
長々と書いてきた九州旅行記も、ついに旅の最終日、3月16日の話になります。
それ以前はこちらからどうぞ↓
九州旅行記1 ~沈まぬ夕日の果て~
九州旅行記2 ~時を巡る坂の街~
九州旅行記2-2 ~海は忘れない~
九州旅行記3 ~ムツゴロウの土地と人間の土地~
九州旅行記3-3 ~城の主は~
九州旅行記4 ~飛行機たちの午後~
九州旅行記5 ~コスモノート・ユーリ・ガガーリン~
九州旅行記6 ~You are (not) alone.~
広島県へ来た目的は二つ。
朝早く目覚め、一つ目の目的である原爆ドームへ向かいました。

被爆からまもなく70年を迎えようとしている原爆ドーム。
風雨にさらされ、傷みはひどく、維持作業が行われていました。
この日のうちに帰らねばならず、広島平和記念資料館へ行くことは出来ませんでした。
必ず、広島に訪れる必要があります。
この旅の始まりは長崎から。
旅の終わりは広島。
世界で最初の被爆地と、最後の被爆地を訪れたことになりました。
この70年間、多くの核兵器が製造され、いつ使用されてもおかしくないという危機もありつつ、ついぞ被爆地は増えなかったことを、どう捉えてよいのかは難しい問題ですね。

焦って撮ったら傾いちゃいました…。
この旅で、路面電車もたくさん見ましたね。
長崎、熊本、鹿児島、広島…普通の鉄道とも、バスとも違う、独特の存在感です。
まだ早いですが広島市に別れを告げ、海沿いに愛車を走らせます。
次の目的地は呉です。

海上自衛隊呉地方総監部は戦前からの煉瓦造りの建物が残り、アニメ『艦これ』の鎮守府のデザインもこの建物がベースになりました。
大和ミュージアムへ来ました。

1/10戦艦大和
大和ミュージアムという名前ですが、展示の多くは呉と軍艦建造の歴史であり、その象徴、技術の集大成として大和が掲げられているといった感じでした。
大和を象徴として扱うのは、坊ノ岬沖海戦と同じような感じがして、何とも言えない気持ちになりました。
帝国海軍の象徴として、散ることを要求された最後の出撃。
展示内容には、そういったことはあまり触れられていなかったように感じました。
戦車、戦闘機、戦艦…それらを形にした技術を純粋に凄いと思い、知りたいと思う一方で、どうしても大戦の顛末や失われた多くの命とは不可分な事柄。
やはり、難しい問題ですね。
大和ミュージアムを見学した後は、道を挟んで向かいに建つ海上自衛隊呉資料館、通称『鉄のくじら館』へ行きました。
戦後、海上自衛隊の活動は、大戦時に散布された機雷の掃海に始まり、朝鮮戦争でも流されてくる機雷の除去を行い、今でもシーレーンの確保のため、海外で掃海作業にあたっています。
潜水艦のことと、掃海のことが学べる資料館です。
実際に使用されていた潜水艦『あきしお』の大きさには驚かされます。
これでも小さいほうなんですよね…。
艦内に入ることもでき、退役された元乗組員の方に説明してもらえたりもします。
暗いところでもよく見えるように、赤い光で照明をとり、瞳孔を開くようにしているそうです。
艦内の明かりを切り替えて貰えました。
見学を終え、近くにあった海軍をイメージした食堂でオムライスを食べました。

卵がトロトロで美味しかったです。
これにて、すべての行程を終了し、帰るだけになりました。
呉を出たのが12時半頃。
山陽道にのり、来たルートを逆に辿って岐阜に帰り着いたのが18時頃だったかと思います。
走り続けた7日間。
一日、一日がとても充実していて、とても濃密な一週間でした。
そして、やはりまだ知らないことが多いな、と…。
見たことがないものも、まだまだたくさんあります。
走ったことのない道も、どこまでも続いています。
これからも、愛車と共に走り続けていたいですね。
最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
Posted at 2015/07/26 20:22:19 | |
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