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2015年03月02日

【サプライズ】 Nos2Daysで砂子義一氏と立ち話d(^▽^)

【サプライズ】 Nos2Daysで砂子義一氏と立ち話d(^▽^) 28日(土)、晴れていましたし、クルマでノスタルジック2デイズに行って来ました。

昨年は電車で行きましたが、翌日は雨との天気予報だったので、どうせならドライヴも兼ねてパシフィコ横浜まで行くかという事で。
ああいうデカい展示場の駐車場はどうなっているのか、また、満車だったらどうしようかという心配もありましたが、まあどうにかなるだろうとタカを括り、いざ出発(^o^)

デカい地下駐車場に到着し、やっと空いてる場所を見つけ、よっこらしょっと駐車。



そして何とか地上階に出るエレベーターを見付け、上に行きました。
建物のどの部分でやっているか掲示物も見ておかなかったのでちょっと迷いましたが(^▽^;)

あ、同じ建物の中でこんなのもやっていました(^o^)↓



さて、会場に入り、ちょくちょくお邪魔したり世話になっているお店のブースに挨拶し、それぞれでちょいと小物を買いました。
あるショップでは、こんなおやつも頂いちゃいました(^o^)↓
自宅でお茶とともに美味しく頂きました。



で、暫く見て回って疲れたので、会場外の屋内のベンチで一休みしていると…おや? ロシア人みたいな帽子を被り、皮のジャケットを着た老紳士が立っている。
まさか!
そこで小生はその老紳士に恐る恐る声をかけました。

「あのー、失礼ですが砂子さんでいらっしゃいませんか?」
「おお! 砂子だよ」

やっぱそうだ!!!!!
砂子義一だ!!!!(^o^)ノ

(砂子氏については、
ここここを参照。)

「どこから来たの?」
「埼玉です。今日は晴れていたんで、ゴーヨンで来ました」
「ああ、ゴーヨンで来たの?! それはそれは、有り難うございます(と、深々と頭を下げる)」

なぜ礼なんて言うのかなと一瞬思いましたが、そう、氏は「プリンスの人間」という意識なんですね。
いや~、ゴーヨンに乗って来て良かった。とても良い、話の起爆剤になりました。

それで、小生がガキの頃から砂子氏が駆るクルマの写真を写真集でさんざん見て、オトナになったらこのクルマに乗ろうと決めていた事、砂子氏が駆る第三回日本GPで優勝したR380が表紙になった雑誌(当時のカーグラ)を持っている事等を話しました。

それからはもう、十数分ぐらいだったと思いますが、堰を切ったように止めどなく話を聞けました。
もうこちらから質問をする必要が無いくらいに。(いや、陳腐な質問なんか出来ないとも思いましたし、ロクな質問も思い浮かばなかったというのもありますが。)
向こうから顔をぐーっと接近させてきて、語る語る!!
以下、それを断片的に書けば…(ああ、レコーダーで録音しておけば良かったと後悔したぐらいですヨ…)

