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2018年09月01日 イイね!

【いくぜ東北! ②】 あの日から7年、南三陸と陸前高田の今・・・。

【いくぜ東北! ②】 あの日から7年、南三陸と陸前高田の今・・・。




9月1日(土)
南三陸町志津川で迎える朝。







(ブログの内容上、東日本大震災の被災状況を写した画像が続きます。あらかじめご了承下さい。)

朝食は7時からなので、7時前にロビーへ。
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ロビーに、南三陸町志津川地区の、大震災前後の写真が掲示されていました。
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大震災は2011年3月11日。
この写真はその8日後の3月19日のもの。

海に面した海抜の低いところは、街ごと津波で押し流されてしまったのがわかります。


ロビーの本棚には、東日本大震災の写真集や手記などの書籍が、何冊も並べられてありました。

食堂です。他のお客さんはまだの様子。
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朝も、地場産の食材が並びます。お味噌汁が美味しい!?
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朝食をいただいた後は、荷物をまとめて出発の準備です。



今日、9月1日(土)の行程。

南三陸町さんさん商店街に立ち寄り、南三陸町からR45沿いに北上。

気仙沼を経由して岩手県に入り陸前高田へ。

そして釜石道から東北道に入り、青森県境に近い秋田県の北部、小坂町まで向かいます。

走行予定距離は275km。
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8:45 南三陸町大森漁港へ。
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7年前の3月11日、LEVINのある道路の高さ以上に海がせり上がり、津波が押し寄せました。
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9:00 復興、再建のシンボルとして2012年に営業を始めた『南三陸さんさん商店街』に立ち寄ります。
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JR気仙沼線、BRT(Bus Rapid Transit ; バス高速輸送システム )志津川駅前に作られました。
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現在、28店舗が営業しています。
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営業は9:00から。
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開店早々、貸し切りバスのお客さんが入ってきました。









この「南三陸さんさん商店街」のすぐ後ろに、『南三陸町防災対策庁舎跡』があります。


2011年3月11日、ここから津波来襲と避難を呼び掛ける防災無線放送が繰り返し流され続けました。
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地震発生は14:46頃。そして津波の来襲は15:25頃。
国道45号線気仙沼国道維持出張所の時計は津波来襲の時刻で止まっています。

(R45道の駅三滝堂にて)

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防災無線では、はじめ「津波の高さは最大6m」と伝えていました。
その後、情報はは大きく訂正され「津波高さ約10m」と4回呼びかけた直後のこと。
防災対策庁舎はそれを上回る15.5mの津波に呑みこまれます。
屋上に避難していた53名の職員のうち43名が流されて命を落としました。
防災無線で避難を呼びかけ続けた、危機管理課の女性職員も逃げ遅れ、亡くなりました。
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上の看板と同じ角度で撮影したものです。
今、立っているところは、10m土地がかさ上げされている南三陸さんさん商店街。
防災対策庁舎の屋上高さは12m。津波の波高は15.5m。
屋上の無線アンテナと屋上の手すりにしがみついていた10名だけが助かりました。
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『南三陸町防災対策庁舎跡』は、当初保存と解体で意見が2つに分かれます。
震災を思い起こしたくない方々の意向を受け、南三陸町の方針で解体される予定でしたが、国と宮城県が震災遺構の一つとして保存を表明。南三陸町もそれに従う形で保存が決まりました。
庁舎周辺は、地盤沈下により地形と水の流れが変わり、浚渫(しゅんせつ)と河川の改良が続けられています。
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JR気仙沼線、志津川駅近くの橋梁跡です。

志津川駅周辺の気仙沼線は、路盤も橋梁も殆どが流されました。

周辺は震災後のまま手つかず。地盤改良もはじまっていません。

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南三陸町を後にして、国道45号線を北上。

R45は復興道路の名前が付いています。
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R45を走ると、川が入り組んでいるところでアップダウンになります。

