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2021年12月03日

思い出のクルマをカタログで振り返る38(2代目ハイエース ワゴン)

思い出のクルマをカタログで振り返る38(2代目ハイエース ワゴン) 気が付けば、今年も残り1か月足らずとなりました。
今年も1年があっという間、さらに12月はその名の通り師走ということで、公私共に結構慌ただしかったりもします。

そんな時の更新には、比較的書きたいことが容易に浮かぶ書庫からの一冊ということで。今回の一冊は、カタログから当時のことを思い出した的な感じですね。


今回お題にするのは、2代目ハイエースのワゴンの中から最終モデルのカタログとなります。この時代だと、ワンボックスワゴンのブームがピークを過ぎて、やや下り坂に入った局面くらいでしょうか。一番の激戦区は、もう一クラス下にありましたが、ハイエースも今に続く最大のライバルであるキャラバンに加えて、当時は存在したキャラバンの姉妹車であるホーミー、このクラスに突如参入したファーゴと覇を競い合っていました。今回紹介するワゴンよりも、むしろバンの方が激戦だったかもしれませんね。

それでは、早速カタログの紹介に入っていきます。


最初の見開きに掲載されているのは、1980年(昭和55年)12月にマイナーチェンジの後、僅か3か月後となる1981年3月に追加された、スーパーカスタム サンルーフのディーゼル仕様となります。

サンルーフは当時のワンボックスで装着率の高かった装備の一つであり、流行の火付け役は同じトヨタのタウンエースとその兄弟車であるダイハツ デルタワイドと認識するところとなります。このクラスにおいては1980年8月に登場したキャラバン&ホーミー(E23)に先行され、ハイエースが後追いとなった形です。追加の時期からしても、マイナーチェンジには間に合わなかった節が感じられます。

角目、ウレタンバンパー、アルミホイールはマイナーチェンジで採用されたアイテムでした。サイドストライプと合わせて、バンとの差別化も担うアイテムでもあり。乗用車から少し遅れての採用でもあり、これらは70年代から80年代への時代の変革も表しているという見方もできるかもしれません。

ボディカラーはシルバーということで、白と黒が主流の現代からすると地味に映るかもしれませんが、屋根の洗車がしにくいワンボックスでは汚れが目立たないということで意外な(?)人気色でありました。

ガソリン仕様も多かったように記憶しますが、販売に力の入っていたのはディーゼル仕様の方でした。2.2Lのノンターボというのは、この巨体(と書きつつも、全長:4,440mm、全幅:1,690mmに過ぎなかったりしますが)には如何にも力不足の感が拭えませんが、キャラバン&ホーミーはSD22を搭載(後にLD20Tに変更)ということで、ディーゼルの方が商品力としては優位に立てるという目論見があったのでしょう。ディーゼルのみとは言えども、OD付4速オートマチックも選べる辺りも周到ではありました。以前に書いたクラウンvsセドリック&グロリアのディーゼル戦争が重なったりもしますね。
ちなみに、ファーゴも初期は2.0Lのディーゼル&MTのみの組合せということで、エンジン&ミッションではモデルの古いハイエースが商品力で勝っていました。





室内の見開きでは、マイナーチェンジで採用されたスイングウェイ対面シートを主にした掲載となっています。

これも対面シートはキャラバン&ホーミーが先行で、ハイエースは後追いの形。セカンドシート自体を回転させたライバルに対して、こちらは当時「新幹線方式」とも呼ばれた背面のみの移動で実現させていました。この機構の採用により、一番の優等席であるセカンドシートは座面の傾斜角が限られ(それでも何とか座面の後傾角は取っていたようですが)、背面も平面形状に近くならざるを得なかったのですが、それでも当時は対面シートの商品力の方が勝っていたということなのです。過渡期の仕様の感はあり、次世代ではシート自体を回転させるに変更されています。

2列目を回転させることで3列目との一体感が得られる一方、疎外感が強くなるのが1列目。当時は1列目のリクライニング角も限られていたこともあり、この画では外から輪の中に入ろうとしている感が否めなくなっています(笑)
今では消えてしまった装備の一つということで、当時らしい光景とは言えるでしょうね。