「ゴーヨンはね、乗り手を選ぶクルマなんだよ。ヘボが乗ると、ぜ~んぜん速くないんだ。つまりオレはウマいって事サ。フッフッフ!!」
「オレはバイク出身で鈴鹿(サーキット)の事はよく分かっていたから、4輪はラクだなと最初は思ったよ。まあ実際俺が鈴鹿で一番速かったのは事実なんだけどさ」
「ある日電話がかかってきたんだよ。『プリンスの青地(故・青地康雄氏)です』って」
「それで、普通は鈴鹿ではみんな速くても3分台で走るんだけど、俺は3分切ったわけよ。そしたら、トヨタの連中が来て、俺らを(レギュレーション違反の改造をやっているのではと)疑うわけよ。エンジンカバーを開けろとかってさ」
「(ポルシェ・カレラ904出場の背後にはトヨタがいるという前提で)そんで、まあ第二回ではポルシェに負けたんだけど、逆にそのお蔭でプリンスは名前を上げる事が出来たし、その後のR380(「サンパーマル」と発音)とか(ハコスカ)GT-Rにもつながるんだよな。とにかくそりゃ、プリンスは凄い会社だったんだよ」
「第2回日本GPの時、俺は鈴鹿では一番速いからって、もう肩で風を切って歩いていたんだよ。そしたら、日産の難波さん(故・難波靖治氏)が来て、『オマエがプリンスの砂子か?』って訊くわけ。あの難波さんが俺のこと知っていてくれたんだよな」
「それで、日産との合併で、『プリンス七人の侍』は大幅に入れ替えられたんだけど、俺が残れたのは、難波さんが俺を憶えていてくれたからだと思うんだ」
「(座間の記念庫のゼッケン39番のS54について)ああ、あれは俺が第二回日本GPで乗ったホンモノのクルマじゃないよ。あれはニスモフェスティバルに向けて、仕上げたクルマさ」
「ゴーヨンには確かにノーズをぶった切って溶接した跡があったね」
「『七人の侍』は、えーと、ヨコタっつぁん(故・横山達氏)と、生沢と、大石と、古平と、須田と、杉田(「殿井」と言ったかも)と、後は俺か。合併後はほとんど入れ替えられたからな」(正しくは、砂子義一、古平勝、杉田幸朗、殿井宣行、大石秀夫、須田祐弘、生沢徹で、横山達はチームキャプテンという立場だったかも? その辺うろ覚えです。)
「日産の社長なんて、俺会った事ないからね。川又さん(故・川又克二氏。プリンスと合併時の日産社長)なんて、俺が行ったって会っちゃくれなかったからな。だからニスモフェスティバルの時の志賀さん(志賀俊之現日産副会長。当時社長)が初めてだよ」
「(オーストラリアのS54クラブの面々について)彼らは、当時乗っていた連中の息子たちなんだよな。当時オーストラリアでは、ロータス・エランをブチ抜いたスゴいクルマって事でゴーヨンが人気が出たわけだよ」
「(オランダ等、欧州にもS54が輸出されていた事について)まあ、欧州の連中はあんまりゴーヨンを乗りこなせなかったんだろうな。ほら、言ったろ? ゴーヨンは乗り手を選ぶクルマだってさ。その意味じゃ、オーストラリアの連中は、腕が良かったんだろうな」
「俺ら、ゴーヨンを欧州に持ち込んでテストしたんだよ。ニュルブルクリンクも走ったわけ。(注: この時、S54CRを持ち込み、タテグロ・バンに機材を積み込んで、青地氏らが乗り込み、欧州で伴走した。) ニュルで、ノーマルマフラーを外してストレートに交換したよ。それで一周して戻ってきたら、ニュルのドイツ人スタッフらがどーっと走って来て何やらわいわい言ってるわけ。どうやら、こんなに速いとは信じられないとか言っていたらしいけどさ」
「もしあの時欧州のレースに打って出ていたら、今頃日産はトヨタなんて目じゃなかったかも知れないね。ところが日産上層部は、あまり欧州を敵に回すなって事でその後特に積極的な事はやらなかったんだよ」

そして突然、「それじゃあね」っと去って行かれようとしたので、無理にお引き留めし、見知らぬ人に撮って頂いた写真が、冒頭のものです。
結構な時間立ち話してしまい、ベンチに座って頂いても良かったかなとも思ったし、いやおや、ショップのブースのゲストだったのだから長くお引き留めした事がマズかったかなとも思ったけど、まあ赦して頂きましょう(^o^)ノ

…もっと二輪時代の事とか(浅間火山レースとか海外での活動とか)もありましたが、うまく記憶しておらず、まとめられません。
その他、四輪の話もまだまだあったと思いますが、これまた正確に思い出して書けません。

とにかく一対一で、砂子氏という歴史の生き証人、まさにその人から数十年分の話を一気に聞けて、興奮しました。(周囲の人々は誰も気付いていない様子。)
もちろん上記の話が100%正しいかどうかは、氏の記憶違いもあるでしょうけれども、この際そんな事は些細な事で、当の砂子氏の目を通して見た、日本のモータースポーツの黎明期の話、そして日本の自動車産業が一気に開花して爛熟した時期の話を聞けたのですから。
こんなサイン入り名刺も頂けました。(とあるショップが連絡先になっています。)

