秘書の方は

さぞかし生きた心地がしなかったであろうと

そんな御父上は

生前その事をずっと気にかけていたらしく

「いつかは御巣鷹の尾根に慰霊に参りたい」と

家族に話していたが

残念ながら機会がなく数年前に他界されました

そして御父上亡き今

その意思を彼が引き継いだというわけです


【私と123便】

私は以前にもブログに書いたことがあるので

詳細は割愛させていただきますが

忘れもしない8/12事故当日

塾の夏期講習を終えた私は

祖母の入院する病院へ見舞いに行くのが日課

夕食を終えた祖母は病院の屋上で夕涼みへ

病院の屋上からは相模湾を一望することができ

上空には東から西へと向かう飛行機が一機

その飛行機は夕日に照らされて黄金色に輝き

「ゴーっ」という音と共に伊豆半島の向こう側へ

毎夕の同じ時間に夕涼みをしていた祖母は

何か違和感を感じたのかでしょうか

「あの飛行機どこへ行くのかね?」とポツリ

日没間際の若干冷たい箱根おろしの吹く屋上で

私に話したことを今でもハッキリと覚えている

そして私達2人が見た黄金色に輝く飛行機が

123便だったことを数日後に知ることになる

まさに墜落する123便を目撃してしまったのだ

そして祖母は亡くなるまで

毎年8/12に墜落事故のニュースが流れると

「御巣鷹の尾根に供花させていただきたい」と

私に話していたのでした


そんな大スカ氏と私の希望が一致したこと

そして偶然にも

大スカ氏と私の下の名前が同じだったこと

※余談ですが誕生日は1日違い

そんな共通点もあり

今回の慰霊登山となったのですが

当初の計画では

金曜日の夜発で近くの道の駅で仮眠をして

土曜日の早朝アタックで慰霊登山の予定が

天気予報では現地の天気は終日荒天の予報

荒天のなか決行しても慰霊できないのでは

ということで当初の予定を端折って

御巣鷹山の麓にある「慰霊の園」のみ行くことに

でも実は

この慰霊登山の計画ですが

1回目はコロナの緊急事態宣言でボツとなり

2回目は登山道までの車道で崖崩れがありボツ

そして

3度目の正直となったわけですが

今回は天候でボツ

なかなか決行することができない慰霊登山に

勝手に「何かのお告げ」と解釈して

また必ずリベンジしましょうということに


↓早朝3時半に出発



↓川崎で大スカ氏をピックアップ



↓夜の明けた秩父市内を抜けて



↓群馬県は上野村にある「慰霊の園」に到着



※御巣鷹山慰霊碑(昇魂之碑)建立と同日の、1986年8月1日に完成した追悼施設で墜落現場から北東へ10キロメートル離れた上野村楢原地区(国道299号沿い)にある。乗客乗員520人を悼む慰霊塔や、身元不明の遺骨を埋葬する納骨堂、事故の写真や映像・遺品などを展示している展示棟がある。Wikipediaより抜粋


