• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

Heero Yuyのブログ一覧

2011年01月30日 イイね!

週末なので、音楽ネタ集めてみました (またまたOnly my Railgunですがw)

かなりドタバタしており、ちと時事ネタ書く気力がないので、またまた音楽ネタです。
前回は弾いてみたと歌ってみたを載せてみましたが、今回はアレンジバージョンを集めてみました。



これが元のバージョンですが、ニコニコ動画の神(?)の手にかかると…



Eurobeat版



DJ版1



DJ版2



DJ版3



Special Remix



Trance ?



メタル版?



オーケストラ版



ラップ版

…ようやるとしか言いようがないです(;´Д`)

おまけ



ヴォーカロイド(ミク&リン)版



外国人が歌ってみた
Posted at 2011/01/30 07:04:21 | コメント(3) | トラックバック(1) | ネタ・その他諸々 | 日記
2011年01月28日 イイね!

尖閣の次は沖縄である - 沖縄県民は琉球国民になりたいのか?

中国の漁業監視船が尖閣沖に侵入 海保の警告に「尖閣は中国の領土だ」

 27日午前7時50分ごろ、沖縄・尖閣諸島の久場島北西約29キロの日本の接続水域(領海の外側約22キロ)内で、中国の漁業監視船「漁政201」が航行しているのを、付近を哨戒中だった海上保安庁の航空機が確認した。中国の漁業監視船が尖閣諸島の接続水域内で確認されたのは今年に入って初めて。

 領海のすぐ外側を沿うように反時計回りで航行しているといい、第11管区海上保安本部(那覇市)の巡視船が領海内に侵入しないよう無線などで警告、監視を続けている。

 11管本部によると、尖閣諸島付近の海域は悪天候で荒れており、中国漁船の姿はないという。巡視船の呼びかけに対して「漁政201」は「われわれは正当な任務を行っている」「尖閣諸島は中国固有の領土だ」などと応答したという。

産経新聞より

監視船が来ること自体は想定内ですし、ましてや

> 「尖閣諸島は中国固有の領土だ」

というのも想定内です。また別記事で

「沖縄では住民75%が日本からの独立希望」と中国紙報じる

 異形の大国・中国と日本はどう向き合っていくべきなのか。ジャーナリスト・櫻井よしこ氏はこう説明する。

 * * *
 中国の狙いが尖閣諸島だけだと考えるのは甘すぎます。昨年9月19日、人民日報傘下の『環球時報』は在日中国大使館勤務経験のある研究者・唐淳風氏の論文を掲載しました。「沖縄は日本の領土ではないのだから、日本は釣魚島(尖閣諸島の中国名)について中国と対話する資格はない」という内容でした。

 尖閣問題を入口に、沖縄は日本の領土ではないと主張したのです。そのうえ「沖縄では住民の75%が日本からの独立を望んでいる」とも唐氏は書きました。

 さらに新華社は昨年8月20日付で、中国社会科学院日本研究所の学者・呉懐中氏が、歴史研究者らのシンポジウムで「沖縄の主権は中国に属する」と主張したことを紹介しました。こうした学者の発言が、中国政府の意向を受けての発言であるのは間違いありません。

 歴史や現実は一切無視し、まず言葉で「自国の領土」だと宣言し、自国領とする法律を制定し、軍事力を背景に奪い取る、これが中国のやり方です。すでに沖縄が中国のターゲットになっていることを、日本国民、とくに沖縄の人たちはよくよく認識しておきたいものです。

 中国にとって最も好都合なのは、米軍が沖縄からいなくなることです。沖縄で反米・反基地運動が盛り上がること、そして日米同盟が揺らぐことも大歓迎です。そのために「世論戦」を仕掛け、日本の「世論の分断」をはかることも、中国の得意とするところです。

Newsポストセブンより

> 「沖縄は日本の領土ではないのだから、日本は釣魚島(尖閣諸島の中国名)について中国と対話する資格はない」
> 「沖縄では住民の75%が日本からの独立を望んでいる」
> 「沖縄の主権は中国に属する」

このようなプロパガンダをだしてくるのも想定内です。しかしこういう風潮があるのにも関わらず、沖縄県民から反論が聞こえてきません。
ましてや沖縄のメディアを読むと…

[「普天間」問題]再交渉こそが打開策だ

 政権交代を実現した2009年8月の衆院選、その後の各種選挙で示された県民の意思は決定的である。この流れは不可逆であり、もう後戻りすることはないであろう。

 基地と引き換えの振興策という従来の構図が破綻したのが、地元名護市ではっきり示され、県経済界にも意識の地殻変動が起きている。

 それなのに、民主党政権のアメとムチ政策は自民党政権時代と何ら変わらない。名護市に対し前市長時代からの継続事業として内示していた再編交付金を凍結したことなどに端的に表れている。

 米軍普天間飛行場の移設先を名護市辺野古とした昨年5月の日米合意。「最低でも県外」と公約した鳩山由紀夫前首相は辺野古に回帰し、辞任した。後任の菅直人首相は日米合意を引き継いでいる。

 昨年末、仲井真弘多知事と会談した菅首相は低姿勢に終始したように見せながら、「沖縄にとって辺野古はベストではないが、実現可能性を考えるとベターな選択でないか」という方針を伝えた。理不尽と言うしかない。

 仲井真知事が「勘違いをしている。県内はすべてバッドだ」と切り返したのは当然である。押し付けは沖縄の民意無視であり、民主主義の否定につながるからである。

 県内ではもはや、どんな選挙であれ、「県内移設」を掲げて当選するのは不可能といっていい。仲井真知事が知事選で「県外移設」を公約としたのも民意を読んだからにほかならない。菅首相もそこを見誤ってはならない。

