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2020年04月01日 イイね!

【リバイバル投稿②】最後の客車急行『はまなす』乗車記(前編)

【リバイバル投稿②】最後の客車急行『はまなす』乗車記(前編)


(2016年2月18日付投稿)

急行「はまなす」
2016年3月20日の札幌発青森行きと、
2016年3月21日の青森発札幌行きを最後に、
運行を終了。




LEN吉アーカイヴ
【追憶寝台列車】リバイバル投稿の続きです。

 (☞ 元のブログはコチラ)

以下、原文のまま再投稿。





急行『はまなす』


青森-札幌間を結ぶ『夜行急行列車』
そして、JR最後の 『定期客車列車』
 そして、最後の  『14系、24系客車列車』
  


1988年3月、青函トンネル『津軽海峡線』が開業。
北海道と本州が陸続きとなり「青函連絡船」は80年の歴史に幕を下ろしました。
代わりに走り始めた青森ー函館間の快速『海峡』がその役割を引き継ぎます。

そして食堂車と個室寝台車を連結した、寝台特急『北斗星』が上野-札幌間で運転を開始。 
海峡線の目玉として話題を集めます。

その華やかさの傍ら、急行『はまなす』は青森-札幌間の夜行列車として運転を始めました。

JR最後の急行列車『はまなす』
機関車が牽引する「客車列車」も、定期運転としては今や『はまなす』が唯一無二の存在。

2016年3月、北海道新幹線函館開業と引き換えに廃止される急行『はまなす』。

今回は実際に乗車して、その歴史と魅力を振り返ることにします。





寝台券の入手
CYBER STATIONで空席状況を調べます。
ここには、普通車指定席(ドリームカー)とB寝台車の空席状況が表示されています。
(カーペットカーの空席は、CYBER STATIONでは見ることができません。)
2月18日上り、札幌発青森行「はまなす」は指定席、B寝台いずれも空席わずかとなっていました。
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事前に入手した急行券・B寝台券。 
席番は「増21号車1番上段」
所定ではB寝台車は1,2号車の2両なので、18日は増結されることがわかります。  
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札幌から目的地名古屋までの乗車券です。
経由のところに、
「・・函館線・海峡・奥羽・新青森・新幹線・・」
と書かれていますが、北海道新幹線開業後は「海峡」の文字が消え、
「・・函館線・新函館北斗・新幹線・東京・・」
となってしまうはず。
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これで準備は整いました。
いざ、札幌駅へワ~プ!(←)






2016年2月18日21:20 札幌駅

東改札口のLED列車表示板
「苫小牧・函館・上野・帯広・釧路方面」
『急行はまなす 22:00 青森 4番線』 の文字が灯りました。

2015年3月には「トワイライトエクスプレス」が、 8月には「北斗星」が廃止されました。
(過去の寝台列車についてはコチラ(←)を参照)
2016年3月のダイヤ改正で、本州と北海道を結ぶ夜行列車に終止符が打たれます。

寝台特急「カシオペア」は3月19日上野発、3月20日札幌発が最終列車に。
急行「はまなす」は3月20日札幌発、3月21日青森発が最終列車、となることが正式に発表されました。

3月21日以降、ここに「上野」「青森」など本州の駅名が表示されることはなくなってしまうのです。
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「カシオペア」はJR東日本の所属、「はまなす」はJR北海道の所属です。
最終日はそれぞれ自力の営業運転で古巣に戻れることになります。

昨年3月に廃止された「トワイライトエクスプレス」札幌行最終列車は、ダイヤ改正された朝、札幌に到着しました。
このため所属するJR西日本宮原総合車両所(略称;大ミハ 名門車両区ですね)へは、非営業で返却回送する必要があったのです。

しかし、北陸本線直江津-金沢間はその日から第三セクターに転換されたため、JR西のEF81はそのまま通過することができなくなってしまいました。そこで新潟貨物ターミナル-南福井間は、路線事業者免許が継続しているJR貨物の甲種回送扱いとなり、EF81を含む全編成丸ごと、JR貨物のFE510にけん引されて走行したのでした。

JR貨物EF510 20 にけん引される JR西EF81 43+トワイライト第2編成 【不許転載】
(EF81はパンタを下ろしています) 
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トワイライトの車両たち、特にEF81にとっては、さぞ悔しい思いをしたことでしょう。

国鉄時代に築かれた、JRの全国ネットワークが分断されたことを物語るエピソードです。


・・・・・・
話が横道に逸れてしまいました。

急行『はまなす』の入線予定時刻は21:38です。
そろそろ改札を抜けて、4番線に向かうことにしましょう。

ホームに上がると、既に『はまなす』に乗ると思われる人たちの姿があります。
大きい荷物の旅行者、帰宅する通勤客などの姿も見られます。
明らかにお別れ乗車とわかる鉄道ファンだけではないことに、「今でもふつうに利用されているんだ」と思うと、ちょっとホッとしますね。


ホームの「発車案内版」を確認します。
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増21号車の「乗車位置案内」です。
増結車でも仮設ではなく、ヘッドマークもちゃんと描かれているのがイイですね。
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乗車位置が確認できたところで一旦階段を下り、隣の5番線に移動します。
「なぜ?」
「答えは、入線時の編成写真を捉えるため」