次の左頁もスイングウェイ対面シートを主にしての掲載。
セカンドシートの1人掛けと2人掛けを進行方向と対向で使い分けられる利点が書かれていますが、実際の使用状況で使い分けることがあるかというと・・・
サードシートの乗降では便利かもしれませんけれど。

同様の回転対座機構を採用したタウンエース&デルタワイドでは、対面の際に座面も前移動させることが必要でしたが、ボディサイズに余裕のあるハイエースでは座面を動かさずでの対面が可能でした。

エンジンのサイズはR型のガソリンよりL型のディーゼルの方が小さかったようで、ガソリン車にはセカンドシートの足元を侵食する出っ張りが存在していました。この位置だと、足を下ろすよりこの上に足を上げる使い方が多かったと推測。


右頁には同じく新採用となったオーバーヘッドデュアルエアコンの紹介。
採用前は助手席の後ろに弁当箱型を置いていたことからすると長足の進歩であることはもちろん、運転席側の壁にウォール型のクーラーユニットを置いた日産よりも確実に理想的な配置ではありました。今のミニバンも冷房の吹き出し口は天井にあったりしますし。

後付感の払拭までには至っていないものの、当初設計ではなくモデル途中での追加ですから、その辺りは仕方なく。フロントの冷房もエアミックスタイプでこそないものの、吊り下げクーラーからダッシュボードの埋め込みとなっていますし、空調に関してはここで大きな進歩をしたと言っていいでしょう。トヨタというよりデンソーの成果とするのがより正確な気はしますけれども。





ここでようやく1列目の紹介となります。
メーターパネルやセンターコンソールの形状をUPDATEしているものの、インパネの基本形状は1977年の登場時点のままということで、当時でも時流に乗り遅れつつある感はありました。3本スポークステアリングや画像にあるカーコンポ(松下製)が新しさを訴求している形ですね。両アイテムは40カリーナからの流用と推測します。

ライトエース&タウンエースは、同時期にはMT&ATにフロアシフトを採用、さらにATには足踏み式のサイドブレーキも採用されていました。一方のハイエースはコラムシフトとステッキ式のサイドブレーキを継続採用。このクラスだと多人数乗車が求められていた感があるのが理由でしょうね。フロアシフトは次世代での採用となります。





主な装備品の紹介頁です。

ウレタンバンパーの装備により、全長は100mmのプラス。右側のスチールバンパーと比較するとナンバー位置の違いが見た目に結構影響しているように感じます。

当初はバイアスタイヤが標準でしたが、ようやくラジアルタイヤの標準化が始まっています。195サイズが70扁平で、185サイズは82扁平。タイヤの直径としては195サイズの方が15mm程小さくなる筈ですが、当時は205/70サイズのラジアルは一般的ではなく、クラウンやセドリック等も同様の設定となっていました。次世代のハイエースでは205/70R14が設定に含まれることとなります。見た目的にも195サイズとアルミを選択してといきたいところですが、この世代のハイエースに関しては一長一短があったという話は後述。

パワーウィンドゥは助手席のみの設定。バンでも選択可能だった装備ですが、運転席が手動との組み合わせは珍しい感はあります。手の届かない助手席を電動化するというのは合理的ではあるのですが、両席パワーウィンドゥまでの過渡期的設定に留まっています。

スペアタイヤはガソリンとディーゼルで収納方法が異なっていました。セカンドシートに続くガソリン仕様のネガであり、明らかにディーゼルの方が理に適っています。理由を探ったところ、ワゴンのガソリンのみ燃料タンクの容量を増やしていた(ワゴンガソリン:65L、他:58L)ことに起因するようです。航続距離が厳しかったのかな?というのは推測。工具とジャッキの収納方法といい、スペースの割に使い方は鷹揚の感がありますね。





グレードの一覧です。
スーパーカスタムは後から追加されたグレードということで、ユーザーの上級&豪華志向に応える形でグレードを上に増やした形でした。スーパーカスタムをバンに近いデラックスと比較すると、バンベースで如何に高級に見せるか工夫の跡が見て取れるかと思います。後年のスーパーカスタム リミテッドからすれば、まだまだシンプルとも言えますけれど。