 在沖米海兵隊は、西太平洋の同盟諸国と演習したり、アフガンやイラクに派遣されたりして沖縄を留守にすることが多い。日本防衛のためでもなく沖縄にいる必然性もない。「地理的優位性」「海兵隊の抑止力」など意図的につくられた「神話」にだまされる人はもういないはずである。

 米国の軍事予算は逼迫(ひっぱく)しており、ゲーツ国防長官でさえ、海兵隊の見直しを指示している。そもそも紛争地に海兵隊が最初に乗り込む戦闘形態はもはや考えられない。

 オバマ大統領は7月から、アフガンに駐留している米軍撤退を始める。在沖米海兵隊8000人と家族9000人を含むグアム移転協定で米上下両院は11会計年度の移転費を7割カットした。14年移転を事実上断念するなど流動的要素が出ている。米軍の海外展開の在り方も変わる可能性が高く、沖縄の海兵隊を見直すチャンスである。

 戦後66年、冷戦終結からも20年以上が過ぎてなお米軍が駐留し、時に占領軍のように振る舞う異常さ。今春訪米する菅首相は「対等な日米関係」に向かい、オバマ大統領と実質的な戦略対話を始めるべきだ。普天間見直し交渉はその突破口になるはずである。

 米軍基地を点検し整理縮小につなげていく。日本が周辺諸国と自立的な外交・安全保障関係を築くことにつながると考えるからである。

 安保が国民的論議とならないのは「構造的沖縄差別」を改めないからだ。普天間問題は日本の国としてのありようを問うているのである。


沖縄タイムスより

ロシア空港テロ 武力掃討では解決しない

 割れたガラスが床に散乱し、充満する煙の中を人々が逃げ惑う。火が付いたまま走る男性。ロシア最大の空港・ドモジェドボ国際空港で起きた惨劇は爆弾テロの恐怖をあらためて知らしめた。
 テロは人々がごった返す到着ロビーで起きた。金属探知器による点検を受けずに自由に出入りできる区域であり、警備の盲点を突いた形だ。不特定多数の市民を狙う卑劣な行為に憤りを禁じ得ない。
 ロシアでは近年、交通インフラを標的にした爆破テロが多い。2004年には地下鉄が狙われ、同年、旅客機2機も同時爆破された。07年、09年には列車が脱線、10年にも二つの地下鉄駅で連続テロが起きている。
 その多くは、独立紛争で揺れたチェチェン共和国を含む北カフカス地域のイスラム武装勢力が絡んでいるとされる。今回も同地域の男3人が指名手配された。標的となる市民は主流のロシア人であり、死んでもかまわないと見ているのだろうか。敵意と憎悪の根深さに、暗澹(あんたん)とさせられる。
 犠牲者の遺族は、今度は北カフカス住民への敵意を募らせるであろう。憎悪は憎悪を呼ぶだけで、何の解決ももたらさない。
 メドベージェフ大統領は昨年1月、北カフカス連邦管区を創設し、この地域の経済立て直しをうたっていた。だが武装勢力はこれに反発、今回のテロはその創設1年の時期に合わせたとの見方もある。12月に控える下院選、来年春の大統領選を見据え、政権の不安定化を図ったという指摘もある。
 ロシアは14年に北カフカスに近い黒海沿岸のソチで冬季五輪を開く。今回のテロで内外の不安が高まるのは必至だ。政権への打撃は計り知れない。
 それだけに、北カフカス政策の軸足を経済復興に置いていた政権側も、今後は再び武力掃討に注力することになろう。
 しかし、それでは敵意の連鎖を増幅し、問題の解決を遠のかせるだけだ。せいぜいが一時的に沈静化するだけであり、潜在化した憎悪はいずれ爆発する。
 今こそ和解へ踏み出す時だ。独立紛争には長い抑圧と差別の歴史があろう。その一つ一つを丁寧に解きほぐし、粘り強く和解の道を求めるべきだ。日本にとっても紛争は座視できない。政府は和解に貢献する方法を探ってほしい。

琉球新報より

当然ながら沖縄県民の総員がこれらメディアに賛同しているとは思えませんが、

 在沖米海兵隊は、西太平洋の同盟諸国と演習したり、アフガンやイラクに派遣されたりして沖縄を留守にすることが多い。日本防衛のためでもなく沖縄にいる必然性もない。「地理的優位性」「海兵隊の抑止力」など意図的につくられた「神話」にだまされる人はもういないはずである。

鳩山以前の日米同盟が確固たる時、多少の侵入はあったといえど、ここまで頻発していたでしょうか?
あるいはここまで声高に沖縄は支那のものと言っていたでしょうか?

在沖米軍の存在は中共支那にとっても脅威に他ならないということになります。

 米軍基地を点検し整理縮小につなげていく。日本が周辺諸国と自立的な外交・安全保障関係を築くことにつながると考えるからである。

 安保が国民的論議とならないのは「構造的沖縄差別」を改めないからだ。普天間問題は日本の国としてのありようを問うているのである。


米軍基地を排除することが周辺諸国との安定化に繋がるなどありえません。
また米軍基地があるのは何も沖縄だけでなく、神奈川、東京、長崎などにもあります。

前にも書きましたが、沖縄では先の戦争で地上戦が行われ軍人、民間人を問わず多くの犠牲者を出したこと、米国統治が行われたなど特殊な環境である事に関し異論はありませんが、上記にも書いたように沖縄だけにすべての基地の負担を押し付けているわけではない以上、沖縄だけが差別されているという認識は異常だと思います。

ましてやこれだけ支那が恫喝しているのにも関わらず、米軍を排除すれば間違いなく沖縄は支那のものとなるでしょう。その際には形式的に琉球国というふうにし、実質的には支那の領土となり、チベット、ウイグル化は免れられないでしょう。