ここのところ、小生は仕事でも冴えず、低空飛行気味の日常ですが、こんなご褒美にあり付けるとは、人生どこにどんな嬉しい事が待っているか、分かりませんね。

少し気になったのは、これは取り越し苦労かも知れませんが、砂子氏の一気呵成に話す口ぶりに、とにかく今のうちに話せる事を全部話しておきたいというような様子を感じた事です。
小生もまた機会があればお話を伺いたいと思いますし、プリンス・ファンならどなたでも、今のうちに氏に会った際にはお話を伺っておいた方がいいと思います。

とまあ、大収穫の今回のNos2Daysでしたが、こちらも重要な方、いらしてました。
前述の「プリンス七人の侍」の古平勝氏。(古平氏も
ここここを参照。)



今回は、MID4の開発の逸話についてのトークショーでした。
時間の関係でほとんど聞けませんでしたが、これまた有り難い事でした。

MID4の1と2が展示されていたのも、収穫でした。↓






これを発売しなかったとは、日産も勿体ない事をしましたねえ…。

とまあ、そんなこんなでした(^o^)
ブログ一覧 | イベント | 日記
Posted at 2015/03/02 03:04:25

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この記事へのコメント

2015/03/02 07:15:19
おはようございます。
素晴らしい経験されましたね。
ご本人から直接お話を聞けることはないですよね。
神様がくれたご褒美かも(笑
コメントへの返答
2015/03/02 07:35:42
お早うございます(^o^)

いや~、ホント、神サマがくれたご褒美かも知れません。

人生、時にはこんな嬉しいサプライズがあるから、捨てたもんじゃありませんね(^o^)
2015/03/02 07:44:04
MID4は、もはやポルシェ959に匹敵する価値なのでは・・・^^;
コメントへの返答
2015/03/02 07:51:52
お早うございます(^o^)

そうでしょうね。
日産も959をかなり意識したようですし。

そういうのを意地でも市販するかしないかは、メーカーの覚悟の有無の違いなのかなと思います。
2015/03/02 08:49:22
おはようございます。
いつも楽しく拝見させて頂いてます♪

とても素晴らしい休日を過ごされましたね♪
お忙しい仕事の合間のリフレッシュどころか、
人生の一大行事くらいの2デイズになられた事でしょう!

もし…、
日産とプリンスの関係が逆の立場だったなら…、
MID4は間違い無くデビューしていた様な気がしますが…。

コメントへの返答
2015/03/02 10:16:08
お早うございます(^o^)
こちらこそ、いつも貴ブログ楽しく拝読しております。

はい、確かにこれは人生の一大行事でした。
しかも、何と言いますか、自分が気付いて、他の人々も気付くかというとそういう事にならず、ある意味超ラッキー、ある意味ガッカリ(周囲が砂子氏を知らない人々ばかりだったので)。
とにもかくにも、謂わば砂子氏をしばし独占出来た事になるので、こりゃあとんでもない神サマのご配慮ですね(^o^)

>日産とプリンスの関係が逆の立場だったなら…、
>MID4は間違い無くデビューしていた様な気がしますが…。

かも…知れませんね。
日産は肝心なところでいつもお役所的であったのは間違いありませんが…。
ここぞというところで、パチーンという弾けたところが無いと言いますか…。
2015/03/02 09:00:27
えー!!
なんで僕も呼んでくれなかったんですか!
www
コメントへの返答
2015/03/02 10:23:42
お早うございます(^o^)

そりゃあもう、みんカラでお付き合いしている人々みんな呼びたかったぐらいですよ(^o^)ノ

ホント、縁と言いますか、チャンスというものはある時ふとやってくるもんですね。

ただそれもバクチとは違うので、何と言いますか、「何らかの」準備をこちらがしていると、ふとこういう形で、自分に「結果」として報酬があるって言うんでしょうか。

そんな気が致しました。
2015/03/02 12:31:47
こんにちは
MID4とか気になるものはあったのですが、開催以来初めてノスヒロ行きませんでした(^^;;