10人乗りは当初9人乗りと同じ標準ボディに設定されていましたが、この時点ではロングボディとなっています。4列を無理なく収めるには、このサイズの方が妥当と言えるでしょうね。





装備一覧表と主要諸元表です。

前頁のグレード一覧と付け合せると、違いがより解るかなと。
主要諸元表にはスタンダードの記載がありますが、装備一覧表には無。ガソリンの10人乗りのみですし、殆ど売れていなかったのでしょう。

主要諸元表で気付いた点をいくつか。
先ず、ホイールベースは短いのに最小回転半径は意外なほど大きかったりしますね。5.3mでもマークII系より大きく、クラウンより小さいぐらいの数値です。

逆に意外と軽く感じたのは車両重量。最も重いスーパーカスタム サンルーフのディーゼルでも1520kgですからね。装備がシンプルというのが大きいのでしょう。次世代では150kg近い増加となっていたりします。

次にディーゼルはやはりパワーレスだったようで、ギヤ比での工夫というべきか細工が散見。MTは全体的にワイドレシオですし、ATはギヤレシオこそ乗用車と共通ですが、最終減速比がかなりのローギヤード。4速は確かにオーバードライブですけれど、トータルレシオでは乗用車の3速並みとなります。

それでもディーゼルを設定した理由は燃費消費率にあり。この数値だとガソリンにATを設定したら10モードで7km/L前半となりそうで。





裏表紙には別カタログ扱いのバンとコミューターが掲載されていました。
この世代のハイエースだと、こうしたツートンカラーの印象が強かったりもします。ボディバリエーションとしては、この時点で確立していた感はあって、標準・ロング・スーパーロングという3構成は、この後も2世代、20年以上に渡って継続となっています。

ディーラースタンプは、東京トヨペットの高島平営業所。新車販売店の方はトヨタモビリティ東京に引き継がれ、今でも現存のようです。併記の高島平中古車センターは80年代末期に閉店しています。

カタログの発行年月は昭和57年9月ということで、この世代としては最末期ですね(次世代は昭和57年12月に発表&発売)。この年月からすると、父が3代目マークIIの中古車を購入後、(この世代のお約束でもある)ダッシュボードのセンタースピーカー部が割れ、中古車保証の扱いで入庫した時に貰ったものと推測します。当時から、父はワンボックスワゴンを心の片隅に置いていたようで、ディーラーでカタログを貰う際には指名とすることが多かったことを思い出します。


この時代のハイエースは、重ねて書いてきた通り、キャラバン&ホーミーと割とガチのライバル関係にありました。モデルチェンジの時期がずれていたこともあって、シーソーゲームだったようにも記憶するところです。この2代目ハイエースにとっては、初代キャラバンは超えたものの、再び2代目キャラバンが強敵となって現れたという構図だったような。結局この世代のハイエースは6年弱のモデルライフとなっていますし、次世代も7年弱で4代目へと替わっています。4代目は約15年、現行は15年を過ぎて次世代がまだ見えないということで、どんどんロングライフとなっていたりもします。

ワゴンはこの後も豪華指向をどんどん強めるものの、90年代末期にグランヴィア辺りから、バンとは別モデルという形での後継の模索が始まり、紆余曲折を経た後、アルファードへバトンを継いだ形とみるのが正しいと感じます。現行モデルにもワゴンはあるのですが、どちらかというと今回のカタログの中では10人乗りに特化した系譜と判断しています。コミューターにかなり近かったりもしますし。


さて、ここからは思い出話です。
この世代のワゴン、当時親しかった父の友人の一人が乗っていました。末期の特別仕様車リビングサルーンだったことは覚えているものの、複数回出ていたリビングサルーンのどのモデルかまでは探求できず。リビングサルーンはカタログを不所持というのも理由の一つ。

このリビングサルーンの前車が、2代目マークIIのセダン後期型LG。少し前に書いた通り、父としては一時期は一番欲しかった車そのものの仕様で、密かに放出を待っていたものの、中々代替とはならず、待ちきれずや目移りにより結局3代目のグランデを買ってしまったという経緯でもありました。冗談半分でご当人にもそんな話をしていたような。