その都度、「『過去の津波浸水区間』ここまで」という標識が設置され、注意を喚起しています。
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左手に気仙沼線のトラス橋が見えます。その手前の路盤は流されています。
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気仙沼線は、トンネル区間は線路が残っているものの、橋梁や築堤の区間は津波で流されて分断されたままになっています。
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使われなくなった仮設住宅が見えました。

プライバシーの確保のため、2,3年の使用を前提に各地に設けられた仮設住宅。

役割を終えた住宅も多いのですが、未だ住宅再建が見通せず、入居者が残る仮設住宅も多いと聞きます。
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バス高速輸送システムBRT(Bus Rapid Transit)として復旧開業したJR気仙沼線BRTのバス。
線路路盤跡の専用道路から追い越していきました。
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気仙沼線BRT「松岩駅」。
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BRT区間は、気仙沼線、柳津から気仙沼間と、大船渡線、気仙沼から盛 間。

乗客の利便性を確保するため、柳津から先、石巻線前谷地までは復旧してる鉄道線と並走します。
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元々の線路が単線なので、バスも片側1方向しか進めません。

このため、「駅」にはところどころ上下線すれ違いスペースが設けられています。
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BRT「松岩駅」から南三陸方向です。2灯式信号機が見えます。

車両感知式となっていて、鉄道でいうところの「単線自動閉塞方式」が取り入れられ衝突防止が図られています。
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JR気仙沼線は、震災のあと、2011年夏からミヤコーバスの振替輸送を実施。

2012年、JR東日本はBRT方式による「仮復旧」を提案、地元自治体の受け入れ承諾ののち運行を開始しました。


初め、JR東日本が気仙沼線が鉄道での運航再開を断念し、路盤を舗装して道路化しバスを走らせるという発表に、少なからず疑問点を感じていたのですが…。


三陸に来てみて、その意味が少し解りました。

リアス式海岸が続く三陸。

トンネルと谷が交互に訪れる路線なのですが、トンネルを抜けた谷という谷の橋梁や築堤が流され、ダメージを受けています。津波に洗われたところは今も地盤改良や土地の嵩上げが続けられ、完了する目途は見通せないままです。

線路で復旧するのはあまりにも損壊箇所が多く、時間がかかりすぎるのです。

バスだと、損壊個所の区間は一般道、一般国道に戻って走ることも自在にでき、専用道路を走るBRTであれば所要時間に大差はない訳なのですね。


また、三陸鉄道など赤字の鉄道会社には、復旧にかかわる費用を自治体や国が補助する制度があるのですが、JR東日本は利益を上げている黒字の鉄道会社。補助はあるものの災害復旧にかかわる費用の自己負担額が非常に大きくなります。

このため、JR東日本はこの区間の鉄道復旧を断念、仮復旧としていたBRTで今後も路線の存続を図る方針を示しています。


同じ理由で、三陸鉄道北リアス線(八戸-久慈間)と南リアス線(盛-釜石間)に挟まれたJR山田線は、JR東日本が路線を復旧させた後、三陸鉄道に譲渡して、全線を三陸鉄道リアス線として運行する」ことが決まりました。

JR東日本は、路線を復旧させる代わりに、今後も赤字が見込まれる路線の経営維持から手を引く訳で、その運営は地元第三セクター鉄道「三陸鉄道」に託されるのですね。




(閑話休題)





10:45 JR気仙沼駅に着きました。

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ここは、気仙沼線BRT、大船渡線BRTとJR大船渡線の乗換駅。

発車表示に「普通 一ノ関」行と、「BRT 柳津」行、の文字が見えます。
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ホームには、大船渡線のキハ110が停車中。
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そして同一ホームでBRTに対面乗り換えができるようになっています。
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さらに国道45号線を進みます。

青森まで364kmの標識が!
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岩手県、陸前高田市に入りました。
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目に飛び込んできたのは、陸前高田市立気仙中学校の校舎。