隣のホームに上がると、6番線には731系近郊型電車の姿が!?
普通「新千歳空港行き」です。
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21:38 入線 
~「はまなす」の車両たち~


「ピィーッ」 DD51 1148を先頭に、高く短いホイッスルを鳴らし、急行「はまなす」がゆっくりと桑園方から入線してきました。
続くスハネフ14のディーゼル発電機の轟音が、あたりを包み込みます。
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今日の編成を確認します。

2016年2月18日札幌⇒青森 202レ(全区間掲載)
(函館方) DD51 1148 [函](札幌運転所-函館)
(回送) DE10 1761[青](青森-青森車両センター)
  1号車     スハネフ14 552  札サウ B寝台
増21号車 オハネフ25 3   札サウ B寝台
  2号車     オハネ24 501 札サウ   B寝台
  3号車     スハフ14 556 札サウ   自由席
  4号車     オハ14 512 札サウ   指定席(のびのびカーペット)
  5号車     オハ14 507 札サウ   指定席(ドリームカー)
  6号車     オハ14 508 札サウ   指定席(ドリームカー)
  7号車     スハフ14 508   札サウ   自由席
(青森方) ED79 13 [函]  (函館-青森)

(脚注)
*回送牽引機DE10以外は、すべてJR北海道所属
(函;函館運輸所  札サウ;札幌運転所)
*青森での回送牽引機DE10は、JR東日本所属
(青;青森車両センター)

客車は、座席車5両+寝台車3両の8両編成。
所定は寝台車2両の7両編成ですが、この日は増21号車オハネフ25 3が増結されています。

電源エンジンDMF15搭載車両は編成中のスハフ2両ととスハネフ1両。
電源分散方式の14系は自車含め4両への給電能力がありますが、「はまなす」は給電に余力を持たせています。

1988年、「はまなす」の運転開始当初は、14系座席車モノクラス5両編成。
日中の間合い運用で、青森-函館間快速「海峡」にも使用されました。
折しも世の中はバブル景気。
さらに青函トンネルブームも重なり、乗客数が伸びて「はまなす」の増結が常態化していきます。

1991年、要望の強かった寝台車の連結が始まりました。
寝台車は24系と14系の混成。
両系列は制御回路のジャンパー栓(引き通し線)が異なり、そのままでは連結できません。
このためJR北海道所属の24系は14系連結化改造がなされています。



列車に乗り、車内を確認していきましょう。
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函館までの最後尾となる、7号車スハフ14 508から車内に入ります。
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7号車スハフ14 508 自由席車です。
座席は、国鉄末期特急型の象徴「簡易リクライニングシート」が並んでいます。
モケットこそ交換されていますが、現代のこの光景はある意味貴重。
3号車スハフ14 556 自由席車も同じつくりです。

簡易リクライニングシートは、183系特急電車、14系特急客車、485系300番台、1000番台特急電車から本格採用されました。 
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簡易の名のとおり「リクライニング1段ストッパーなし」のこのシート。
体重で背もたれを押さえる方式なのですが、夜行列車では寝返りを打つたびに背もたれが戻り「バタン」と音が車内に響いて大変不評でした。
JRに引き継がれてからは、殆どがフリーストップ式の座席に交換されます。
しかし、このスハフのように座席が交換されない車両もありました。
さすがにストッパーはあとから設置されています。



6号車オハ14 508 、5号車オハ14 507は、指定席車「ドリームカー」。
石勝線経由で札幌-釧路間を結んでいた急行「まりも」に、高速バス対抗策として導入されたグレードアップ車両です。
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キロ182のリニューアル改造時に余剰となった国鉄型グリーン車の座席を転用。
シートピッチはグリーン車と同じ1160mmに拡大。
一部窓割と座席が合わず、柱で遮られるシートもありますが、ほぼグリーン車と同等の設備を急行指定席料金で利用でき人気がありました。

1993年「まりも」は特急格上げされ、北海道独特の183系特急型気動車+14系寝台車の編成となります。
14系ドリームカーは全車両が急行「はまなす」に転用されました。
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デッキ側の端部には談話室が設置されています。
今は禁煙ですが、改造当初は喫煙室を兼ねた談話コーナーでした。
テーブルに灰皿の名残があります。



4号車オハ14 512   「はまなす」の目玉車両「のびのびカーペットカー」

青函連絡船の桟敷席をモデルに改造。一部二段式。
指定席料金で利用できます。
二階席は寝台に匹敵するパブリックなスペースを確保できるので、「はまなす」の指定席は、まずここから埋まります。
この車両は「285系寝台電車サンライズエクスプレス」『のびのび座席』のモデルとなりました。
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通路と反対側は独特の窓割になっています。 
ダックスフントがキャラクター。 

「はまなす」が運転される以前、札幌-函館間の夜行列車には、10系寝台を連結した急行「すずらん」のほか、多客期には快速「ミッドナイト」がキハ27形2連で運転された時期がありました。
キハ27のうち1両は、座席を撤去し全面桟敷席とした「カーペット車」でした。

末期の快速「ミッドナイト」は183系0番台で運転。このとき特急「オホーツク」向けに設置されたチャイルドサロンがカーペットコーナーとして開放されました。
「のびのびカーペット」は「青函連絡船」だけでなく「ミッドナイト」の進化形とも言えるのです。 
 


