おはよう御座います!
本日の浦和は曇り空で少し肌寒い朝を迎えております。
さて、本日10月13日は埼玉県川越市の市民グループ「川越いも友の会」が制定した『サツマイモの日』です。
嘗て、サツマイモは其の味が栗に似て居る事から、栗の代用品の様な扱われ方を受けて主に蒸して食されて居たそうで、宝永年間(1704~1710年)に京都で焼き芋屋さんが登場し、栗と九里(約35㎞)を准えて「九里にはやや及びませんが」と言う洒落から、サツマイモの事を八里半(約33㎞)と呼称し、看板にも八里半と掲げて居たそうです。
後の寛政年間(1789~1801年)、江戸の町にも焼き芋が伝わって京都と同様に八里半の看板を掲げられましたが、江戸から十三里(51㎞)程の川越藩(現:埼玉県川越市)で生産されたサツマイモが美味しかった事から、行商人が「栗(九里)より(四里)うまい十三里」と川越産のサツマイモを褒めたところ、此れが洒落好きの江戸っ子に大ウケし、其れ以降、サツマイモは十三里と呼ばれる様になりました。
そして10月はサツマイモの旬で在り、十三里と呼ばれて居た事から市民グループ「川越いも友の会」に因って10月13日は『さつまいもの日』に制定されたそうです。
そんな川越は、埼玉県に在りながら江戸時代から「小江戸」と云われて来まして、東京都品川区の「戸越銀座商店街」が第1号とする「○○銀座」は全国各地に300以上在りますが(笑)、此の「小江戸」と呼称される町は全国で川越だけなんです。
其の理由は江戸時代、川越街道と新河岸川の水陸両道が開かれ、幕府の直轄地で在った事も相俟って江戸との関係がより密接になり、築城や街造りの為に木材や石を大量に必要として居た江戸の初期に於いて、其の労働力を支える食料も必要でしたから、水陸に輸送路を持つ川越は江戸にとって便利な供給地となりました。
当時、川越の産物と言えば後に「川越芋」と呼称された「サツマイモ」でしたから、当然ながらサツマイモを始めとする?(憶測・笑)農産物などの食料や、木材を大量に江戸へ運んだそうで、其の見返りとして江戸の文化が川越へ入り込み、一番早く伝えられました。
何時しか江戸に対して「小江戸」と呼ばれる様になり、城下町・川越は繁栄する事となった訳です!
此れで「サツマイモ」と「小江戸」の話が芋づる式に繋がりましたでしょうか?(笑)…って芋づる式の使い方が違いますから~( ゜o゜)(笑)
其のサツマイモは「ビタミンC」「ビタミンB6」と「食物繊維」を多く含み、加熱してもビタミンCが壊れ難い特長から血圧降下や美容効果が在り、更には100gで約131kcalと低カロリーで在る上に腹持ちが良い事から、白米に変えて1日1回サツマイモを食べるダイエットも在る様ですね♪
てな訳で、本日もボチボチと気合い入れて頑張ってみますかね~(^-^)/(笑)
Posted at 2016/10/13 06:52:04 | |
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