あの方が砂子さんだったんですね。
自分が記憶してるところだと、お店のブースに毎年写真と同じ格好で鎮座されていて何者なのか不思議に見ておりました。

オーストラリアは現在もTop Gearで取り上げられるような走らせると面白い車を出してますので国民性かもしれませんね
コメントへの返答
2015/03/02 13:15:05
こんにちは(^o^)
ワシも今年は行かなくてもいいかなとは思っていましたが、晴れていて、日曜には雨だとの事だったので、ドライヴがてら言ったら、大正解だった、という次第です。

あ、なるほど、毎年砂子氏は来られていたんですね。
小生は去年、実に久しぶりに行ったのと、その時は氏をたまたま見かけなかったので、それは気付きませんでした。

豪州は、割と「オモシロい」クルマに食指を伸ばす人が多いのかも知れませんね。
現代のクルマだと、ランエボとかインプレッサWRXとかも結構人気があるようですし。

あと、「欧州よりは豪州の方が運転がウマいやつが多そうだ」という砂子氏の表現は、恐らくですが、欧州にはS54の3キャブ版が確か輸出されていなかったから、強烈な刺激を味わう事が無かったからなのかも知れないと小生は想像します。
2015/03/02 16:42:38
砂子さんとサシで話されたなんてスゴイですねー!!

オマケにMID4まで展示されていたとは!!

羨ましいですばい。。。
コメントへの返答
2015/03/02 17:04:19
こんにちは(^o^)

今回は元々、行くのも少し億劫になっていたんですが、何かムシの知らせですかね、翌日が雨だからと、クルマに乗ろうと。どうせクルマに乗るならノスタルジック2デイズさん行くばい!と。

それが当たりだったんですからねえ。

MID4もステキな特典でした(^o^)
2015/03/02 18:53:00
はじめまして。
砂子さんとお話できたなんて羨ましいです。自分はスカイライン好きですが、プロジェクトXのR380を見て熱きプリンスファンになりました。砂子さんはご子息(塾長)にヒール&トゥは教えたらしいですが、本格的なドライビングテクニックを教えた事は無いみたいですね・・血ですね!

砂子さん、関西方面出身なのに江戸ッ子っぽく歯切れのよい口調が好きです。やはり式場さんのポルポル君にはトヨタが関与してたのでしょうか!?世界に当時6台しかないものを、いくら一般庶民より裕福といえどあの時、あの時期に一個人が購入できるものでしょうか!?永久に答えはでないでしょうけど・・・それだけプリンスが頭抜けた存在だったのでしょうね!プリンスに追いつき追い越せという時代だったのでしょう!それを支えていた名ドライバーが砂子さん!・・・もう結構年ですから、喋れるうちに砂子さんの真実を伝えたかったのでしょう!それはプリンス乗りの2000GT-Bさんが最適でしょうね(^^)・・・ゴーヨンビー乗りですから・・・熱いぜ~。うぉ~失礼しました。
深い・・・このようなブログ待ってました~。感動です(TT)
自分、今R34の基準車に乗ってますが、根底にはプリンス出身の桜井さんのスカイラインに超憧れて憧れで良しとしてます(^^;・・・ゴーヨン乗りというだけで最大級の尊敬の眼差しです(^^)
コメントへの返答
2015/03/02 21:54:24
こんばんは(^o^)
コメント有り難うございます。

小生も数年前にテレビで「プロジェクトX」を観て、ああ、やっとプリンスがちょっとは表に出られるようになったなと思ったクチです。
砂子塾長もプリンス東京のGT-Rでレースを走っていたので、お父さんもそれが嬉しかったと雑誌で語っていました。

ポルシェ出場の背後にトヨタがいたかどうかは、永遠に判明しないと思いますね。事実だとしても、天下のトヨタがそれを明かすとは思えません。
確かに、式場病院の倅で裕福だとは言え、個人でそれを引っ張って来れるほどのチカラと財力があったかは疑問ですね。
但し、式場氏個人があの904を所有していたのは事実のようで、故・徳大寺有恒氏も横に乗せてもらった事があるそうです。

>喋れるうちに砂子さんの真実を伝えたかったのでしょう!

