2015年07月20日
初めに、何故今回被災地に行こうと思ったのか理由は無いです。当初の予定は茨城県大洗でご飯を食べて帰ってくる予定でした。ですが被災地の今がどうなっているのか?気になり突然行く事にというのが正直なところです。
実は2年ほど前も福島県相馬市、南相馬市、仙台市、石巻市には行った事があります。その時は震災から時間が経つにつれさも復興したかのようなニュースしかしないマスメディアに対して疑問がありました。そこで今の被災地を自分の目で見て今できることをしようと思い行きました。
写真はサイズオーバーの為フォトアルバムに載せてあります。なのでこちらでは活字だけになってしまうことをあらかじめご了承ください。
初めに行ったのが福島県双葉町です。と言っても今でも除染作業の為国道6号線沿いしか通行することが出来ないので常磐道の常盤富岡ICで降り国道6号線に乗りひたすら北上してきました。
双葉町での写真は撮りませんでした。というか・・・・・撮れる空気ではなかったです。
どんな小さな道にもバリケードがしてあり個人の家の入口にもガードレールが置いてあり相当な数のパトカーが巡回してました。草木は伸び建物は朽ちていっているようにみえました。今でも目には見えない恐怖と戦ったいるのだと感じました。
相馬市、南相馬市に入ると場所によっては震災当時の建物があり完全に元通りという風には感じませんでした。 道の駅 そうま に入り2年前の記憶と重なり少しほっとできました。
相馬市を過ぎ名取市で1泊しました。石巻市まで行きたかったのですが体力的事情と慣れない道を夜間に走行するのは危険と判断し名取市のルートイン仙台長町インターさんでお世話になりました。飛び込みで仙台のホテルは取れなかったので。
ここまでが1日です。
朝7時前に出発し仙台長町ICより仙台南部道路に乗り石巻市を目指しました。
仙台南部道路から仙台東部道路に乗り三陸自動車道に入りました。
このあたりの記憶が曖昧なのですがおそらく三陸自動車道の石巻港で降りて日本製紙ユニテック先にある2年ほど前に行った事のある場所に行きました。
周りの景色はフォトアルバムにも書きましたが何も変わっていないように感じまじた。前回はここで帰路についたのですが今回の最終目的地は陸前高田市に設定しそこまでなんとか行く事に。
石巻から女川港を目指し走っている道中にも津波の被害で出来たと思われる港の一部崩れがありメディアで報道されているところ以外にも太平洋に面している地区への被害はあまりも大きいものだと感じました。
女川港は結局行けず女川駅に行きました。写真はまた後日で。新しい街並みを作っている最中で工事している方が多く見受けられました。
そこから海沿いをひたすら北上し南三陸町に入りました。そうですここにあるのは 南三陸町防災対策庁舎です。ニュースで最後まで町民の方々に避難を呼びかけ続けた方がいるところです。あの映像は自分の中でも凄く衝撃的でした。今でも鮮明に覚えています。献花台があったのでお線香とお花を手向けました。
そこからまた海沿いを北上し陸前高田市に入りました。
いきなり目の前に現れたのは巨大なベルトコンベアでした。そして奇跡の一本松茶屋に車を止め歩いて10分ほどで奇跡の一本松と陸前高田ユースホテルです。本当に大きく立派でした。今では中身はくり抜かれ表面には防腐処理がされているとのことでしたが生命力があるように感じました。
陸前高田市の町並みはというと巨大なベルトコンベアでどのような街だったのか想像が出来ない程でした。奇跡の一本松茶屋の近くに 復興まちづくり情報館がありそこでは震災前の陸前高田市の様子や震災当時の様子そしてこれからに向けての情報がありました。
震災前の写真を見て今の現状とあまりの差に言葉が出ませんでした。
そこから釜石市まで行きたかったのですが既に15時を過ぎていたこともあり次回に持ち越すことにしました。
東北道を使い郡山まで戻り ルートイン郡山インターさんにお世話になることに。
ここまでが2日目です。
3日目はゆっくり東北道に乗り帰ってきただけなのでこれといって何もないです。
最後に今回被災地を回っての感想です。
前回同様今回も思ったのですが実際に行ってみるとマスメディアが伝えている現状以上にいろんな事が分かりました。仮設住宅がどんなに立とうが決して元の暮らしが戻るわけではないのです。ですがその中でも前に一歩一歩確実に進んでいる姿を見て自分自身もっとたくましく生きたいと思いました。家があるのに帰れない人がいる。目の前まで行けるのに入ることのできないもどかしさ。見えない恐怖との生活。帰れる家がある事。何気ない日常があることそれが一番幸せだということに改めて気がつかされました。それを気がつけただけでも被災地に行く意味はあったのかと思います。全くまとまってはいませんが終わりにしたと思います。
以上 2泊3日で被災地を回った出来ことでした。
Posted at 2015/07/20 16:19:57 | |
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