当時から殆どお酒を飲まなかった父は運転手役となることが多く、自車を持ち出すことも度々ありました。この頃になると同乗の人数が増え、それならワンボックスをとなっていたようです。かなり親しかったこともあってか、リビングサルーンは比較的容易に借りることが出来たようで、父の仲間内の旅行では何回か出番となっていたことを思い出します。

乗せて貰う方からすれば、広大な空間と豪華内装に大満足となる訳で、かなり喜ばれていたようです。もっとも運転する方は「ディーゼルのATだから大勢乗せると明らかにパワーが足りない。何よりハンドルの重さが尋常じゃない。」という感想だったようで。
約1.5tの車重に大人6人の体重、特に前輪には重いディーゼルエンジンと大人2人の体重がまともに加わる形。その前輪は195サイズのラジアル。これを重ステで取り廻すのですから。この世代はパワステがオプションでも選べなかったのです。

「低速だと逆手ハンドルが必須。据え切りはもちろん、走行中の急ハンドルだって重過ぎて物理的に無理。」と話していたのを今でも覚えていたりします。それでも燃料の安いディーゼルということもあり、出番となることは多かったのです。

結局、持ち主もハンドルの重さか、度々の貸し出しが面倒になったのか、4年程で再び7代目クラウンのツインカム24へと戻られてしまうことになるのですけれど。この型のハイエースで真っ先に思い出す、私的思い出話となります。


当時のハイエースワゴンと現在のアルファードで通ずるものがあると感じるのは、友人等を後ろに乗せた時に喜ばれる、それがオーナーのプライドをも擽るという部分になります。その視点では、アルファードはハイエースワゴンの系譜あるいは末裔であることは揺るがないとも。それも車選びの価値観の一つなのかなと思ったりもしまして。

逆に大きく変わったのは、運転する方が我慢を強いられていた部分でしょうね。物理法則は動かしようがないので、セダンやワゴンと全く同じとは言えないのですが、日本国内で法令・法規を大きく逸脱しない範囲という前提に立てば、運転した経験からしても、まぁ不満を感じることはないと言えるわけで。

当時とは異なり、セダンやワゴンに回帰するユーザーが極めて少ないのもそんな理由かと思うところです。ミニバンやスーパーハイトの軽をそこまで成立させる過程では、技術の進歩だけではなく開発者の相当な尽力も積み重なっているのだなと。振り返ることで、そんなことを感じた回となります。
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Posted at 2021/12/03 21:36:22

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この記事へのコメント

2021年12月4日 6:26
ハイエースは初代が長かった事もあり、まだ2代目で、今の200系に繋がるサイズ感はこの世代で確立しましたね。

さてこの2代目、当時の印象は地味と言うものでした。
あらためてカタログを見返すと、後席のギミックが不足気味。
ヘッドレストとアームレストの類が一切ありません。
次世代で、ワンボックス初のルーズクッション採用で一気にグレードアップしますが、スーパーカスタムと同時に後席のグレードアップ未施行はむしろ不思議に思えます。
ライバルはもちろん、軽のキャリイでもリヤピローが出始めていましたからね。

パワーウインドウはこの頃、2t車などで助手席のみのオプション設定が他車でもありました。
キャブオーバー初のパワーウインドウは1971年のふそうT8/9のカスタムが初かと認識していますが、豪華さの象徴と言うよりワンマン乗務で助手席側のレギュレータに手が届かない故の実用装備としての装備でした。
運転席もパワーウインドウとすれば豪華さのアピールにもなったのでは?と考えると残念でしたね。
ワンボックス初の両側パワーウインドウはタウンエースあたりでしょうか。

またパワステが未装備だったのは意外。
当時未装備の2tにも乗りましたが、意外と乗れはしますがキャスターを立てたり、ステアリングギヤ比を怠くしたり操安性を犠牲にして何とか軽さを維持しての結果ですから、ハイエースあたりだと操安性も重視しての重さだったのかもしれません。