それは強く感じました。反面、高齢の砂子氏ですから、少し心配してしまいました。

それから、過分にお褒め頂いて恐縮です。
小生はまだまだ青二才です(^▽^;) 極めている人は、結構いますよ~。
小生も、やっとここ一、二年で、今のクルマが自分のクルマと言えるかなと思えるようになったぐらいです。

R34、イイですね、ホント。
実は十数年前、自動車部品会社にいて、R34GT-Rの部品の生産立ち上げで、本当に苦労しました。
それだけに、R34は本当に新車で買えればなと思ったぐらいです。(4ドアに惹かれました。)

R34は渡邉衡三氏、つまり故・桜井氏からしごかれて育った「荻窪」出身の人ですから、最後のプリンス車と言えると思っています。
2015/03/02 19:19:11
こんばんは。

砂子さんにお会いできてよかったですね。僕もプロジェクトX「ラストファイト 名車よ永遠なれ!」でプリンスが好きになった口です。あの番組内での砂子さん、「負けられないっすよ!」と仰る場面がありますが、「あぁ、こういう方なんだな」と勝手にイメージしておりました。

R380は「アールサンハチマル」というネーミング正しいのか、それとも「アールサンパーマル」という言い方が正しいのかどちらなんでしょうね?
コメントへの返答
2015/03/02 22:02:09
こんばんは(^o^)

何とまあ、こんな経験が出来ました。本当に有り難い事です。

はい、「プロジェクトX」で、故・滝進太郎氏の906に抜かれた時のエピソードで、「いやあ、レースは最後までどうなるか分からない!」というセリフは勇気が出ましたね(^o^)

380は、よく「サンパーマル」と呼ばれ、裕次郎の映画「栄光の5000キロ」でも「サンパーマル」と呼ばれていますが、桜井氏は「サンハチマル」と呼んでいた気がします。
2015/03/02 22:00:46
こんばんは。

日産とプリンスが合併してから50年近くが経とうとする今、プリンスの最盛期を知る方のお話を伺うことができたとは、貴重な機会でしたね。

一方のMID-4。写真でも見たのは久しぶりです。
当時は2型で少しおとなしい形になったかな?と思ったりもしましたが、今、改めて見るとボディの面構成や、テールランプのデザインも洗練されてますね。
仰るように、日産ももったいないことをしたような。

コメントへの返答
2015/03/02 22:11:38
こんばんは(^o^)

本当に貴重な機会でした。得難い経験でしたね。

MID4は、改めて見ると、1型も2型もイイもんですね。
日産は、技術の問題ではなく、根性の足りなさでこういうクルマを埋もれさせてしまったんだと思います。

まあ、MID4で習得した技術を他の市販車に生かせたのは間違いありませんが、大きな勝負をかける時は、ドーンと行くべきではないかと思います。
単なるハッタリ車で市場を騙すわけではないのですから。
2015/03/02 22:36:40
こんばんは~。
コメント失礼いたします。

う~ん。すごい。

この時代のレーサーさん達は、
やはりオーラが違う。

黎明期の日本サーキット界を、
支えて来た方々、ご本人を、
直に見れるだけでもすごいのに、
お話されたとは・・・
う、羨ましい~~~。(笑)
コメントへの返答
2015/03/02 23:22:16
こんばんは(^o^)
コメント有り難うございます。

確かにオーラがありますね。

歴史の生き証人からのお話は、確かにそれだけで宝物って感じがします。

しかも、ところどころで、今まで雑誌等で知り得なかった事を聞けると、それだけで得をした気分になります。

いやはや、本当に有り難い経験をさせて頂きました(^o^)
2015/03/02 22:42:48
こんばんは
Nos 2Days, 貴重な体験をされたのですね。すばらしい。

トヨタに比べ、日産やプリンスのほうが著名な設計者やチーフエンジニアが多い気がします。

それにしても今のトヨタは・・・、やめときましょう。
(^^;)
コメントへの返答
2015/03/02 23:36:42
こんばんは(^o^)

本当に貴重な経験をさせて頂きました。

トヨタと言えば、初代クラウンの故・中村健也氏、そしてパブリカ、ヨタハチ、カローラの故・長谷川龍雄氏ではないでしょうか。

ところで、長谷川氏は立川飛行機の技師でしたが、たまたま自分がチーフを務めるキ94戦闘機の設計と試作のために千葉の松戸にいたために、他の立川社員みたいにプリンスに合流しなかった、という歴史の偶然がありますネ。