 今こそ和解へ踏み出す時だ。独立紛争には長い抑圧と差別の歴史があろう。その一つ一つを丁寧に解きほぐし、粘り強く和解の道を求めるべきだ。日本にとっても紛争は座視できない。政府は和解に貢献する方法を探ってほしい。

この書き方だと、日本国が抑圧し、沖縄は本来独立国家であるとしか取れません。
では、沖縄単独で沖縄県民、いや、この書き方だと琉球国民を守れるのでしょうか。非武力、非武装で際限の無い覇権国家である中共支那と共存共栄できるとでも思っているのでしょうか。

待ち受けているのは確実に通州事件、尼港事件等の沖縄県民(琉球国民)の惨殺でしょう。

沖縄県民(琉球国民)にお聞きしたい

1)沖縄は日本国の一部なのか否なのか
2)仮に琉球国となった場合どうやって生きるのか、また支那の属国となって琉球国民の安全の保障ができるのか
3)米軍もない、自衛隊の駐屯もない状態でどうやって沖縄の安全保障を維持できるのか
4)中共支那と一緒になった際、沖縄の未来はあるのか

是非とも見解をお聞かせ願いたいものです。また万が一になったら本土に疎開すればいいなどという安易な回答は願い下げていただきたいものです。
Posted at 2011/01/28 01:54:02 | コメント(8) | トラックバック(0) | 時事関係 | 日記
2011年01月27日 イイね!

松代大本営

久々の歴史関係の話題です。この話を語るに際して

朝鮮人は息を吐くように嘘をつく

これを念頭に置いておいてください。
さて松代大本営をご存じの方もいらっしゃれば、何それ?という方もいらっしゃるでしょう。

先ずはWikipediaにおいてどのように説明されているのでしょうか。

松代大本営跡

松代大本営建設に至るまでの皇居の防空対策

皇居には1935年頃、鋼鉄扉の防空室=地下金庫室が作られた。だが、内部が狭く大型爆弾に耐えられないことから、宮内省工匠寮の設計で、吹上御所近くに新たに防空壕を作ることになった。のちに御文庫と命名される大本営防空壕が完成するまでの間、昭和天皇・香淳皇后は空襲警報発令のたびに宝剣神璽(三種の神器のうち剣と印)とともに皇居第2期庁舎の防空室に避難していた。

さらに1941年4月12日に御文庫が極秘に着工され、1942年12月31日に完成した。施工を請負ったのは大林組。建築費は約200万円であった。建坪1,320m2。地上1階、地下1階・2階の3階建て。そこには天皇・皇后の寝室、居間、書斎、応接室、皇族御休息所、食堂、洗面所、侍従室、女官室、風呂、トイレなどがあった。このほか、映写ホール、ピアノ、玉突き台などもあった。屋根は1トン爆弾に耐えるよう、コンクリート1mの上に砂1m、さらにその上にコンクリート1mの計3mの厚さであった。天皇は午前中は表御座所(御政務室)、午後は御文庫で過ごすのが日課であった。

戦況が悪化したため、1945年6月頃にさらに頑丈な御文庫附属室が御文庫から90m離れた地下10mに陸軍工兵部によって建設された。広さ330m2、56m2の会議室2つと2つの控室、通信機械室があり、床は板張り、各室とも厚さ約1mの鉄筋コンクリートの壁で仕切られていた。50トン爆弾にも耐えるよう設計され御文庫とは地下道で結ばれていた。この地下壕はのちの終戦時の2度の御前会議の場所となった。

概要

太平洋戦争以前より、海岸から近く広い関東平野の端にある東京は、陸軍により防衛機能が弱いと考えられていた。そのため本土決戦を想定し海岸から離れた場所への中枢機能移転計画を進めていた。太平洋戦争で1944年7月にサイパン陥落後、本土爆撃と本土決戦が現実の問題になった。同年同月、東條内閣最後の閣議で、かねてから調査されていた長野松代への皇居、大本営、その他重要政府機関の移転のための施設工事が了承された。

初期の計画では、象山地下壕に、政府機関、日本放送協会、中央電話局の施設を建設。皆神山地下壕に皇居、大本営の施設が予定されていた。しかし、皆神山の地盤が脆く、舞鶴山地下壕に皇居、大本営を移転する計画に変更される。また皆神山地下壕は備蓄庫とされた。3つの地下壕の長さは10kmにも及ぶ。

土地の買収は役場を通じて軍が行った。当時は養蚕が重要であったので桑畑は程度により買収金額が三段階に分かれていた。買い上げた土地のうち戦後に不要になったものは買い上げ価格の半値程度で払い下げられた(疎開補償費を元住民が半額返金した)。当該地区一帯500戸足らずのうち130戸が立ち退き対象となり、疎開は東部軍の指示により1945年4月から行われた。田畑の耕作は許可されていたため多くは付近の親戚や知人宅を頼った。大規模な移動が起こっていないように偽装するため、家、庭木、庭石などはそのまま、畳の持ち出しは3枚までに制限されていた。終戦後は漸次9月9日までに自宅に戻り、修理されていた家もあった[1]。

1944年11月11日、象山にて最初の発破が行われ、工事が開始された。ダイナマイトで発破して、崩した石屑をトロッコなどを使った人海戦術で運び出すという方法で行われた。総計で朝鮮人約7,000人と日本人約3,000人が12時間二交替で工事に当たった。最盛期の 1945年4月頃は日本人・朝鮮人1万人が作業に従事した。延べ人数では西松組鹿島組県土木部工事関係12万人、勤労奉仕隊7万9600人、西松組鹿島組関係15万7000人、朝鮮人労務者25万4000人、合計延べ61万0600人、総工費は6000万円[2]。当時の金額で2億円の工事費が投入されたとも伝わっている[要出典]。しかし、1945年8月15日の敗戦により、進捗度75%の段階で、工事は中止された。