PS 初代バネット10人乗りですが、前車キャブスターには4列12人乗りがあってその後継なんですね。
コメントへの返答
2021年12月4日 8:18
初代は後からロングバンを追加していて、当初からコミューターにあったスーパーロングとは序列が崩れていましたが、2代目で整理されていますね。

タウンエースとライトエースが豪華路線を邁進していたこともあって、ハイエースは地味というのは当時の評論でも見受けられました。
後席のギミックが不足気味は同感です。特にヘッドレストはライバル車&クラス下の両車には設定されていましたからね。
スーパーカスタムは後から追加のグレードであり、モデルサイクルの影響もあって、大きな変更が出来なかったと推測しています。次世代はサン&ムーンルーフ付の装備を少し上げることで補足していたりもしますね。オールフラットシートやサードシートのパワー化で驚かされたのも次世代で。

パワーウィンドゥ、キャブオーバーにおいては、ご指摘の通り豪華装備より実用装備として普及したように記憶します。窓を開けることが多かった時代、横幅の広いキャブでは開閉のパワー化というのは望まれるのも必然ですよね。
コメントからワンボックスのパワーウィンドゥを軽く調べたのですが、「あれ、マニュアルだったの?」という車種がいくつか。調べきれてはいませんが、OPだと2代目ライトエース FXV、標準は2代目タウンエース ロイヤルラウンジ(姉妹車を含む)だと思います。

パワステもキャラバンに先行された装備であり、モデルライフの後半では追加できなかったのでしょうね。「6.00のバイアスが195のラジアルに短期間で変わったのがそもそも想定外だった」という声が聞こえてきそうでもあります。ステアリングギヤ比は20を超えていますから、軽さへの意識はあったのかなとは。

初代バネット10人乗りの件、なるほどです。キャラバンより小さいサイズで、といった需要が存在していたのでしょうね。
2021年12月4日 8:05
自分が運転していたわけではないのですが、まさに書かれている内容を聞いたことがあります。

それは、今から25年以上前の1995年ごろ、近所で通っていた英語の塾の先生が、100系ハイエースのワゴンに乗っていました。その方は、花の栽培もされていて運搬にワンボックスが必要とのこと。

その時乗られていたハイエースが1KZの3000CCのディーゼルターボでしたが、キャラバンやハイエースを乗り継いで、「初めてまともに走るようになった」と言っていました。

子どもながらにどういうことか聞いたところ、初めに買ったキャラバン(おそらく初代)のガソリンは、リッター5,6キロしか走らず、我慢ならずにディーゼルに替えたら、黒煙が出るばかりで全然走らず、高速の登り(近所の沼津→御殿場間)では60キロしか出ない。

でも、ガソリンでは金がかかりすぎるので、その後もディーゼルのハイエースやキャラバンを何台か乗り継いだが、今回(1KZ-TE)のが初めてまともに走るディーゼルだよ。技術の進化だ。と言っていたので、よく覚えています。ちなみに、5ナンバーのツートンで、リヤドアに3.0と誇らしげに書かれた、当時よく見かけたタイプです。

今でこそワンボックスが乗用車の主流の勢いですが、95年ごろというと近所でよく見かけたのはエスティマのナロー版か、セミキャブのセレナ/ラルゴぐらい。あとは、フルキャブオーバー車で、自営の方でハイエースのワゴンを自家用兼用で乗られている方も多かったように思います。

ちなみに、この塾の先生は100系ハイエースが気に入ったのか、それとも代替がないからか、これから15年以上経った2010年ごろまで大事に乗られているのをお見かけました。

5ナンバーで豪華な内装のクルマは、この後セダンからも無くなっていってしまいましたが、書かれているように後席に人を乗せてプライドを感じられるクルマであったと思います。
加給付き5ナンバーの高級車という意味では、同じく90年代によく見かけた、クラウンのスーパーチャージャー車とも共通する、というのは無理がありますかね。
コメントへの返答
2021年12月4日 20:37
初代ハイエースから先代まで、ボディサイズ自体は大きく変わってはいないものの、車重は増す一方でした。