窓ガラスや壁が破れ、柱と骨格だけが残る・・・。
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3階建ての校舎は屋上まで津波に呑まれました。

しかし、生徒と教員、職員は全員高台に避難して、難を逃れたそうです。
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一般道路区間を走るBRTに続き、仮設道路の築堤を登ります。
左は工事中の国道45号線、新高架橋。
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11:20 「道の駅 一本松茶屋」へ。
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LEVINを停めて、案内板に従い1kmほど歩きます。
周囲は大規模な土地改良工事が今も続いています。
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気仙川河口に建設されている巨大な水門。
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その反対側は、海を隔てる巨大な防潮堤が続きます。
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その近くに位置するのが・・・!
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陸前高田市『奇跡の一本松』
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名勝『高田松原』と呼ばれた、7万本もの松林が続く陸前高田の海岸。

大津波のあと、奇跡的に残ったただ1本の松の木。

残念ながらその後塩害で根腐れをおこし、松は枯れてしまったのですが、人工的な剥製処理を施し、復興のシンボル「奇跡の一本松」として、再び元の松林の位置に戻されたのでした。
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後ろの建物は、陸前高田ユースホステル。震災の日のまま残っています。



来た道を戻ります。

大船渡線BRT気仙沼行とすれ違いました。
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往復約30分で「一本松茶屋」へ戻りました。
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ラーメン茶屋「岩張楼」でお昼にします。

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期間限定の、特製味噌ラーメン、海藻たっぷり入った細麺、美味しかった。

おまけで「かもめたまご」をいただきました。

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今回の、東日本大震災被災地の訪問は、ここまで。


7年の月日が経ちますが、復興はまだまだ途上で、震災は終わっていません。

テレビや新聞・雑誌で聞くのと、実際に自分の目で見るのはやはり違います。


興味本位だけで来るのもよくありませんが、通りすがりの異邦人でしかなく、今何かができる訳でもありません。

毎年東北に帰省しているとはいえ、知っているようで全然知らないことを痛感しました。






再びクルマを走らせます。


ここから海岸線を離れ、R343を遠野方向へ。
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13:00 宮守ICから釜石道に入ります。
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無料区間を過ぎ、本線料金所を通過。
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13:25 花巻JCTから東北道に入り、北へ。
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ここは、新東名と同じく、最高速度110km/hの試行区間です。
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13:30 柴波PAで休憩。
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おっ、
AE111LEVINが停まっていました。(^^)

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ホイール以外、ノーマルな外観できれいです。

オーナーさんの姿は近くには見えず…。

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先を急ぎます。

でっかいスイカのビーチボール、ではなくガスタンク。

こういうノリ、好きです。
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国防従事の皆さま、ご苦労さまです。
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14:17 安代JCTで八戸道を分岐。さらに東北道を北上します。
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14:27 秋田県に入りました。
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川越から600km、の標識。
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今日の目的地に近づいてきました。

ここから青森までは、100kmを切っています。

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そして、14:45 小坂ICへ。
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小坂町市街へ向かいます。


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14:55 目的地に到着!
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小坂駅構内まるごとミュージアム、
『小坂鉄道レールパーク』です。
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以前から一度は訪れてみたいと思っていた場所。


念願がかないました。


【行くぜ東北!③】 につづく。
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Posted at 2018/09/19 06:44:55 | コメント(7) | トラックバック(0) | | 日記
2018年08月31日 イイね!

【行くぜ東北!】(序章) 初秋の、みちのく 一人旅~♪   

【行くぜ東北!】(序章) 初秋の、みちのく 一人旅~♪   



北北東に進路を取れ!