昭和天皇の神器を奉じて帝都を動かずとの考えによって、内廷皇族では皇太子明仁親王(今上天皇)、義宮(常陸宮)、皇女以外は東京から疎開する気は無かったと言われる。しかし、6月中旬には宮内省の関係者が訪れ、内大臣の木戸幸一の日記(木戸日記)の1945年7月31日付けに信州に行くことの具体化を相談している記述があり、終戦直前には移動を本気で考えていたと思われる。

松代大本営建設作業にあたっては徴用された日本人労働者および日本国内及び朝鮮半島から動員された朝鮮人労務者が中心となった。工事は西松組や鹿島組が請け負った。満州国からの第4639部隊や、賢所工事には鉄道省静岡隧道学校の若者も当たり、付近の住民は勤労奉仕隊としてズリなどの運搬に、また当時の屋代中学、松代商業の生徒も陸軍工兵隊の指揮の下、運搬などに学徒動員され、国民学校初等科の生徒も運搬や山から採ってきた枝でズリを隠す作業等を行った[1]。勤労奉仕隊は無料だったが、朝鮮人労務者は賃金をもらっていた。朝鮮人労務者は体が丈夫なせいかあまり風邪を引かず、規則正しく礼儀正しかったと言われる[1]。家族ぐるみで働きに来ているものもおり、子弟は日本人と一緒に学校に通った[3]。朝鮮人労務者の食事事情は(密殺した)牛肉を食べるなど、国内での炭鉱や土木工事などに徴用された朝鮮人労務者と比較して待遇面では悪くはなかったようで、日本人よりも良好だった。終戦後、朝鮮半島出身の帰国希望者には列車、帰還船を用意し、一人当たり250円の帰国支度金が支払われ1945年の秋にはほとんど富山港から帰国させることができた。

なお、松代大本営は主に陸軍において計画・推進されたものであるが、さらに戦局が悪化した終戦直前になって、連合国軍が南九州に上陸するとの想定のもと[4]、より作戦が取りやすいという理由などから、奈良県天理市の一本松山付近に大本営と御座所を移すという計画が主に海軍により立てられ、実際に工事が進められていた。詳細については天理の大本営跡を参照。

慰安所

壕周辺に慰安所は3ヶ所あり4~5人の朝鮮人の慰安婦がこれらの施設を回っていた。ただしこれは軍人用のものではなく、朝鮮人労務者用の中で監督する立場の上級幹部用のもので、日本人の出入りはほとんど無かった。ただし、トラックで来た兵隊や支那服のようなものを着た女性が町の方から大勢来たのを覗きに行って怒られた子供の逸話もある[3]。

そのうちの一つは六本製糸本社の女工のための娯楽室だったものが1938年倒産後物置になったり1944年9月からは労務者宿舎建設工事の合宿所となっていた建物を、周辺婦女子とのトラブル防止目的の慰安所として貸し出されたもので、11月に朝鮮人一家5名と日本語の通じない接客婦3名(朝鮮の高官が朝鮮人労務者のために本国から連れてきたとされる)、雑役1名が岩手県釜石市より移住し慰安所、博打場として営業を開始した[3]。売春行為が行われていたかははっきりしない。終戦後9月、一家と使用者は帰国し、その後の建物には先の朝鮮人一家の弟夫婦が半年ほど住み着き、博打場のように使われた。弟夫婦立ち退き後、建物は医院として貸し出され、閉院後は1991年に解体されるまで再び倉庫となっていた。となっていた。

Wikipediaより引用

では、その地元である長野ではどういう風に伝わっているのかと言いますと…

「松代大本営」工事に動員された朝鮮人労働者

 大本営の現場作業は、強制連行されたり、日本各地の工事現場から移された朝鮮人労働者や、勤労動員された日本人が当たった。固い岩盤を相手に発破(はっぱ)を使う、昼夜二交替の最も過酷な労働を強いられたのは朝鮮人労働者たちであった。その数は今だに定かではないが、7,000人以上ともいわれている。

 そうした朝鮮人労働者の一人で、戦後も松代に住んでいた故・崔小岩さん(チェ・ソアム、韓国・慶尚南道出身)の証言では、不発の発破に触れて仲間4人が吹き飛んだという。

「穴の中でバラバラになった仲間の遺体を必死に集めたが、どうしても頭が一つ見つからない。と、上から水のようなものが落ちてきたと思って見たら、その人の首が天井の板に挟まっていた」

という壮絶な日々だった。食事はコーリャン七分、米三分の粗末なもの。空腹のため、ダイナマイトに使ってあるモチ米を食べたという。

 大本営工事の犠牲者の数は全く明らかにされていない。「多い日には5、6人が死んだ」などの証言もあるが、遺体の埋葬場所さえほとんどわかっていない。

「松代大本営」工事に伴っておかれた「慰安所」

 アジア・太平洋戦争末期、松代を中心に天皇や軍、政府の中枢を移転させるための巨大な地下壕掘削工事(「松代大本営」工事)が行われた際、工事を指揮する人々のために「慰安所」が作られ、年若い朝鮮人女性たちが「慰安婦」として性的サービスを強要されていた。

 松代町西条の民家の敷地内にあった建物が借り上げられ、「慰安所」とされた。持ち主の証言によると、開設した1944年の秋までに、3~4人の朝鮮人女性が「慰安婦」として連れてこられた。この建物は本来、工場の娯楽室や蚕室として使われていたものだったが、やってきた警察官に「国策に協力できないのか」と脅され、借り上げられたという。