ガソリンの燃料代に嫌気がさしてディーゼルに代替したものの、今度は走らずで我慢を強いられるようになったというのは、当時のあるある話だったかと思います。

排気量の増大にターボの追加と年々パワフルになっていますが、それも車重の増加で相殺されていたのが実情ですね。

書かれている通り、1KZ-TEは、かなり市場評価が高かったようで、特にハイエース ワゴンとハイラックス サーフはバブル崩壊直後の新車販売が厳しかった時代に対前年比で大きく上回る記録を残していたりもします。1KZは、クラウンやマークII系にも搭載されるのかなという期待は、結局実現せずだったりしますけれど。

エスティマのナロー版やセレナ/ラルゴは、セダンやワゴンからの代替が多かったように記憶しています。フルキャブタイプの方は歴代を乗り継がれた方が多く、書かれている通り自営で自家用の兼用。あとはメインは別で、レジャー用にセカンドカーあるいはサードカーとして使われる方も多かったような。
明らかに顧客層は異なっていたことは感じますね。

100系のハイエースワゴンは、ボディサイズと車内の広さの両立で代替できる車が見当たらず、長く乗ることになったという事例をやはりいくつか見聞きしています。メインは別にあるため、距離もあまり伸びずという背景もあったのでしょうね。

親類の法事等で、ハイエースの3.0Dリミテッドをお持ちの方と話しをした時に、皆に一番喜んでもらえるなんて話題になったことを思い出していたりします。
90年代まではクラウンが担っていた領域を、ハイエースを経てアルファードが担うようになったことは感じます。5枠の枠内で和風の高級を追求した辺りも、意外と通ずるところがあったりしますね。
2021年12月4日 17:36
2代目のハイエースWは貨物車からワゴン車というものに移り変わる過渡期のモデルですね。バンの面影は残っているし、リアシートにヘッドレストさえない笑 パワステ無かったんですね大汗
同時期のキャラバン・ホーミーもその傾向があってその当時はどちらかというと1クラス下のモデルの方が元気があったような。バンとワゴン車の区別がわかりやすい外装、豪華なシートをしていたような気がしますね。初代バネットラルゴのシートも明らかにキャラバンより豪華だった。E24からはようやく豪華さが。
2代目最終リビングサルーンから豪華な意匠をまとい出して50系からはシートもかなり上級なものに変わり、さらにリミテッドの追加でハイエースWは豪華なワゴンという印象が深まりました。
L型ディーゼルはかなり長い事トヨタのディーゼルエンジンとしてバリエーションも豊富にありましたよね。乗った印象では3L搭載の100系ワゴン4WDのAT車が一番走りがキツかった記憶がありますね。フル乗車では本当に走りが鈍重で笑 後期の1KZはもう別のクルマみたいにパワフル。3Lだと2WDロングバンのMT車が一番軽快に走行できて性格的には合うような気がします。
100系の最終型の4WDリミテッドを新車で販売したことがあるのですがハイエースワゴンの集大成、自動ドアも付け豪華なクルマでした。この2代目を考察するにあたって懐かしく感慨深いものがありました。個人的には50中期に追加されたリミテッドのツートンが好きですね。次世代モデルでここまで豪華になるのかと驚
当時友人の家が50のスーパーGL4WDに乗っていたのですが、当時の私には見たこともないようなワゴン顔のバン。興味深く見た記憶があるのですがまさか後にハイエースの主流になるとは想像もしませんでした。。
コメントへの返答
2021年12月4日 21:16
大勢乗れる乗用車から始まって、ようやく方向性を見定めた辺りでしょうね。販売台数もまだ少なく、ワゴン独自がどこまでやれるか、模索していた印象もあります。
一クラス下は、トヨタと日産の他にマツダと三菱もライバル関係にあって、バン・ワゴン共に激戦でしたからね。ファミリーユースは大抵このクラスで、ハイエースやキャラバンの買われ方は少し異なっていたようにも感じます。
50系が豪華なワゴンを市場開拓し、E23とE24が追随した感がありますね。50系も当初は、同時期に登場したタウンエースよりシンプルなくらいでしたが、年次変更でどんどん豪華な方向に変わっていきました。リミテッドのパワーシートには、同時期のスカイライトルーフ共々驚かされたものです(笑)