『行くぜ東北!』 

宮城(南三陸)-岩手(陸前高田)-秋田(小坂)-山形(遊佐)を巡る。


今回のミッションは3つです。

1.被災から7年が経過した東日本大震災の今、をこの目に焼き付ける。

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2.日本で唯一動態保存されている寝台特急『あけぼの』24系A寝台個室に乗車宿泊。

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3.『第10回遊佐町クラシックカーミーティング』に参加
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8月31日(金)朝、出発します。

目標、宮城県南三陸町、進路は北北東、距離739.7km

初秋の「みちのく一人旅」

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8:15 北陸道鯖江IC、から高速オーン。雨降らなければいいけど・・・。

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9:21 小矢部JCT

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9:55 北陸道有磯海SAで1STOP

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ここで、空が泣き出した・・・。

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強まる雨足、先を急ぎます。
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11:42 長岡JCT

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12:08 黒崎PAで2STOP 

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ここで昼食。

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12:50 新潟中央JCTから磐越道へ

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磐越道は、対面通行区間が続きます。

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86、いただきました。

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14:00磐梯山SAで3STOP

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磐梯山の山頂は雲の中…。

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14:43郡山JCTから東北道へ

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福島に入ると雨は上がってきたみたい。

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WILLER EXPRESS を、追い越します。

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15:35 村田JCTは直進

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と、ここで事故渋滞・・・!

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徐行して現場を通過。

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15:48 菅生PAで、4STOP

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16:00 仙台南ICから仙台南部道路へ。

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仙台市営地下鉄長町車庫をかすめて・・・!?

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放射線量計がありました。0.1~2.7マイクロシーベルト。

このあと、何度も、震災は終わっていない現実を目の当たりにすることになるのですが・・・。

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16:09 仙台東部道路へ

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16:17 利府JCTから三陸道へ。

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南三陸の文字が見えてきました。

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17:05 道の駅三滝堂で5STOP

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新しい高速道はPA、SAを設けず、道の駅に誘導するところが増えています。

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3.11の津波に呑まれた時計と国道標識が展示されていました・・・。

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17:18 南三陸町志津川ICで、高速オーフ。

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17:40 今夜の宿 「南三陸まなびの里 いりやど」に到着。

研修施設ですが、一般客もリーズナブルなお値段で宿泊できます。

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地元の食材、海の幸、山の幸をふんだんに使った夕食がウレシイ。

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初日が静かに暮れていきました。

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Posted at 2018/09/14 06:50:12 | コメント(8) | トラックバック(0) | イベント | 日記
2018年08月28日 イイね!

【クロスオーバー7初の車検!】 サスペンション強化パーツ取り付け!?

【クロスオーバー7初の車検!】 サスペンション強化パーツ取り付け!?



我が家のクロスオーバー7は納車から3年を経過し初めての車検を迎えます。





車検満了は9月22日。

その1ヵ月前の8月25日(土)、車検整備のため、いつもお世話になっている『北陸スバル ハーモニーホール前店』にクロスオーバー7を持ち込みました。
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『北陸スバル ハーモニーホール前店』に到着。

レガシィSTi、OUTBACK、フォレスターと並ぶ!?

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持ち込み時の走行距離は、納車から2年11ヵ月で、
59,079km。

ひと月当たり1,600kmあまりの計算。
このペースだと来月の購入3年時には、60,000kmを超えそうです。

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隣のOUTBACKとFORESTERは試乗車です。OUTBACKもカッコいい!?

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店内に入り、担当さんと今回の整備内容を確認し、書類の確認とサインを。
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代車のカギを受け取り、乗りこみます。

インパネの配置とデザインはフォレスターとよく似ていますが

このクルマは?

