眠れません(._.)
取り敢えずみんカラの、フェリオの方のブログを見てちょっと違いますが同じような感情で書きます。
今、自分はワゴンR、チェイサー、カローラとこのご時世三台所有してます。お金をください。
勿論三台とも愛着はありますが、このカローラは本当に特別に愛してるくらいです。
なんで??と思われる方いらっしゃると思いますがここからの話しでどれだけの愛してるのかと分かってくれると思います。
このカローラがうちに嫁いできたのは東日本大震災がくる1ヶ月前でした。
弟の始めての車として熊本からやって参りました。
弟所有で一年くらい乗ったのかな??あいつは万年お金がないやつなので最初はノーマルエンジン+フリーダム4スロ程度のライトチューンでした。
その時に弟は周りに影響を受けドリフトをやりたいといい、ECR33を購入。
で余ったこのカローラをヤフオクにて流そうとしてた時に
売るんなら俺が乗るからよこせ。
と言い出したのは俺の親父。
親父は元々ポルシェや510など乗る車バカでした。
エンジンも組めて、ワンオフでなんでも作っちゃうような凄い親父でした。
そして弟から親父の手に渡って、大人の財力で今のカローラが完成したわけです。
かなり昔とは変貌しまして、直線ならEGをカモレル程度のエンジンに。ボンネットもトランクもFRP自作です。
親父はかなり丹精込めてこの車を作ってました。
ただカローラチューニング人生はそう長くは続かなかったんです。
ちょうど二年前の9月、注射さえでも嫌がる大の病院嫌いの親父が病院に行くと言ったんです。
もううちらはその前から薄々見た目も様子も変わってる事に気が付いてましたが・・
目が黄色くなり、肌もミカンを沢山食べたときに黄色くなるようなあれを数倍強くしたよーな色になってたり。少し動くとハァハァしてしまい、なんか最近変だなーと思ってました。
そして9月に実家近くの大きな病院に行って精密検査をした結果。
既に末期の胆管癌です。もってあと2ヶ月です。
衝撃の事実を医師から告げられました。
もうあの時は頭の中が白くなり何も考えられなくなってました。
今でもあの時の事は鮮明に覚えております。
そこから入退院を繰り返し、なんども管を変える手術をし、抗がん剤を打ったりと、俺も何度も仕事終わりに実家には戻り病院に行き看病してました。
それを一年と8ヶ月ほど、ほぼ毎日やってました。
眠れるのなんてなんだかんだ帰ってきたら夜中で数時間。病院から電話掛かってくることもあるので寝ても必ず2時間後には起きて着信のチェックをしたり。
大好きな酒も何かあったら車で飛んでいかなきゃならんので飲めず。
結構俺自身も色んな意味でボロボロでした。
親父の方はみるみるうちに体重が落ちていきガリガリになり、腹水が溜まり、喋る事もやっとで歩けずに車イス生活。
でも本人は生きるという意思は凄く強くどんなに辛くてもお見舞いに行くと笑っていたりしました。
今年の3月に仮退院許可が降りて家に連れて戻ってきたのですが、医師から事前にこう言われてました。
次、入院することになったらもう病院から出ることは出来ません。
最初俺は、ん???ってなりましたがよくよく考えたら、もう親父の体は限界寸前なんだなと後で思い付きました
まぁ本人には、不安を持たせたくなかったので言わなかったのですが。
家に帰ってきてから自分の家には帰らず暫く実家で一緒に住むことになり二週間かな?
体の不調を訴えてきて、もううちらにはどうにも出来ないので病院に連れていき再入院。
この時、親父を病院に連れていく道中、いろんな過去の事がフラッシュバックして運転もままならない状態でした。もう親父はカローラに乗ることも出来ず、大好きなサーキットにも行けず大好きな温泉にも行けないのか・・・とかそんなことばっか考えてました。
そんなこんなで入院をし一週間後の4月9日のお昼くらいに状態が悪化した為個室に移しましたと病院から電話。この時は仕事中でした。
速攻で仕事切り上げて病院に直行しました。
向かってるときは涙が、止まりません。
病院に着くと人工呼吸器を付けて横になってる親父。
その隣には心電図がピッピッと嫌な音を出してました。
もうこの時点で最悪な事が今日起きてしまうんだなと実感しました。
家族や親戚が集まり、親父の一番仲のいい友達も駆けつけてくれて、意識が殆ど無い親父に声を掛けてくれたり。
そして6時になる寸前で心電図がピーピーピーピーとあわただしくなってきて、すぐさまナースコールを。
みるみるうちに数値が下がっていき20辺りをさまよってます。
あっもうやばい。本当にこれはやばい。こんなときは長男の俺がちゃんとしなくてはならない場所ですが今すぐにでも外に逃げたいと思ってしまい、後で思えば最悪な事だと思いましたが・・でも逃げたらもう一生会えないんだなと思いとどまりました。
でも生き返って欲しい、また親父と沢山喋ってあちこちのサーキットで対決をしたい!まだずっと一緒に居たいって願いは結局叶わず親父は天国に行ってしまったんです。
ごめんなさい話しが長くなってしまいましたね(;_;)
産まれて27年、ここまで悲しい事は今までなく家族が一人居なくなるのはこんなに悲しいんだなと思いました。
本当に辛かったんです。
そんな親父が残してくれた大事な車。カローラ。
それを俺が引き継ぐ事になり今でも大事に乗ってます。
俺は親父みたく弄れる人間ではないので、改造するっていうよりも、常にきれいに、そしてメンテナンスをして現状維持ですがね。
天国からお前車汚ねーよ。とか
セッティング狂ってるから燃調合わせろよ。とか
声が聞こえてきそうなので頑張って維持するつもりです。
そんなカローラを今日時間があったのでいつもの舞浜からお台場、ゲートブリッジとドライブしてきました。
回すといい音するんですわ!!!
これからも大切にしていくので何処かでこの車を見たら声かけてくださいね。