しかしその偶然のために、結果的にトヨタはカローラで世界を席巻したと言えるでしょうか(^o^)
2015/03/03 00:05:34
初コメ失礼します。

2デイズ楽しめたようですね。

自分は毎年このイベントに来ていますが砂子さんは必ずといっていいほど こちらに来ていますよ。
気さくで楽しい方ですので来年も2デイズに行かれてはどうでしょうか。
きっと来年も砂子さんに会って楽しめると思いますよ。
コメントへの返答
2015/03/03 00:19:54
こんばんは(^o^)
コメント有り難うございます。

砂子氏は毎年いらしているんですね?

是非ともまたお会いしたいものです。
来年また2デイズに行く楽しみが出来ました。

古平さんともお話しておけばよかったと、ちょっと後悔もしています(^▽^;)
2015/03/03 09:10:59
おはようございます。

まさに目から鱗の素晴らしいブログ、感激致しました!

あの砂子義一氏と1対1で会話をされて、様々なお話をしていただけたのも2000GT-Bさんご自身もコメントの返信で(「何らかの」準備をこちらがしていると、ふとこういう形で、自分に「結果」として報酬があるって言うんでしょうか。)おっしゃる通り54Bがお好きでプリンスがお好きでそれにまつわる様々な事を調べられて豊富な知識となっていらっしゃるからこそチャンスを最大限に生かせたのだと思います!

砂子さんの貴重なお話を2000GT-Bさんのブログで語り継がれていくといいですよね。

砂子さんのお話にも登場されてました志賀さんは日産役員の中では一番日産の事を思い理解されていたと思います。更迭されてしまったのはつくづく残念ですし、現状の日産を見るとより今後が心配です・・・。
コメントへの返答
2015/03/03 10:37:39
お早うございます(^o^)
ご丁寧にコメント有り難うございます。

実を言いますと、小生が一昨年の夏にみんカラを始めた理由の一つが、プリンスの人物史を自分なりに調べてみたいと思った事でした。
人物史に限定すれば、みんカラが必ずしも最良の方法とは言い切れませんが、その代わり、みんカラで出会えた人々のお蔭で自動車そのものについての知識や自身は深まり、より一層自動車そのものを楽しめるようになりました。
有り難い事ですm(__)m

思いますに、物事は何かを突き詰めていくとピンポイントで自分が求めていた事がすぐに得られるわけでは無いにしても、何も無駄になる事が無く、いつかひょんな事から自分が求めていた事が得られる機会に遭遇するって事なのだろうと思います。
問題はそのチャンスを生かせるかどうかなのかなと想像しています。

人物史と言えば、小生は個々の人物の学歴・職歴と、生年月日、出身地、そして亡くなった方の場合物故日までおさえて、データベース化したいなと思っております。(プリンス出身者は有名な人でも結構最後は出向というケースが多く、後半生がよく分からない人がいたりします。それは、伝手を辿って調べるしかないのだろうなと思います。)

志賀さんの件にからめますと、現在の日産は謂わば外資系企業で、継続的に「クルマ屋」の役員が未来を見据えてシナリオを書くというより、その場その場でそれなりの業績を上げて、個々の役員が自分自身のハクを付ける場になったのでは?と思います。
もちろんそうなったのも、自分らで体質を変えられなかったから外資の軍門に降ったという事なのだろうと思いますが。
2015/03/03 21:23:31
こんばんは。

砂子さんにお会いしたのですか〜。
しかも会話まで〜。
うらやまし過ぎです〜。

興奮し過ぎて変な文書お許しください。

第2回日本グランプリーの話というより、砂子さんとなお話全てが貴重ですね。
54を海外に持って行ったとは初めて知りました。
しかもニュルまで走ったとは。

砂子さんかみたら自分は下手くそ以下ですね泣
免許取り立ての頃父親の54を発進すらでき
ずエンストさせ電装飛びましたから笑
アース不良なだけでしたが笑
ノスタルジック2days行って見たいですね〜。
コメントへの返答
2015/03/03 21:48:21
こんばんは(^o^)