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今回の代車は、インプレッサ1.6iL でした。

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コンパクトに見えても、大きさはBPレガシィくらいありますが…。
1600ccのNAですがトルクがあり、CVTの変速比も適切なのか、発進時のもたつきはないです。
CVTがチェーン式なのも変速ロスの低減に効いているのかも。

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ヨメさん曰く、「車高と、着座した時のアイポイントが低い」とのこと。私はAE86の視点に慣れているのでそこまでは思わなかったのですが、クロスオーバー7の高い視点から見ると、低いシートポジションは視界が狭く感じるかもしれません。




さて、クロスオーバー7の車検整備。
走行距離が延びているので、エンジンオイルに加え、CVTのオイルも交換。
さらに、コーティングのメンテナンスとアイサイトも点検してもらいます。




8月28日(火)
車検整備終了、とのことで、再び『北陸スバル ハーモニーホール前店』へ。
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今回の車検整備メニューに追加注文したのが・・・、
リアサス周りの強化パーツ取り付け!?
BPレガシィのシャシーベースのエクシーガ、クロスオーバー7は、元々素直なハンドリング特性の持ち主。

しかし、高速コーナーやワインディングになると、大柄なボディのロールやねじれが気になるようになりました。


レガシィに比べ装備が簡素でリーズナブルな価格設定だったエクシーガは、一部のパーツがレガシィやレヴォーグより省略されていたりします。リヤサポートサブフレームもその一つ。

今回レガシィ用の純正パーツをつけてもらうことにしました。


レガシィ用、リヤサポートサブフレーム。

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左右のストラットを連結するパーツ。

そしてSTiのフレキシブルサポートリア。
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ピロボールで上下動を逃がしながら、リアサスのよじれを抑えるパーツ。

フレキシブルタワーバーを付けたときは違いが感じにくかったのですが、今回は、乗ってすぐリアタイヤの接地感が全然違うのを感じます。

シャシーのよじれが軽減されたことで、可変ショックを1段硬くしたような感覚。


リアサスペンションがきちんと仕事していて、路面の段差も硬質感あるダンピングでショックを吸収。

レーンチェンジも無用なボディのヨレが抑えられ、狙ったラインを正確にトレースできる感じ。


純正パーツでもここまで違いが感じられるとは…!? 
次は、高剛性クランプスティフナーを取り付けて、ステアリングの応答性改善も試してみたくなりました。






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Posted at 2018/09/12 06:52:26 | コメント(9) | トラックバック(0) | メンテナンス | 日記
2018年08月26日 イイね!

『第1回 クラシックカーミーティング in 瀬女 (せな)』 に行きました。 

『第1回 クラシックカーミーティング in 瀬女 (せな)』 に行きました。 





8月26日

8月最後の日曜日





『第1回 クラシックカーミーティング i n 瀬女』 にエントリーしました。

石川県、R157と白山白川郷ホワイトロードの分岐点にある『道の駅 瀬女(せな)』 が会場。

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『第1回』ということで、昨年10月、越前大野で開催され参加した『クラシックカーフェスタin越前大野』を主催した「越前クラシックカークラブ」から、今回の主催「白山クラシックカークラブ」にLEN吉LEVINの紹介があり、早い段階から参加のオファーを受けていたのでした。


越前大野からR157を走り、石川福井県境を越え白山麓の白峰を抜けると瀬女に至ります。

鯖江からは約2時間で到着。

午前10時から開会式です。

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当初は「50台くらい集まれば」ということだったようですが、ふたを開けてみると100台以上がエントリーしたとのこと。

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雲が多く見えますが、時折隙間から照り付ける太陽は、まだまだ猛暑の余韻…。

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それでは、気になるクルマをご紹介。

 ほぼ全車アップはフォトアルバムを参照してください!


TE27カローラレビン モンテローザオレンジが眩しい!