↓どなたでも入ることができます



↓村民とJALの社員が毎日献花しているそうです



↓慰霊塔は合掌を表したデザイン



↓御巣鷹の尾根の方角に向いています



↓奥の納骨堂には身元不明の方々が眠ります



123便は乗客乗員524名を乗せて飛び立ち墜落

奇跡的に4名の方が救出されました

この納骨堂に眠る御遺体は2,050体の方々

ん?520名じゃないの?と思いましたが

墜落時の衝撃が激しく

五体満足に収容された御遺体はほんの数名で

肉片や眼球だったり臓器の一部や毛髪など

ほとんどが部分遺体だったということです

現代のようにDNA鑑定も進んでいなかった当時

歯科医師による歯形の身元の確認では

多くの時間がかかってしまうのと

夏の暑さで直ぐに腐敗していく部分遺体を

荼毘に付せるしかできなかったということ

なので身元が判明せず

「身元不明」の御遺体として

「何名」ではなく「何体」という形で

納骨堂に埋葬されているということでした


↓お線香を焚かせていただきました



この後は資料館を見学させていただきました

映像では事故概要や当時の上野村の対応など

また慰霊の園や

御巣鷹の尾根までの登山道の整備

尾根にある「昇魂之碑」の建立に際して

上野村の村長を始め村民のご尽力には

本当に頭が下がる思いでした

また展示されている搭乗者の方々の遺品には

思わず目を覆いたくなるものも

グニャグニャに曲がったメガネや

墜落時刻の18時56分で止まった時計など

そして

おそらくTDRの帰路で搭乗してしまった

お子さんが所持していたであろうぬいぐるみ

血痕のついた小児用の財布を見た時は

胸に込み上げてくるものがありました


↓どうか安らかに



見学を終え

「また必ず慰霊登山に来ましょう」と

再訪を約束して現地を後にしました


↓行く前に観光ではないと決めてましたが



↓腹は減るわけで…



最後に

この事故の詳細を知るにあたって

陰謀論や噂話など

様々な見解があるのは

仕方ないことだと私は思います

なぜななら

事故のはっきりしない部分があるからでしょう

はっきりしないものに対して

人は憶測で話をします

それについて私は肯定も否定もしませんが

ただ外野の我々が

真実を知って何になるのでしょうか?

真実を知るのは事故で大切な人を失った

ご遺族だけでいいのでは?と私は思うのです

外野の我々は

空の安全と亡くなった方々の

鎮魂と追悼に手を合わせるだけ

そして事故の記憶を風化させないこと

残念ながら

午前中に訪れていたのは我々だけでした

来年は事故発生から40年

資料館の映像の最後に

この事故の慰霊に際して

生涯に渡り尽力された

元上野村村長・黒沢丈夫氏の

メッセージが印象的でした


「このような事故は月日がたつとともに

心の中から

その悲しみが悲惨さが遠ざかっていき

だんだんとお参りする人も少なくなる

というような傾向をたどりがちですが

私たちはそういうことにならないように

努めなければならないと考え自戒し

かつ多くの方々にお願いしております」

最後は次の言葉で結ばれていました


「霊よ、願わくば

私たちと共に

上野村の天地に抱かれ安らけく眠られ

天界よりご遺族を加護されるとともに

人類を導いて航空安全の道を開かせたまえ」


↓あの夏この上空を彷徨っていたと思うと…



最後までご覧いただきありがとうございました
Posted at 2024/09/29 18:58:41 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日々燦々 | 日記
2024年06月23日 イイね!

弾丸下道ドライブ


おとといの金曜日

残業なんて絶対しないので定時で帰宅w

チャリで54秒の自宅についたのは17時

相方の帰りを温泉のSNSを見て待っていると

無性に「温泉に入りたい!」という気持ちに

今週末は珍しく夫婦共々予定がないので

19時過ぎに仕事→エステから帰宅した相方に

突然だけどこれから温泉に行かない?と提案

相方は「おっ!いいね~」と好感触

「でもどこの温泉に行くの?」と返してきたので

絶対に「え~?遠いよ~」と言うものだと踏んで

冗談で「草津!」って言ってみたら

「お~!行こう行こう!」とノリノリ…汗

というわけで

さっそく着替えとお風呂セットを準備して

車中泊セットをNボックスに積んだら

20時半いざ草津へ向けて出発!

いずれにしても

朝風呂に入れる御座之湯が7時オープンなので

約250㎞の道のりをノンビリ下道で行くことに

小田原から河口湖を通り御坂峠を越えて

韮崎から清里を通り佐久から軽井沢へ

そこから嬬恋のとある駐車場まで

トイレ休憩を含めて7時間の下道レーシング

前置きが長くなりましたが

今回も画像多数ですので

おヒマな方だけお付き合い下さいね~!


↓深夜に寡黙に運転するのが好きなんです



↓3時過ぎに到着!3時間ほど仮眠します



↓オハヨウゴザイマス!爽やかな朝です



↓キレイなトイレもあって静かに休めました



↓それにこの景色!湯畑までは10分ほどです



↓早朝の湯畑は人も少なくゆっくり散歩できます



ライブカメラに映ってみたり



↓温泉は近くの箱根より遠くの草津が好きです



↓それでは7時になりましたので御座之湯へ



↓1番乗り!湯畑源泉と万代源泉をいただきます



↓いいお湯でした!