いやあ、こっちも興奮しましたからネ。

ニュルもですし、実際、ルマンにも出ないかという話があったらしく、エールフランス航空がスポンサーに付くという話まであったんですが、日産の決断で出場しなかったそうです。(もったいない…。)
R380のルマン仕様は計画されていたはずです。

いやいや、ああいう「神ドライバー」からすれば、誰でもヘタクソですって、ハイ。

>ノスタルジック2days行って見たいですね〜。

ええ、来年は是非とも(^o^)ノ
2015/03/04 07:53:51
素晴らしい体験をされましたね! 羨ましいです(^^) ところで、トヨタ2000GTはもしかしたら日産2000GTだったかもしれないって話がありませんでしたっけ?! 最初、ヤマハがあのエンジンを持って日産に話を掛けたけど、見事に蹴られて、それでトヨタに話が行ったとか?! 違いましたっけ?!(笑) 日産の決断力の所を読み、思い出しました! なんだか、プリンス万歳!って気がしますね(^0^)/
コメントへの返答
2015/03/04 10:38:05
お早うございます(^o^)

はい、これは素晴らしい体験でした。感謝感謝です。

トヨタ2000GTと日産のスポーツカー計画との関連についてはあまり詳しくありませんが、最初四輪進出に出遅れたヤマハが日産との提携を模索し、頓挫したところで今度はトヨタにパートナーシップを持ちかけたのが、トヨタ2000GT計画のきっかけだと認識しています。
そこの部分での日産が蹴った事の良し悪しは微妙なところで、日産はすでにフェアレディSPというスポーツカーも持っていましたからあわてる必要が無かったのでは?とも思います。
しかし、その「幻の日産2000GT(?)」の話自体は、のちの初代Zの計画に何らかの影響があったと考えてもいいとは思います。(確証はありませんが。)
しかしそこまでですね。二線級だけど、トヨタとは違う個性を持てていたので。
あと、余談ながら、日産は独自の直6ツインカムをレース用に用意しましたが、プリンスとの合併が決まり、GR8エンジンが手に入るので、そのエンジンの熟成をやめましたね。(フェアレディSRに積んで特殊ツーリングカーレースに出た。)

プリンスは年中崖っぷちだったので、レースやスピード記録でインパクトを与え続けないと食われるという恐怖感に常に付きまとわれていたゆえの、電撃作戦の連続だったのかも知れません。(しかし、第一回日本GPでの大コケは致命的でしたが。)
ホンダの元F1監督だった故・中村良夫氏も著作で、「ホンダ以外で当時スポーツ性を感じたメーカーは、日産合併前のプリンスのみだ」と書いています。
そして年月が経ち、今度は万年2位の日産も時には電撃作戦が必要だったのに、MID4計画を中止した事で、「ミニトヨタ=自動車のデパート二線級」に甘んじる事となり、やがてさらに凋落する事となったのでは?と思います。(あんなの100台限定で、超高価でも良かったのに。)
2015/03/06 22:43:22
遅レスすみません。
凄い偶然で、巡り合えましたね。そして、自分から声を掛けて幸運を呼びましたね。
愛車に関わる砂子さんとお話できて、ブログの内容だけでも、当時の本当にかかわったひとにしか 話せないことですね。
確かにボイスレコーダーに録音できれば良かったですが、2000GT-Bさんの記憶に確実に残ったと思います。
本当によかったですねぇ!!

コメントへの返答
2015/03/06 23:49:34
こんばんは(^o^)
コメント有り難うございます。

ホントに凄い偶然でした。
「歴史の生き証人」からナマでお話を伺えたのは、こんなに有り難い事はありません。

それに、この時ほどボイスレコーダーで録音しておけばよかった!と悔やんだ事はありませんね(^▽^;)

やはり、このクルマに乗っていて良かったと思えた一日でした(^o^)ノ
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S54B-2型の、GT-Bです。 平成11年以来の付き合いになります。(これを書く際に、 ...
ダイハツ ミラ 初めて所有した軽自動車☆ (ダイハツ ミラ)
ついにS54の外装修理を決意し、先日みん友さんの協力を得て開始したわけですが、その期間の ...

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