B寝台車
2号車オハネ24 501、 増21号車オハネフ25 3、 1号車スハネフ14 552
JR北海道の24系と24系25形は、14系連結改造がされています。

オハネフ25 3の通路です。カーテンに隠れて2段式B寝台が並んでいます。
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上下段ベッド4人で1区画を構成します。
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通路には、折り畳み式の補助いすがあります。
ここから、ボーっと流れる景色に身を任せるのもまた、いいんですね。


2号車オハネ24 501
元車は3段寝台のオハネ14形0番台。
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耐寒耐雪改造、2段寝台化、引き通し線改造を受け、24系に編入されました。
「北斗星」にも使用されていましたが、簡易個室Bコンパート化はされず「はまなす」の運用に入りました。


増21号車オハネフ25 3
車号は製造時から変わりません。
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車掌室側は丸妻で、出入り扉の引戸化以外はBコンパート化改造もされず、24系25形のオリジナルの姿を留める貴重な車両。
現在は増結用予備車となっています。
上段寝台はセット解体のための昇降装置が付いていましたが、のちに撤去され寝台は固定されました。


1号車スハネフ14 552 
24系25形の最終増備車オハネフ25 200番台が元車。
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25形100番台と200番台は、製造当初から上段寝台が固定され昇降装置はついていません。外観では、車掌室側半折妻で貫通幌がむき出しになったほか、寝台側の側窓が下段に合わせた平たい形状になっています。
オハネフ25 218と220が、スハフ14から転用された電源エンジンと発電機を搭載して14系に編入され、スハネフ14 551・552となりました。
車体のイメージは14系15型に近いのですが、25形のとき側面に巻いていたステンレス製銀帯は、14系改造時白帯に変更され雰囲気が変わりました。





 

21:55 接続列車到着 
~本州連絡の使命~

隣の3番線に、稚内を16:49に出発した261系「スーパー宗谷4号」が到着しました。
「はまなす」への接続列車です。
稚内から東京への連絡ルートは今も生きています。
「はまなす」は南千歳で、釧路19:02発「スーパーおおぞら12号」とも接続。
釧路-東京間の連絡ルートも確立しています。

新幹線工事日でない所定のダイヤでは、「はまなす」の青森到着は5:39。
新青森6:19発東北新幹線「はやぶさ4号」に接続し、9:23には東京に到着できます。
今日は工事日なので函館で1時間ほど停車し、青森には6:19に到着。
この場合、新青森6:49発「はやぶさ8号」に連絡し、東京到着は10:28となります。

「スーパー宗谷」261系特急型気動車 
線路規格の低い宗谷本線での曲線通過速度を向上させるため、超過遠心力を打ち消す『エアサス式 強制車体傾斜装置』を装備しています。
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3月改正では、「北斗」系統に車体傾斜装置のない261系1000番台を投入。
今後、順次183系初期車を置き換えていく計画が発表されています。



発車時刻が近づきました。車内に戻ります。

増21号車オハネフ25 3と1号車スハネフ14 552 の連結部です。
北海道仕様の14系、24系の出入り口は、雪詰まりによる戸閉め不良防止のため、折戸ではなく引戸に改造されています。
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この日の寝台は満席。
寝台券は確保したのですが、増21号車の通路には先客がいて居場所がありません。

寝台に納まるにはまだ時間が早いし・・・。

3号車の自由席に移動することにします。
こういうとき、自由席車に空席があると重宝しますねー。
庶民のロビーカーに早変わり。






21:58 札幌駅4番線 
~発車案内~ 


3号車スハフ14 556のシートに座ると、ホームでは発車のアナウンスが。

『間もなく4番線から~、
22時ちょうど発、急行「はまなす」青森行きが発車いたしまーす。
ご乗車のお客様は、車内でお待ちくださ~い・・・。』

急行「はまなす」8時間19分の旅が始まります。

【後編】に続く


Posted at 2020/04/01 07:33:27 | コメント(4) | トラックバック(0) | 鉄学 | 日記
2020年03月29日 イイね!

【リバイバル投稿①】追憶!寝台列車 (Twilight Express乗車記ほか)

【リバイバル投稿①】追憶!寝台列車 (Twilight Express乗車記ほか)



6年前の2015年3月12日、

その日の発車列車をもって、

大阪-札幌間の寝台特急

「トワイライトエクスプレス」が廃止。




外出自粛ということで、鉄道モノのDVDを見ていたら夜行列車について語りたくなり、5年前の記事をリバイバル投稿します。(一部内容修正)

(元の記事はこちら☞2015年7月4日投稿)



気が付けば、2015年の3月以降、定期運転している夜行列車は、高松・出雲市⇔東京を結ぶ寝台特急「サンライズ瀬戸」「サンライズ出雲」(岡山⇔東京間併結)だけ。


2015年3月以降臨時列車となった札幌⇔上野「カシオペア」と「北斗星」は2015年8月までの運転。

2016年3月の北海道新幹線新函館北斗開業まで残った夜行客車列車は、青森⇔札幌間の最後の急行「はまなす」だけに。

つい10年くらい前まで、その数を減らしながらも、日本列島の東西南北は寝台列車ネットワークがつながっていて、新幹線や特急の走らない深夜帯の移動手段をカバーしていました。