↓1時間の滞在で草津をあとに軽井沢へ



↓軽井沢ではいつものトリュフベーカリーで



↓朝食用のパンを購入



↓もちろんトリュフの塩パンも明日の朝食用に



↓それでは帰路につきます!R141を駆け上がり



↓野辺山近くのこちらでお土産を



↓道の駅とか産地直売所って楽しいですよね



↓安っ!お買い上げです



↓そこから月曜日にも通った道を走り



↓韮崎でラーメンならココ!みたいな店でランチ



↓なのに2人ともラーメン注文しないというw



↓ランチ後も引き続き下道を走り15時に自宅着



総走行距離518㎞

以前にもブログに書いたと思いますが

田舎の県道や広域農道とか好きなんですよね

高速道路の景色が見えない防音壁や

どうでもいい他車との小競り合いに

最後は料金を払うってストレスでしかない

予定がある時や仕事の時は高速を使うけど

ノンビリと走りたいときは下道に限ります

キレイな景色や美味しそうな店を見つけたり

夜の闇に誘虫灯のように照明が点いている

ハッピードリンクショップ(山梨県だけ?)なんて

私の琴線にズカズカと触れてくるんですよね

なんだか趣とか旅情があって

下道って大好きなんです

これってみん友さんなら

共感していただけるのではないでしょか?

皆さんはいかがですか?

下道レーシング
Posted at 2024/06/23 15:44:43 | コメント(9) | 日々燦々 | 日記
2024年03月16日 イイね!

門出


はじめに

本日のブログは

「息子と私の人生の節目」を

備忘録として書いています

かなり手前味噌な内容で

またかなりの長文となりますので

お時間のある方だけお付き合い下さい


思い起こせば24年前の7月

台風の影響で激しい雨と暴風の夜

息子が生まれる前夜のことでした

深夜に前妻が陣痛もなく突然の破水

急いで掛かりつけの産婦人科へ

ワイパーも効かないような暴風雨の中

やっとの思いで辿り着き緊急手術で出産

なんとも落ち着かない時間を過ごし

オギャー!と午前5時過ぎ

無事に産声をあげ私も父親となりました

相模湾が目の前の産婦人科でしたので

ふと窓の外の明るさに気が付くと

台風一過で見事な日の出が

あれだけ荒れに荒れていた海も

水を打ったかのような静かで穏やかな海に

そうだ

海のように広く穏やかな心を持って欲しい

との願いから

その場で「海人・かいと」と名前を決めました

それからは手探りの子育て

右も左もわからず

何が正しいか間違いかもわからず

前妻とも協力して育児に必死な毎日でした

そして幼稚園に上がる前の健診で

「若干の発達障害の傾向が診られます」と

一緒に生活している時は何も感じないのに

え?ウソでしょ?と半信半疑

真実を真実として認めたくない衝動に

そのことは私の中で封印してしまいました

それが全てのきっかけでもないけど

育児の方向性や生活のすれ違いで離婚

とはいえ

我が家から数分のところに母子で住むことに

以前のように一緒には生活しなくはなったけど

幼稚園が私の実家の近くだったので

私の母がお迎えに行って

前妻が仕事を終え迎えに来るまで面倒見たり

小学校なんてはオフィスのすぐ前でしたので

下校したらオフィスで宿題してオヤツして

塾や友達と遊びに行くみたいな毎日を過ごす

そしていつしか

「発達障害」なんてどこへやら?な息子は

それから中高一貫校へ進学して都内の私大へ

ところが入学して間もなく

コロナ禍で登校できなくなりリモート授業に

サークルや文化祭・成人式までもが中止となり

人生で一番楽しい4年間を過ごせないまま就活

そして

誰もが知る銀行と証券会社から内定をもらい

あとは篩にかけて残すは卒業だけ

そんな卒業まで数カ月を前にしたある日

「父ちゃんゴメン…内定全部蹴ったわ」

えーっ?まさに青天の霹靂

このまま入社して成績を残せば

おそらくエリート街道まっしぐら

それどころか

私の仕事にも太いパイプができた淡い期待も

どうしてまた?