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LEN吉LEVINです。

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ポルシェ914

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コロナ1700SL

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コロナ2000GT

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コロナ

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Kさんの、マークⅡGT twin turbo 

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たのしたさんの、クラウンロイヤルサルーン。 

たのしたさんは今回スタッフさんとして参加、お疲れ様です。 

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ダットサン1000

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ブルーバードP411

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ブルーバードP510

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フェアレディSR311

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左ハンドルです。

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KPGC10 スカイラインGT-R

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オリジナルを保つ、迫力あるスタイル。

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シビックRS

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シビックRS

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カプチーノ

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ビート

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ミゼット

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ホンダT360

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ホンダN360

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ホンダNⅢ360 

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スバル360

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スバル1100 4ドアセダン

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スバル1000

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SUBARU アルシオーネSVX
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スズキ 刀

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コスモスポーツ と フィガロ

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15時には終了。





実は同じ日の8月26日、日本テレビ『24時間テレビ』の協賛で、『福井クラシックカー協会』主催の『チャリティークラシックカーフェスタ』が、FBC福井放送前駐車場で開かれていたのでした。


ほぼ毎年参加していて、今年も案内が来ていたのですが…、

先に『瀬女』へエントリーしていたので、事前に福井クラシックカー協会の会長さんに「今回はごめんなさい」とお詫びを入れておりました。

募金だけでもしていこうと思い、帰り道FBCの会場へ立ち寄りました。

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会場で再び会長さんにお詫びするとともに、『第1回 クラシックカーミーティングin瀬女』の状況を説明…。

聞けば、自分も含め相当数のクルマが『瀬女』に流れてしまい、『チャリティー』の参加車両が寂しい状態になってしまったとのこと…。

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来年は、チャリティークラシックカーフェスタに出ますね。
<(_ _)>



こうして、残暑厳しい8月最後の日曜日が終わりました。


『第1回 クラシックカーミーティング in 瀬女』 ほぼ全車アップは、

☞ フォトアルバムへ!? 



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Posted at 2018/09/10 06:47:49 | コメント(7) | トラックバック(0) | イベント | 日記
2018年08月16日 イイね!

【鉄学の時間】(自由研究)富山ライトレールと富山港線のお話。

【鉄学の時間】(自由研究)富山ライトレールと富山港線のお話。


「富山ライトレール、ポートラム」 
2006年開業 


富山駅北と岩瀬浜7.6kmを結ぶ、日本の新世代路面電車LRT
(Light Rail Transit)の草分け的存在。




今回は、Webページ『思いで鉄道探検団』さまのご協力をいただきながら、その歴史を辿ってみます。


郊外電車が路面区間に乗り入れる「トラムトレイン」と呼ばれる運行形態は、富山ライトレールが目新しい訳ではなく、広島電鉄、阪堺電軌、福井鉄道とえちぜん鉄道などで見られます。
これは福井鉄道と相互直通するえちぜん鉄道L形(ki-bo キーボ) (えちぜん鉄道 鷲塚針原駅) 
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富山ライトレールが話題となったのは、国鉄-JRの赤字ローカル線を、一部路面軌道を新設して、次世代都市交通に作り替えたこと。

前身は、1924年開業の「冨岩鉄道」
沿線は、工業地帯になっていて貨物支線も順次多数敷設され、通勤と貨物輸送に従事しました。


第二次大戦前に「富山電鉄」今の「富山地方鉄道」に吸収合併され、さらに戦時中に国有化。

「国鉄富山港線」となりました。



路線図です。黒い太線が富山ライトレールの今の路線。

岩瀬浜-富山駅北間に「停留所まで歩いて300m以内」をコンセプトに、富山港線時代に比べ4駅増設され、ほぼ600m間隔で13駅が設置されています。

点線は廃止された路線。このうち、富山から奥田中学校前は富山ライトレールの路面区間に置き換えられた区間ですが、それ以外の点線は工場への引き込み線を含む貨物支線です。

この時代、道路事情は悪く、貨物輸送は鉄道が中心でした。
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(赤丸は、本文写真の撮影場所)


現在の岩瀬浜駅。ホーム1面1線の終端駅です。
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線路と架線はここまで。

富山港線時代は、この奥、踏切を挟んで、白いミニバンが見える左側に緩くカーブして海岸の近くまで線路が延びていました。
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TLR0600が発車していきます。
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2003年9月 岩瀬浜駅に停車するキハ120-344(思いで鉄道 富山港線の思い出から)

