
決していい人ぶったりとかそういうのじゃないです。それを踏まえて。
路上で困ってる人との遭遇率が結構高いというか、放っておけないというか、余計なお世話を時々する。その中でも特に印象に残っている幾つかのお話を。
十代半ばの頃、バイクでツーリング中にパンクした車が目にとまり、止まって声を掛けたら初老のご夫婦らしき2人。車には××呉服店と書かれてあり、お急ぎの様子だったのでタイヤを交換してさし上げた。立ち去ろうとすると「これをどうぞ」と何かを差し出した。金品ならお断りをしようと思って見てみると呉服展示会の案内パンフレットだった。一応受け取ってその場を去ったが、十代半ばのバイク小僧に呉服のパンフは無用である。何かを渡さずにはいられない気持ちだけはしっかり受け取った。
通勤途中のおせっかいも多々ある。雨の降る夜、人通りのほとんどない道を小学校低学年位の女の子が泣きながら1人で歩いていた。辺りには誰も居らず止まって声をかけた。どこから来たのかと聞くと、その場所から3~4キロ離れた所が自宅だという。すぐに車に乗せて自宅である団地まで送り届けた。玄関まで行き、チャイムを鳴らすが誰もいない様子。そこでお隣の住人に声を掛けて預かってもらう事にした。後に判った事だが、親と一緒に用事で出かけた先で1人はぐれてしまい泣きながら自宅へ向かっていたところに遭遇したようだった。一歩間違えば誘拐犯に間違われていたかもしれない。
また別の日の夜、原付のバイクを押して歩いている学生を見かけた。聞けばガス欠だという。あいにく近くにガソリンスタンドは無い。ちょっと待ってろと声をかけて、緊急だからとスタンドの人に訳を話してペットボトルにガソリンを入れてもらった。戻ってガソリンを入れてやったが彼はお金を持っておらず、その場はお互いの住所を交換して別れた。あれから15年、未だ彼からの連絡は無い。
また別の雨の夜、大通りの交差点で雨に打たれているおばさま3人を見かけた。声をかけるともう少し先の駅まで向かう所だという。可哀想なので車で駅まで送る事にした。到着後、お礼と共に差し出されたのが、ティッシュに包まれて原型を無くしたプチケーキだった。たった今食事に行って食べ残したものだそうだ。要らないと言う前に無理やり車内に置いていかれた。どう見ても食べられたものではない。体よくゴミ処理をさせられた様なものである。
とある冬の日、職場の目の前で立ち往生した車があった。車内からモクモクと湯煙が立ち上がっている。ヒマだったので声をかけて車を見せてもらった。どうやらヒータ用の引き込みホースが裂けて車内にラジエター液が溢れ出した様だ。聞けば四国から家族4人で出て来たとの事。急ぎの用事があるのでどうにかしてくれと頼まれて、自分のお店が営業中にも関わらず工具を引っ張り出して、引き込みホースをぶった切ってエンジンルーム側でショートカットさせた。ヒータは効かないが取りあえず走れる状態にしてあげるとその家族は急いでその場を立ち去った。僕は油まみれの手を振って見送った。
また別のある夏の日、お店の営業中に何気なく窓の外を見ると、お年寄りが裏通りで倒れていた事があった。あわてて駆け寄って声をかけたが反応が薄い。頭からは血を流していたので動かさないように気をつけて救急車を呼んだ。その後警察も到着して事情を話したが、おそらく転んだ拍子に歩道のブロックで頭を打ったのだろう。後に家族の方がお礼に来てくださったが、それから数ヶ月後に亡くなったと聞いた。原因は別の事だそうだが、そのお年寄りの息子さんはその一件後、律儀にうちのお店に通って下さっていた。生前に僕の事を家族に話していたそうで、直接お礼が言えない事を悔やんでいたそうだ。
つい先日も仕事が終わってお店のシャッターを閉めていると、すぐ目の前でお年寄りの乗った車がパンクしていた。歩くのも大変そうなお年寄りだったので声を掛けてタイヤを交換してさし上げた。今目の前のお店から僕が出てきた事には気付いていない様子で、どちらの方ですかと聞かれたので通りすがりの者ですと答え、お礼にと差し出されたお金は丁重にお断りをして立ち去った。
人助けをすることは、もしかしたら自己満足みたいなものかもしれない。でも、困っている人を放っておけないのは決して特別ではない自然な感情なので、またそのうち僕は誰かにおせっかいをしてしまうのだろう。
僕は今、うどんが喰いたくて困っている。ストーンコールドさん、密会まだぁ?
Posted at 2008/10/21 20:07:41 | |
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