
先日スポーツとニートについてのコラムを書く機会がありましたので、ついでに載せてみました。
「ニート」とは「Not in Education, Employment, or Training」の頭文字をとった造語で、直訳すれば「在学中でも雇われ中でも訓練中でもない」というイギリスで使われ始めた言葉でです。
現在日本では15~34歳の未婚の若者で、
仕事も通学もしていない無職者は85万人、
フリーターは過去最多の217万人、
合わせた302万人はこの世代全体の約9%にあたります。
「就職も進学もしていない者」が約10年で4倍近く伸びていること、そして大卒求人倍率は1.3倍であり決して1倍を割っていないことを考えると、自分で「無職」を選んだ学生が増えていると考えていいでしょう。
ニートは『働かない』のではなく『働けない』と言います、
『働きたくない』のではなく、なぜか『働くために動き出すことができない』でいるだけだそうです。
ということは動き出すために「未知の誰かからの早い時点でのきっかけ」を必要としているという事です。
「未知の誰かからの早い時点でのきっかけ」とは何でしょう。
大学のカリキュラムでは間に合いません、
もっと以前の段階、例えば中学生あたりから仕事に触れる事も大切だと思います、
生活していく事を意識するカリキュラムや、思考回路を刺激し、自分で独自に考えをまとめる力を付けるカリキュラムを導入する事も良いでしょう。
しかし小中高と、基本的には、覚えろ!と言われる今の教育の現場にそれを期待はできません。
日本の高校生は希望が無い悩みも無い、覇気も無しで学習意欲や目的も無しだそうです。
成績、友人関係、異性との交遊などに「希望」を持つ日本の高校生が、米国や中国、韓国と比べかなり少なく、
半面、「特に悩みがない」と答えた生徒の割合は1位の米国に近いそうです。
「自分はどんな生徒になりたいか」と具体的な生徒像をたずねる質問では、
「円滑な友人関係が出来る」と答えた割合が米国の半分の40%と最低であり、対人関係に弱さを見せ、
関心事に「勉強や成績」をあげた生徒は二割台と最低で、就学意欲にも乏しいことが分かりました。
多感なはずの高校時代を漫然と過ごす現代の日本の高校生像が浮き彫りとなり、ゆとり教育は本当に良かったのか疑問が残ります。
今後少子化で大学・短大への進学希望者は2007年度に約69万9000人まで減り、全校の合格者数の総計と同数となります。
つまり、大学のランクや種類にこだわらなければ、1年後には志願者全員が入学できる「全入時代」に突入するのです。
よって受験に失敗したから進学しないという理由はほぼ無くなりなります。
経済的な問題を除き、大学進学は「なんとなく行ける」時代なっていくことは確です、
この「なんとなく」が問題です。
「なんとなく」では、仕事や就職を意識するきっかけはもちん、それに対する努力など全く期待はできません。
当然、働く意欲など芽生えることは無いでしょう。
フリーター、もしくはニートになる原因には、矛盾した2つの要素があるそうです。
一つは「どうせ自分なんて」「自分なんか選ばれるわけが無い』という極度の自信の無さ、自己評価の低さ。
もう一つは「特別な自分」という特権意識です。
ではなぜアルバイト経験はあるのに、「働く自信」や「自分に自信」が持てないのでしょうか。
アルバイト経験自体が、「働く自信」に繋がっていないのです。
なぜならアルバイト経験自体を自信に繋げるには、そのアルバイトを自分の経験にしようする意識が必要だからです。
特にアルバイト経験で大切なのはコミュニケーション能力の習得です、
しかし生きる事に希薄な現代の若者には、生きる為の能力を習得する意思が限りなく低いのはしかたがありません。
それでは現代の子供達は何処で生きる為の意欲や習得する喜びを身につけるのでしょうか。
一番の基本は家庭であり親が子供に教えるべきです、
豊かな時代を生きた団塊ジュニア世代、もしくはバブル期を体験験したニューエイジ達が親となり未来を託す子供達を育て始めました、
親達はこの危機的な状況を思いのほか冷静に把握しています、
そして子供達の教育に一番必要な要素はコミュニケーション能力であり、判断力、個性、精神力が重要なことも理解しています、
後はどのように参加するのかなのです。
スポーツは近年親の参加型が増えてきました、
この世代の親は学生時代にスキーブームを経験してきた年代であり、時代の背景によりスリーピングユーザーとなっているユーザー層です、
スキーを再開するキッカケさえあれば眠りから覚めます。
私が知り合いから聞いた話なのですが、
小学生の息子にお父さんがスキーを教えて滑れる様になったそうです、
息子は喜んでスキーに夢中になりました、
息子が高校生になり大学受験の際弱音を漏らしたそうです、
その時父親は昔スキーを初めて滑れる様になった時の事を思い出す様にアドバイスしたそうです。
たったそれだけの経験が子供と親の間に共通した達成感の喜びを共有させているのです。
子供は親との間に距離を置きたがっているのではなく、親に魅力が欠けている場合離れて行きます。
親は子供に媚びるのでは無く手本となり遊びの中から生きるすべを教えることが大切ではないでしょうか。
遊びの中から学ぶ、もしくは学びが遊びになる、そして親と子の共通語を作りながら何かを習得する意欲や喜びを身につけていく、
そんな感覚が今後の新しい理想のファミリー像であってもよいと思います。
キャンプには良い季節になってきました、
テントをワゴンに積んで子供と出かけてみませんか?
一緒にカレーでも作れば共通語が生まれるかもしれません。