山道を無事降りたおじさんは「さぼう遊学館」で休憩していた。
さぼう遊学館は「羽根谷だんだん公園」の中に建てられていて
文字通りの砂防ダム(砂防堰堤というほうが正しいかもしれない)の資料館なのだが
規模が少々小さく、そこまで満足のいく内容ではなかった。が・・・
「どうやらこの上流によさげな砂防堰堤があるらしいよ、ちょっといってみるか。」
「まあ、まだ時間はありますけど体調は大丈夫ですか?」
さぼう遊学館は川沿いにあってその上流には岩でできた砂防堰堤がある。
なかなか大き目な堰堤でそこもハイキングコースの一つになっているようだ。
そこまで遠くないみたいだし、そういう道なら歩いても大丈夫だろうなと思い散策へ向かった。
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さぼう遊学館から川を上り上流へ。
川、というか地図上では川になっているだけで今は全く水の気配はない。
砂防堰堤により全部埋まってしまっているのだろうか。
歩いて数分、まるでロックフィルダムのような堰堤が姿を現した。
まわりにはやはり水の気配はない。ごつごつした岩の塊でできた堰堤。
土がぎっしり詰まってまるで川のはずなのに草原のような草が生えていて
強風にあおられるたびにザワザワと音を立てて踊りだす。
岩の堰堤に立ち強風で飛ばされそうな帽子を右手で抑えつつ周りを見渡す・・・
フィールドコートが風にあおられバタバタと靡き、
背負ったリュックに刺してあるステッキの取手先端についた熊鈴がキンキンと騒ぎ出す。
先ほどの山道とおなじで、こちらにも人の気配が一気になくなる。
さぼう遊学館もすでに見えなくなっていて、もうここは違う世界になっているようだ。
「まだ先に道があるよな。」
「みたいですね・・・いくんですか?」
「奥にまだ堰堤がみえるしせっかくだから行ってみよう。」
あとすこしだけ、あとすこしだけ・・・
やはり谷である。何度も書いているが本当に風が強い。
もう一つの堰堤にたどり着くと、どうやら川(であるはず)を渡った先にさらに道がある。
川を渡って山へ上る道と、川のさらに上流へ行くであろう道がある。
山へ登る道のほうは杭が立っていた。どうやら林道らしい。
なるほど、さっき山道で横切ったあの道につながるんだな。出所がこれではっきりした。
春になったら。車で来ないと・・・。
山へ登る林道のほうはあきらめて現在の場所を散策することにした。
道なのか川なのか草原なのかもうここまできたらさっぱりである。
「道」と思われる場所をすすんでみるとお地蔵さんが佇んでいた。
ありゃ、これはどうも・・・
挨拶をして先へすすませてもらう。
が、すすんでみたものの森に入り込みそうだ。さすがにだめそうだ、気分的にこっちはきつい。
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対岸へ移動してみた。
こちらも道は途切れることになるのだが・・・
いつもとはちがう砂防堰堤が静かにたたずんていた。
「これも・・・砂防堰堤・・・なんですか?さっきのやつとは随分と形がちがいますけど。」
「ふむ、スリットB型だな、はじめてみた・・・。」
普通のダムと同じように、砂防堰堤も種類がある。
この奇妙なパイプがならんでいるこの堰堤は「スリットB型」というらしい
極力水の流れを妨げないようにするタイプの砂防堰堤である。
足が苔むしてすこし不気味に立たずむ堰堤に気を取られていたが
右手もさぞひどいものだった。
目に見えて崩れやすい地盤なのがよくわかる。
人の気配どころか動物や鳥、虫の命も感じない。
水をためるダムなら管理人が常駐していたり見物客もぼちぼち訪れて
人の動きは感じるようなものだが・・・
砂防堰堤は相当物好きな人間くらいしか見に来ないだろうし
常駐して管理するものでもないので基本作ったら放置である。
そのような状況なため、砂防堰堤は山奥に誰も相手にされず
ひっそりと役割を果たしていることが多い。
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スリットB型堰堤からにじみ出る哀愁をひしひしと感じていると
ふいにフィールドコートの袖が引っ張られた。
「・・・」
「・・・どうした?」
問いかけてみてみるがきっと自分と同じ心境なんだなとは感じていた。
「なんだか・・・さみしくなってきたです・・・」
だろうな・・・
哀愁漂う土石流の管理者(アドミニストレイター)。
枯れた草木。生き物の息吹が感じられない寒風吹き荒ぶこの大地。
そんな場所にじっとしていてさみしくならないほうがおかしいのかもしれない。
「そうだな、もう十分だ・・・帰ろっか。」
ちょうど時間も潰せたし、いい運動になったからおなかも減った。
好奇心も十分満たせた。駐車場からスタートしてまさかこれほどの冒険になるとは思ってもみなかった。
「ほら、手をつなごう。それならさみしくないだろう?」
― ただし、左手な、右手は痛いから。
終わり