
全幅 12.0m
全長 9.1m
全高 3.5m
翼面積 22.4㎡
自重 1,680kg
全備重量 2,410kg
エンジン 中島『栄』一二型 940hp
最高速度 533km/h
上昇限度 11740m
航続距離 3,350km
武装 7.7mm機銃 x2
20mm機銃 x2
爆弾 30kgもしくは60kg x2
乗員 1名
1937年海軍の十二試艦上戦闘機の要求を受け三菱が開発を行う。
要求性能
最大速度 500km/h以上
3000mまで3分以内
後続巡航時間6~8H
武装 7.7mm機銃 x2 20mm機銃 x2
九六式艦戦以上の空戦性能
を満たすべく三菱の堀越技師らが、新技術と徹底的な軽量化で実現させた。
原型一号昭和14年初飛行。
昭和15年7月に零式艦上戦闘機一一型として正式採用。
先行量産機が中国にて初陣、短期間に100機以上の撃墜を記録し、自身は不時着等の3機の損害と圧倒的な戦果を記録。
同年後半に主翼折りたたみ機構を追加した二一型が登場。
海軍航空隊のベテランパイロットの腕もあり、同世代のP-40、39、spitV、F4F等を圧倒する。
零戦は恐らく1000馬力級の戦闘機としては速度、旋回、航続距離の全てにおいてトップクラスであった。
その中でも運動性能は秀逸であり大戦初期では無敵を誇っていた。
また当時の常識を超えた航続距離も本機の活躍した一因といえる。
しかし、徹底的な軽量化により、防弾、急降下性能は制限され、弱点となった。
CFS2時代の私の愛機
この機の飛行時間がもっとも長く
戦闘機動の基本となる、機体の失速限界や3次元での予測と空間把握能力、機体と調和する操縦桿の使い方を学んだ
CFS2では同位戦のHO無し1オン1が主流であった。
私がCFS2に参戦したころは国内チームには綺羅星のごとくエースパイロットがおり、各ホストにお邪魔しては叩きのめされたものだった。
私はそのエース達に追いつくべく、その人が一日休めば私も一日追いつく、その人が今日練習をしないのであれば今日3時間練習して追いつこうと思い練習に励ん。
このゲーム内での零戦は不思議なもので、例えば横維持旋回ピッチ角、ロール速度が同じであっても一ヶ月毎日練習したか、そうでないかで差が出るのであった。
今、周りを見てCFS2時代にいたようなエースはいるのだろうか・・・いささか寂しいことだが皆無である。
Posted at 2007/02/09 02:36:30 | |
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