 連れてこられたのはいずれも20歳前後の若い女性で、客は日本人や比較的高い地位にいた朝鮮人だったという。関係者の証言では、このうち「金本順子」という日本名をつけられていた女性は、慶尚南道の農村出身で、「役場の人に特殊看護婦になれると言われて」強制的に日本に連れて来られたと語っていたという。日本の敗戦後、女性らは母国へ引き上げていったらしいが、その後の消息は知れない。

 この「慰安所」として使われた建物は、1991年まで残っていたが、現在は解体され「歴史館」建設のために保管されている。

いずれも「もうひとつの歴史館・松代」建設実行委員会より

こちらのサイトに行っていただくと写真も多々あるのですがその中にある長野市側の説明書きを見ると

三百万人の住民および朝鮮人の人々が労働者として強制的に動員され(以下略)

といかにも強制労働をさせたと言わんばかりの書き方になっております。
また追悼碑のところはあえてここには書きませんが、これまた日本が悪いという感じで書かれております。

さてこれだけ長野県民が民主党支持層である以上、少なくとも、長野の学校で教えられている歴史は上記の実行委員会のものに近いのが教えられていると思います。自分も長野にいた際は、どちらかと言うとこの自虐史観っぽいドキュメンタリーを見た覚えがありますので(数年前の話ですが)

ではこの実行委員会が出しているのが真実なのか検証したいと思います。

1)朝鮮人労働者が強制連行され、過酷な作業にあたり、食事も粗末だった。

まず食事ですがこちらの動画をご覧ください



実行委員会側では3合の米が配給されたとなっておりますが、実際には7合の米が配給されております。
ちなみに当時の日本人は食うに困った時代であるにもかかわらず、7合も配給されるというのは破格の待遇でしかなりません。
またWikipediaの記述を見ると

> 勤労奉仕隊は無料だったが、朝鮮人労務者は賃金をもらっていた。

> 終戦後、朝鮮半島出身の帰国希望者には列車、帰還船を用意し、一人当たり250円の帰国支度金が支払われ1945年の秋にはほとんど富山港から帰国させることができた。

つまり日本が行ったのは強制連行や強制労働ではなく徴用であり、それも破格の待遇で行ったことになります。

2) 朝鮮人は発破の作業に巻き込まれ死亡者が大量に出た

これまたWikipediaによる記述ですが

> 総計で朝鮮人約7,000人と日本人約3,000人が12時間二交替で工事に当たった。最盛期の1945年4月頃は日本人・朝鮮人1万人が作業に従事した。延べ人数では西松組鹿島組県土木部工事関係12万人、勤労奉仕隊7万9600人、西松組鹿島組関係15万7000人、朝鮮人労務者25万4000人、合計延べ61万0600人、総工費は6000万円

発破による作業遂行があったのは間違いないですが、これだけ人数等のデータがある以上、死亡事故が起きたのであれば必ず記録がどこかに残っているわけです。

にもかかわらず、委員会側の発表だと

>  大本営工事の犠牲者の数は全く明らかにされていない。「多い日には5、6人が死んだ」などの証言もあるが、遺体の埋葬場所さえほとんどわかっていない。

ちなみに過酷と言われた黒部ダムの殉職者が171人、青函トンネルが34人である以上、全くないとは言いませんが、犠牲者の数がない、埋葬場所がないという時点で、限りなく0に近かったのではないのでしょうか。強いて言えば、慰霊碑に書かれてる人名や人数を見る限り犠牲者は4人だけの可能性が高いと思われます。

3) 慰安所が作られ、慰安婦が性的サービスを強要

上の動画にも出ていましたが慰安所は3つあり、慰安婦と言われている人間は朝鮮人です。

> 客は日本人や比較的高い地位にいた朝鮮人だったという。

ちなみに日韓併合中は朝鮮人も日本国籍保有者です。
上にも出ていましたが象山の工事に最大7000人の朝鮮人、3000人の日本人と言う事は当時の国籍で考えると

1万人の日本人

となるわけです。
それにこれまたWikipediaの記述になりますが

> 朝鮮人労務者用の中で監督する立場の上級幹部用のもので、日本人の出入りはほとんど無かった。

と言う事は相手にしていたのは日本人ではなく朝鮮人であったと言う事になります。
となると

1)松代大本営の慰安婦(売春婦)は朝鮮人の為に用意された
2)その慰安婦は朝鮮人によって斡旋された
> 六本製糸本社の女工のための娯楽室だったものが1938年倒産後物置になったり1944年9月からは労務者宿舎建設工事の合宿所となっていた建物を、周辺婦女子とのトラブル防止目的の慰安所として貸し出されたもので、11月に朝鮮人一家5名と日本語の通じない接客婦3名(朝鮮の高官が朝鮮人労務者のために本国から連れてきたとされる)、雑役1名が岩手県釜石市より移住し慰安所、博打場として営業を開始した
3)1と2を鑑みると日本政府、並びに日本人は直接関与していない以上、日本政府に謝罪と賠償を要求するのは論外である

これを鑑みると、長野県民は

1)偽りの歴史に長年騙されてきた
2)帝都の移動候補地となるというのは非常に名誉な事であること
3)少なくとも松代大本営は恥じるべき場所ではなく、当時の技術の粋が注ぎ込まれた誉れ高き場所という認識

と考えを改めなくてはならないといけないと思います。
忌むべき存在は松代大本営や日本軍などではなく

偽りの歴史を吹聴し、長野県民の誇りを奪い続けた在日朝鮮人、日教組

ではないのでしょうか。
そしてその日教組は民主党の支持母体です。
つまり民主党を支持し続けると言う事は

長野県民の誇りを失い続けたままでもいい

と言う事になります。
自分はあえて明言します

自分は長野という土地が好きである以上、長野県民、長野出身者として誇りを持ちたい。故に長野県民を長年だまし続けてきた在日朝鮮人、日教組は断固として許しません。

長野県民の皆様、長野県民の誇りを取り戻しましょう。
また松代の行くのであれば是非とも

長野電鉄屋代線

を利用してください。屋代線の存亡は他でもない、我々ユーザー次第なのですから。屋代線沿線を過疎化にするのも活発化させるのも我々長野県民、長野市民、千曲市民次第なのですから。

それとも、長野県民としての誇りを捨てたまま在日朝鮮人や日教組の言いなりのままでいいのでしょうか?このままパチンコをやり続けて、我々長野県民をだまし続けてきた朝鮮人を肥やし続けていいのでしょうか?あなたのお子さんも長野県民であることを恥じるような教育を受け続けていいのでしょうか?