JR時代の富山港線末期、朝夕は475系の3両編成が30分毎、日中はキハ120が単行で1時間毎に走る閑散路線でした。
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冨岩鉄道から国鉄を経てJRまで、富山港線は交流電化の北陸本線とは孤立して直流電化されていました。

国鉄時代は、スカイブルーに塗られた72系クハ79+クモハ73が走る旧型国電の通勤路線。

1982年2月 岩瀬浜駅停車中のクハ79922(富山港線の思い出から) 

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2003年9月 岩瀬浜駅(富山港線の思い出から)
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同じ角度から見た、現在の岩瀬浜駅です。

線路の反対側は、バス停になっています。

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『フィーダーバス』と呼ばれる乗り継ぎ路線バスと、駅ホームで対面乗り換えできる構造。

(Wikipediaから)
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東岩瀬駅です。

東岩瀬駅は、富山ライトレールで唯一国鉄時代の駅舎が残る駅。

今は待合室のほか、町の集会所として使われています。

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列車行き違い可能な大広田駅

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大広田駅の反対側、岩瀬浜方向です。

富山港線時代の大広田駅は、左に曲がる道路と右の線路に挟まれた三角地帯にありました。

左に曲がる道路は・・・! 富山港に向かう貨物支線の廃線跡なのです。

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富山港展望台からみた富山港と岩瀬の街並み。

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同じ角度で写された、1954年頃の富山港と富山港貨物駅。(Wikipediaから)

右に富山港線大広田駅から分岐した貨物線が見えます。

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大広田-蓮町間を走る富山ライトレールTLR0600。
私が子供の頃、富山港線にはまだ貨物列車が走っていました。

72系各駅停車の合間に、ワム, トラ, タキなど数量の貨車を牽いたDD13やDD15の姿が見えたのを覚えています。

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城川原駅です。

列車の行き違いができるほか、車両基地、運転指令所と富山ライトレール本社があります。

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国鉄富山港線時代1972年8月の城川原駅(富山港線の思い出から)

スカイブルーのクモハ73+クハ79、戦時設計モハ63から改造編入された3段窓車。

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同じ角度から見た、城川原駅の岩瀬浜方向です。

線路の配置は当時と大きくは変わりません。

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城川原の車両基地側線に停車するTLR0600.

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同じ角度で見た、国鉄富山第一機関区城川原派出所(富山港線の思い出から)

国鉄富山港線には、クモハ73+クハ79のほか、予備車として、クモハ40076が配置されていました。

クモハ40076は3扉でしたが両運転台なので、クハ、クモハどちらの代用も可能で重宝されていました。

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城川原派出所には、こじんまりとした検修庫がありました。(富山港線の思い出から)

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同じ角度から見た、今の城川原車両基地。

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国鉄時代の末期、富山港線には予備車のクモハ40076以外には、クハ79 920番台全金属車とクモハ73 更新改造車が集中配置されていました。(富山港線の思い出_から)

80系300番台と同じく「旧型国電の完成形」と言われた近代化車両。

クハ79 920の外観は、片開き4扉であること以外、新性能電車の始祖101系と変わりません。

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TLR0600が富山駅北へ向けて発車します。

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奥田中学校前駅
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冨岩鉄道時代、この近くに「薬専校前停留場』がありましたが、国鉄時代に廃止。

富山ライトレールとなって奥田中学校前駅が新設されています。


私、中学一年生まで奥田中学校に通っておりまして、その後父親の仕事の関係で函館へ転校。

高校受験の時、再び富山に戻り、富山港線の72系旧国で通学していたのでした。


鉄むすめ「岩瀬ゆうこ」のイラストが見えます。

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奥田中学校前駅の富山駅北方向です。

ここから90度曲がって道路に新設された路面区間となります。

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富山港線時代は、この先に線路がありました。

今は、歩行者自転車専用道となっています。

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TLR0600富山駅北行が来ました。

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路面区間へ進入。

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「奥田中学校前」から「インテック本社前」までの340mは、今年2018年に道路を拡幅し複線化されています。

