
いよいよラストランまで3日
普段は競馬の『ケ』の字も言わない、お堅いニュース番組がディープのラストランをニュースとして取り上げ、今年注目を浴びた著名人も、『オレはディープと兄弟分』などと、血迷った発言するくらい、ディープのラストランに向け日本中のボルテージが上がってきていることを感じます。
しかし、日本のマスコミは一体いつになったら真実を伝えることが出来るのか?
おっと!話が脱線しました。ついに残り2頭となった
『印象に残った有馬記念ランキング』
第2位の発表です。
『シンボリクリスエス』
(第47回 2002年 第48回 2003年)
です。
シンボリクリスエスは、4歳時(現在の表記では3歳)に天皇賞・秋と有馬記念を制したほか、ダービー2着、ジャパンカップ3着という立派な成績をおさめ、年度代表馬に選ばれていますが、今回取り上げるのは2度目の有馬記念制覇の方です。
1年目の勝利は、天皇賞・秋、ジャパンカップが東京競馬場の改装の為、中山競馬場での開催となった事、斤量も軽かった上に相手関係に恵まれた事もあって、なかなか実力を認められていなかったように思います(5歳緒戦となった宝塚記念でも惨敗してるし)。
しかし、オイラは実はダービーの時からその素質に注目していたので、実力が開花し活躍した事を非常に嬉しく思っていました(宝塚記念の惨敗には納得がいかないが)。
5歳の宝塚記念に惨敗した後、新装なった東京競馬場での天皇賞・秋を見事勝ち、天皇賞・秋連覇を果たし、前年3着に敗退したジャパンカップに挑みます。しかし、道悪だった事も災いし、タップダンスシチーにジャパンカップ史上最高となる9馬身差をつけられるという屈辱の敗北を喫しました。
そして、引退レースとなった有馬記念。ラストランということもあってなのでしょうか?究極の仕上げで臨んできました。
そして、今までのレースで派手な勝ち方をしたことがなかったクリスエスですが、ディープインパクトを凌駕する圧倒的なパフォーマンスを披露したのです。
道中は真ん中より前でレースを進め4コーナでは2番手、直線手前では早くも先頭に立ち、後続を引き離しにかかります。そしてここからが圧巻でした。
鞍上のO・ペリエ騎手はクリスエスの隠されていた真の力を解放するかのように、緩める事無く手綱をしごきます。
直線では後続を一方的に突き放す、ワンサイドゲーム。
他の馬は全てシンボリクリスエスの強さだけを際立たせる、脇役でしかありませんでした。
2着のリンカーンにつけた着差は、ジャパンカップのときと同じ
9馬身!
まさに、王者の底力、プライドをまざまざと見せ付けられたレースでした。
圧倒的な差をつけての勝利は、誰にでも分かりやすく強さをアピールできます。
シンボリクリスエスは、最後に相手よりほんの少し前に出て結果勝てばよくて、無駄な体力は消耗しないというスタイルなのかな?(名馬シンザンのような)と思っていました。
ただ、最後に
『本当に強いのは、誰なのか?』
『本当の力を示せば、誰も敵わない』
という事を見せ付けられたことで、大きく印象が変わりました。
ラストランで魅せた真の能力、その圧倒的なパフォーマンスに強烈に痺れた、という事で感動したオグリ、テイオーを抑えてのランク入りなんです。
GⅠも4勝してますし、戦績的にも十分に名馬足りえるモノを持っているシンボリクリスエスですが、ラストランのパフォーマンスから世代を超えても彼の強さは十分に通用すると思います。
シンボリクリスエスはオイラの有馬記念ランキング、第2位の名馬です。
明日は、いよいよ第1位の発表です。1位の馬はオイラの人生に最も大きな影響を与えた1頭です。大袈裟ではなく、彼が居なかったら、若しくは彼の競走馬人生がもっと別な形なら今のオイラがなかったと思います(進学にも大きく影響を与えましたから)。
オグリキャップより更に前の、オイラが小学生だった頃の話です。実は彼の事を書きたくてこのランキングを始めたんです。
ちょっと、気持ちを整理しないと上手く書けないや。。。
Posted at 2006/12/22 16:21:21 | |
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競馬 | 日記