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2012年04月18日 イイね!

送りびと

昨日、叔母さん(父の妹)が亡くなった。
享年68歳。

5年ほど前に癌を患い手術したものの3年後に転移しているのが発覚。
再手術をするも以後切除と転移の繰り返し・・・
正直、もう手の施しようがなかった。

それでも抗がん剤治療を続け、激しい副作用に耐えながらこの2月くらいまでは
何とか自分で車を運転し、病院に行っていたらしい。
父母も時々様子を見に行っていたが3月のある日、自宅で一人でいる所で倒れ
うちに助けを求める電話を掛けてきた。
たまたま家にいた嫁さんがすぐさま駆け付け、難を逃れたがそれから寝たきり
になってしまった。

もう長くないかもしれない・・・との母の言葉で8日の日曜日、自宅に見舞いに
行ったが、かなり衰弱していたものの意識も言葉もはっきりしていたので少し
話をした。

「叔母さん、こんなんなってしもてんわぁ・・・」

小柄だが気丈なあの人からこの言葉を聞くのがとても寂しかった。
そして「兄さん(私の父)の事、ちゃんとみてやってやぁ」としきりに親父の心配
をしていた。

翌週、容態が思わしくないため病院に問い合わせたところ、病室に空きが出来た
ので入院出来るとの事で水曜日に県立の高度医療センターに入院した。
でもその病棟は「緩和ケア科」。治療目的ではない、穏やかに逝く為の場所だった。
15日の日曜日、嫁さんと病院へ見舞いに行ったが、もはや抗がん治療は無く、痛み
止めの投与のみでかろうじて自発呼吸こそしているものの、意識があるのかどうか
すら分からないくらいになっていた。

翌月曜日、会社へ出勤したところに母から電話があり、医師から親族を集めるように
と言われたと言うので取り敢えず父母を病院に向かわせ、事態の動向を連絡しても
らうようにして、仕事が終わってすぐさま病院に向かったところ、病室の前で看護師
さんとすれ違った。
集まっていた親戚に会釈しながら病室に入った瞬間、
「ほん・・・ほん、今やってん。」
「今、看護師さんが先生呼びに行きやった・・・」




まだ祖母が生きていた頃、私は3交代勤務をしていたので昼間家にいる事も多かった。
叔母さんは時々平日の昼間にも関わらず、レジ袋2袋くらい提げてうちに遊びに来ていた。
「○○ちゃん(私の名前)、叔母さんな、今日は御寿司買うてきてん、一緒に食べよ。」
普段はとても我慢強い人だったがつらい事も沢山あったのだろう、手土産持って祖母に
愚痴を聞いてもらいたかったのだろう。

叔母ちゃん、もう嫌な事もえらい事も痛い事もなんも我慢せんでええで。


小柄な叔母さんはこれ以上小さくなれない程小さくなっていた。
でも握った手は柔らかく、まだほんのりと温かかった。







ありがたい事に私の父母は今だ健在である。
しかしそれだけにそう遠くない時期にこの時がやってくる事は覚悟しなければならない。
正直ここまで書く必要があるのか、かなり迷った。
他の方が見られた時につらい記憶を呼び起こしてしまうのではないか?と・・・

でも叔母への哀悼の念を、記憶を何らかの形にして残しておきたかった。
御理解願えたら幸いです。
Posted at 2012/04/18 03:30:00 | コメント(2) | トラックバック(0) | 親子 | 日記

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