L型ディーゼルはクラウン以上にハイエースと共に進化したと言えるかもしれませんね。ハイエースは重くなる一方でしたからモアパワーが必須でもありましたし。初期の100系ワゴン4WDは、2L-Tではなく何故か3Lでしたね。カタログを眺めた時点で走りは相当きついだろうなという推測ができるくらいで。1KZになってからは4WDの比率も上がったでしょうね。

100系の最終リミテッドの4WDだと金額も相当なような。自動ドア、今ではスライドドアの普通の装備となりましたが、当時は結構な驚きでした。上で書いた3.0Dリミテッドの方も当時自慢の装備の一つだったようで。後席に乗った人が皆驚く的な。

SWでワゴンからバンへのアプローチを見ていただけに、バンの高級版もありとは思いましたが、予想を超えてスーパーGLは売れました。クラウンバンの顧客の一部がハイエースに移行する契機となった気もします。ボディサイズの制約もあって100系ではワゴンから離れてしまいますので、ある意味50のスーパーGLが一番ワゴンに近いバンかもしれませんね。
2021年12月5日 10:29
 以前書き込みをしたハイラックスやパジェロに乗っていた叔父が同じ世代のキャラバン(E23)に乗っていました。それまではローレルに乗っていたのですが、3人目が生まれたのを機会にキャラバンに乗り換えました。同時に叔母も免許を取って運転を始めたので、パワステが必須だったのでしょうか、キャラバンにしたようです。

 そのキャバランはSGLサンルーフ、内装はシャンデリアが付いており茶色の内装をあってあの頃の豪華絢爛さでした。Z20のガソリンで3ATもあって全く走らない車でした。家にあった、430グロリアディーゼルに軽く置き去りにされてしまう動力性能で、それもあってかパジェロにガソリンターボが設定されるとすぐに買い換えてしまいました。シャンデリア以外にもセンターテーブルがあったり、そのテーブルにウォークマンが置いてあったりして当人曰く「内装はオリエント急行バスを意識した」とのこと。私のオヤジ共々失笑していましたが…。それも仕方ありません、親子でS123の300TDTを羨望の眼差しで見ていたわけですから。その豪華絢爛さが進化して今のアルファードになっていると思います。
コメントへの返答
2021年12月5日 17:32
ローレルからキャラバンだとモーター店繋がりもありますね。当時は多人数が余裕をもって乗れる車の選択肢は限られていましたから、キャラバンという選択も理解できます。パワステ&オートマとは言え、免許取り始めで乗るにはかなり厳しかったのではと思いつつ。

SGLサンルーフだと最上級ですね。Z20のATもブルーバードやローレルなら走ったのでしょうが、キャラバンだと重過ぎとなってしまいますよね。モーター店なら430ワゴンも選べたはずで、動力性能を理由に買い替えられたというのも心情を推測できるところです。
あの時代、2列目と3列目の間のテーブルはDOPで選べましたし、社外品だと運転席の後ろに置くものもあったように記憶します。シャンデリアや後席用オーディオ機器も含めて、乗用車では中々やれない高級感の演出でした。オリエント急行を意識しての高級が結局ミニサロンバスと化してしまうのもお約束だったような。
豪華絢爛の演出方法こそ変わりましたが、後席への接待やおもてなしを重視した世界観というのは、今のアルファードまでずっと続いてきているものと私も思います。
2021年12月5日 21:52
丁度先日、ハイエースの丸目のカスタムを見たところでしたのでカタログを見られて良かったです。新幹線ハイエースと呼ばれていたことは知っていますが、まさか2ndシートまで新幹線なんですね!