右の白い路盤が今回複線化された線路。

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「奥田中学校前」と「インテック本社前」の間、この「永楽町交差点」には新しい停留所が作られることになっています。

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上の写真から交差点を挟んだ180度反対側。このあたりに「永楽町停留場」が作られる予定。

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開業当初の永楽町交差点付近です。将来の複線化を見越して、八田橋付近と、奥田中学校前には、初めから分岐機が設置されていました。

(Wikipediaから)

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「インテック本社前」を発車したTLR0600.

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ノンステップ、超低床車体がよくわかります。

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牛島町交差点で曲がると、車道と歩道に挟まれた緑地帯の併用軌道を走ります。

何となくヨーロッパのトラムの雰囲気。

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「富山駅北」に到着。 今はここまで。
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国鉄富山港線のホームは、北陸本線とは離れた専用の6番線でした。(富山港線の思い出から)

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車体更新車クモハ73 (富山港線の思い出から)

クモハ73は、同じように見えて、方向幕の有り無し、雨どいの有り無し、などのバリエーションがありました。

雪国富山ですが、富山港線の72系にはスノープラウは設置されていませんでした。

当時積雪1mくらいは当たり前。大丈夫だったのかなぁ?

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JR富山港線末期は、北陸本線475系(457系)3両編成が使用されていました。

このため、渡り線に交流直流切替えの「デッドセクション」が設置されました。

富山駅は、富山地鉄との連絡線に加え富山港線の渡り線と、デッドセクションが2か所もある珍しい構造に。


また朝夕のラッシュに対応するため、クハの先頭にクハを増結し、クハ455+クハ455+モハ474+クモハ475という変則的な4両編成が走っていた頃もあります。

中央東線「アルプス」や飯田線でも165系の、クハ+クハ+モハ+クモハという編成が見られました。

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現在、あいの風とやま鉄道の富山駅付近高架化工事が進められ、上り線は既に高架駅になっています。下り線は、2019年頃高架化完成の予定。
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富山駅付近在来線の高架化が完了すると、富山ライトレールは富山駅北から延伸され、富山地方鉄道富山市内線と直結して相互直通運転を行うことになっています。

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北陸新幹線高架下にある「富山駅停留場」です。新幹線に直結する路面電車は日本で初めて。
左は環状線セントラム9000形、右は3車体連接のサントラムT100形。

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富山駅前には市内線のダブルクロスポイントとデルタ線が設置されています。
セントラム9000形と8000形。

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市内線環状線の西町交差点を曲がる富山地鉄「セントラム9000形」。

富山ライトレールTLR0600と同じ設計の車両。

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森雅志 富山市長が提言した「富山コンパクトCity構想」。

LRTなど次世代交通システムで結節して、都市機能を中心部に集約し利便性を向上しつつ、街全体の維持・管理コストの削減を図るもの。


その施策の一環として開業した富山ライトレールの成功事例に、全国自治体の注目が集まっています。


宇都宮市は、富山を参考にLRTの新設を決定。工事が開始されました。

福井では第三セクターえちぜん鉄道と地方私鉄福井鉄道(実態は市町村が出資する第三セクター)

をLRTで結ぶ、という全国初の取り組みが実施されました。



(画像ご協力)
Webページ『思いで鉄道探検団』さま

(ありがとうございました。)



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Posted at 2018/08/30 07:01:27 | コメント(2) | トラックバック(0) | 鉄学 | 日記

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「@YAH さん、あはは 早とちり・・・。
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埼玉スバル、小江戸川越の町並みに合っていますねー。」
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マメ柴のLEN吉、本名「レン」 7才です。 クルマでお出かけするのが大好き。 イベントで見掛けたら、声を掛けてください。 (^^)/
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