「自分のやりたいことじゃないんだよ」

だったらなぜ金融系を選んだのさ?

「親が喜ぶかと思って」

バカヤロー!親のために就活してんじゃねーぞ

とでも怒鳴ってやりたかったが

なんとなくその時は

言葉を飲み込んでしまいました

そしてさらに驚くことに

「オレ老人介護をやってみたい」

おいおい待て待て

現代版3Kじゃないか

なぜ?

「人の役に立ちたい…それも社会的弱者の」

「だから資格取得のための学校に行きたい」

母ちゃん(前妻)は納得したのか?

「自分のやりたいことを仕事にしなさい」って

まあ確かに一理あるけど

そういえば息子は極端な「婆ちゃん子」だったし

子供や高齢者に優しい一面を見たことがあった

ひょっとすると

ノルマのある銀行や証券会社のような

競争社会より向いているかもしれない

それに

高給より自分のやりたいことを優先した息子は

並々ならぬ覚悟だと受け止め私は承諾しました

ということで

大学卒業後は専門学校に通い資格を取得

昨年末に晴れて老人介護施設の内定が決まり

少し遠回りはしたけれど

この春めでたく就職と相成なりました


↓お祝いの席はいつもの寿司屋へ



↓大将が奮発してくれちゃって



↓親子がサシで酒を飲むという照れ臭さ



↓照れ隠しでいつもよりよく喋る息子と私



↓いつもの如く寿司は絶品だけど



↓赤身から始まった本マグロも



↓味なんては既にどっかいっちゃって



↓大将の「カマトロ美味いべ?」にも上の空



↓最後の大トロなんては食べた記憶すらない



↓〆のお椀で「写真だけは撮るね」と息子



↓そしていつものバーでシャンパンを入れて



↓ここでも同級生のママが奮発してくれちゃって



↓レアチーズケーキの差入れまで…恐縮です



↓ママの「お祝いの写真撮ろ」にぎこちない親子



↓平常運転に戻すもシャンパンが足にきて帰宅



帰路にて

「タバコ吸ってかない?」の息子の提案に

同じ銘柄のタバコを愛煙してる息子に

少し嬉しかったり

そして

やっと子育ても終わったんだという充足感と

それでいて

大切なものが手元を離れていくような喪失感に

小田原のまだ少し冷たい春の夜風が

なんともいえない複雑な気持ちと

シャンパンの酔いを一気に醒ましてくれる

そして息子が一言


「いままでありがとうございました」

「これからは父ちゃんが幸せになってくれ」











その一言に全てが報われた気がしました


↓今夜はいつもより塩っぺえ「天一」でした



そしてこのブログを境に

愚息という表記を息子にしてもいいかなと

長文にお付き合いありがとうございました
Posted at 2024/03/16 16:52:27 | コメント(8) | 日々燦々 | 日記
2024年01月04日 イイね!

2023→2024


新年あけましておめでとうございます

新年早々の大地震と飛行機の事故に

「おめでとうございます」

という気持ちになかなかなりずらい

そんな雰囲気になっちゃいましたね

とはいえ正月は正月なわけで

まさか年の初めに

こんな複雑な気持ちになるなんて

思いもよらなかったです

そんなわけですが

今年も「2023→2024」ブログを

備忘録として書き留めておきます


↓恒例のクリスマス前に大掃除



↓ピカピカにして年神様を迎えます



↓それから「Sponsored by 組長」な忘年会



↓地元の後輩達とカンパ~イ



↓中華の忘年会もアリ



↓二次会はニンニク全開でカラオケボックスへ



↓ちっちゃな頃から悪ガキが大騒ぎして



↓私は「7番ちゃん!」と叫んだそうです



↓そして断片的な記憶で午前様



↓クリスマスイブイブは夫婦で忘年会



↓2週連続で同じ中華料理店という…爆



↓女性ってエビマヨ好きですよね



↓小籠包で変な妄想するほどの酔いに



↓わかっているのに唇を火傷



↓バタードラムで仕上がって



↓深夜のコンビニでステッカーを作ってみたり



↓明けて24日はクリスマスパーティーです



↓完全に迎え酒となりましたが



↓友人夫妻の料理をアテに進む酒



↓みんな仕上がったところで



↓プレゼント交換…あったか靴下もらった



↓最後は相方渾身のレアチーズケーキで〆



↓28日の仕事納め後にスッキリ坊主頭にして



↓歳末の夜回りは3夜連続で参加したり



↓29日正月休み初日は愚息とスタッドレス交換



↓それからスイフトとCLAを洗車!