あんまり詳しくないので恐縮ですが、カタログを見ていて圧倒的なユーティリティをアピールする反面、最上級のスーパーカスタムなのにタコメーターが無い、1400kg台の車重で100ps程度のエンジンという仕様も「走りは気にすんな」と暗に言われているような気もしますね。高速道路でも登坂車線を使わざるを得ないでしょう。それを考えると、末裔のアルファードやヴェルファイヤが魅せてくれる高速道路での熱い走り(こう表現します)は時代の進化を感じさせてくれますね。

商用モデルはよく見かけたなぁと言う記憶があります。あのツートンカラー、ルーフサイドのドリップモールだけ塗り分けるなど手間かかっていそうですね。
コメントへの返答
2021年12月5日 22:15
この年代のワンボックスは残っていないように思えて、実車を見られたというのを羨ましく思います。丸目のカスタム、一度後席に乗せてもらったことを思い出します。

初期の対座シートは試行錯誤の感が強いですね。間違いなく新幹線を参考にしたのだろうとは。
当時のワンボックスは「走りは気にすんな」が当然でしたからね。特にこのクラスだとパワーだけでなく14インチの制約で曲がる・止まるも厳しかったですし。それだけに、走りを謳ったバネットSGXは驚きでもありました。

アル&ヴェルを借りた経験からすると、追越車線の流れに乗るくらいなら全く苦じゃなくて。速度感が低いのが要注意ではありますが。往年のワンボックスの水準からすると隔世の感はやはりありますよね。

スーパーロング系はツートンが標準でした。塗分けも種類があって凝っているなと。ワゴンはサイドストライプで差別化されていましたけれど、手間はツートンの方がかかっているように感じます。
2021年12月13日 14:34
こんにちは。

ハイエースは、普段乗っている車なので、興味深く読ませていただきました。

この当時のキャブオーバー車のステアリングは、この程度の重さは普通と思っていたと思います。
デルタニトンで重ステを経験した時を思い出すと、よくこの車で仕事しているなという印象でした。
普通に走っている時は、それほど苦ではありませんが、車庫入れになると少ししんどいです。
デルタワイド1300とライトエーストラック(共に平成元年式 推定)は、重ステでもしんどい印象がなかったです。
以前乗っていた100系ハイエースのパワステ故障の時は、少し重いというだけで、車庫入れでもしんどい印象がなかったのが驚きでした。
日産バネットC22のディーゼルの重ステは、とにかく戻りがきつくて、コントロールしずらかったです。

お父様が友人から借りた時の話を読みながら、うちの父がワンボックスを嫌がる理由がよくわかりました。
トラックのような運転姿勢が嫌だと言ってましたが、他にも旅行で車を出す羽目になったり運転手になった挙げ句、ガソリン代は払ってくれないとなると、誰だって嫌になりますね。


コメントへの返答
2021年12月13日 20:08
こんばんは

40年程時を遡った世代となりますが、変わった点、変わらない点を見出していただければ幸いです。

ワゴン以外は6.00インチのバイアスが標準でしたので、そちらなら重さもだいぶ違ってきますね。
父はトヨエースやデルタの2トンを運転する機会も何度かありましたが、ハンドルの重さ云々というのは聞いた記憶がなかったりします。この種にパワステが選択可能となった時分にも、不要という意見でした。そんな父が重過ぎるという話をしたのが、今回取り上げたハイエースワゴンだったということで。
比較基準をどこに置くかという話はありますね。ノンパワーが当然だった世代と、パワステが当然の世代では標準とする重さが大きく異なっている感はあるだろうなとは。

友人関係だと先ず断り辛いはありますし、運転をするのもさせるのも損な役回り。たとえガソリン代は貰えたとしても、掃除はなしでしょうからね。
今のミニバンでも誰が車を出すのか、子を持つ親御さんの間で何となく同じような話は起こっているような気もしますね。

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1989年式マークII3.0グランデG感想文 
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2021/08/05 19:34:14

愛車一覧

メルセデス・ベンツ Cクラス セダン メルセデス・ベンツ Cクラス セダン
2013年9月14日納車 アドバンストライトパッケージ ボディカラー:988 ダイヤモン ...
トヨタ マークII トヨタ マークII
1995年12月登録(同型最終年月) 2001年6月購入 2013年9月譲渡 ボディカ ...
トヨタ マークII トヨタ マークII
1992年6月購入 2009年3月一時抹消 2009年6月永久抹消 ボディカラー:18 ...
トヨタ クレスタ トヨタ クレスタ
1991年7月登録 2000年11月購入 2001年6月譲渡 ボディカラー:27N パ ...
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