今回は、記憶の彼方に消えつつある寝台列車を記録すべく、これまで乗車した寝台列車の思い出を振り返り、徒然なるままに書き綴ってみることにします。
(運転区間は最終乗車時のもの)


1.寝台特急『北陸』 金沢⇔上野 
EF81(金沢‐長岡)/EF64-1000(長岡-上野)+14系8両


2010年3月廃止、乗車回数、数十回

上野駅 EF64-1031は自連-密着双頭連結器装備です。
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東京方面出張のときは、日帰り扱いでも前夜に家を出て「北陸」に乗るのが定番。
毎月のように乗っていた時期もあり、常連と化していました。


運転距離が500km余りと、歴代ブルートレインの中では最短ながら、金沢あるいは上野を22時から23時頃発車し、終点には6時台に着くダイヤで、乗車前に一杯やって飛び乗れば翌朝目的地という、非常に効率的な移動が可能でした。

乗車券は東京往復よりも安くなる北陸-上越-東京-東海道-北陸の1周切符を活用。
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客車8両中、A寝台を含む4両が個室寝台車、B個室ソロの2号車にはカード式シャワー室が2室、という隠れた豪華編成。
B個室ソロは、2段寝台を互い違いに仕切ってあり、天井は低いものの、座ってしまえばプライベート空間が確保されます。しかも料金は普通の開放B寝台と同じでリースナブル。
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ケータイの電源を切ってしまえば自分だけの世界へ。(仕事では許されませんが…。)

社会と隔絶された、夜行列車で過ごす時間と空間が好きでした。




2.寝台急行『銀河』大阪⇔東京
EF65-1000+24系25形


2008年3月廃止、乗車回数 10数回

東京駅
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運転開始は1949年9月。
その後49年間、一貫して、東京-大阪間の『急行』夜行列車として東海道を往復。
新幹線開業後も、新幹線最終のあとに出発し、始発の前に到着するダイヤは、ビジネス客から評価され、一定の需要を確保していました。

『急行』でしたが、常に特急並みの編成が用意されていました。
20系が最初に急行転用されたのも『銀河』でした。

晩年は24系25形の2段式B寝台+開放式A寝台オロネ24で組成。
プルマン式と呼ばれる開放式A寝台車オロネ24は、最終的には『日本海』と『銀河』でしか見られない、貴重な姿を残していました。

この日、スーパーレインボー塗装EF65-1118が牽引 、
東京駅で。
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米原駅で223系との並び。
米原到着は朝5時過ぎ。
前夜東京で呑んで乗り込み、米原から北陸線の始発に乗ると、福井の職場の始業時間に間に合うので、何かと重宝する列車でした。
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大阪発東京行の「銀河」にもよく乗りました。大阪を22時過ぎに発車し、東京は6時過ぎに到着。米原発が日付が変わる直前、23時過ぎなので、北陸線最終から乗り継げられました。

開放A寝台オロネ24にも乗車。

台風でベタ遅れとなり、熱海で打ち切りで新幹線乗り換えとなると案内放送があり、確認に来た車掌に「東京まで乗りたい」と言ったら、24系25形電源車込み7両編成は、事実上私だけの貸し切り状態で東京へ。

ただし車庫(旧品川客車区)回送の関係で品川までの乗車となりました。





3.寝台特急『はやぶさ』東京⇔熊本
4.寝台特急『富士』東京⇔大分
(乗車区間は「はやぶさ」京都-博多)


EF65-1000(東京-下関)/EF81(下関-門司)
/ED76-1000(門司-熊本、門司-大分)
+14系15型6両+14系15型6両


2009年3月廃止 乗車回数数回


最後まで残った、名門東海道-九州ブルートレイン
晩年は、14系15型6両編成を2組、東京から門司まで併結して運転されていました。

元々はそれぞれ単独の列車として東京から九州を往復していた、名門九州ブルートレイン。
『はやぶさ』は東京-博多-熊本-西鹿児島、『富士』は東京-大分-宮崎-西鹿児島を結んでいました。
特に『富士』は24時間以上走り続ける特急としても知られていました。

関西-九州ブルートレインは、2008年に全廃されていましたが、『はやぶさ』『富士』の、下り京都0.37発、大阪1:08発というダイヤは、“かろうじて”関西→九州の夜行移動を可能にしていました。

九州出張のときは、最終のサンダーバードで京都に向かい、『富士』か『はやぶさ』のB個室ソロあるいはB寝台に潜り込むのがパターンでした。
 
EF66(東京-下関牽引)下関駅
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『はやぶさ』ED76(門司-熊本牽引) 門司駅
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『はやぶさ』門司-熊本牽引ED76 博多駅
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『はやぶさ』14系(機関車連結前) 門司駅
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『富士』門司-大分牽引ED76 門司駅
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『富士』14系 門司駅
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B個室ソロ オハネ15-2000
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B個室ソロ上段、高いアイポイントが魅力です。
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かつての関門トンネル専用交直流機関車EF30
下関-門司の全列車を牽引していました。
(横川鉄道文化むらにて、静態保存機を撮影)
その後EF81に代わり、現在の貨物列車はEH500が下関から九州内まで直通しています。
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5.『あさかぜ』下関⇔東京

(乗車区間は、大阪ー東京)

