十七才少年に刺殺された浅沼稲次郎
投稿日 : 2024年05月07日
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皆様いつもご覧頂きありがとうございます(○・v・)
GWもあっという間に終わり
仕事頑張ろう!と思いつつ…初日から荒れ模様の天気でそりゃ、やる気も削がれるというものですね←
さて今回取り上げる暗い話は、以前取り上げた日比谷公会堂で起きた、17歳の右翼少年が社会党委員長を暗殺した事件です( ノД`)
https://minkara.carview.co.jp/userid/1845399/car/3513806/5205824/photo.aspx
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時は1960(昭和35)年。
時代はまさに安保闘争真っ只中でした。
テロ行為に及んだのは犯人の山口少年だけではありません。
山口の事件に先立つこの年の6月には、社会党顧問の河上丈太郎衆院議員が、20歳の工員にナイフで刺されます。
7月には退陣間近の岸信介首相が、総理官邸で65歳の男に短刀で刺されています。
二人とも命には別条はありませんでしたが、安保をめぐり暴力的で不穏な空気が醸成されていたのです。
安保闘争は若者の心を動かしていて、国会突入デモで東大生の樺美智子が亡くなったのもこの年でした。
この時代の若者たちにとっては政治が1番の関心事だったのですね。
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この年、日本は三井三池炭鉱事件や安保闘争で騒然としていました。
7月19日に岸信介首相が退陣し池田勇人首相に代わり、
いくぶん世情は安定してきたかのように思われた
10月12日。自民党・社会党・民社党の3党党首立会演説会「総選挙に臨む我が党の態度」がここ日比谷公会堂で行われたのです。
2500人を超える聴衆で埋まった会場で
西尾末広(当時民社党委員長)、
浅沼稲次郎(当時日本社会党委員長)、
池田勇人(当時自民党総裁)
3氏の演説が行われることになっていました。
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じつは定刻前から会場は混乱していました。
右翼の街宣車が会場前でシュプレヒコールを上げます。
開場すれば場内に右翼のメンバーが散らばり、始まる前から野次を飛ばす始末です。
浅沼委員長が壇上に上がった午後3時10分頃、野次はさらに激しさを増します。
「中ソの手先!」
「アカハタ社会党撲滅!」
あまりの野次の激しさに、壇上で演説を行っている浅沼氏の声をマイクが拾えないほどでした。
会場の混乱を受けて、司会を務めていたNHKのアナウンサーがいったん浅沼氏の演説を中断、聴衆に「静粛に聞くように」と呼びかけました。
学生服の上にカーキ色の服を羽織った少年が壇上にかけ上ってきたのは、アナウンサーの呼びかけを受けて一瞬、会場が静まり返ったその時でした。
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山口はスタッフが制止する隙もなく猛烈なスピードで浅沼に駆け寄り手に持っていた刃渡り34センチの脇差で左脇腹を2度刺しました。
それは刃物で刺すというより全精力をぶつけた体当たりでした。激しい衝撃で山口はかけていた丸眼鏡が吹き飛んでいます。
浅沼委員長の動きは緩慢でした。
ほんのわずかすらも体をかわすこともせず、少し顔を向け、訝しげな表情を浮かべたまま左脇腹でその短刀を受けてしまいます。短刀は浅沼の厚い脂肪を突き破り背骨前の大動脈まで達していました。
「自分は力も体力もないから刺そうとすれば体をかわされて失敗する。自分の腹に刀の柄の頭をつけて、刀を水平に構えて走った勢いで体当たりすれば必ず相手の腹を刺すことができると思った」
後に山口は、警視庁公安二課の調べにそう供述しています。
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浅沼委員長は直ちに関係者によって会場脇で警戒にあたっていたパトカーに乗せられ病院へと向かいましたがその途中で息を引き取っています。
17歳による政治テロ。
山口は事件の直前まで、赤尾敏が率いる大日本愛国党に入党していました。しかし彼はあくまでも単独の犯行だと供述しました。
「浅沼委員長を倒すことは日本のため、国民のためになることであると堅くじて殺害した。自分一人の念で決行したこと」
調べに取り乱した様子はありませんでした。
浅沼氏が中国を訪問し「アメリカ帝国主義は日中共同の敵」と演説したのを聞いた山口は中国に媚びていると憤激。浅沼氏の殺害を決意したと言います。
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「やった行為については、法に触れることではありますが私としてはこれ以外に方法がないと思い決行し、成功したのでありますから、今何も悔いるところはありません。
しかし現在、浅沼委員長はもはや故人となった人ですから、生前の罪悪を追求する考えは毛頭なく、ただ故人の冥福を祈る気持ちであります。
また浅沼委員長の家族に対しては経済的生活は安定されているであろうが、如何なる父、夫であっても情愛には変わりなく、殺害されたことによって悲しい思いで生活をし、迷惑をかけたことは事実でありますので、心から家族の方に申し訳ないと思っています」
これが尋問の最後の言葉になりました。
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11月2日午後8時頃。
山口はベッドのシーツを細長く裂くと、それをよって80センチほどの紐を作りました。
天井にぶら下がる裸電球を覆っている鋳物製の金網に、手製の紐をくくりつけると、翌朝使うために支給された粉歯磨きを手に取ります。
水に溶いて指につけると、部屋の壁に一文字一文字時間をかけて文字を遺した。生涯最後に刻んだ言葉は10文字。
「七生報国 天皇陛下万歳」
山口二矢(やまぐち・おとや)は少年鑑別所で首を吊り
17年の短い人生に終止符を打ちました。
舞汰には、まるで戦時中に敵艦に突っ込んでいく特攻機の乗りの若者たちの愛国心とダブって見えてしまいます…
本日も暗い話に最後までお付き合いくださいまして
ありがとうございました━━ヽ(*´∀`*)ノ━━☆
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