エンジン出力を向上させれば燃費は下がる。まあ当たり前の話ですよね。容易に想像が出来ます。
だいたいはこの二つの要素だけを考える人が多いと思いますが、実はこのエンジン出力と燃費の関係にはあと一つ重要な要素があります。それは
「排ガスのクリーン度」です。
「エンジン出力」「燃費」「排ガスのクリーン度」の3つはトレードオフの関係です。エンジン単体で考えた場合、3つを同時に向上させることはできません。例えば一昔前まで高級車の代名詞だった大排気量NAエンジンは燃費を諦める代わりにエンジン出力と排ガスのクリーン度を求めた結果です。逆に小型の小排気量NAエンジンはエンジン出力を諦める代わりに排ガスのクリーン度と燃費が良いわけです。
最近になってこの関係を崩しているように見えるエンジンが出てきましたね。いわゆるダウンサイジングターボエンジンです。初期のころは高回転型のNAエンジンを変わらないレベルの出力でしたが、最近は高圧縮比に直噴化とあれやこれやと手が入れられ2Lで350psなんてエンジンもありますね。
まあこの流れはエンジン屋さんにとっては当たり前の流れでしょう。そしてこういう方法を取った場合にどういう結果になるか、わからないエンジニアがいるとは思えません。
小排気量エンジンに過給器で空気を押し込みますから温度はNAと比べて上昇しノックが厳しくなります。じゃあどうやって対策するかというと直噴化する。これも教科書通りのお決まりのコースですね。
商品戦略上、エンジン出力は下げたくない。燃費を下げるとハイブリッドに負ける。ということで圧縮比を上げて燃費をかせぐというわけです。
さて最初に書いた通りエンジン出力と燃費を求めれば排ガスのクリーン度は下がるわけです。この直噴ターボエンジンもそれを避けることはできません。
一般的に排ガスのクリーン度と言われるとCO2排出量を思い浮かべる人が多いと思います。では排ガスはCO2だけでできているかどうかというと違いますよね。CO2以外にもNOxやPMなども問題となります。PMの中には粒径10μm以下のSPMや、最近中国の大気汚染問題で話題になった粒径が2.5μm以下のPM2.5も含まれています。
確かに欧州や北米、日本の公的な試験ではCO2、NOx、PMは規制値をクリアしています。PMについては粒子重量の排出係数(㎎/㎞)と粒子個数の排出係数(個/㎞)で規制されています。欧州では重量と個数の両方で規制が始まりましたが、日本と北米ではまだ粒子重量についての規制は始まっていません。
しかし、規制を通っているとはいえ直噴ターボエンジンが従来車よりもPMが悪化しているというデータは出ています。
最近の直噴ガソリン乗用車からの微粒子排出状況
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2013/20131216/20131216.html
日本ではまだ粒子個数での規制は始まっていないので、いささかフライングというか騙し討ちな内容でもありますが、PM2.5の排出について直噴がポート噴射に劣ってしまうのは事実です。
ポート噴射によって空気を燃料をしっかりと混ぜ合わせて均一燃焼を実現させる。これによりポート噴射は発展してきました。ですが先に書いたようにエンジン出力と燃費を求めるために過給器をつけ圧縮比を高めノック防止のために直噴がブームになり、雑誌などでもてはやされていくうちにポート噴射は時代遅れという流れが出来てしまったように思います。
また商品力強化のために公式試験の燃費値競争が激化したことなどもこういう流れが出来てしまった原因の1つでしょう。周知の通りですが、JC08や欧州EUモードなどのいわゆるモード燃費は目安でしかありません。モード燃費での数値を求めた結果、モード走行から少し外れただけのオフモードでも100倍、1000倍近いエミッションを出してしまう車も存在しています。
一般消費者にも原因はあるでしょう。私は燃費を良くしたいなら燃費のいい運転をすればいいと言う考えですが、これは一般的ではないようですね。燃費のいい車を買えば燃費も良いし環境にもいいと言う考え方が主流なようです。それは間違ってはいません。しかし今回の実験結果のような燃費とエンジン出力を求めるあまり排ガスのクリーン度を落としてしまう車もあるわけです。そんな車を燃費がいいからという理由で乗ることが果たしていい結果を生むでしょうか?
公式試験はあくまでもバーチャルワールドです。重要視すべきなのはリアルワールドであり、バーチャルでの結果を競うことも大事ですが、バーチャルを重視しすぎるのは本末転倒です。
プリウスのHVシステム開発者である八重樫氏は、1990年にアメリカに出張した際にGMのエンジニアから「『バーチャル』のローラー上のクリーン度判定だけにとらわれるのではなく、自動車メーカーのエンジニアも実際に使われる様々な条件、すなわち『リアルワールド』でクリーンにしていく必要がある」といわれたそうです。
また初代プリウスが公式燃費試験を実施する際に、担当の試験官から「モード走行に合わせたシステムを作ることだけは絶対にやめてくれ」と言われたそうです。
バーチャルでいくらいい結果を出すことが出来ても、リアルで100倍、1000倍のエミッションを出してしまえばリアルの状況は改善しませんし、逆に悪化させてしまうこともあります。しかしリアルワールドの隅から隅まで評価することはできませんし、公式試験をリアルワールドに近づけても解決する問題ではありません。
1990年代のカリフォルニア州ZEV論争で日本とアメリカのエンジニアの間でグッドフェース設計という考え方が生まれました。試験で特に定められていない部分、すなわちオフモード走行で排ガスのクリーン度の悪化を招いてしまうような技術やチューニングはやめようというものです。
リアルワールドでの環境性能の追及は公式試験の測定値には表れないことも多いです。例えばプリウスには電動コンプレッサーや排熱回収器が採用されました。これは開発者がオフモードでの環境性能を考えた末に採用を決めたものです。
上で紹介した実験結果はJC08モードでの測定ということですが、オフモード状態ではどうなったでしょうか。本当に直噴ターボが正解なのでしょうか。
これを機に消費者側から正しい知識を持って公式燃費競争の激化を食い止められるのではないでしょうか。
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Posted at 2014/01/15 11:19:08 | |
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