EF65-1000+24系25形13両

2005年3月廃止 乗車回数数回


東京-九州夜行の嚆矢として1956年に東京⇔博多間で運転開始。
大阪を深夜帯に通過して東京と九州を結ぶダイヤは画期的でした。

当初は戦前型A寝台車+食堂車オシ17+10系寝台車+10系座席車、の雑多な寄せ集め編成。
ブルートレインの名前とイメージを築いた20系客車が開発されるとすぐに20系編成に移行。

最盛期には3往復(1往復は東京-下関間)走っていた『あさかぜ』。
その内1本は 個室車含むA寝台5両、グリーン車1両に食堂車を連ね、当時としても超豪華な編成となっていました。

その後、新幹線が博多まで伸びると、九州ブルートレインは徐々にその本数を減らしていきます。

博多行きが廃止され、最後まで残ったのは下関-東京間『あさかぜ』
有効時間帯は、山口、広島エリア。

上り『あさかぜ』の大阪発時間は0:32、並行して走る『サンライズ瀬戸・出雲』とともに、ギリギリ大阪から東京までの寝台利用を可能にする列車でした。

『瀬戸』から転用されたロビーカー兼電源車、スハ25が連結されています。パンタグラフとインバータを搭載し、直流電化区間での電源供給が可能な、エンジン音のしない静かな電源車。
東京駅
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スハ25の車内、シャワー室もありカードを購入すると利用できます。
この夜、ロビーでは森山未来と長澤まさみの「世界の中心で愛をさけぶ」が流れていました。
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B寝台廊下
伝統的な寝台車の室内です。幅70cmの二段式が標準。
昔は、B寝台と言えば幅52cmの三段式が普通でした。
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6.『トワイライトエクスプレス』
大阪⇔札幌 

(乗車区間は、札幌ー芦原温泉)



EF81(大阪-敦賀-青森)
/ED79(青森-五稜郭)
/DD51×2(五稜郭ー札幌)
+24系10両

2015年3月廃止 2014年8月乗車


JR発足後の1989年から臨時運行開始。
人気があり、乗車率が極めて高いにもかかわらず、北陸新幹線開業前に廃止。
車両の老朽化が廃止理由とされていますが、北陸新幹線開業に伴い、直江津-金沢間が3つの第三セクター鉄道に分断。 
車両使用料、乗務員の扱い、牽引する機関車など、機関車牽引の旅客列車を直通運転するための会社間の調整がうまくできなかったことが本当の理由では、と言われています。

個室寝台車を主体に食堂車を加え、最後尾は最上級の展望室付きスィートといった、豪華寝台列車として知られていますが、Bコンパートと呼ばれる従来型のB寝台車も連結し、一般の利用も考慮されていました。
ここが『ななつぼしin九州』など、時刻表には載らない団体扱いの超豪華列車とは異なるところです。


2014年8月7日、翌年の廃止が発表されていた最後の夏、ということで、最初で最後の乗車のため、息子と飛行機で札幌に向かいました。
台風11号が接近し、運休の不安も抱えての渡道でしたが・・・。


乗車は8月9日
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DD51の重連を先頭に札幌駅入線
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札幌駅唯一の大阪行
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食堂車スシ24、元は碓氷峠対応装備489系電車の食堂車サシ489.
貴重なキノコ型クーラーAU12搭載車です。
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上りは、札幌を発車すると、食堂車でティータイム営業があります。
下りのランチ営業はよく知られていますが、ティ-タイム営業はあまり紹介されていません。
という訳で、昼間からビール。
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B個室ツイン オハネ25-500
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2段式のソファー兼ベッド、上段は電動昇降式です。
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大沼湖畔と駒ヶ岳
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五稜郭到着。 函館へは寄らず、ここで青函専用機ED79に機関車を交換。
遠くに、青函トンネル新幹線電圧対応のJR貨物EH800の姿が見えます。
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食堂車通路
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営業前です。
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パブタイム営業で食堂車へ
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サーモンのマリネとソーセージの盛り合わせを・・。
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ロビーカーオハ25-500
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早朝の長岡駅、最後尾のカニ24
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朝9時25分 芦原温泉駅で臨時停車。
台風11号の接近に伴い、関西一円のJR路線はすべて運転見合わせとなり、私たちを乗せた
『トワイライトエクスプレス』も芦原温泉駅で抑止(足止め)。
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芦原温泉は臨時停車のため本来ドアは開かないのですが、食糧調達に配慮してドアが解放され、駅売店はバブル景気で長蛇の列に。
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初めは列車撮影などで時間をつぶす人も見られましたが・・・。
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夕方16:00 非常食としてカロリーメイトとミネラルウォーターが配られました。
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抑止されてから9時間が経過。運転再開の見通しは立っていません。
行程では大阪まで乗り通す予定だったのですが、翌日は仕事と学校のため、泣く泣くここで列車を降りることに。

それでも、止まっていたとはいえ、28時間もトワイライトエクスプレスの中で過ごす貴重な体験ができたのですから、十分満足ではありましたが・・・。
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情報では19時過ぎに運転を再開。
走ったり止まったりを繰り返しながら終点を目指した模様。
大阪到着は日付の変わった8月11日0時過ぎだったとのこと。
できれば最後まで乗りたかった・・・。