自分は絶対に嫌です。

敢えて言いますよ、長野県は朝鮮人に汚染されている。そう思っている方が他県に多々いますから。その汚名を晴らすことができるのも放置するのも長野県民次第なのです。

最後になりましたが、この場をお借りしてお友達のみのやま様に心より御礼を申し上げます
Posted at 2011/01/27 04:42:57 | コメント(9) | トラックバック(0) | 歴史関係 | 日記
2011年01月26日 イイね!

深イイ話 - 岡野雅行氏

自民党大会でハッパ「日本は全然ダメじゃないよ」
3000人を前に日本の底力について講演してきた

事業仕分けで、民主党のある議員が次世代スーパーコンピューターの開発について「2番目じゃダメなんでしょうか」って言った。

 日本は資源がないから明治時代以降、智慧を絞って工夫をしながらものをつくり、技術で飯を食ってきた。ものづくりは国の基幹産業で、技術はその肝だ。日本は技術で世界をリードしていかないと国がもたないんだよ。

 国益全体を考える見識があったなら、2番目じゃどうしていけないんですか、なんて言えないよな。

 自民党は「日本を立て直す! いちばんの国を目指して。」っていうのが、新しいスローガンらしい。おれは自民党でも民主党でも、どっちでもいいから、とにかく、政治家は国民のために日本を良くするために心血をそそいで働いてほしい。それだけだ。

 おれは正直言って政治には興味はないんだが、自民党の小池百合子さんが、おれの講演の評判を聞いて、1月23日に開かれる党大会で話をしてくれっていうんで、出かけることにした。

 ウチのウリはすっかり「痛くない注射針」だけど、小池さんは開口一番「今日は自民党にイタい注射を打ってくださいね!」って言うから、なかなか洒落が利いているなって思ったよ。
3000人を前にアドリブで講演スタート

 おれは、黒いスーツに銀のネクタイを締めて、うちの会社はバッジがないから自動車会社のアウディからもらったヤモリのバッジをつけていったんだ。

 講演の前に谷垣禎一総裁、大島理森副総裁、石原伸晃幹事長に迎えられて写真を撮るとき、谷垣さんが、「このバッジ、何ですか?」って聞くから、「これはアウディのマスコットマークなんですよ。ヤモリは足に吸盤がついているから滑らない。アウディは四輪駆動がウリだから雪道でも滑りにくいってんでヤモリがマスコットマークなんですよ」って言ったら、石原幹事長が間髪入れずに「滑らないっていうんなら、そのバッジ、私たちも選挙の時には必要ですね」って。さすが、大作家の息子、こっちも洒落が利いている。

 講演時間はたったの15分だ。おれは何を話そうか、おぼろげに考えてはいたが、開会宣言のあとで国家斉唱、公明党の山口那津男代表、経団連の米倉弘昌会長の話が終わって、あっという間におれの順番がきた。

 司会の三原じゅん子参議院議員から「岡野様は、『誰にもつくれないものをつくる』をモットーに、痛くない注射針の開発を成し遂げられました。他にも画期的な技術を開発され、これらは世界の大企業やNASAなどに導入されるという実績をお持ちでございます」って紹介されて、おれは壇上に上がった。

 3000人が入れる会場には、議員以外にも大使館席や文化人席、外国プレス席なんてのがあり、多くのマスコミ各社のカメラがズラリと並んでいる。講演には慣れているが、いつもとは全然雰囲気が違う。でも、気がついたら、おれはいつもどおりのアドリブで話し始めていたんだ。
日本はどんなものをつくれるのか、ぜひ知ってほしい

 「みなさん、こんにちは。東京の向島からやってきた、町工場のオヤジです。今年で78歳ですが、まだまだ歳とってはいられません。これからあと3つ、新製品をこさえなければいけないわけで。今日はこういう晴れがましいお席にお呼びいただいて、本当に嬉しく思います。

 今日は政治家のみなさんに一言、申し上げたい。政治家の仕事ってのは、国民に夢を与えることです。それを忘れずに仕事をしてください。

 そして、これから50年先、100年先を見通して、国家のために大きな仕事をしてください。私は、ここにいる政治家のみなさんにそれを望みます。

 私が今までやってきたことは、携帯電話の電池のケースをつくったり、それから、ウォークマンの電池も一番最初にこさえました。

 この前、テレビでリチウムイオン電池のケースを工場で組み立てている映像を流していました。あのケースはもともとうちが開発したもので、25年前に完成した技術を使って、今、つくっているんです。技術というのは完成してもそれを生かすには、時間がかかるものなんです。

 今、私が飯を食えているのは7年前の技術があるからです。そして、今やってるのは15年先に役立つ仕事。みなさんにしゃべりたいんだけど、これはしゃべれない・・・。そういう仕事をやっているんですよ。

 日本の町工場や大会社、そして研究所は、今、どういうことをやっているのか、どういうものを日本はつくれるのか。そういうことを政治家や官僚の皆さんには、ぜひ知っていただきたい。