↓大晦日が雨予報でも洗車するって馬鹿ねw



↓年末の全てのタスクが終わり夫婦で納め会



↓今年一年お疲れさまでした



↓地物を数点と貝盛りをツマんだら



↓揚げたての天ぷらは天つゆより藻塩で



↓お楽しみの握りは地アジから



↓しっかり仕事されたタコは絶品です



↓アオリイカと本マグロで〆ました



↓二次会は大人しく紳士淑女して帰宅



↓明けて30日はお正月の買い物



↓極上蒲鉾1本2,200円×2と奮発しました



↓お飾り付けは30日が吉日なのでね



↓相方の手作りです!可愛いでしょw



↓午後は森に行って掃除したら



↓もちろん小屋にもお飾りを



↓そして今年も但馬牛を甘めの割り下で



↓もう美味いに決まってるよ



↓この年末で確実に太りましたね



↓大晦日は寝坊して町中華でブランチ



↓愚息が友人を連れてきたので「小田原おでん」



↓年越し蕎麦を食べたら氏神様の神社へ



↓初詣客の行列整理のボランティアです



↓あけましておめでとうございます



↓あまりの寒さと空腹で深夜2時の肉まん



↓帰宅して少し仮眠したら自宅前の海へ



↓今年は水平線から出てきました



↓見事な初日の出を見たら



↓京都の「料亭たむら」のお節でハレの食事です



↓新年にカンパ~イ!



↓グチ100%はブリンブリンでした



↓そのまま徒歩5分の実家に雪崩れ込み



↓翌日の1/2は雨の朝となりました



↓御雑煮と昨夜の残り物で箱根駅伝観戦



↓ヘリコプターの音が聞こえたら家の外で応援



↓雨と寒さでかわいそう…ガンバレ~!



↓規制が解除したら義理実家へ向かいます



↓あけおめw



↓蒲鉾はソウルフードなのでいくらでも食える



↓不器用な私は相方が身を出してくれます…爆



↓人様の御雑煮とカレーって何故か美味いよね



↓義理実家で色々と気疲れしたらしく20時就寝



↓明けて正月休み最終日は熱海からスタート



↓花より団子になる前にお参りにw



↓毎年恒例の来宮神社



↓商売と金運の神様は行っとかないとね



↓境内に吹く冷たい風で厳か気持ちに



↓そして参拝後に起きる奇跡を知る由もなく



↓まずは縁起の良い25円を御賽銭



↓おみくじ引いて



↓相方は末吉



↓私は小吉…小吉ぐらいが丁度いいんです



↓御神木でパワーをいただき帰路へ



↓そして帰路途中のコンビニで奇跡が…



↓当たってた…5等だけど



↓こんなに直ぐに御利益が…鳥肌



↓それから帰宅して正月休み最後の晩餐へ



↓連休明けの激務にスタミナをつけます



↓毎年恒例の美食もファイナルです



↓美味いが1番



↓飲んで食って飲んで食って



↓お正月ぐらいは贅沢しないとね



↓最高のオンザライスでした



↓それからちょっとインターバルして



↓いつものバーで〆ました



今回の年末年始も食べましたね~汗

贅沢するって決めていたのですが

やり過ぎちゃいましたね

でもこれでまた1年頑張れそうなので

これはこれで良しとします

さてさて

今年も相変わらずこんな感じですが

長い目でお付合い頂ければ幸いです

それでは今年も宜しくお願いします
Posted at 2024/01/04 21:54:00 | コメント(3) | 日々燦々 | 日記

プロフィール

「それでは安全運転で行きましょう」
何シテル?   08/29 18:13
車好きですが極端に不器用でメカ音痴な愚生です フォローはフリーですが一部のブログについては 相互フォロー(みん友さん)のみ公開しています また何シテル?は...

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