夜行高速バスとはまた一味違う夜行列車の旅・・・。
記憶の彼方、過去の思い出となりつつあります。

国鉄民営化にあたって、全国ネットワークを維持したJR貨物が寝台列車の運行主体となっていれば事情は変わっていたかも・・・。

8月の廃止まで予約が殺到している『北斗星』には、もう乗れないですね・・・。

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以下、写真がないものもありますが、これまでに乗車したことのある夜行列車をリストアップ。
(運転区間と、カッコ内は乗車した区間。 カッコ無しは全区間乗車)

7.寝台特急『サンライズ瀬戸』
高松-東京
8.寝台特急『サンライズ出雲』
出雲市-東京  (乗車区間は、姫路-東京)

285系
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9.寝台特急『北斗星ニセコスキー』 
札幌-(山線回り)-函館-上野    

(乗車区間は、森-上野)

24系24形25形
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10.急行   『きたぐに』
大阪-新潟・青森 

乗車区間は、客車時代 大阪-青森

高校の頃、夏休みに北海道をテツ旅するとき、大阪から青森まで12系座席車に乗り通し。

始発大阪では座席を確保するため、中央コンコースに設けられた待合い看板の前に発車5時間以上前から並んで座席を確保。ボックス席4人掛けで青森まで19時間乗車。若かったんだなー


583系電車時代、大阪-新潟

583系最後の定期列車。

全車寝台ではなく、普通座席車、グリーン車が連結されているのがポイント。

2段式に改造された開放A寝台車もありました。


東京出張のとき、同僚と呑んで、最終の北陸線連絡「ひかり」に乗車。北陸線乗換駅「米原」で寝過ごし、京都で降りることがよくありました。

落ち込んだ気持ちを抱えつつ京都駅で待っていると、1時間くらい後に「きたぐに」新潟行が入線。これに乗ると、武生には午前2時に着き、今夜中にウチに帰れるのです。
クハネ581の3つの前照灯の光は、まさに救いの女神に見えました。

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11.急行『立山』   
大阪-富山・立山
475系(457系)
(乗車区間は大阪-富山)

その昔、特急「雷鳥」を補完する列車として急行「立山」が3往復走っていて、そのうち1往復が夜行列車でした。。下りは、北アルプスを目指すワンゲル部などの山屋さんご用達の列車でした。

学生時代に乗車。

列車末期には583系が使用され、寝台営業もしたことがありました。「立山」廃止のあと14系だった「きたぐに」が583系になりました。
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12.急行 『能登』   
福井・金沢-上野

(画像は、上野駅を再現した鉄道博物館(大宮)にて)

489系、14系客車、10系寝台+スハ43系
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このほか、これまでに乗ったことのある夜行列車。

13.寝台特急『日本海』大阪-青森・函館
14系、24系  (大阪-青森、福井-函館)

『瀬戸』から転用のシングルデラックスオロネ25-300にも乗車。

14.急行『越前』福井-上野
10系+スハ43系

(碓氷峠通過のため準軽量のオハ46, 47主体で編成)

15.急行『のりくら』 金沢-名古屋
キハ58系

16.急行『八甲田』 上野-青森
(青森-仙台)12系

17.急行『ちくま』 大阪-長野
(米原-松本)12系、383系

18.急行『すずらん』 函館-札幌      10系+スハ43系(45形)

19.急行『狩勝』   札幌-釧路       10系+スハ43系(45形)
『狩勝』では東海道線『つばめ』の生き残り、特別2等車スロ54に乗車。

20.急行『利尻』  札幌-稚内       14系

21.急行『大雪』  網走-札幌       10系+スハ43系(45形)

22.普通 44レ 札幌-函館        
函館本線普通44列車は、当時、青函連絡船を介して本州との郵便荷物輸送を担っていた荷物列車に客車を連結した列車です。下り姉妹列車は43レ。
長編成の荷物車と郵便車に3両の客車がぶら下がっていました。

23.普通 347M 東京-大垣
(富士-名古屋)
ムーンライトながらの前身ですね。
165系, 167系にグリーン車サロ165を2両連結。

24.普通 441M 新宿-松本(新宿-小淵沢)
115系で運転された夜行列車。北アルプスへ向かう山屋さんご用達。

25.急行『はまなす』札幌ー青森
定期列車では、最後の急行にして、最後の客車夜行列車。
2016年2月にお別れ乗車を決行。

(急行「はまなす」もリバイバル投稿します)





さあ今夜も、缶ビール片手に上野発の夜行列車で北へ・・・・。

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良き時代でした。






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Posted at 2020/03/30 06:35:07 | コメント(9) | トラックバック(0) | 鉄学 | 日記
2020年03月25日 イイね!

【非日常の ! Malaysia ③】マレーシア活動制限令、続報 !?

【非日常の ! Malaysia ③】マレーシア活動制限令、続報 !?




3月25日(水)

活動制限令施行 8日目




朝7:00前、クルマや人影のない交差点。
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会社工場に向かいます。

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今朝は、別のルートで向かいます。

明るくなってきた通りに出ると、交差点左から入ってきたクルマは?

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おー(@_@)

90系スプリンター、しかもシエロ!