 そして、もっともっとリーダーシップを発揮して日本を引っ張っていってもらいたいなって、私は、いつも思うんです。

 また、これはマスコミに言いたいんだけど、景気が悪いって言いながら大田区や葛飾区の町工場に行って撮影して、その映像を流しちゃうけど、これが海外に出回ると日本が困るんです。なぜなら、その映像にはすごいノウハウが詰まっているから。

 機械を動かして部品を作っているところなんて見せちゃうと、こうやればできるんだなって、分かる人にはすぐ分かる。結局、マスコミが日本の企業秘密を海外のライバルに教えちゃうことになる。これは日本のダメージになるんですよ」

日本で金儲けできないやつが外国に行ったって儲けられない

 「それから、もう1つ言いたいのは、日本の技術力はものすごく高いということなんです。

 この間も、日本を代表する自動車メーカーのハイブリッドカーがアメリカでケチつけられて、結局、日本のその会社はぜんぜん悪くなかったんですが。

 アメリカは、その会社のハイブリッドカーのブラックボックスをどうしても開けたくてしょうがなかったんですよ。どういう仕組みになっているのか、中身を見たくてしょうがないんです。それは最高の技術で、日本にはそういうのがたくさんあるんですよ。

 日本はすごい技術を持っている。だから、企業も海外へ出ようなんて言わないでもらいたいんだな。

 これは下町のジョークとして聞いてもらいたいんだけど、東京でモテない男が地方に行って、モテるわけがない。日本で金儲けできないのが、外に行ったってできるわけがない。だって、向こうの方がセコいんだから。

 日本みたいに極楽の国なんて、他にはないんですよ。義理と人情があって、ちゃんとルール守ってやっている会社って他のアジアの国にはないわけ。向こうはそうじゃないんだから。平気で後ろから鉄砲を撃ってくるような世界なんですよ。

 長い目で見ると、そういう国に行って工場つくって仕事やったって、いいことはないんです。そういうのを私は目の前で見てるわけ。私の周りは、みんな泣いて裸で帰ってきてるから。

 だから、さっき言ったように、日本で金儲けできないやつが、向こうでできるわけがない。東京でモテない男が中国に行ったって絶対モテないんですよ。これは原則。分かりやすく言うとね。

 今日、私はもっと政治に頑張ってもらいたいっていう気持ちで、ここに来ました。私の持ち時間は15分なんだけど、本当は3時間しゃべりたい。そうすれば皆さん、なるほどって、いろんな大事なこと、いろんな状況が分かると思うんですけど」

日本の町工場はノウハウの塊だ

 「日本は技術でしか世界で飯が食えないから、技術を磨かないといけません。腕に職をつけて、技術力があれば、学問や学歴なんてなくたってメシが食えるんです。勉強しろって言うだけじゃ能がないんです。

 うちの孫には、学校行く前に喧嘩のしかたを教えたの。もし、イジメにあってやられても、やられっぱなしにならないようにね。

 企業でも、国家でもそうなんです。備えってのが必要なんですよ。企業も最近はモラルがない社員が多いから、ちょっと接待されたり、何かもらうと自分の会社の秘密をどんどん教えちゃう。焼酎5本でペラペラしゃべられたら会社はかなわないけど、それが現実なんです。

 でも、繰り返して言うけど、日本は本当に素晴らしい国なんです。日本はダメだ、ダメだっていうけど、ダメじゃないんですよ。全然ダメじゃない。

 ちゃんと光っている会社がいっぱいあるんです。それも、町工場にそういう企業が多いんですよ。大企業ってのは、要するに組み立て屋なんです。一方、中小企業や町工場ってのはノウハウの塊なんですよ。

 以前、小泉首相がウチに来て、工場を見て『すごいなぁ!』って言ったと思ったら、国会の施政方針演説で、こう言ってくれました。

 『新産業の創造には、高い技術力によりモノづくり基盤を支えている中小企業の存在が欠かせません。東京墨田区にある従業員6名の町工場は、針先をミクロン単位まで細くすることで痛くない注射針を開発するなど、“不可能を可能にするモノづくりの駆け込み寺”と呼ばれています。独創的な技術を持っている人材の確保・育成、新事業への挑戦支援など、やる気のある中小企業を応援してまいります』って。

 今度は谷垣さんに、ぜひ『私は中小企業を応援します』って言ってもらいたいよなァ。

 もう時間ですか。あと3時間やらせて欲しいんですけど・・・。そうですか、じゃぁ、最後に政治家のみなさんに言いたいのは、日本の国のことをよく考えて、そして、しっかりと中小企業、町工場を守ってください。どうか、よろしく、お願いいたします」
前幹事長が「イヨッ、自民党総裁!」

 そう言って、おれは壇を降りた。みんな、立ち上がって大きな拍手を送ってくれたのは、本当に嬉しかったよ。

 よく、歌舞伎役者が花道を通るとき、絶妙なタイミングで「ヨッ、音羽屋!」とか「成駒屋!!」とかって掛け声をかけるのが粋なんだけど。

 おれは、いろんな人に握手を求められながら、会場を出ようと歩いていたら、最前列に座っていた前幹事長の大物議員が、突然、赤ら顔で満面の笑みを浮かべながら近づいてきて、「イヨッ、自民党総裁!」っておれの肩をポンと叩きながら、大声で声をかけてきたんだよ。

 自民党ってのは、ホント、洒落を言う人が結構いるけど、キツいというよりも、イタいシャレだよなァ。だって、おれの数メートル後ろに本物が立っていたんだからさ。

JBプレスより



さて、このお話を聞いてどう思いましたか?
個人的にはこういう方のお話を聞くと元気が出ますね。
まるで麻生閣下の所信表明演説と同じような効果があるような感じがします。