マレーシアでは初めて見ました。

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ハイウエイのゲート近くまで来ると、コーンで車線が絞られ、渋滞…。

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こちらでもやってました。

移動制限のための検問。
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今日は軍隊も出動しています。

クアラルンプールとセランゴールの首都圏内など一つの州内の移動は認められていますが、州を跨ぐ長距離移動は全国的に規制されています。
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会社の操業は許可されていませんが、保安や経費精算など管理業務目的の通勤は認められています。

これは、地元警察に許可を取りつけた通勤のための移動許可証。

警察の公印が押されています。

今日は、これを見せると、すんなり通れました。

\(^^)/
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ゲートをくぐり、ランプからハイウェイへ。
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コチラはクアラルンプール市内から出る方向ということもあるけど、5車線ともガラガラ。

いつもなら、全車線をクルマが疾走しているのですが…。
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朝陽が昇ってきました。
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会社工場に到着。
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この日も、操業許可申請の経過確認と再申請手続き。

やはり、認可はされません。状況を本社に報告。

停止期間が長いと、モノとカネが動きませんから、色んなところに影響が出ます。

体力のない企業や個人商店は資金繰りも危なくなってくるかも。


17:00過ぎ、まだ明るいうちに帰宅。

今朝と同じルートで帰ると、反対車線では検問が続いていました。
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帰ってきました。

ショッピングセンターに並ぶ商店街は静まり返っています…。
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3月25日午後、ムヒディン首相は『マレーシア移動制限令 (Moving Control Order)』 の2週間延長を発表。「国民に冷静な対応を」、と 呼びかけました。

現在の感染者数は1700人を超えました。


しかし・・・、4月14日までのべ1ヵ月! 

全然、冷静でいられませんが、COVID-19の感染者が増え続ける現状ではいかんともし難く。

その先の延長もあり得るのかも。


同じ日の夜、東京都小池知事は記者会見を行い、『感染爆発の重大局面』という強い言葉で都民に外出自粛と冷静な行動を呼びかけていましたが。


ヨーロッパやアメリカが深刻な状況になりつつあるだけに、目をそらすことはできないようです。



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Posted at 2020/03/26 07:40:12 | コメント(7) | トラックバック(0) | 近況 | 日記
2020年03月22日 イイね!

【非日常の ! Malaysia ②】マレーシア活動制限令、続報 !?

【非日常の ! Malaysia ②】マレーシア活動制限令、続報 !?



3月20日(金)

マレーシア活動制限令の、

施行3日目。





朝7:00過ぎ
今朝も、検問がないことを祈りつつ、ガラ空きのハイウェイで会社へ。

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それでも、それなりにクルマはいます。

運転は楽でいいんですけどね…。

前方に高架線を走るLRTが見えます。ちゃんと動いてます。

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ガラガラの駐車場を横目に、

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ゲートを開けてもらい、工場へ。

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今日も、基本的に工場は休業ですが、操業再開の可能性を探るため、マネージャークラスには出社してもらい、会議です。

感染者が増えている現状では、操業再開認可は厳しそうなのですが、サプライチェーンの一角が崩れる事態も避けなければならず・・・。


お昼ご飯は、近くのジャンクな中華料理屋台街へ。

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店内で食べることはできず、Take Away (テイクアウト→お持ち帰り) のみです。

ピンクのコンビニ袋には、ご飯とおかず、香辛料を小分けしたポリ袋。

もちろん、口はこぼれないように縛ってあります。

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中身は、カリー風ナシレマ。

お皿を汚すのも面倒なので、ポリ袋を縛りなおして、そのまま器にします。

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店内で出されるときはこんな感じ。同じ、カリー風ナシレマ。
スパイスが効いてて美味しいんです♪

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自分の席で食べてます。
「うん、この味(^^)」なんだか楽しい♪

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午後、グループ会社に警察が来た、との情報が写真とともに送られてきました。

何事もなかったようですが、不法就業を取り締まる、となるとちょっと厄介…。

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クアラルンプール市内でも、抜き打ちで検問があるようです。
これも、ローカルスタッフから送られてきた情報。

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検問中の様子も送られてきました。

それほど厳しくないように見えますが…。

政令違反が目立つ場合には軍隊が出動する、とほのめかされており、なんだかキナ臭い感じ・・・。

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金曜の夜は、『Bistro Fiore』のナポリタンとシーザーサラダ。

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3月21日(土)朝

マレーシア王宮の通用門も閉じられています。

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普段なら、王宮への通勤者や関係するクルマが出入りしているのですが。

バリケードまでありますね。

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近所のショッピングセンター前の道路。

閑散としています。

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クルマで5分の、別のショッピングセンターに行ってみました。
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駐車場もガラガラ。

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食料品関係、医薬関係以外の店は閉まってます。

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ファーマシーは開いていました。

奥はスーパーマーケットですが…。

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店内の買い物客の人数を制限するため、入場規制が敷かれています。

間隔を空けて並ぶ買い物客。

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夜は、イタリアンサラダとカレー(レトルトです)に納豆とみそ汁。
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これで、完全Lockdownになると、外出もままならないですが、まだそこまでの規制はありません。
外出できて、生活インフラが不足していないだけ、まだいいのかも。



3月22日現在、
マレーシア感染者数は1000名を超えました。

引き続き、事態の推移を見守っていきます。



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Posted at 2020/03/22 19:58:48 | コメント(5) | トラックバック(0) | 近況 | 日記
2020年03月18日 イイね!

【非日常の!Malaysia】マレーシア活動制限令と国境封鎖 !?

【非日常の!Malaysia】マレーシア活動制限令と国境封鎖 !?


3月18日(水)
マレーシアに戻って4週間 _





日本でも学校の休校が続き、19日夜、政府専門家会議の記者会見が行われるなど、落ち着かない状況が続いていますが…。

マレーシア、ムヒディン新政権は、COVID-19対策としてマレーシア全土に活動制限令を発令。
3月18日から31日まで施行されます。さらに延長をほのめかす首相発言も。

発表によると、マレー国民の海外渡航禁止と外国人の入国禁止が盛り込まれ、事実上の国境封鎖となります。
国際線は運行していますが、大幅な減便。外国人の出国はできます。入国には14日間の自主隔離が前提。
北のタイ国境、南のシンガポール国境では人の往来が途絶えたと報じられています。

マレーシア国内では、州を跨ぐ市民の不要不急の移動禁止。
学校は小中高から大学、各種学校まですべて休校。
外出は、食料品の買い物など最小限に。


食料品や医薬品を扱うお店以外の小売店も全て営業休止です。

レストランやカフェなどの飲食店は、屋外を含む店内での飲食が禁止されます。
テイクアウト(こちらではTake Awayといいます)は認められるので、急遽テイクアウト営業に切り替えるレストランも。

電車、バス、タクシーは動いています。

そしてここからが問題なのですが、医療、医薬、食品関係と公共インフラ(電気、ガス、水道、交通)などを除き、民間企業の操業、営業がすべて禁止されました。
当然、ウチの会社工場も閉鎖対象に。



何か怪しい予感がしたのは3月16日月曜日。
前日のコロナウイルス感染者が、それまでの約200名から突然400名以上に急増したと発表が。

3月18日時点の感染者数は790人。検査中や保留者が数千人。政府は、2月末から3月にかけて、イスラム教礼拝所モスクで大量感染が起きた恐れがある、と言っています。
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長期政権だったマハティールさんに代わり首相となったムヒディン氏。
3月16日 ドライバーさんから、
「今日の夜、全てのテレビとラジオが同時に特別放送するよ」
と聞かされて、
「クーデター?、戒厳令発令?」
まさか、と思いましたが…。
22:00から、ムヒディン首相の活動制限令についての特別放送が。
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3月18日(水)、活動制限令施行当日の朝。
いつものように、まだ薄暗い午前7:00前、ウチを出て工場に向かいます。
ドライバーさんは休ませているので、自分で運転。
途中、検問でもあるかとちょっと不安に思いながら・・・。
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いつもは5車線全部がクルマで埋まるハイウエイも、今朝はガラガラ。
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人の気配が少ない会社工場周辺に到着。
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ゲートを開けてもらいます。
本来24時間稼働なので、セキュリティは常駐していますが、操業は前夜で止めたので、一部の従業員以外出勤しません。
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工場は政府令を遵守し一旦止めましたが、電子材料の一端を担う当社の製品は、コンピュータや電子機器、自動車のサプライチェーンに組み込まれ、操業停止の影響が世界中に及ぶため、操業再開を画策。
政府もやり過ぎと思ったか、適用除外項目の緩和策が打ち出され、マレーシア国際貿易産業省に
申請して認可されれば操業再開できるらしい。
ただし条件があり、出勤させる従業員は半分以下として稼働率を50%に抑えること。
当社の場合2000人いる社員の半分で勤務シフトを組みリストアップして提出する必要があります。

日本の事業本部からも、ガンガン指示が飛び交い、すったもんだして申請書を提出。
違法操業は容赦なく罰せられるので、おとなしくして当局の沙汰待ちです。

と、いう訳で、明るいうちに帰宅。
と言っても、もう19:00過ぎですが。
帰りもガラガラのハイウェイを疾走。
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自宅コンドミニアムまで戻ってきました。
スーパーマーケットとコンビニを除き、商店も営業休止なので、街は閑散としています。
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ファミマの看板がむなしく光る…。
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セブンイレブンもとりあえずやってます。
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スーパーマーケットです。
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生鮮食料品は、入荷してます。
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カップ麺やインスタントラーメンの棚は、一部買い占めの跡が・・・。
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それでも、パニック買いの様相ではなく、市民は落ち着いているようです。
シャッターが閉じた街を歩くと…。
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「おっ!」(@_@)
創作イタリアンのお店「Bistoro Fiore」に明かりが。
店内では食べられませんが、テイクアウェイ(TakeAway)営業しているのでした。
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という訳で、今夜の夕食は、急遽「金沢ハントンライス」と「オクラ ツナ サラダ」に決定。
自室で、ANCHOR Beer とともに。
味も量もいつもと変わらないのが嬉しい。
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活動は制限されても、王宮と月の夜景はいつもと変わらず。
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取り締まりの強化も報じられていますが、事態の推移を見守りつつ、適時手を打つ、しかないようですね。

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Posted at 2020/03/20 09:16:36 | コメント(4) | トラックバック(0) | 近況 | 日記

プロフィール

「@AA63 toku さん、そうです!?
夜明けの来ない夜はないんです♪
(^^)b」
何シテル?   03/28 17:01
マメ柴のLEN吉、本名「レン」 8才です。 クルマでお出かけするのが大好き。 イベントで見掛けたら、声を掛けてください。 (^^)/
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