で、岡野氏が喋る前に米倉経団連会長がいるんですがその目の前で

> 日本はすごい技術を持っている。だから、企業も海外へ出ようなんて言わないでもらいたいんだな。

> 東京でモテない男が地方に行って、モテるわけがない。日本で金儲けできないのが、外に行ったってできるわけがない。だって、向こうの方がセコいんだから。

正論過ぎて何も言えません。

それに何も就職先って大企業だけじゃないんですから。
無論、中にはブラック企業もありますが、就職活動されている方は中小零細企業も候補にしたら如何でしょうか。

パナソニック採用の8割外国人 大学生就職深刻になる一方だ


シャープ会長「海外進出で国内雇用は5分の1になる」


選り好みの意識は捨てたほうがいいかと思います。
大企業が日本を捨てる方向に持っていくのであれば、逆に日本人が中小零細企業を育てていくというのもひとつの手ではないかと思います。

例を上げれば東京通信工業(現ソニー)、立ち上がった当初は町工場レベルだったのが今では世界的企業ですし、ホンダも然りです。

それならば第二、第三のソニーやホンダのように町工場から世界に通用するものを作り上げるほうが建設的だと思うのですが、如何でしょうか?
どうも今の大企業はかつての趣旨を忘れているような気がしてなりません

Sony:会社設立趣意書
真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設

トヨタ:豊田綱領
一、 上下一致、 至誠業務に服し、 産業報国の実を挙ぐべし
一、 研究と創造に心を致し、 常に時流に先んずべし。
一、 華美を戒め、 質実剛健たるべし。
一、 温情友愛の精神を発揮し、 家庭的美風を作興すべし
一、 神仏を尊崇し、 報恩感謝の生活を為すべし。

シャープ:経営理念
いたずらに規模のみを追わず、誠意と独自の技術をもって、広く世界の文化と福祉の向上に貢献する。 ・社会に働く人々の能力開発と生活福祉の向上に努め、会社の発展と一人一人の幸せとの一致をはかる。 ・株主、取引先をはじめ、全ての協力者との相互繁栄を期す。

パナソニック:綱領
産業人たるの本分に徹し
社会生活の改善と向上を図り
世界文化の進展に寄与せんことを期す

おまけ:

Posted at 2011/01/26 23:50:23 | コメント(17) | トラックバック(0) | 時事関係 | 日記
2011年01月26日 イイね!

自業自得

東北地方、除雪費ピンチ…仕分けの予算減も響く

厳しい寒さと降雪が続く東北地方で、除雪作業が追いつかず、市民生活に影響が出ている。

 気温が低く雪が解けないため、積雪量は増すばかりで、各自治体は軒並み、除雪費の補正予算を組む事態となった。事業仕分けで予算が1割削減された国土交通省の東北地方整備局も25日、「国道の除雪費は3月上旬にも資金ショートしかねない」との危機感を示した。

 「歩道の雪が人の背丈ほどになり、通学の子供が車道を歩かざるを得ない」。青森市にはそんな苦情が届いている。同市では市街地の積雪が23日に今季最高の1メートル30となり、24日、「平成18年豪雪」以来5年ぶりに豪雪対策本部を設置した。

 市から委託された業者のロータリー車がフル稼働しても除雪が間に合わず、市民の苦情・相談は1月だけで前年同期の2倍の4222件(24日現在)に。水道管の凍結・破裂も1月は同2・6倍の307件(23日同)に上った。

 除雪費が足りなくなった青森県弘前市は3億円を増額補正したが、「寒さが続けば、さらなる追加予算もあり得る」と困惑する。

 秋田市も除雪費を12日に4億円、25日に5億円追加する専決処分を行った。市民からは「除雪に来てほしい」「除雪後も雪が残っている」といった苦情などが約1000件寄せられている。

読売新聞より

蓮舫や枝野率いる事業仕分けにマンセーしていた東北地方の民主党支持者の皆さん、今、どんなお気持ちでしょうか?

少なくとも市役所に苦情をだすのはやめましょう。
何しろこの事業仕分け当時、9割近くの方が支持していたのですから。
ちなみに確実に住民税アップしますよ。

これでも自分の首がしまってないと言えます?
Posted at 2011/01/26 22:06:09 | コメント(7) | トラックバック(0) | 時事関係 | 日記

プロフィール

「ジムニーとアルトワークス乗り比べてみた http://cvw.jp/b/205797/43092182/
何シテル?   07/27 00:29
どうも、在仏歴2X年を終えて帰国したHeeroと申します。 最近、みんカラの活動はほぼ冬眠状態です(;´Д`)
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2011/1 >>

      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     

リンク・クリップ

タイヤ館 松本 
カテゴリ:メンテナンス・アフターマーケット関係
2011/03/29 03:29:38
 
アユミデンキ オフィシャルブログ 
カテゴリ:メンテナンス・アフターマーケット関係
2011/01/27 18:14:08
 
アユミデンキ 
カテゴリ:メンテナンス・アフターマーケット関係
2011/01/27 18:09:57
 

愛車一覧

スズキ スイフト スズキ スイフト
事業用として購入しました。 初のスズキ車です 数少ない4WD、MT車の極上品を購入するこ ...
三菱 ランサーワゴン 三菱 ランサーワゴン
自分でも意外なメーカー、色の車を持ったと思います。 初三菱車、初AWDですが、乗りやすい ...
ホンダ リトルカブ ホンダ リトルカブ
いつの間にか、2輪が増えました。 格安で購入できたのと、使い勝手がいいので、結構満足して ...
シトロエン BX シトロエン BX
一番楽しかった上に、一番もったいない事した車でした。 乗り心地は最高、ただし、小さな故障 ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
©2020 Carview Corporation All Rights Reserved.